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平成16年第二審第7号
件名

漁船第八龍潮丸遊泳者死亡事件[原審・神戸]

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成17年2月8日

審判庁区分
高等海難審判庁(吉澤和彦,上野延之,上中拓治,井上 卓,坂爪 靖)

理事官
根岸秀幸

受審人
A 職名:第八龍潮丸船長 海技免許:小型船舶操縦士
補佐人
B,C

第二審請求者
受審人 A

損害
第八龍潮丸・・・損傷ない
遊泳者・・・右上腕骨開放性骨折等の負傷,外傷性ショックにより死亡

原因
第八龍潮丸・・・見張り不十分
遊泳者・・・自己の存在を示す措置をとらなかった。

主文

 本件遊泳者死亡は,第八龍潮丸が,見張り不十分で,遊泳者を避けなかったことと,遊泳者が,潜水に際して自己の存在を示す措置をとらなかったこととによって発生したものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年7月29日13時19分
 石川県加賀市橋立町沖合
 (北緯36度20.1分 東経136度18.2分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第八龍潮丸
総トン数 0.6トン
全長 6.12メートル
機関の種類 電気点火機関
漁船法馬力数 30
(2)設備及び性能等
 第八龍潮丸(以下「龍潮丸」という。)は,平成15年4月に進水した一層甲板を有する和船型FRP製漁船で,主としてさざえ,もずくなどの採介藻漁業に使用され,最大速力が約20ノットで,操舵室はなく,船尾に船外機が備えられ,船尾物入れの右舷寄りに腰掛けた操船者の位置から前方に視界を妨げる構造物はなかったが,10ノットの速力を超えて航走するときは船首が少し浮上して正船首からそれぞれ左方約4度右方約3度の計約7度の範囲に死角があった。

3 加賀市橋立町海岸の地勢等
 橋立町の加佐ノ岬からその東方約600メートルまでの海岸(以下「泉の浜」という。)は,南方に緩く弓形に湾入し,奥行き約180メートル,湾口付近及び波打ち際から約40メートル付近の水深がそれぞれ略最低低潮面5メートル及び1.5メートルで,E組合の第1種共同漁業区域の一部とされ,波打ち際から沖合5メートルないし60メートルの間の水域がさざえ,もずくなどの漁場となっていた。
 泉の浜は,海岸が高さ約30メートルの切り立った崖で囲まれ,湾奥東寄りの海岸に約350メートルにわたって幅約6メートルの砂浜が形成され,その中央付近に崖上から降りる階段が刻まれ,崖上に駐車場があり,公設の海水浴場ではなかったが,長年にわたり夏季になると行楽客が訪れ,海水浴場として利用されていた。
 E組合では,泉の浜沖合も含めて採介藻漁を行う場合,複数の漁船が同じ水域で併行して操業することもあることから,漁船と潜水者の接触事故を防止するために,船上にA旗を掲げ,潜水する付近には浮き輪を浮かべるなどの措置をとることを組合員相互間で申し合わせていた。そして泉の浜では,海水浴客のなかには遊泳中に潜水してさざえなどを採る者がいることから,駐車場入り口付近に採捕禁止の看板を設置していたほか,操業者が直接注意していたものの,漁船が出入りすることがある旨海水浴客に注意を促す標識などの表示をしていなかった。

4 事実の経過
 龍潮丸は,A受審人が1人で乗り組み,さざえ等採捕の目的で,平成15年7月29日08時30分石川県橋立漁港を発して同港南西方の加賀市片野町沖合の漁場に至り,潜水によりさざえなど約70キログラムを獲たところで操業を終え,船首0.09メートル船尾0.13メートルの喫水,船外機下端まで水面下0.53メートルの深さをもって,13時ごろ同漁場を発進し,途中,翌日のもずく漁の下見を行うため泉の浜沖合に向かった。
 A受審人は,船尾物入れの右舷寄りに腰掛け,左手で船外機のスロットルグリップを握って操船に当たり,片野町沖合を北上して加佐ノ岬北西沖合に至って,同岬を右方に約140メートル隔てて付け回しながら,もずくの生育具合を確かめることにしていた泉の浜沖合を見渡したとき,水面上に何も認めなかったが,ほぼ同時に同浜の砂浜中央付近に海水浴客と思われる数人の人影を認めた。
 13時18分わずか前A受審人は,加佐岬灯台から325度(真方位,以下同じ。)270メートルの地点に達したところで,針路を目的の水域に向首する111度に定め,16.0ノット(対地速力,以下同じ。)の速力で進行した。
 A受審人は,砂浜の人影に気付いたとき遊泳者や潜水者がいるかもしれないと推測したものの,定針前に見渡した目的の水域に,以前よく見かけた潜水する海水浴客が浮かべている浮き輪等を認めなかったせいもあって,大丈夫と思い,見張りの時間に十分余裕が持てるよう速力を大幅に減じて安全な速力とすることも,船首を左右に振って死角を補いながら見張りを行うこともしないまま続航した。
 13時18分半わずか過ぎA受審人は,目的の水域の手前約200メートルに接近したとき,少しせり出していた崖の影になってそれまで見えなかった砂浜の西端付近に,十数人の海水浴客がいて数人が波打ち際近くの海中に入っているのを認めたので,遊泳者が他にもいることを懸念し,船首を少し左方に振り前路を確認してから原針路に戻すことを2回ほど繰り返したが,このころ同水域で潜水と浮上を繰り返していた遊泳者Dが,たまたま潜水中であったのでこれを認めることが出来ず,原針路に戻し,D遊泳者を避けないまま進行した。
 龍潮丸は,13時19分加佐岬灯台から086度360メートルの地点おいて,原針路,原速力のまま続航中,船外機下部が潜水中のD遊泳者に接触した。
 当時,天候は晴で風力1の南風が吹き,海上は静穏で,視界は良好であった。
 A受審人は,船外機が跳ね上がった衝撃に驚いて後方を見たところ,浮上してきたD遊泳者が負傷しているのを認め,直ちに同人を収容して橋立漁港に帰港し,救急車で病院に搬送する措置をとった。
 また,D遊泳者は,子供のころから泉の浜を訪れて海水浴等の経験を有しており,海水浴の目的で家族3人を自動車に乗せ,7月29日08時自宅を出発し,11時半ごろ泉の浜の駐車場に到着した。
 D遊泳者は,砂浜の中央付近に場所をとったのち子供2人とともに海に入って遊泳し,その後陸に上がって昼食を摂り,13時ごろ1人で水中眼鏡,シュノーケル及び黄色の足ひれを装着してゴム付きのやすを持ち,青地に黄,赤,黒の模様入りの海水パンツを履いて耳栓は付けないまま再び海に入った。
 D遊泳者は,水深約2メートルの前示発生地点付近において,あまり移動することなく潜水と浮上を繰り返しながら遊泳していたが,浮き輪を浮かべるなどして潜水時の自己の存在を示す措置をとっていなかった。
 13時18分半わずか前D遊泳者は浮上し,胸近くまで身体を水面上に出した姿勢で水中に立ち,水中眼鏡を上にずり上げて顔を拭い,浮上してから十数秒後再び潜り,前示のとおり,潜水中に右側上腕部及び胸部に龍潮丸の船外機下部が接触した。
 その結果,龍潮丸は,損傷がなかったが,D遊泳者は,右上腕骨開放性骨折,多発肋骨骨折及び両側外傷性血気胸を負い,外傷性ショックにより死亡した。


(本件発生に至る事由)
1 龍潮丸
(1)航走中に操船位置から前方に死角が生ずること
(2)A受審人が,海岸に海水浴客と思われる人影を認めたのち速力を大幅に減じなかったこと
(3)A受審人が,定針したときから死角を補う見張りを行わなかったこと

2 遊泳者

 潜水に際して自己の存在を示す措置をとらなかったこと

3 その他

 E組合が,漁場であるとともに海水浴場として利用されていた泉の浜に,漁船が出入りすることがある旨海水浴客に注意を促す標識などの表示をしていなかったこと

(原因の考察)
 A受審人は,泉の浜沖合で潜水する海水浴客をしばしば見かけ,貝類を捕らないよう注意を促した経験を何度も有していたので,同浜沖合の目的地に向け針路を定める際,海岸に海水浴客と思われる人影を認めたとき,潜水している者がいるかもしれないと推測したのであり,潜水者の存在を予見した定針時点から,16.0ノットより大幅に速力を減じ安全な速力として見張りの時間に余裕を持つとともに,死角を補う見張りを行う措置をとって慎重に進行していたならば,遊泳者が目的地付近で浮上と潜水を交互に繰り返し,その潜水時間が15秒ないし25秒であった態様から,定針から目的地までの約540メートルの航程の間に何回か浮上する遊泳者を発見できた機会は十分にあり,本件を回避できたと認められる。
 A受審人は,定針時から16.0ノットの速力のまま進行し,死角を補う見張りを行ったのは目的地の手前約200メートル,本件発生の約24秒前からの一時的であって,たまたま潜水中であった遊泳者を発見できなかったのであり,十分な見張りを行っていたとは認められず,定針したときから,大幅に速力を減じて安全な速力としなかったことと,死角を補う見張りを行わなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 遊泳者は,泉の浜で十数年の海水浴の経験があり,その沖合が貝類の漁場であることを同浜付近に設置された採捕禁止の看板から知ることができ,漁船が出入りすることを予見可能であったから,これまでこの水域で他の海水浴客達が潜水する際に浮き輪等を浮かべていたのと同様な措置をとっておれば,A受審人が,定針直後から目的地の手前540メートルから約200メートルまでの間,見張りが不十分で浮き輪等の存在に気付かなかったとしても,定針する際目的の水域を見渡したとき,及び目的地の手前約200メートルから死角を補う見張りを行ったときにいずれも潜水中の遊泳者の発見は困難であるものの,浮き輪等によって容易に自己の存在を察知させることができたのであり,本件を回避し得たと認められ,同人が自己の存在を示す措置をとらなかったことは本件発生の原因となる。
 E組合が,漁場であるとともに海水浴場として利用されていた泉の浜に,漁船が出入りすることがある旨海水浴客に注意を促す標識などの表示をしていなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から是正されるべき事項であり,公設の海水浴場でなくとも長年にわたり行楽客が海水浴場として利用しており,漁場の管理者としては漁船が出入りすることがあることを海水浴客に十分周知する措置が望まれる。
 龍潮丸において,航走中に操船位置から前方に死角が生ずることは,この種の小型船舶においては一般的な状態であって,船首を振るなどして死角の解消が可能であることから,原因とするまでもない。

(海難の原因)
 本件遊泳者死亡は,石川県加賀市泉の浜沖合において,漁場に向け進行中の龍潮丸が,見張り不十分で,前路で潜水と浮上を繰り返している遊泳者を避けなかったことと,遊泳者が,潜水に際して自己の存在を示す措置をとらなかったこととによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,石川県加賀市泉の浜沖合において,同浜の漁場に向け針路を定める際,海岸に海水浴客と思われる人影を認めた場合,これまでの同漁場における航行経験から,潜水も兼ねた遊泳者が存在することもあったのであるから,定針したときから速力を大幅に減じ,船首の死角を補うなどして前路の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに同人は,定針する際目的の水域に,以前よく見かけた潜水する海水浴客が浮かべている浮き輪等を認めなかったので大丈夫と思い,定針したときから速力を大幅に減じ,船首の死角を補うなどして前路の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,遊泳者との接触を招き,同人を外傷性血気胸等により死亡させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を2箇月停止すべきところ,国土交通大臣の指定する再教育講習を受講したことに徴し,同法第6条の規定を適用して小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文 平成16年3月17日神審言渡
 本件遊泳者死亡は,第八龍潮丸が,見張り不十分で,遊泳者を避けなかったことと,遊泳者が,潜水に際して自己の存在を示す措置をとらなかったこととによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。


参考図
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