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はじめに
 ここに日本財団助成「被虐待児の保護者支援ビデオ教材日本版の作成及び専門職講座の開催」事業の報告ができることをうれしく思います。昨年同様、日本財団から助成をいただきました。今年度は、「神戸少年の町版コモンセンス・ペアレンティングビデオ教材の作成」をメイン事業とし、「神戸少年の町版コモンセンス・ペアレンティング教材披露会」「コモンセンス・ペアレンティング・トレーナー養成講座」「コモンセンス・ペアレンティング報告会」の4事業を行いました。虐待事例の増加と深刻化から、被虐待児だけでなく、親への援助が課題となっています。こういったニーズに私たちのプログラムが少しでも役立てばとの思いで事業を進めてまいりました。
 この事業は2000年に神戸少年の町で身体的虐待を理由に入所した子どもの親への援助を行ったことがきっかけでした。2003年に米国版の教材の翻訳(ビデオ教材の吹き替え版を含む)を完成させ、児童虐待に直接関わる専門職を対象にトレーナー養成講座をはじめました。そして、今年度、待望であった日本オリジナルの教材を作成することができました。今後はこの教材がどのように日本で受け入れられるのかを吟味していきたいと思っています。
 2006年3月で、CSPのトレーナーも229名に達し、児童相談所を中心として、実践が拡がってきました。今年度も開催した「コモンセンス・ペアレンティング報告会」でも、身体的虐待のケースを中心に実践報告が行われました。報告会での発表を見てみると、今年度からは効果測定を行った事例が聞かれるようになり、CSPの実践を試みるという段階から、実践の質を問う段階へと進みつつあるように感じました。今回の報告書では、CSPの内容の紹介を行うとともに、その効果をいくつかの手法で調査しました。非常に小さい試みですが、少しでも皆様の実践に役立てばと思います。
 最後になりましたが、助成をいただきました日本財団および神戸市をはじめ関係機関の皆様のご協力とご理解に深く感謝の意を表します。この冊子が児童虐待に関わる皆様に少しでも役立つことができれば幸いです。
2005年3月
社会福祉法人 神戸少年の町
施設長 谷口剛義
 
1. 神戸少年の町
 神戸少年の町は、昭和22年アメリカのネブラスカ・ボーイズタウン創設者フラナガン神父(故人、日本の次に訪れたドイツにて死去)が来阪された際、当時の大阪カトリックアクション会佐々木鉄治神父(故人)に、戦争で家庭を失った子どもたちに養護施設を建てることを奨励されたことをきっかけとして、その歴史が始まった。
 フラナガン神父はアメリカのストリートチルドレン達が町で悪いことをしながら生きていくことを憂い、彼らが安心して暮らせる家であるボーイズタウンを創設した神父である。“There is no such a thing as a bad boy”(悪い子どもなんていないんだ)という信念のもと、子ども達のケア施設をつくった(現在はアメリカに19のブランチを持つ全米最大の複合的児童福祉施設に発展している)。その同じ信念で、昭和23年2月に進駐軍より建物の引渡しを受け、3名の子ども達がはじめての少年の町の子ども達となった。当初より、アメリカと同じように、子どもの手による自治を重視した町長制を採用したのがその特徴で、この精神は今も、子どもたちを中心としたケアをしようという私たちの理念に残っている。昭和25年には、財団法人を組織し、財政的基礎を確立、昭和29年には、施設出身者のアフターケア施設「青雲寮」を、昭和42年に乳児院を開設しそのサービスを広げてきた。これも子どもたちへのニーズに応えようとする少年の町の精神である。
 平成に入り、現在の子ども達のニーズの変化に対応できるよう、また、建物の老朽化に伴い、改築の準備を進めた。平成13年度には、国や、神戸市からの助成金、そして、後援会をバックにした国内外の個人団体、特にカトリック関係者の多大な援助を受け、子どもにも、環境にもやさしいというコンセプトをもった建物が完成。自然の風や光がふんだんに取り入れられるように設計し、素材も天然木をふんだんに使っている。児童養護施設の建物は、一戸が独立したグループホーム6件を要する建物(地域に分園を一戸)を採用した。乳児院のほうは、開放的かつ流動的な一室空間型を採用し、それぞれの家に個性がでるようにしてある。また、地域の子育てニーズに対応できるよう子ども家庭支援センターや、地域との交流を深める場としての地域交流スペース等の充実を図ってきた。ニーズのあるところにサービスを拡げよう。現在も続く少年の町の精神である。
 
 
 
2. 事業の概要と目的
 本事業は日本財団の支援を受けた事業であり、名称は「被虐待児の保護者支援ビデオ教材日本版の作成及び専門職講座の開催」である。事業の目的として「被虐待児の保護者支援モデル教材日本版を開発することにより、日本における虐待をする保護者を支援するモデルを確立し、児童虐待予防、そして再発防止に努める」を掲げ、「神戸少年の町版コモンセンス・ペアレンティングビデオ教材の作成」「神戸少年の町版コモンセンス・ペアレンティングビデオ教材披露会」「コモンセンス・ペアレンティング・トレーナー養成講座の開催」「コモンセンス・ペアレンティング報告会の開催」の4つの事業を実施した。
 本報告書はこの4つの事業の成果を報告するものである。以下に簡単に各事業の概要を紹介する。
 
「神戸少年の町版コモンセンス・ペアレンティングビデオ教材の作成」
 これまで、神戸少年の町では、米国のGirls and Boys Townで開発されたコモンセンス・ペアレンティング教材の日本語翻訳版を使って実践を行ってきたが、米国版ではない日本独自の教材を求める声は高かった。そこで、これらのニーズに応えるため、神戸少年の町版ビデオ教材の開発を行った。開発に際しては、実際にこの教材を用いて支援を行う専門職へのニーズ調査を行った。ここでは、これらの調査結果の概要を合わせて報告する。
 
「神戸少年の町版コモンセンス・ペアレンティングビデオ教材披露会」
 2005年12月に、神戸少年の町版CSPビデオ教材の披露会をこれまでCSPトレーナー養成講座を修了した専門職を対象に行った。披露会では、開発した神戸少年の町版のビデオ教材の解説を行った。また参加者から教材への評価を実施してもらった。
 
「コモンセンス・ペアレンティング・トレーナー養成講座」
 虐待をする親への親支援プログラムであるCSPを学んでもらうためのトレーナー養成講座を3回実施した。各回、15名を定員として、45名の被虐待児に直接関わる専門職をトレーニングした。
 
「コモンセンス・ペアレンティング報告会」
 平成17年12月までに神戸少年の町でトレーナー養成講座を修了した専門職を対象にフォローアップセミナーとして実践報告会を開催した。CSPを用いた親支援を行った児童相談所の職員4名から実践報告が行われ、実践への活発な議論が行われた。
 
3. コモンセンス・ペアレンティングの概要
 各事業の報告に入る前にCSPの概要を紹介する。CSPは行動療法の理論背景をもとに、オペラント条件付けを基礎とした賞罰の与え方や、具体的にどのように子どもとコミュニケーションをとっていくのかといったしつけのスキルを経験的に学習できるプログラムである。ビデオやマンガといったビジュアルな教材を用いたモデリングとロールプレイを重視しており、子どもの問題行動に教育的に対処できるようなしつけのスキルを身に付けられるようになっている。プログラムは6回シリーズである。プログラム間は2週間くらいあけて行い、全プログラムは2〜3ヶ月である。
 
 
3.1 CSPの虐待への視点
 CSPは身体的虐待を伴う事故のほとんどが子どもをしつけようとして起こっていることに注目し、暴力に頼ったしつけの連鎖を止められるように親に教育を行うことを目的としたプログラムである。CSPでは暴力的なしつけを行う要因として、1)暴力的なしつけの持つ即効性、2)暴力以外のしつけの方法を知らないこと、3)親の権威の喪失への恐れ、といった3つを挙げ、これらの要因が引き起こす連鎖を止められるように親を教育することをCSPの視点としている。虐待の親と話しをしてみると、「なんど言っても聞かないので、叩いた」「この子は親をなめている。わからせようとして叩いた」という言葉が出てくることが多い。子どもをしつけたいが、どうしていいのか分からずに、叩く、しかし、子どもが言うことをきかないので、さらに叩くという暴力の連鎖を生む上記の3つの要因を減らせるような援助を行うのである。暴力はエスカレートし、しだいに止めることが難しくなる。しかし、暴力で人を変えること、つまりはしつけを行うことは不可能に近く、また、子どもをうまくしつけられない経験は親の自己評価を低めてしまうのである。きちんとしつけすることができない自分は失格だと。CSPでは、暴力に頼ったしつけを肯定はしないが、親が置かれている(追い詰められている)状況への理解を示しながら、暴力以外の方法を用いたしつけのスキルを教えていくことにより、最終的には暴力以外の方法で子どもをしつけられるという自信を持てるよう導くのである。
 
3.2 CSPのプログラムの構成とプログラム
 プログラムは経験的学習の機会となるように工夫され、具体的なしつけのスキルが身に付けられる構成と内容になっている。プログラムの構成としては以下の5つのアクティビティで成り立っている。1. 復習(前回習ったテーマのまとめ、一回目は導入となる)、2. テーマの紹介(その日取り上げるテーマに対する講義)、3. モデリング(主にビデオを用いる。ビデオでは、良い例、悪い例などのシーンが収録されており、具体的に学んでいくことが可能となる)、4. ロールプレイとディスカッション(参加者同士での練習と話し合い)、5. まとめとなっている。また、各プログラムの内容は以下のプログラムからなる。なお米国版と神戸少年の町版では若干の修正がある。
 
表3-1 CSPのプログラム
米国版 神戸少年の町版 内容
教育者としての親 わかりやすいコミュニケション 子どもの行動を抽象的な言葉を使わずに、具体的に表現する方法を身につける。
良い結果・悪い結果 行動の後の結果(親の対応)に注目し、子どもの良い行動を増やし、子どもの悪い行動を滅らす方法を身につける。
効果的な誉め方 効果的な誉め方 効果的に誉める方法を身につける。
予防的教育法 予防的教育法 前もって、子どもに言ってきかせる方法を身につける。
問題行動を正す教育法 問題行動を正す教育法 子どもの問題行動に介入する方法を身につける。
自分自身をコントロールする教育法 自分自身をコントロールする教育法 子どもが感情的になって反抗したり、泣き叫んだり、すねたりといった親子の緊張が高まる場面での対処方法を身につける。
まとめ
まとめ
 
3.3 CSPのこれまでの試み
 アメリカでは1989年以降、虐待の親や子育てに悩む親たちに実施してきた。現在まで、25,000人以上の親が受講した実績がある。アメリカにおいては、科学的手法を用いた効果測定も実施しており、効果が実証されている数少ないプログラムの1つである。虐待防止に関しては、アメリカの25の空軍キャンプにおいて379人の現役軍人の親に対しての調査がある。プレ・ポストテストを行った結果、子どもの問題行動の頻度が減少し、親子関係が良くなり、身体的虐待を犯す可能性を示す尺度の数値のいずれもが有意に減少したと報告された。虐待を犯した親に対してテキサス州で行われた調査(150名)でも、同様の結果を得ており、養育スキルの改善が家族に良い影響を与え、虐待の再発にも効果があることが示された。家族の収入の差(貧富の差)による効果の違いや子どもの年齢における効果の違いに関する調査でも、これらの要因に関係なく、CSPが子どもの問題行動を抑え、家族関係の改善に効果があることを報告している。
 日本においては、2000年1月に神戸少年の町(児童養護施設)に入所している身体的虐待の父親に実施したのを契機として、主に身体的虐待で入所した子どもの親に実施してきた。また、神戸市西区保健福祉部ではいわゆる虐待のグレーゾーンの母親のグループでの実践を行った。その効果等については以下の報告を参照。
 
野口啓示 2005『虐待をする親への親支援専門職講座の開催および調査事業報告書』日本財団助成事業社会福祉法人神戸少年の町
野口啓示 2005「児童養護施設における援助―行動アプローチの有用性について」『母子保健情報』50号
野口啓示 2004「ペアレントトレーニングを用いた保護者への支援の実際」、児童虐待防止対策支援・治療研究会編『子ども・家族への支援・治療をするために」虐待を受けた子どもとその家族と向き合うあなたへ』、財団法人日本児童福祉協会
野口啓示 2003「児童虐待への取り組み−ペアレント・トレーニングを用いた親へのアプローチ」『行動療法研究』29巻2号
野口啓示 2003「ケアする人への支援−ペアレント・トレーニング」『世界の児童と母性』55号
野口啓示 2003「親へのアプローチプログラム」子どもの虐待とネグレクト 第4巻1号 第7回学術集会特集
野口啓示 2003「ペアレント・トレーニングの実践報告」平成14年度厚生労働科学研究
(子ども家庭総合研究事業)被虐待児童の保護者への指導法の開発に関する研究(主任研究者庄司順一)


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