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「セロトニン欠乏脳」
〜キレる脳を鍛え直す〜
 
講師 東邦大学 有田 秀穂(ありた・ひでほ)教授
 
 
<プロフィール>
東邦大学医学部生理学教授。1948年、東京都生まれ。東京大学医学部卒業。東海大学医学部で臨床、筑波大学基礎医学系で脳神経の基礎研究に従事した後、現職。主な著書に「セロトニン欠乏脳」(NHK出版)、「禅と脳」(大和書房)など。
 
 皆さん、こんにちは。本日は、こういう機会を与えていただきました高橋先生、それからUIゼンセン同盟の事務局の皆様に厚く御礼を申し上げます。私の話は、実はここに出てきますパワーポイントでお話しさせていただきますので、こちらに移動させていただきます。約2時間、時間がありますので、私の話は大体1時間半ぐらい続けさせていただいて、そのあと、いくらでもご質問ください。いろんな所で話をさせていただいてるんですが、1時間近くご質問が出た所もありますので、どうぞご遠慮なさらずに。
 とりあえず私の話ですが、テーマは「セロトニン欠乏脳」ということでお話をさせていただきます。セロトニン欠乏脳というのは造語ですから、恐らくご存じない方もいるかと思います。「セロトニン」ないしは「セロトニン神経」という言葉は、恐らく耳にしたことがある方が比較的多いのではないかと思います。特にこれからお話ししますけれども、私の研究は、いったいセロトニン神経がどんな部分にかかわるのかを専門に研究してきております。
 結論から言いますと、今、高橋先生がお話しになりましたように、子供の問題で、生体リズムの問題ということに実は密接に関係していまして、覚醒の神経だと。幸せの神経、ハピネスの神経、いろんな言い方がありますけれども、覚醒のときに私たちの心と体を癒してしてくれる神経。その辺のところを皆さんにお話しさせていただきます。
 ここに出ています本は、2003年ですから2年前にNHK出版から出した本です。「セロトニン欠乏脳」という名前は、その時の編集者の方が作った造語です。最初は非常に違和感があったんですけれども、だんだん、セロトニン欠乏脳というのは非常にうまく表現しているという感じになってきています。これから私の話は、セロトニンの欠乏脳がなぜ起こるのか、ないしはセロトニン神経の特性を考えると、現代、セロトニン欠乏脳は非常に増えてきている。そういう警鐘といいますか、問題の提起が一つある。
 しかし、もう一つは、この下の所に出てきている「キレる脳、うつの脳を鍛え直す」ということで、ただ単に問題提起だけではなくて、実はそれを解決するといいますか、鍛え直すことは充分可能である。実は私たちの生活習慣の中に、そのセロトニンを弱らす要因が隠されていて、それを治すのは、何も薬、治療という面だけではなく、私たちの普段の生活をある程度日々改善するといいますか修正していくと、充分に元に戻せるだろうと。そういうお話になります。
 まず最初に、セロトニンが弱った状態ということで、今日話題になります、キレる脳です。それから自閉症。この辺は子供の問題ですが、上のほうになりますと、セロトニンが弱った一番の病気というのはうつ病になります。今、非常にうつ病が多いです。こういう教育現場の中だけじゃなくて、実はいろんな企業の所にもこの辺が多々あります。実はかなりいろんな企業で蔓延している自殺者の数ですけれども、自殺者が3万人を超えて、もう3年、4年になります。うつが非常に大きな原因ですが、そういう意味では自殺者の数が非常に増えている。
 
セロトニン神経が弱った状態
 
 それから、パニック障害という言葉をご存じの方があると思います。私の所にいろんな雑誌とかマスコミの方が取材に来られることがあるのですが、その人自身が「実は私はパニック障害です」と告白して帰られる方が2人、もう既にいます。現役で仕事をされている人の中に、パニック障害で悩まれている、ないしは障害を抱えて仕事をしているという人が意外と多いのです。
 
図1 わが国の年間自殺者総数の推移
 
 それから過食症・拒食症。これは、食べるのが止められない。特に若い女の人に多いです。今、ダイエットブームですから、太るのが嫌なのですぐ吐く。しかし、また食べてしまう。やはり一種の心の病ですけれども、これも多いです。私は医学部で教えているのですが、女子学生の中にクラスに大体1人か2人はいます。それぐらい多くなっています。
 それから、今よく聞かれると思うのですが、慢性疲労症候群。原因がはっきりしないんだけれども、元気が出ない。今、研究されている最中ですけれども、これもセロトニンが弱った状態であると考えることができます。その理由というのは非常に単純でして、一番下にこの治療薬があります。このセロトニン再取り込み阻害剤、SSRIと言われるものです。この薬が最初に発売されたのは、実は1987年、約20年前です。プロザックという薬でアメリカで発売されたのですが、爆発的に売れました。約1千万の人が使っていると言われるぐらいにこの薬は非常に売れたというか、よく使われるようになりました。その背景には、やはりうつ傾向が高い。アメリカの生活の場合には、どちらかというと、いつも‘元気はつらつ’という状態が好まれますから、ちょっとうつっぽいという程度でこの薬を使ってしまうことがよくあると言われます。この薬はうつ病の治療薬として日本でも、プロザックではないですけど、いろんな別の会社から出ています。
 それから、パニック障害、過食症、慢性疲労症候群、これらすべてが実はそのセロトニン再取り込み阻害剤、SSRIが非常にいい薬として使われています。この薬の最後は、セロトニンの再取り込みを阻害する。これからお話ししますけれども、セロトニン神経の働きをむしろ増強させるタイプの薬です。ですから、逆に言うと、弱っているということがそういういろいろな疾患を増やしているというふうに考えています。
 ポイントは、こういう病気が実は最近非常に増えているということなのです。例えば、パニック障害という言葉は、実は私が医学部で30年ぐらい前に授業を受けた時に、この言葉すらなかったのです。それが今はもう、よく出てきます。うつも、中高年だけじゃなくて、若い人が本当に多いのですけれども、大体年齢を問わず。パニック障害の場合には働き盛り。過食症ですと女性です。それから下に行きまして、自閉症、キレる子供、こういうものも実はセロトニン神経に問題があるということが示唆されています。自閉症の場合には、セロトニン神経の権威である瀬川先生、第一人者ですけれども、唱えられています。
 それから、キレる子供というのは、これは病名じゃないです。そういう意味では、キレる子供がセロトニン神経が弱っているということは、いろんなかたちで示唆されますけれども、これが確定しているわけではありません。これからお話しします内容から、皆さんがそれを納得していただけるかと。そういうところで、セロトニン神経についてお話しさせていただきます。
 セロトニン神経がこういうふうに非常に増えてきている。セロトニン神経が弱った状態が急に増えてきた理由は、恐らく私たちの現代生活の中に理由がある。セロトニン神経の働きで活性化要因が二つあります。一つは作業。もう一つは体を動かすこと。体を動かすというと、リズム性の運動でございますけれども、この二つが重要な活性化要因です。実はこの二つが私たちの生活の中から恐らく無視される、ないしはだんだん失われている。それが、現在、セロトニン神経が弱った状態を作り出しているんだと。それが私の第一番の主張です。
 実は、私の研究は、病気の研究ではなかったのです。最初の取っ掛かりは、13年前ですが、座禅の研究をしていたのです。座禅が脳科学でどういうふうに説明できるか。そういう研究を13年前に始めています。皆さん、座禅をやられる人、やらない人でも日本人ですから座禅が心とか体にいろいろな作用をするということは何となく知ってると思います。私もその程度の知識しかなかったんですけれども、その座禅の効能は間違いなく私たちの心と体に影響しています。それは間違いないと思います。
 お釈迦さんが2,500年前に広めてくれた教えですけれども、それがこれだけの時代を超えて更に世界じゅうに広まっているわけです。海を越えて広まっている。広まっている理由は、まやかしであれば広がりようがないです。サイエンスというのは検証が重要ですが、この場合の検証は、2,500年、そして世界中の人たちが検証しているという意味から、これほどチェックを受けて、しかもなお生き続けているという意味では、まさに真理です。それをサイエンスで説明できないだろうかというのが、私の研究です。そこに体のキーワードがセロトニン神経ということになります。
 
 
「弟子たちよ、入息出息を念ずることを実習するがよい。かくするならば、身体は疲れず、目も患まず、観へるままに楽しみて住み、あだなる楽しみに染まらぬことを覚えるであろう。かように入息出息法を修めるならば、大いなる果と、大いなる福利を得るであろう。かくて深く禅定に進みて、慈悲の心を得、迷いを絶ち、悟りに入るであろう」(雑阿含経)
 
 皆さん、お釈迦さんがこの座禅の呼吸法をされて、そしてお弟子さんが、その内容を使えた「雑阿含経」ですが、「入息出息を念ずることを実習するがよい」。この入息・出息というのは座禅の呼吸法の一種です。「かくするならば、身体は疲れず、目も患まず観へるままに楽しみて住み・・・」。要するに、心じゃなくて体に影響しますよということを言っているわけです。それから「かように入息出息を修めるならば大いなる果と、大いなる福利を得られるだろう」。要するに、心にも影響しますよと言っています。
 実はサイエンスと宗教の違いは何か。検証されなくちゃいけないという点では同じなのですが、サイエンスはいろいろな機械を使うのです。脳波を測る、脳の血中を採る、採血するとか。大きいのは今、動物実験ですかね。人間自身ではなく、宗教というか、この世界は何で検証するかというと、自分自身で検証するのです。自分自身の脳と体で検証するのです。ですから、ほかの人に伝えるという点ではかなり主観が入ってしまうという問題はあるとしても、検証の仕方という点では同じなのです。
 お釈迦さんの座禅のことを勉強し始めますと、私が感じるのは、お釈迦さんはすごく研究者ないしは実験者だと。どういうことかというと、この座禅の呼吸法に到達する前に、ご存じの方も多いと思うのですけども、お釈迦さんというのは6年の歳月を越えて山にこもるのです。徹底的に、いわゆる荒行、修行というのをやるのです。その内容は実は私たちサイエンティストというか医者の立場からすると、ストレス実験です。すごいストレス実験です。普通、倫理委員会に掛かるとまさに許可されないような、かなりのストレス実験を自分に課すわけです。自分に課して、自分の体と自分の脳と心で検証しているのです。
 そういう意味では、いろいろなものを読みますと、お釈迦さんというのはすごい実践家だなというのが私の印象です。実は私だけではなくて、ドイツの哲学者のニーチェが「釈迦は偉大なる生理学者だ。その教えは衛生学だ」と言っているそうです。まさに、私も釈迦のいろんなことを読みますと、そういう意味では、「ああ、すごい実験家だな」と思います。
 ストレスの内容は、肉体に対するストレス、断食を含め呼吸を止めるとか、冷たい寒冷ストレス。外部環境下だけではなくて、心のストレスも課す。羊飼いの子供につばをはきかける。それから山の中の猛獣がいるような所、真っ暗な所で何日も過ごすとか。そういう意味では心のメンタルストレスも動かす。この人は実は、6年の歳月かけてあらゆるものを調べ尽くしたのです。ところが、そのストレス実験を捨てるのです。要するに、いくらそれをやってみても自分の求めている世界ではない。その結果、山を下りて菩提樹の下で座禅の呼吸法をしたのが、お釈迦さんのこの言葉になっているのです。
 ストレス実験の話は、あとで出てくる脳の中の神経からしますと、ノルアドレナリン神経というストレスに関係する神経に恐らくかかわっている。調べ尽くしたのです。しかし、それをいくら言っても駄目だと。その結果出てきたのが、この呼吸法なのです。呼吸法は何を動かすのかというと、これからお話ししますけれども、セロトニン神経を動かす。心の問題からしますと、もう一つ、快に関する神経であることが重要であると。
 これは後半でお話ししますけれども、お釈迦さんのもう一つのすごいなと思ったのは、もともと王子なのです。そういう意味では、快といいますか、欲望という点では、どんなことでも可能な条件に最初はあったのです。ですから、快、欲望に関することは比較的若いころに体験的に理解していた。それをわざわざ捨てて山にこもって、荒行をして、ストレスを徹底的に調べる。だけども、そうじゃない。たどり着いたのが、この呼吸法。その呼吸法というのは、一種、体を動かすことです。それが実は心と体をというより、自律神経から、いわゆる身体に確実に影響するということをご自分で調べたのです。それをいろんな人、私たちに伝えた。そういうふうに見ることができるのです。







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