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ゲーム脳への対応
 
<プロフィール>
日本大学教授・医学博士。
1947(昭22)年 北海道生まれ。
日本大学大学院修了。日本大学医学部講師、ロックフェラー大学研究員、カナダクィーンズ大学客員教授を経て現職。専門は脳神経科学。
脳内の体性感覚野と運動野の神経回路をニューロンレベルで研究していたが、高齢者の痴呆や情報機器が脳に及ぼす影響についての研究も行っている。
2001年日本健康行動科学会理事長に就任。
著書に「ゲーム脳の恐怖」(NHK出版)、「ITに殺される子どもたち」(講談社)などがある。
 
 ただいま紹介していただきました、私、日本大学の森昭雄です。
 それではスライドを使いながら話をしたいと思います。ゲーム脳というのはどういうことかということについてデータを提示しながら話をしたいと思います。この「ゲーム脳」という言葉、これは2002年7月8日、毎日新聞1面に「ゲーム脳ご注意」ということで、キレやすい、集中できない、付き合い苦手、毎日2時間以上ゲームを行っていると前頭前野の働きが非常に悪くなると、そういった記事が載ったわけです。次の日、世界のマスメディアが動きました。フランス、ドイツ、韓国、中国、アメリカからカメラを持ち込んでの取材ということで、すべてお断りしました。というのは、10日にモンゴルに行く計画がありまして、草原で暮らしている子どもたちの脳波を調べたい。そういったことがありましたので、お断りしました。電話で対応したわけですけれども、世界的に非常に大きい反響がありました。
 これまでの私の研究そのものは脳の中の神経回路の研究です。例えば、手の神経が切れてしまうと脳の中でどういうネットワークが再構築されるのか、あるいは運動野と言われる脳の部分から出力が出なくなっていくと、手が動かない、そして手からの感覚情報が脳に入ってこない。そうすると、そこの場所は完全に空き地になってしまうのか。あるいは、新しいものが新たに生まれてくるのか。そういう研究を二十数年間やってきたわけです。それはアメリカのロックフェラー大学にいた当時から含めて二十数年、そういう研究をしてきたわけですけれども、現在の職場に変わりまして動物実験ができないということもありまして、ヒトを対象とした研究が始まったわけです。
 そこで何をしようかなということで、たまたま高齢者の脳波を記録したところ、非常に脳波の出現パターンが若い人たちと違う。どうなっているのだろうという単純な疑問からスタートしたわけです。私も高齢者となりますと、ボケる、認知症、以前は痴呆と呼んでいましたけれども、そういう問題が出てくるわけです。私自身もできれば認知症になりたくないと、できればぴんぴんころりんの人生を歩みたい。93歳までとりあえず生きると目標を持っていますので、それまではボケないで自分の足でしっかり歩く。人生を何とか過ごしたいなとそういう計画をしていますので、ではボケないためにはどうしたらいいのだろうと、そういった発想から認知症の人の研究を始めたわけです。脳の活動を数値化、定量化するという脳波計がないものですから、そこで定量化できる脳波計の開発をしまして、これも特許を取りまして、医療認可も既に得ています。そういう脳波計を開発して、認知症の進行を見たいと、そういうことでスタートしたわけです。
 認知症はご存じのように、前頭前野に機能低下が起こるということは医学的によく知られています。お会いして5分もすると、会ったことすら記憶にない。あるいは食事はまだしてない。そういった現象が出てくるわけです。
 東京都杉並区に浴風会という、東京ドーム2個分を合わせた敷地に老人病院と特別老人養護施設等があります。そこに認知症の研究では非常に著名な大友英一先生とおっしゃる病院長がおられます。この先生と2年ちょっと認知症の研究をやってきました。そして分かったことは、脳の前頭前野の機能低下、これが脳波成分の中のベータ波が低下するということが分かったわけです。
 ある日、たまたま大学生の脳波を記録したところ、認知症患者の脳波の出現パターンが全く同じ、あるいは認知症以下の大学生がたくさん出てきたんです。どうなっているんだろう?当然大学生ですから、高齢者と違って、血管が詰まって駄目になるということはないわけですね。しかし前頭前野の活動に関してはベータ波の低下が生じており、現象としては非常に類似したパターンがたくさんある。大学生によくよく聞いてみると、小学校から大学までずっとゲームをやってきた。ゲームやっている割合が高い人ほどベータ波の低下が非常に顕著だった。そういったことで、このゲームとベータ波の関係について研究を進めてきたわけです。
 最初はちょっとかじったらやめようかと思ったんですけれども、いろいろやっているうえで解明しないといけない部分がたくさん出てきました。そういうことで現在もこうなったら徹底して、どういう現象で、こういう状態になった場合には必ずこうなると、その辺のところを解明しようということで進めているわけです。
 最近、いろんな事件が低年齢化してきました。今年、大阪で17歳の少年が小学校時代から朝から晩までゲーム漬けでゲームをやってきて、それで学校に乗り込んで先生3人を殺傷してしまった。殺傷したあと本人は教室でタバコをぷかぷか吹かしていた。要するに悪いという気持ちは起こらない。最近の事件は大体悪いとかそういう気持ちは起こらない事件がたくさん増えてきています。そしておまけに何でこういうことをしたんだろうと。その大きい原因というのは大体事件を起こしているバックグラウンドにはパソコン、それからゲームが必ず絡んでいます。
 やはり大阪で起きた別の事件でこの17歳の少年もゲームをかなりやっていて、そして公園で殺す子どもを狙っていた。4歳の子どもがいたので、殺そうと思ってハンマーで思い切り頭を叩いた。死ななかった。ゲームだと一発で死ぬのに死ななかった。そして本人は警察に自首してきました。かばんの中を見ると包丁からいろいろな殺し道具が入っていた。そして本人はゲーム感覚でそういう行動を取る。その行動に対して悪いとは思わない。今日、このような現象の事件がたくさん出てきています。
 これは少なくともここ20年前にはこういう事件はほとんどなかったと思います。悪いことをすれば逃げると、そういうことがあったんですけれども、それはそれなりに悪いことをしたという気持ちが起こっているから逃げるわけです。しかし今のこういう事件というのは逃げない。そういう大きい特徴がある。この17歳の少年は、神戸の酒鬼薔薇少年の事件、そのサイトをしょっちゅう見ている。そして家まで訪ねて行っている。一種の憧れですね。こういう少年たちが、ネット上で目立つこと、そういう行為をしたい。
 それから高速道路バスハイジャック事件というのがありました。これも酒鬼薔薇のサイトを常に見ていて、先にやられてしまったということで、バスハイジャック事件を起こした。そのようにわれわれ大人が気がつかない間に、子どもたちはどんどんおかしくなっているのです。そういったことで、ITが非常に早いスピードで進化してきたと、それに対して、人間に対する影響というものについてほとんど研究が行われていません。最初の大阪の17歳の少年の事件に関しては朝から晩までゲーム漬けということで、24時間ゲームをやっていた。それは一つ親の問題がありますが、親子の間には特別大きい問題はなかったようです。要するに欲しいと言えば買って与える。コンピュータゲームは小学校時代にはいいんですけど、中学、高校に行くと大体頭が働かなくなってくるということが割と多いんです。前頭前野の働きが低下して、非常にキレやすくなってくると思います。善悪の判断が麻痺してくると思われます。前頭前野というのは善悪の判断、それから理性とか道徳心、人間性ですね。それを脳の中で適切に判断する場所で、これが麻痺してしまいます。それが非常に大きいきっかけになって、自己コントロールができなくなって動物的な行動を取るようになってきます。
 これは高校生Y君の例ですけれども、小学校1年から中学2年まで1日1時間、そして休日は2、3時間ゲームをやってきた。現在はやっていない。最近はほとんどテレビも見てない。現在高校1年生ですね。小学校1年から中学2年までゲームをやってきた。本人とも電話で話はしたんですが、非常にまじめそうでしたが、ただ両親とは仲が悪いという印象でした。本人のメールでは「人付き合いが苦手、慣れた人と以外は全く話ができない、なぜか変に人見知りしてしまう。それから物忘れが非常に激しく、何も楽しいと思わない。興味がわかない。優柔不断で判断力がない。よく他人に独り言を言ってると言われ、自分の言ったことを忘れる」。何でもすぐにうんと返事をしてしまうために、本人はきちんと聞いていないものですから、そうすると聞き逃してしまって頭に入っていない。友達や家族にも信用をなくす。以前はこんなことはなかったのに、小学校6年生くらいからこのような状態になった。そして読書も読んだ内容は頭に入らない。本人はどうにかして前頭葉を働かせたいということで、メールが来たわけです。学業に関しては、英語、数学ならできる。かなりの進学校の生徒みたいです。土曜も4時まで授業があるといっていましたから。それで国語の読解問題が全くできません。いくら繰り返して読んでも頭に入らない。特に午前中は頭がボーっとして授業に集中できない。このままでは何もできませんとそういったことでメールが来たわけです。
 いろいろアドバイスをしたわけですけれども、中には「友達の家で見つけたんですが、電気を流して肩こりを治すようなマッサージ器、痛いものがあったんですが、あれをおでこに貼ると前頭前野が働いたりしませんか」と、本人は非常にまじめなんですけれども、突拍子もない、こういう考え方をしているわけです。
 それから薬は何とか手に入らないかとしつこくメールが来ました。ですからご両親と相談して、病院できちんと診断を受け、そして相談したうえで対処してくださいというふうにメールしてあげたんですけれども、それ以外に別名でメールも来ているんですね。薬をどうやって手に入れるのか。そういったことで本人は悪いことをしようということではなくて、何とか治したいという、そして勉強についていきたいとその焦りだと思うんです。こういった実態が現実的にあるわけです。
 このスライドは2002年7月10日、ちょうどモンゴルに飛び立つ日にNHK出版から「ゲーム脳の恐怖」という本が出版されたわけですが、この表紙の写真に子ども3人がいるわけですけれども、この子どもたちは全く会話がない。そして非言語性のコミュニケーション。帰る時に「じゃあまた明日バイバイ」これが今の子どもたちの遊びの実態。この空間で数時間費やしている。これが子どもの脳にとって非常にプラスであればいいのですが、それがそうではないのです。人間というのは人と人の間と書きます。ですから、人と人が言語を交わして生きていく。これが人間の基本的生き方ですけれども、子どもたちはコンピュータゲームによって、いろいろな体験をする。実体験というものはないわけです。これがいろいろ問題を引き起こしているのです。
 これは昨年、講談社から出た「ITに殺される子どもたち」インターネット、携帯電話、コンピュータゲームは脳の働きをこんなに低下させる。こういった本が出たわけです。
 そこで脳の話を少ししたいと思います。まず脊髄がありまして、その上に頭がのっかっていて、脳の幹の部分を脳幹と呼びここは別名生命の中枢と呼んでいます。生命の中枢という表現をしておりますけれども、なぜかといいますとここは呼吸中枢、呼吸のリズムを発生する場所です。そういう神経細胞がここに詰まっている。それから、血圧を調節する神経細胞もこの脳幹に詰まっています。ですから、ここが壊れると生命が絶たれるということになる。そういったことで生命の中枢。中枢というのは最も大切な場所という意味です。
 その脳幹を取り囲む形で、二重の皮質構造があります(図1)。神経細胞の集まった所を皮質と呼んでおりますけれども、その前に古い、新しいと付いております。古いというのは発生学的に古いと、そしてそのあとに進化してできたのが新しい皮質。こういった二重皮質構造になっていて、古い皮質というのは何をしているかというと本能行動ですね。ですから敵が来ると攻撃をかける。おなかがすくと獲物を捕らえてくる。喉が渇くと水を飲む。こういった本能行動に関係した物がこの古い皮質になるわけですけれども、別名動物脳という表現もします。
 
図1 大脳の基本的構成
 
 そしてその上に新しい皮質、別名大脳皮質という言い方もしますけれども、ここは何をしているかというと高次機能です。ないものを作りだすというような創造性、あるいは理性とか、あるいは計算とか、物事の手順、計画、そういうものを司る脳の部分です。そして、これは環境的要素によって大きく変わります。こういう新しい皮質、これが神経細胞の数としては約140億くらいあります。そして厚さわずか2.5ミリから3ミリくらいの厚さなんですけれども、これはI層からVI層構造を成しております。そしてこの狭い頭蓋骨の中に実際入っているわけですけれども、これは実際に頭蓋骨から取り出し、しわを伸ばしますと新聞紙1ページくらいの広さになります。ですから、かなり広い面積を持っていると言うことができます。そのためには脳がしわになっていないといけないですね。ですから、広い面積を持った新聞紙大の新しい皮質を狭い頭蓋骨に納めようとすると、しわにしなければ入らないということです。そして、この新しい皮質、古い皮質の脳幹、これらは相互に神経連絡があるということになるわけです。







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