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脳科学を教育に活かす!「現場からの教育改革」/「ゲーム脳への対応」

 事業名 スポーツ・文化・福祉等の実情調査及び研究等
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


主催者代表あいさつ
感性・脳科学教育研究会
会長 高橋 史朗
 
 皆さん、こんにちは。今日は平日にもかかわりませず、お集まりいただきまして大変ありがたく思っております。今日は初めて感性・脳科学教育研究会を立ち上げるわけでございますが、なぜこの会を立ち上げるかということについて、少しお話を申し上げたいと思います。
 つい先日、三池輝久と言う熊本大学の先生と、月刊誌「MOKO」の対談でお話をさせていただきました。三池先生がおっしゃるには、日本の高校生で12時以降にまだ起きているのは、7割いるというのです。アメリカや中国は10パーセント程だそうです。睡眠障害が乳幼児まで巻き込んでおり、子供たちの心に異変が生じている。脳に異変が生じている。
 これは近年多くの方が、さまざまな本で指摘し始めたことでございますが、私はこの10年で、大きく子供たちが変わったのではないかと思っております。ジベタリアンとか学級崩壊という言葉も、10年前は存在しませんでした。さまざまな子供の変化が、今大きな話題になっておりますが、その一番背景にある問題は、環境の変化だろうと思うのです。そして、親の変化です。私は親心の喪失と言っておりますが、親が親らしさを失ってしまっている。早期幼児自閉症が非常に増えている。それは小さいころに、お母さんに抱き締められないという愛着障害が最大の要因です。それが5年後に、ADHDという注意欠陥多動性障害になっているのが4分の1いるという報告もあります。発達障害や、児童虐待が非常に今増えて参りました。最近のコマーシャルでも、わが子を愛せないという、そういうコマーシャルが出て参りましたが、どうしてもわが子に愛着心がわかないという、こういう女性が非常に増えてきた。その背景には、何があるのだろう。
 先日、文部科学省の情動の科学的解明と教育等への応用に関する検討会と言いまして、情動というのは人間の感性とか情緒とかの根幹になるものでございますが、その情動について解明する検討会が文部科学省の中に置かれていまして、私、その会の報告で大変興味深かったのは、保護者から「どうして給食費を払っているのに、いただきます・ごちそうさまを強制するのだ」と、こういう文句があったというのです。
 今日は保育園からもお見えになっていただいていますけれども、先日熊本の保育協会で講演させていただいておりましたら、しばらく前までは、お弁当の日というものが月1回あったというのです。ところがこれがなくなった。どうしてなくなったかというと、「給食費を払っているのに、お弁当の日を作るということは何事だ」と。「それなら、お金を返せ」と。その結果、行政指導も徹底して、お弁当の日がなくなってしまったわけです。
 つまりこれは、お弁当を開いて、お母さんが作ってくれたお弁当をにこにこして、子供が開ける。手作りのぬくもりというものに感動して、心をときめかす。これが私は幸福の物差しだと思っておりますが、その幸福の物差しが狂い始めて、経済、お金で計られるようになってしまう。こういう時代になっているわけであります。
 合理化とか効率化というものが、経済の豊かさを実現させたものですが、それが親心に入ってくると、親心は崩壊してしまいます。子供の心も崩壊してしまいます。実は今、子供たちの変化の根本には、そういう大きな問題があるのではないか。
 そういう中で、5月の末に臨教審という政府の教育審議会の元会長さんから、突然私の携帯に電話が入りまして、京都大学病院に行きました。92歳の方でございます。この方は脳の基礎研究の権威でございまして、臨教審時代から、今からもう20年も前から、「教育の不易というのは、脳科学なのだ」ということをおっしゃっていました。教育の価値には不易と流行の価値があると言われます。流行の価値は、時代と共に国と共に変わるものです。不易は時代を超えて、国を超えて変わらない、普遍的なものでございますが、それが脳科学とおっしゃっているのが、私には20年前全く理解できなかったのです。脳、脳、脳、とおっしゃったのですが、どうもこの方は脳の専門家だから、脳、脳、と言っているので、私の心の中はノー(笑い)、拒否しておりました。
 でもお会いをしていろいろとお話をし、脳科学について文部科学省が平成15年7月に、脳科学と教育に関する検討会の報告書を出しました。あとで詳しくお話を申し上げますけれども、これは素晴らしい報告書です。学習指導要領を脳科学で改訂しようと考えている、そういう大きな流れの中で、子供の発達段階に応じて、親が子供とどうかかわるべきか。教師とどうかかわるべきかということについて、きちっと理解がなされていない。
 例えば、日本人は昔から「三つ子の魂百までも」と言ってきましたけれども、脳科学者は最近それを臨界期という言葉で、脳の発達段階を見ていると3歳でも60パーセントの神経回路ができている。8歳で90パーセント以上できている。その大事な時期に、どうかかわるかということが大事なのだと。例えば、ビートたけしの「TVタックル」で、先日も父性・母性のことが話題になりました。なぜ今、子供たちの抑制力が育っていないか。むかつき、キレる子が非常に増えてきました。これはあとで詳しくお話を申し上げますけれども、抑制力が育つ脳の発達段階の時期に、父性的なかかわりが欠落しているからであります。父性的なかかわりが欠落しているから、関係性が崩壊しているから、子供の問題行動が生じている。あるいは近年の凶悪事件についても、根本にそういう家庭教育の在り方そのものを問い直す必要がある。
 今日は「親学」というキーワードと「脳科学」というキーワードで、感性を中心にして私は問題提起をさせていただきますが、もう一つは今日着物を着ていただいている方がたくさんいらっしゃっておりますが、日本の文化というものをどのように学校教育と家庭教育に取り戻すかということが、第3の教育改革の課題でございます。
 平成19年、2年後に東京都では高校の新しい教科に、伝統文化というのが始まります。これはあとで資料を用意しておりますから、詳しくお話を申し上げますが、今年から高校10校、小・中50校に研究推進校ができて、来年からは小・中1,900校すべてに伝統文化の学習カリキュラムが導入されます。そして小・中・高を含めて、伝統文化をどのようなカリキュラムで教えるかということが、本格的に東京都では導入されるわけでございますが、これから何が一番日本の教育改革に必要かと言えば、それは人づくりだろうと思っております。人間力、今、子供も疲れています。親も疲れています。教師も疲れています。その根本にある問題は、人間力の衰弱と言っていいでしょう。その人間力の向上を図るような、人づくりの研修をぜひ作っていきたい。そのモデルを作って、全国に発信していきたい。これがこの感性・脳科学教育研究会の目的であり、志でございます。そして、現場からの教育改革。上からの教育改革ではなくて、現場からの教育改革。
 残念ながら戦後の教育界は、不毛な対立がずっと続いて参りました。不毛な対立を乗り越えていくためには、何が脳を育むか、心を育むかという、育の視点に立って、新しい地平を切り開いていく必要があるのではないかと思っております。
 今日は、ゼンセン同盟、全日本教職員連盟、全国教育問題研究協議会、全日本きものコンサルタント協会、教育委員の方、あるいは幼稚園・保育園、感性教育研究所の関係者等、いろんな方がお集まりをいただいておりますが、今日の午後は森昭雄先生が、パワーポイントを使って素晴らしいお話をされます。モーツァルトやベートーベンの音楽を聞いているときに、脳がどういう状態になっているか。500分の1の映像で見せてくれます。大変、感動的であります。数年前は、そんなことは考えられなかった。急速な脳科学の発達によって、教育にどう導入するかということが議論できる時が参りました。今日は、私は歴史的な出発点だと思っております。お集まりいただいたことに感謝申し上げて、開会の挨拶とさせていただきます。今日一日どうかよろしくお願い致します。
 
現場からの教育改革
 
<プロフィール>
埼玉県教育委員会委員・明星大学教授。
1950(昭和25)年 兵庫県生まれ。
早稲田大学大学院終了後、3年間アメリカに留学。
臨時教育審議会専門委員、青少年健全育成調査研究委員会(自治省)座長などを経て、現職。玉川大学院講師、PHP教育政策研究会主査も務める。今年1月より「感性・脳科学教育研究会」を開催し、脳科学教育学会の設立を目指す。主な著書に、「癒しの教育相談(全4巻)」「感性・心の教育(全5巻)」「臨床教育学と感性教育」「日本文化と感性教育」「親学のすすめ」などがある。
 
 まず、子供の変化ということについて考えたいと思います。資料の2ページのここを見ていただけますでしょうか。4、「今日の教育危機をどうとらえるか」という所から入ります。
 私は今、教育の危機の一番深刻なのは、「内なる自然破壊」だと思っております。これは(1)の(2)です。「外なる自然破壊」は、いわゆる環境破壊のことです。自然の生態系が破壊されつつある。これも深刻でありますが、「内なる自然破壊」、これはもっと深刻だと私は理解しております。内なる自然というのは人間の心であり、脳であり、感性です。子供の脳が危ない。これはまさに、「内なる自然破壊」が起きている。親心が崩壊しつつある。これも内なる自然破壊であります。それは一言で言えば、人間性の解体化ということであります。人間性、人間らしさです。人間らしさを失いつつある。これが今、この国の危機の本質であります。
 それが近年の少年の凶悪事件、あるいは、児童虐待の増加に顕著に表れています。子供の変化の特徴を挙げれば、第1は「他者の喪失」と書いていますが、他者への愛着とか信頼感が欠落している。分かりやすい例は、佐世保の事件でございます。佐世保の少女は、小学校6年生の同級生を殺害しましたが、いまだに命を奪ったことの重大性を実感できない。そして、遺族の悲しみを実感できないというのです。これがそこに書いている、他者の喪失と現実の喪失ということです。現実の喪失というのは、現実感覚が形成されていない。いまだに謝りたいと言っているのですが、謝りようがないのです。ボタンを押せばまた生き返ってくるような、そういうテレビゲームのバーチャルリアリティーの世界と現実が区別できない。
 もう一つ大きな問題は、社会力の衰弱です。社会力というのは、人と人がつながって社会を作っていく力。これが欠けている。最近はニートとか、あるいは小・中・高の閉じこもりだけではなくて、20代、30代の閉じこもり、これも深刻であります。その根本にある問題は社会力の衰弱であります。
 なぜそういう現象が起きているかという根本をしっかりと考える必要があるわけでございますが、そのあと3に少し書いておりますのは、先程「第3の教育改革」ということを申し上げました。私たちが21世紀の教育改革を展望するときに、第3の教育改革はどういう改革だろうか。そこにメモ書きをしておりますが、第1の教育改革は近代化というものを理念として、ヨーロッパの近代文明にモデルを求めました。第2の教育改革は民主化を理念として、アメリカの民主主義にモデルを求めました。つまりこの二つは、外国にモデルを求めたわけです。そしてその二つの共通の問題点は、過去を否定して進歩しようとした。そこに、過去の歴史や文化や伝統との断絶という問題が生じました。アイデンティティーの危機というものが生じました。
 そこで第3の教育改革は、外国にモデルを求めるわけにはいかない。日本の文化というものを、私は「創造的に再発見する」と言っているのですが、日本の文化の創造的再発見によって、共創というのは共同創造の略であります。共に新しい秩序を作っていく。そのあとに括弧して共活と書いてありますが、最近はこの言葉を使わなくなりました。私が平成4年に全国中学校長会で「共活・共創」と言って脅しと間違えられたものですから、(笑い)もう共活というのはどうも響きが良くないので、共に違いを活かし合うという意味で使っているのですが、例えば単層林。1種類の林と雑木林はどちらが安定的で創造的かというと、雑木林のほうが安定的で創造的なのです。それは、違いがあるということが豊かさであるからです。
 そういう発想に立ちますと、例えば男と女の違いを活かし合って、補い合っていく。この共創という考え方は、自他補完という原理であります。自他補完。補い合って、完成する。男女の関係も、まさにそうであります。違いを否定するのではなくて、違いを活かし合って補い合っていく。これが補完的進歩です。日本の文化というものをベースにしながら、日本にないものも取り入れていく。そういう補完的進歩が必要だろうと思っているのです。
 さて、なぜ今日教育危機を招来しているかという、その根本に親心の崩壊があるのではないかとそこに書きました。(2)の所です。「母性喪失と父親不在」。先日TVタックルで、この問題をちょっとお話ししました。TVタックルが私に聞いてきたことは、「母親ができない父親の役割とは何だ」それを父性と言うと、それは差別だと言う方がいる。父性・母性は差別だと。文科省の家庭教育手帳にも家庭教育ノートにも、父性・母性という言葉は出て参りません。家庭科の教科書にも、父性・母性という言葉は出て参りません。固定的役割分担意識につながるという、偏見があるからであります。
 大学生と話をしました。お父さんの役割って何だと思うと言ったら、一番多かったのは「一家の大黒柱」。それから次は、「子供に嫌われても叱る」。そういうようなことを言いました。私はいつもPTAで講演するときに、「しっかり抱いて下に降ろして歩かせろ、という言葉を知っていますか」と聞くのですが、千人いる会場でも、2千人いる会場でも2桁いたためしがないのです。しっかり抱いて下に降ろして歩かせろというのは、素晴らしい子育ての知恵であります。あるいは「三つ子の魂百までも」、これも日本人の素晴らしい直感的な子育ての知恵です。「三つ子の魂百までも」は大体知っています。しっかり抱いてというのは、受容、愛着、これがうまくいってないために、あの佐世保の事件は起きたと言っても過言ではありません。
 それは、長崎家裁佐世保支部が報告書で詳しく述べています。あの子は、幼少期に親に甘えることをしなかった。依存することをしなかった。それを親は、手の掛からないいい子だと考えた。甘えなかった、依存しなかったために、共感性や対人関係能力が育たなかったのであります。思いやりというものは、学校に入って道徳の時間に教えれば育つかというと、愛されて育つ。つまり、子供は一番信頼できる大人に甘えて依存して、やがて反抗しながら自立していくのであります。ところが今、甘えなくなった。依存しなくなった。
 最近、産経新聞が1面トップで取り上げましたが、中学生の6割に反抗期がなくなったとこういう統計もありました。これも、TVタックルで大きく取り上げました。それはなぜか。甘えない、依存しない。これは愛着が欠落しているからです。なぜ反抗期がなくなったか。それは、父性的なかかわりが欠落しているからです。おやじが、熱くかかわらないからであります。友達親子になってしまったからです。
 「父よ、何か言ってくれ。母よ、何も言わないでくれ」。これが子供の標語で、優秀賞に選ばれたものです。一日にお母さんは、「さあさあさあさあ」何回せかせるか。お父さんは何回「まあまあまあまあ」なだめるか計算した兄弟がいて、「さあさあさあさあ」と言ったのが59回、「まあまあまあまあ」となだめたのが21回だというエピソードがあります。日本の多くの家庭に共通しています。お母さんは過干渉、お父さんは存在感がない。
 最近、UIゼンセン同盟を含めて、労働組合で講演する機会が多くなりました。最近労働組合の幹部の方たちに、私は「どうか、家庭で存在感を発揮してください」と申し上げております(笑い)。職場でもちろん存在感を発揮していただくのは当然でございますが、家に帰って妻が子供の相談をしてきたら、どうか逃げないで子供の壁になるというのが父親の役割ですから、しっかり抱いてが母性原理で、下に降ろすが父性原理です。父性原理は、秩序感覚、ルール感覚、規範意識、人間としてのマナーを身に着けさせる。
 まず、しっかり抱くが受容とか愛着です。これが、子供の発達段階に応じたかかわり方です。脳科学がいろいろと最近問題提起をする前から、日本人は「しっかり抱いて下に降ろして歩かせろ」と言ってきたわけです。そしてしっかり抱くというのが、特に3歳児まで。三つ子の魂百までもという、これを脳科学者は「幼形成熟」と言っていまして、それはどういう意味かと言いますと、人間の脳は早くから成長すると大きくなると産道を通れないので、生まれてから脳が発達するようにできている。3歳までは、つまり自立するまでに時間がかかるように、人間の脳はできているのです。馬は、生まれてすぐに立ち上がります。人間の子供は、はいはいする時間が長い。つまり甘えて依存する時間が長いのは、これは理由があるわけであります。私は手間ひま掛けるという子育てのプロセスを言っておりますが、その子育てのプロセスは合理化できない。効率化できない。







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更新日: 2019年7月13日

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