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III 刑事手続における被害者保護
1. 刑事司法に対する被害者の意識
 1960年代に始まった犯罪被害者補償制度により犯罪被害者に対する経済的支援に続いて、70年代前半から民間ボランティア組織の草の根運動による精神的・実際的支援の広がりが欧米を中心に展開されるようになった。しかし、これらのみでは犯罪被害者のニーズを満たさないばかりか、70年代後半から80年代前半にかけてイギリス等で行われた刑事司法に対する犯罪被害者の意識に関する実態調査をとおして、犯罪被害者が刑事手続の中で単なる証拠の1つとしての位置づけしかなく、「忘れられた人」(forgotten person)として疎外感を抱き、また、刑事司法機関等から2次被害を受けることが少なくないこと、それゆえ、刑事司法に対する極めて大きな不信感を抱いていることが明らかとなった(9)
 こうした反省から、刑事手続における犯罪被害者の保護や地位向上を目指すべきであるとする1985年の国連の「犯罪被害者と権力の濫用の被害者に関する司法の基本原則宣言」や87年のヨーロッパ評議会に「刑事手続における被害者の地位と被害者援助に関する勧告」を受けて、刑事司法機関による被害者対策への取組みが見られるようになり、特に90年代に入り、その動きが加速し、刑事司法機関の行政努力による施策の実施や、刑事手続における被害者の保護や地位向上に関する法整備が図られていくようになった。
 ニュージーランドにおいても同様に積極的な被害者対策が講じられていくが、刑事司法に対する犯罪被害者の意識に関する全国的レベルの実態調査は、1996年度に初めて実施され、さらに2回目の調査が2001年度に行われた。
 2001年度調査によると(10)、警察に被害の通報を行った被害者の約半数は、警察の対応について満足している。しかし、警察に対する満足度が前回調査より若干低くなり、被害を通報した被害者の4分の1が不満を表明している。特に、侵入盗の被害者、マオリ族の被害者、少年被害者等に比較的多い。不満の主な原因は、警察が対応を十分行ったようにみられていないこと、警察が無関心であるようにみえるという点にある。
 もっとも、同調査は被害者化とそれに対する被害者のニーズに関する調査が中心であり、刑事司法機関に対する意識調査は警察に対するものしかない。刑事司法に対する被害者の意識調査が不十分である点が残念である。
 
2. 刑事手続における犯罪被害者の権利
 1980年代に刑事手続における犯罪被害者の保護や地位向上を目的とする法整備が始まるが、ニュージーランドでは、1987年11月1日に施行された1987年犯罪被害者法(The Victims of Offences Act 1987)(11)が制定され、情報提供や被害者の意見陳述(Victim Impact Statements)などの犯罪被害者に向けた種々の支援策を講じることを刑事司法機関に義務づけることになった。もっとも、それは法的拘束力を有するものではなく、あくまで刑事司法機関の努力義務の域を出なかった。ところが、1987年法に替わるものとして、2002年12月18日に施行された2002年被害者権利法(Victims' Rights Act 2002)(12)は、刑事手続における犯罪被害者の種々の権利を規定し、刑事司法機関に対して情報提供や援助などの種々の被害者保護施策を義務づけることを明確化している(13)。以下では、刑事手続に関する規定について新法のポイントを若干紹介しておこう。
 新法は、まず、基本原則として、犯罪被害者がその尊厳とプライバシーが尊重されるべきであることを明記したうえで(7条)、出来る限り、そのニーズに対応しうる、福祉、保健、カウンセリング、医療、法律の各機関にアクセス可能なようにすべきであることを謳っている(8条)。そして、新法は、警察、弁護士、保護観察官、裁判官、検察官などの司法関係者が、両当事者が同意し、面談が適切であることなどを条件に、被害者と被告人との面談を勧めるべきであると規定している(9条)。
 犯罪被害者の権利としては、第1に、情報提供を受ける権利がある。提供される情報の内容は、(1)直接的支援に関するもの(医療、経済的支援、DVや虐待に関する法的保護、裁判手続に関する情報、犯罪被害者援助組織への付託等)、(2)刑事事件に関するもの(事件捜査の進捗状況、起訴・不起訴の理由、審理の開催日・場所、被疑者・被告人の保釈条件、証人としての被害者の役割、裁判・量刑の結果等)がある。第2に、被疑者・被告人の匿名性に関して、被疑者・被告人が彼等の氏名等の本人を特定しうる情報の開示を禁止する命令を裁判所に求める場合には、検察官は、この点に関する被害者の見解を確認し、裁判所の通知する義務を負う。第3に、パロール委員会に対する申立として、被害者はパロール委員会に対して、被告人の保釈等についての意見を申し立てることができる(2002年パロール法50条A、B)。第4に、被害者の意見陳述権(VIS)については、犯罪被害者が事件によって被った肉体的、精神的、財産的被害の状況、その他被害の影響につき、書面により、または法廷における陳述により、意見を表明できることになっている。なお、これは、アメリカやわが国のVISのように被告人の量刑についても意見を述べることが可能な制度ではなく、イギリスのそれと同様、被告人の量刑に対する意見表明はできない(14)。第5に、その他の権利として、証拠品として押収された被害者の所有物につき迅速な返還がなされ、被害者の住所が裁判所の許可なく明かされないことになっている。
 一定の性犯罪の被害者が申請を認められる制度として、16歳以上の性犯罪の被害者に対して、裁判所は、有罪を言い渡された性犯罪者の氏名等の情報提供を行うことが出来る(1985年刑事司法法139条の改正)。
 一定の重大犯罪の被害者に関する規定として、性暴力その他の重大な暴力事犯、致死傷事犯等の場合に、被害者は、第1に、保釈に関する意見を述べることができること、第2に、被害者通知制度(Victim Notification System)として、被害者本人または代理人をとおして、被告人に関する情報の提供を警察、矯正局、厚生省等から受けることができること、第3に、登録した被害者に対する情報提供として、受刑者の保釈のヒアリングに関する通知、長期受刑者の釈放前の情報提供、パロール委員会への申立、被疑者の保釈に関する通知等が規定されている。また、被疑者・被告人又は受刑者が精神病またはその他の疾患で病院に収容された場合、彼等が免責されるかどうか、刑務所に送致されるかどうか、短期間で保釈されるかどうかについて通知を受けるほか、逃走の有無、死亡の有無も通知対象となる。さらに、移民大臣が犯罪者の国外追放を検討する場合、被害者に通知される。その際、被害者は、当該犯罪者の国外追放についての所見を書面で移民大臣に申し立てることができるようになった(1987年移民法の改正)。
 これらの諸権利について、被害者側に権利の行使が認められるが、刑事司法機関側がこれらの義務を履行しない場合、不服申立が可能である。ただし、被害者側は、それらの義務違反につき被害者側の損害賠償請求が可能なものを含む場合を除き、国家賠償請求訴訟を起こすことが出来ない。
 
IV おわりに
 以上、ニュージーランドにおける犯罪被害者支援に関する法制度について若干の紹介を試みた。
 補償制度に関しては、国民からの強制保険を財源とする災害補償制度が法制度化され、運用されている。犯罪も事故や労災等と同様の災害の一種と捉え、災害による被害の補てんを広く社会一般で支え合うという国や国民の責務として同制度を位置づけている点が注目される。たしかに、犯罪被害の賠償について、不法行為制度自体に実効性が欠ける面が否めない事実である。しかし、被害回復は民事賠償制度により個人責任に基づく原因者負担とするのが原則であるという我々の常識からみれば、同国の制度を採用しうるかは、不法行為制度、労災その他の補償制度との比較検討などによって、慎重な議論が必要であろう。
 刑事手続における被害者保護・地位向上に関する法整備については、その多くが欧米やわが国に採用されているものである。注目すべきは、情報提供に関して、被害者通知制度の中に、加害者の氏名や居住地等に関する情報が性犯罪者に限定されず、生命・身体犯等の重大事犯の犯人についても含まれていることである。わが国においても、2005年4月1日より施行された犯罪被害者等基本法をうけて、犯罪被害者等施策推進会議が策定した「犯罪被害者等基本計画案(骨子)」において、アメリカやイギリスと異なり、加害者情報の提供が性犯罪者の場合に限定されないことになっている点からみても、注目される。また、VIS制度に関しては、ニュージーランドのそれはイギリスと同様に量刑についての言及はできないことになっており、わが国やアメリカの制度と異なる。この点については、わが国への同制度の導入に際しても、量刑に関する被害者側の意見が実際の量刑に影響を及ぼしうるか、その是非はどうかなどの議論に発展したが、ニュージーランドがイギリスとともに慎重な態度をとっていることが注目される。なお、犯罪被害者の諸権利についてそれらの施策が実際にどのように運用され保障されているのか、運用実態と被害者側の意識と刑事司法機関側の意識調査が欠かせないと思われるが、今回の訪問調査段階では行われていない。さらに、最近、特にドイツにおいて採用されている、法廷において被害者が被告人に対して直接質問できるという公訴参加権については他の英米諸国と同様、ニュージーランドにおいても採用されていない。この制度については、わが国への導入の是非について議論が高まっているが、ドイツにおける同制度をめぐる理論上・実務上の問題の詳細な検討などをとおして、被告人の防禦権の問題等との関係も踏まえ、慎重な議論を展開する必要があろう。
 また、今回の訪問では、調査対象にしていない問題として、冒頭にも言及した修復的司法の問題がある。もっとも、修復的司法という概念自体多義的であるため、その用語の使用には慎重でなければならない。とはいえ、ニュージーランドでは、様々な形態で修復的司法が刑事司法の中に採用され、既述の損害賠償命令にもみられる。少年司法におけるファミリー・グループ・カンファレンス(Family Group Conference)や、裁判所が関与した修復的司法等が行われており(15)、特に後者の展開については、最近、そのパイロット今後のわが国における制度導入の議論に際しても注目される(16)
 犯罪被害者の支援や刑事手続における保護・関与権に関する法整備については、それぞれの国の社会、文化、法制度等との相違により、共通部分とそうでない部分があるが、わが国の犯罪被害者支援に関する法整備を拡大発展させていくためにも、ニュージーランドの種々の法制度は見逃せないものであり、今後もその行方を注視していくべきであろう。
 

(1)イギリスの犯罪被害者補償制度の誕生については、大谷實「イギリスにおける犯罪被害者補償制度の運用状況」大谷實=宮澤浩一編『犯罪被害者補償制度』(成文堂、1976年)75頁、奥村正雄「イギリスにおける被害者学の生成と発展」被害者学研究6号(1996年)84頁等。
(2)ニュージーランドの犯罪被害者補償制度の研究として、千手正治「ニュージーランド事故補償制度」中央大学大学院研究年報28号(1999年)207頁以下、浜井浩一=横地環「オセアニアにおける犯罪被害者施策」『法務総合研究所研究部報告9 諸外国における犯罪被害者施策に関する研究』(法務総合研究所、2000年)287頁以下等。
(3)改正の動向について、浜井=横地・前注(2)287頁以下、千手・前注(2)208頁。
(4)ACC, “About the Injury Prevention, Rehabilitation and Compensation Act 2001”
(5)イギリスについて、奥村正雄「イギリスの犯罪被害者対策の現状」産大法学32巻2・3号(1998年)80頁以下、同「刑事制裁としての損害賠償命令」現代フォーラム1号(2005年)69頁以下。アメリカについて、佐伯仁「刑罰としての損害賠償」内藤謙ほか編『平野龍一先生古稀記念祝賀論文集下巻』(有斐閣、1991年)85頁以下、同「刑罰としての損害賠償」産大法学34巻3号(2000年)98頁以下、永田憲史「刑事制裁としての被害弁償命令1,2」法学論叢153巻1号(2003年)72頁以下、同2号112頁以下。
(6)ニュージーランドの損害賠償命令について、藤本哲也=千手正治「ニュージーランドにおける修復的司法の一手段としての賠償命令」法学新報109巻3号(2002年)47頁以下。
(7)Conviction and Sentencing of Offenders in New Zealand: 1994-2003, http://www.justice.govt.nz/pubs/reports/2004
(8)藤本=千手・前注(6)69頁。
(9)奥村正雄『イギリス刑事法の動向』(成文堂、1996年)245頁以下、同・前注(1)87頁以下。
(10)Ministry of Justice, Summary of the key findings of the New Zealand National Survey of Crime Victims 2001 (Ministry of Justice, 2003).
(11)紹介として、冨田信穂「ニュージーランドの被害者政策」被害者学研究9号1999年)73頁以下、浜井=横地・前注(2)287頁以下。
(12)Victims' Rights Act 2002: A guide for agencies dealing with victims of offences (Ministry of Justice).
(13)紹介として、千手正治「ニュージーランドにおける被害者政策の新動向―被害者の権利法の成立」JCCD91号(2003年)17頁以下。
(14)ニュージーランドのVISについて、千手正治「ニュージーランドにおけるVictim Impact Statement」中央大学大学院研究年報29号(2000年)219頁以下。
(15)ニュージーランドに修復的司法について、前野育三「被害者問題と修復的司法―ニュージーランドのFamily Group Conferenceを中心に―」犯罪と非行123号(2000年)6頁以下、浜井=横地・前注(2)289頁以下、藤本哲也「ニュージーランドにおける刑事政策の新動向―成人に対する修復的司法の導入」罪と罰39巻2号(2002年)46頁以下、千手正治「ニュージーランドにおける修復的司法」比較法雑誌37巻1号(2003年)240頁以下、同「ニュージーランドにおける修復的司法(2)」比較法雑誌37巻3号(2003年)168頁以下、同「ニュージーランドにおける修復的司法の発展」中央大学大学院研究年報33号(2004年)227頁以下等がある。
(16)Ministry of Justice, Restorative Justice in New Zealand: Best Practice (Ministry of Justice, 2004); Ministry of Justice, New Zealand Court-Referred Restorative Justice


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