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'05剣詩舞の研究◆3
幼少年の部
石川健次郎
 
剣舞「八幡公」
詩舞「春夜洛城に笛を聞く」
剣舞
「八幡公(はちまんこう)」の研究
頼 山陽(らい さんよう) 作
〈詩文解釈〉
 この詩の作者、頼山陽(一七八〇〜一八三二)は歴史に造詣が深い江戸時代後期の儒者で、また漢詩家としても、川中島合戦をテーマにした「不識庵機山を撃つの図に題す」や、楠木正成・正行親子の桜井の別れを詠んだ「楠公子に訣るるの図に題す」など、戦史上の有名な場面を描いた絵画からヒントを得て詩作しているが、この「八幡公」の場合も、八幡公即ち源義家(よしいえ)が“後三年の役(ごさんねんのえき)”で清原家衡を金沢柵に攻めたとき、空に雁が乱れ飛ぶのを見て、その下に伏兵のあることを兵法によって知ったという逸話を描いた絵(挿絵参照)などから題材を求めたのであろう。
 ところで源義家は平安後期の武将で、源頼義の長男に生まれ、京都南の石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)で元服(成人式)したことから八幡太郎と号し、八幡公と称されるようになった。
 義家は若い頃から文武に秀で、和歌は千載和歌集に撰ばれる程の歌人で、一方、武術は特に騎射(馬に乗って弓矢を射る武術)に優れた技をもっていた。“前九年の役”では父と共に陸奥(むつ)に従軍して、阿部頼時・貞任と戦い、その後の“後三年の役”では陸奥守兼鎮守府将軍として奥羽に源氏の支配権を確立するため、清原家衡・武衡を攻めた。
 さて詩文の意味は『八幡太郎義家は元服の頃から戦陣で武を練り、特に弓矢の技は優れ、その実力は国中に知れわたっていた。義家の軍が奥羽平定(後三年の役)に向かった時、源氏の白旗を掲げて兵士達は静かに陣を張ったが、そのとき八幡公は城壁に馬をとどめ、空に乱れて飛ぶ雁を見つけて、その下に敵の伏兵のいるのを見破った』というもの。中国の兵法家、孫子の行軍篇に“鳥の起るは伏兵あり”とあるが、義家は大江匡房について兵法を学んでいたからである。
 
雁行の乱れ(後三年合戦絵巻)
 
八幡大菩薩の白旗
 
〈構成振付のポイント〉
 この漢詩は、作者の頼山陽が源義家の名将ぶりを讃え、前段では弓の名手であることと、後段では兵法に通じた智将であることを取上げている。こうした内容を幼少年の剣舞として構成するには、作者は登場させずに、八幡公に焦点をしぼった方がわかりやすいと思う。
 構成の一例として、前奏から起承句にかけては、前述の石清水八幡宮で元服の式を挙げたことを引用して、刀を両手でささげながら登場。三方礼をして帯刀したら、若武者らしく馬を乗り巡らし、馬上から弓矢を射かける(流鏑馬(やぶさめ)の様に)勇壮な振りと、刀による雄叫び(おたけび)の様子を見せる。転句は詩文に従って白扇を源氏の白旗に見立てるなどして将軍の貫禄を行動で示し、結句は扇を雁に見立て舞台上袖の方向に飛ばし、直ちに抜刀してその方向を攻めたてて盛り上がりを見せ決まる。後奏は直ちに納刀して退場するが、扇が舞台上にある場合はその時に処理する。
 
〈衣装・持ち道具〉
 侍大将としての八幡公の威厳を考えて、黒紋付きに紫の袴、または上下とも紫や白に統一するなど品格を優先したい。扇は見立てのためには白扇、または天地金がよい。
 
詩舞
「春夜(しゅんや)洛城(らくじょう)に笛(ふえ)を聞く(きく)」の研究
李白(りはく) 作
〈詩文解釈〉
 まずこの詩の内容を述べると『誰が吹くのであろうか、どこからともなく美しい笛の音が聞えてくる。その笛の音は春風に乗って洛陽(唐の時代の都)の町一帯に響きわたった。
 その夜に聞いた笛の曲は「折楊柳(せつようりゅう)」と云う別れの曲だったが、この曲を聞いた人達は誰もが故郷のことを思い出したであろう』と云うものである。
 作者の李白(七〇一〜七六二)が三十五歳の頃、洛陽に旅して詠んだものと伝えられているが、さて「折楊柳」とは別離を主題にした中国古典音楽の題名で、中国では古くから旅立つ人を見送るときの曲として、更に楊柳の枝を折って贈る風習があり、その故事によって名付けられた。一説にはこの柳の枝を輪にして、再び会うことができるようにとの祈願が込められたともいう。
 ところで作者李白の故郷への思いは、彼が幼年期から約二十年間住んだ蜀(しょく)(四川省)の紫雲山のほとりであろうか。この地方は風光明媚なところで、その自然な美しさに触発された審美眼が、李白の生涯の美意識として彼の心に焼きつけられたものと思う。
 
〈構成・振付のポイント〉
 舞踊構成の基本として、何時(いつ)、何処(どこ)で、誰が、何をしたかを明確にしたい。この作品の場合、「春の夜に」「洛陽の町で」「李白が」「笛を聞いて故郷を思った」という四つのポイントの並べ方と振付によって、深い味わいが表現されるであろう。
 ただし今回は前奏から起句にかけて、笛の音に引かれて登場する人物の役は、本来は作者の李白にしたいのだが、演者が幼少年の場合は似つかわしい若者に変えて、冒頭は三人称的に笛を吹く人物を見せ、起句からは若者(女性なら娘役)に役変りして美しい笛の音に聞きほれた様子を演じてもよい。承句は洛陽の町か、城壁の高台か、場所の雰囲気に月や雲を加え、扇を使って情景に変化をつけたい。転句は別れの笛の楽曲が主題であるから、前述の柳の枝の故事を表現し、実際に柳の枝(造花)を用意するか、扇で、又は柳の絵柄があるものを使ってドラマを見せる。結句は演者に相応しい望郷の気持を、田舎でのとんぼ釣り、石蹴り、花摘みなどの子供の遊びに哀愁を漂わせて退場する。
 
春夜洛城に笛を聞く(イメージ)
 
〈衣装・持ち道具〉
 普遍的なテーマだが、洛城や折柳などの名称が出てくるので古代中国を思わせる子供の衣装の色や柄を参考にするのもよい。持ち道具については前項に述べた。


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