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平成16年那審第36号
件名

旅客船プレフリII潜水者負傷事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成16年12月17日

審判庁区分
門司地方海難審判庁那覇支部(杉?ア忠志、小須田 敏、加藤昌平)

理事官
上原 直

受審人
A 職名:プレフリII船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
潜水者が、右肺挫傷、胸骨骨折、左上眼瞼裂傷及び頚部裂傷等により約1箇 月の加療を要する重傷

原因
潜水者のエントリー時両主機が停止されなかったこと

主文

 本件潜水者負傷は、潜水者をエントリーさせる際、両主機が停止されなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年5月30日09時40分
 沖縄県渡嘉敷島阿波連埼南西沖
 (北緯26度07.4分 東経127度17.1分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 旅客船プレフリII
総トン数 12トン
全長 16.50メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 508キロワット
(2)設備等
ア 船体等
 プレフリIIは、平成13年7月に進水した、2機2軸の推進装置を有する最大とう載人員30人の一層甲板型FRP製旅客船で、主に沖縄県慶良間列島においてドリフトダイビングに参加する潜水者の輸送に当たっていた。
 プレフリIIの甲板上には、船首端から4.25メートルの位置に操舵室兼客室を、同客室後部に便所などが設けられたエントランスを、次いで長さ8.97メートルの船尾甲板をそれぞれ配置し、同客室から船尾甲板にかけての上部にフライングブリッジを設けていた。
 船尾甲板の船尾端には、長さ1.6メートル幅2.7メートルの船尾方に向かって緩やかに傾斜したスロープを備え、そのスロープ船尾端の両舷に幅約55センチメートル(以下「センチ」という。)の跳ね上げ式潜水者昇降用タラップ(以下「タラップ」という。)を設けていた。
 機関室は、船尾甲板の下方に配置され、その両舷に、主機としてB社製の6M108A-1型と称する過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関を各1機装備し、両主機の後部にM400-1T型と称する油圧湿式多板クラッチを内蔵した逆転減速機(以下「クラッチ」という。)をそれぞれ備え、操舵室兼客室及びフライングブリッジから両主機の回転数制御及び両クラッチの嵌脱操作ができるようになっていた。
イ フライングブリッジ
 フライングブリッジは、長さ約6.0メートルで、前部右舷側の床面に、長さ約1.1メートル高さ42センチ幅28センチの主機遠隔操縦台を備え、同操縦台の後部に、操縦席を兼ねた長さ約1.7メートル高さ約1.0メートル座高約50センチ座奥行約50センチの3人掛けの長いすを右舷方に寄せて備え、同操縦台と長いす間のすき間が32センチであった。
 フライングブリッジの主機遠隔操縦台には、同操縦台のほぼ中央に舵輪、その右舷側に、両主機のスロットルレバー、反対の左舷側に、両主機のクラッチレバーが順に設けられており、左舷側主機のクラッチレバーの左方に、GPS、両主機回転計、船内放送装置及び両主機始動用押しボタン式スイッチなどを組み込んだ操縦箱を備えていた。
 ところで、クラッチレバーは、長さ21センチのレバーの先端に長径3センチ短径2.5センチのだ円形の断面を有する長さ8.5センチの取っ手が取り付けられており、同レバーを船首方に移動して直立にすると、クラッチが前進側に嵌合され、その位置から船尾方に約45度同レバーを倒すと、クラッチが中立の状態となり、さらに約45度倒して同レバーをほぼ水平位置にすると、クラッチが後進側に嵌合するようになっていた。
 しかし、クラッチは、任意のプロペラ回転速度に制御できるよう、自動定速弁が設けられていて、クラッチレバーを中立の状態から船首方、または船尾方に3センチばかり移動させると、前進側、または後進側に嵌合され、半クラッチの状態となってプロペラ翼が回転するようになっていた。
ウ プロペラ翼及び舵板の取付け位置
 右舷側及び左舷側のプロペラ翼は、直径約75センチの3翼で、船尾甲板の船尾端から船首方に2.14メートル、船体中央線から両舷方に55センチの位置にそれぞれ取り付けられていた。
 右舷側及び左舷側の舵板は、幅約45センチ、高さ約70センチで、船尾甲板の船尾端から船首方に約1.65メートル、船体中央線から両舷方に55センチの位置にそれぞれ取り付けられていた。

4 事実の経過
 プレフリIIは、A受審人が船長として乗り組み、同業店の潜水者6人を含む合計14人の潜水者及びダイビングインストラクター6人を乗せ、ドリフトダイビングの目的で、船首0.7メートル船尾1.1メートルの喫水をもって、平成16年5月30日08時15分沖縄県那覇港内の安謝小船だまりを発し、両主機を全速力前進にかけ、同県渡嘉敷島阿波連埼南西方沖にあるトムモーヤ礁に向かった。
 ドリフトダイビングとは、ダイビングポイントで潜水者とダイビングインストラクターがエントリーしたのち、風や潮流の変化に対応しながら目的地に到着する上級潜水者向けのダイビング方法で、トムモーヤ礁はドリフトダイビングの同ポイントとしてよく利用されていた。
 A受審人は、航行中、潜水者に対し、装着する潜水器材の安全確認、体調の異常の有無、エントリー及びエキジットの各ポイントの確認のほか、ダイビングインストラクターより先に浮上しないこと、水中で見失ったら浮上すること、自分勝手な行動をしないことなどを同インストラクターに説明させたが、潜水者全員が上級潜水者であったこともあり、エントリーしたのちは速やかに船体から離れることを十分に指示しないまま、09時20分トムモーヤ礁に到着した。
 ところで、フライングブリッジの主機遠隔操縦台は、操舵室兼客室内にある主機操縦装置のクラッチレバーなどとそれぞれ連動していたものの、同操縦台の同レバーに移動防止用ストッパー(以下「ストッパー」という。)が取り付けられていなかったので、エキジットを終えて同客室内で潜水者が着替えるなどしているとき、誤って同装置の同レバーに触れると、クラッチが嵌脱するおそれがあった。また、同操縦台等には、両主機の停止スイッチが設けられていなかった。
 A受審人は、エントリーする前にダイビングインストラクターを潜水させて潮流を調べた結果、約1ノットの南東流があり、風力4の南南西風が吹き、波高1メートルの波浪のもとで船体が少し動揺していたものの、ドリフトダイビングを行うのに支障ないと判断し、同インストラクター等にエキジットの場所を再度指示したのち、同業店の潜水者及び同インストラクターを第1グループ、マリンショッププレフリの潜水者及び同インストラクターを第2グループとしてエントリーを開始することとしたが、これまで事故もなくエントリーさせてきたので今回も大丈夫と思い、両主機を停止することなく、回転数毎分550の停止回転数で、両クラッチを中立状態とした。
 そして、A受審人は、フライングブリッジの操縦席から潜水者がエントリーする船尾甲板後部が死角になっていたものの、同甲板にエントリーの状況を把握、監視するための見張り員を配置しないまま、フード付長袖のトレーナ及び裾部に余裕のある半ズボンを着用し、運動靴を履いて同ブリッジの主機遠隔操縦台の後部にある長いすに腰掛け、拡声器でエントリー開始の指示を出し、09時35分第1グループの潜水者6人及びダイビングインストラクター2人が同甲板後部両舷のガンネルに腰掛けて行うバックロールエントリー及びタラップから立ち上がったままで行うジャイアントストライドエントリーの方法で順に海中に飛び込んだ。
 09時38分A受審人は、ダイビングインストラクターから第2グループのエントリーの用意ができた旨の報告を受け、プレフリIIが風潮により少し流されたので、両クラッチを前進側に入れ、両主機を極微速力にかけて第1グループがエントリーしたポイントに戻り、プレフリIIを北方に向首させ、同時40分少し前両主機を停止回転数で、両クラッチを中立とし、わずかに前進行きあしのある状態で、フライングブリッジの操縦席に腰掛けていた同人が拡声器で同インストラクターにエントリーの開始を指示した。
 第2グループは、船尾甲板後部右舷側のガンネルから4人の潜水者が順に海中に飛び込むとともに、右舷側のタラップから2人の潜水者が、左舷側のタラップから潜水者Bが、次いで女性の潜水者1人がそれぞれ海中に飛び込み、続いてダイビングインストラクターが飛び込んだ。
 プレフリIIは、フライングブリッジの操縦席にいたA受審人が、船尾甲板に見張り員を配置していなかったので、第2グループがエントリーを終えたかどうか分からず、これを確認するために立ち上がり、長いすの左舷端に移動しようとしたとき、船体の動揺もあって、着用していた半ズボンの裾が右舷側主機のクラッチレバーの取っ手に引っ掛かって同主機のクラッチが後進側に嵌合され、09時40分阿波連埼灯台から真方位252度3.3海里の地点において、船尾の真下近くにいたB潜水者が回転し始めた右舷側プロペラ翼と接触した。
 当時、天候は晴で風力4の南南西風が吹き、潮候はほぼ低潮時であった。
 A受審人は、半ズボンの裾が右舷側主機のクラッチレバーの取っ手に引っ掛かったことに気付かないまま、長いすの左舷端からフライングブリッジの船尾方に向かったその直後、プロペラ翼辺りから衝撃音が発生すると同時に同主機が停止したことから主機遠隔操縦台を見たところ、同主機のクラッチレバーが船尾側に倒れているのを認め、次いで圧縮空気の放出音が聞こえたので船尾甲板に急ぎ、B潜水者が仰向けの状態で船尾近くから浮き上がってくるのを発見し、ダイビングインストラクターに指示して同潜水者を直ちに船上に引き上げ、潜水者の中にいた看護師に応急措置を依頼するとともに那覇港に急行し、同潜水者を病院に搬送した。
 その結果、B潜水者は、右肺挫傷、胸骨骨折、左上眼瞼裂傷及び頚部裂傷等により約1箇月の加療を要する重傷を負い、同潜水者が着用していたレギュレータの金具などが損傷していることが判明した。

(本件発生に至る事由)
1 フライングブリッジの主機遠隔操縦台のクラッチレバーにストッパーが取り付けられていなかったこと
2 フライングブリッジの主機遠隔操縦台等に主機停止スイッチが設けられていなかったこと
3 潜水者に対し、エントリー後、速やかに船体から離れることについての指示が十分でなかったこと
4 エントリーを開始する際、両主機が停止されなかったこと
5 エントリー時、船尾甲板に見張り員が配置されていなかったこと

(原因の考察)
 本件潜水者負傷は、エントリーした潜水者が突然回転したプロペラ翼と接触したことによって発生したものであり、その原因について考察する。
 エントリーが開始される際、両主機が停止されていれば、誤って半ズボンの裾がクラッチレバーに接触して同レバーが移動したとしても、プロペラ翼が回転しなかったのであり、これにより潜水者と回転を始めた同翼との接触が防止できたものと認められる。
 したがって、A受審人が、潜水者をエントリーさせる際、両主機を停止させなかったことは、本件発生の原因となる。
 A受審人が、フライングブリッジにある主機遠隔操縦台のクラッチレバーなどの設置環境を十分に認識していたうえ、それぞれのレバーが操舵室兼客室にある主機操縦装置と連動しており、誤って同客室で同装置が作動すると、クラッチが嵌合するなどの不具合が生じることを理解していたにもかかわらず、同レバーにストッパーが取り付けられていなかったこと、及び同ブリッジから潜水者がエントリーする船尾甲板後部が死角になっていたものの、同甲板に見張り員を配置していなかったことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があると認められない。しかしながら、潜水者の安全を確保する観点からストッパーの取付け及び見張り員の配置など、潜水者に対する安全措置を講じるよう是正されるべきである。
 潜水者に対し、エントリー後、速やかに船体から離れることについての指示が十分でなかったことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、B潜水者以外の潜水者がエントリー直後に船体から離れていることから、このことを敢えて原因とするまでもない。

(海難の原因)
 本件潜水者負傷は、沖縄県渡嘉敷島阿波連埼南西沖にあるトムモーヤ礁のダイビングポイントで潜水者をエントリーさせる際、両主機が停止されず、フライングブリッジで操船に就いていた船長の半ズボンの裾が右舷側主機のクラッチレバーの取っ手に引っ掛かり、同レバーが倒れて同主機のクラッチが後進側に嵌合し、エントリーした潜水者と回転し始めた右舷側プロペラ翼が接触したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、ダイビングポイントで潜水者をエントリーさせる場合、プロペラ翼が回転して潜水者と接触することのないよう、両主機を停止させるべき注意義務があった。しかしながら、同人は、これまで事故もなくエントリーさせてきたので今回も大丈夫と思い、両主機を停止させなかった職務上の過失により、着用していた半ズボンの裾が右舷側主機のクラッチレバーの取っ手に引っ掛かって同レバーが後進側に倒れ、エントリーした潜水者が回転し始めた右舷側プロペラ翼と接触する事態を招き、潜水者に右肺挫傷、胸骨骨折、左上眼瞼裂傷及び頚部裂傷等を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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