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平成16年横審第18号
件名

水先船ネプチューン水先人死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成16年12月17日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(小寺俊秋、竹内伸二、西田克史)

理事官
松浦数雄

受審人
A 職名:ネプチューン船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
H、I、J、K
指定海難関係人
B 業種名:水先業
補佐人
L、M
指定海難関係人
D 代表者:E 業種名:旅客運送業
補佐人
H、I、J、K

損害
水先人が溺死

原因
荒天時、錨泊船からの移乗を中止しなかったこと及び水先人に対する移乗中止の助言不十分

主文

 本件水先人死亡は、荒天下、水先人が錨泊船からの移乗を中止しなかったことによって発生したが、水先人に対する移乗中止の助言が十分でなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年1月13日18時00分
 千葉港千葉区第4区
 (北緯35度31.4分 東経139度58.3分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 水先船ネプチューン
総トン数 19トン
全長 19.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 691キロワット
(2)設備及び性能等
 ネプチューン(以下「ネ号」という。)は、平成4年10月に進水した、沿海区域を航行区域とするFRP製旅客船兼交通船で、2機2軸の推進装置を有し、船体中央部の甲板上に操舵室、同室船尾側及びその下方に船室を設け、最大搭載人員が平水区域の場合に36人、平水区域を超える場合に14人と定められており、専ら東京湾におけるF水先区の水先人送迎業務に従事していた。
 操舵室は、中央に操縦席、同席右舷側に甲板員用の座席があり、前面の窓が中央及び左右3分割で、左右の窓に旋回窓、中央の窓にワイパーが取り付けられ、天井に幅80センチメートル(以下「センチ」という。)長さ50センチの天窓が左右2箇所設けられて、前方及び上方の視界が確保されていた。また、屋根には、両舷前部に各1個の作業灯、中央部に可動式探照灯、その船尾側に船外スピーカーが設置されていた。
 操縦席には舵輪、舵輪右横に操縦レバー、水先人との連絡用トランシーバー、同左横に船外スピーカー用のマイクが、いずれも操縦者の手の届く範囲に装備されていた。
 船首甲板は、その先端が水面上2.1メートルの高さで、中央に高さ91センチ長さ105センチの門型ハンドレール2本及びクロスビット1本が設置され、同ハンドレールに長さ180センチの短索が取り付けられていて、水先人移乗時に補助作業を行う甲板員が同索を握って姿勢を安定するために使用されていた。操舵室船首側の甲板上には、岸壁等に掛けて使用するはしご、落水者救助用のフロートキッチャー、救命浮環4個、ボートフック4本が、操舵室の両舷外壁に各1個の救命浮環が、それぞれ備え付けられていた。
 ネ号には、水先人送迎業務の安全対策等を乗組員に周知するため、G発行の「水先人の乗下船の安全のマニュアル」と題する冊子が備え付けられ、客室側壁に、水先人用乗下船設備の要件に関するポスターが掲示されていた。

3 S号
 S号(以下「ス号」という。)は、全長170.70メートル総トン数17,979トンの船尾船橋型鋼製貨物船で、船尾から約53メートルの上甲板両舷に、水先人乗下船口が設けられていていた。

4 ネ号の運航に関する契約関係
 D社は、水先人会社がネ号の運航業務を委託したQ社とネ号の運航に関する裸傭船契約を締結して乗組員を配乗するとともに、同社と定期傭船契約を結び、配船については、水先人会社が配乗業務協定を結んでいるZ社から指示を受けていた。

5 事実の経過
 ネ号は、A受審人ほか1人が乗り組み、京浜港横浜区から千葉港に向かうス号の嚮導に当たっていたN水先人を迎える目的で、船首尾とも1.0メートルの喫水をもって、平成16年1月13日16時10分同区大さん橋ふ頭を発し、千葉港に向かった。
 一方、ス号は、京浜港横浜区の本牧ふ頭に係岸していたところ、同日14時45分N水先人及びOが乗船し、船首5.3メートル船尾6.3メートルの喫水をもって、15時55分同ふ頭を発し、16時12分その沖合でOが下船した後、N水先人嚮導の下、東京湾を横断し千葉港に向かった。
 ところで、Bは、ネ号を含む3隻の水先船を使用して水先業務に当たっており、水先船の乗組員に対して定期的に業務指導連絡会を開催し、送迎業務に関する安全対策についての要望や説明を行い、事故発生時の救助方法等について研修を実施していた。
 さらに、Bは、各会員が個々に独立して水先業務に当たっているものの、発生した種々の安全に関する問題については海務委員会で検討し、その検討結果を毎月1回安全委員会で決定したうえ、会員に対して周知及び指導を行っており、各会員が乗下船や嚮導の場面において自ら決定すべき事柄を除き、救命衣の着用、乗下船時の安全対策、異常荒天時の水先中止要領、異常荒天下における中途下船実施要領等を定め、実質的に会員に対して指導を行っていたが、荒天下における嚮導船への乗船及び同船からの下船の可否については、各会員の責任において現場の状況により判断されるべき事柄としていた。
 また、D社は、E代表者が、水先船の運航及び水先人送迎業務の経験を十分に有し、船長としても乗船しており、A受審人に対して入社後約10箇月にわたり、同代表者及び他の船長に操船技術及び水先人送迎業務における作業要領等の実務指導を行わせたうえ、同受審人の技量が水先人送迎業務に支障ないことを認めて、同受審人をネ号の船長に任じた。
 D社は、ネ号の乗組員に対し、水先人の錨泊船への乗船及び同船からの下船に際しては、同船外板に直角にネ号の船首を押し付けること、甲板員を船首甲板に配置してパイロットラダーが正規の要件を満たしていることを確認すること、水先人が同ラダーを昇降するときは甲板員が同ラダーを錨泊船の外板に押し付けること、水先人がネ号に移乗するときは船首甲板までの残り段数を知らせることなど、水先人移乗時の補助作業を行うように指導していた。
 A受審人は、16時30分ごろ川崎人工島を過ぎた辺りから次第に西寄りの風が強まって荒天模様となり、17時ごろ千葉港口第1号灯浮標付近に達したとき、風速毎秒約20メートル波高約3メートルとなったので、甲板員を介してトランシーバーでN水先人に対し、移乗時には風下舷が必要である旨連絡したところ、同水先人から、同第2号灯浮標及び同第4号灯浮標からそれぞれ約0.5海里の地点に投錨する予定であることと、左舷側にパイロットラダーを用意し風下舷を作る旨の回答を得た。
 A受審人は、ス号の予定錨地付近に移動し、機関を適宜使用しながら強風に対し船首を立てて待機中、17時10分N水先人から両舷にパイロットラダーを用意した旨連絡を受け、風下舷となった方であれば移乗が可能であると判断し、ス号の投錨を待った。
 17時40分A受審人は、ス号が左舷錨を投下し、錨鎖7節を繰り出して錨泊した後、北北東を向首して右舷側が風下舷となったのを認め、甲板員を船首甲板に配置し、探照灯で乾舷7.5メートルのス号のパイロットラダー付近を照らし、同ラダー直下に近づいて右舷外板に船首を直角に押し付け、甲板員に同ラダーが確実に取り付けられていることを確認させ、下から2段目までを船首甲板上に置き、N水先人が降橋してくるのを待機していたところ、ス号の船首が左方に振れ始め、しばらくすると右舷側が風上舷になることが予想された。
 N水先人は、ス号の嚮導を終えて船橋を離れ、Gが開発した浮力が担保されているパイロットコートを着用し、17時56分同船三等航海士の案内で、船橋前面から約27メート前方の右舷側水先人乗下船口に向かった。
 17時59分A受審人は、N水先人がス号の上甲板通路を歩いてくるのを認め、そのころ同船が振れ回って右舷側に風や波が入り込み始め、強風と高波のため船体の姿勢制御が困難で同舷側からの移乗が危険な状況となったが、姿勢制御に気を奪われ、同水先人に対し、船外スピーカーを活用し、直ちにその状況を確実に伝えて一時移乗を中止するよう十分に助言しなかった。
 一方、N水先人は、右舷側の水先人乗下船口に向かい、同乗下船口でス号の振れ回りを確認して一時移乗を中止しなかった。
 A受審人は、N水先人が水先人乗下船口に来たころ、右手でパイロットラダーをス号外板に押し付けていた甲板員が、同水先人に向かって移乗を中止するよう叫んだものの、強風のためこのことが伝わらず、そのまま同ラダーを降り始めたのを認めた。
 A受審人は、N水先人が船首甲板上1.5メートルのところまで降りてきて、甲板員が再び同水先人に移乗中止を要請したとき、船首をス号の外板に押し付けていることができなくなって同船の舷側から離れ、甲板員が同ラダーから手を離した直後、同ラダーが風にあおられてねじれると同時に、N水先人は、18時00分千葉灯標から233度(真方位、以下同じ。)4.5海里の地点において、海中に転落した。
 当時、天候は晴で風力8の西風が吹き、波高は約3メートルで視界は良好であり、潮候は上げ潮の中央期であった。また、千葉県北西部に強風波浪注意報が発表されており、日没は16時48分であった。
 A受審人は、自船の損傷を防ぐため操船に専念していて直ちに救命浮環を投入できずにいたところ、直後にス号が投入した救命浮環に片足を入れて、同船が降ろしたロープを掴(つか)んでいるN水先人を認め、同水先人を自船とス号との間に挟まないよう一旦(いったん)後進にかけて離れた。そして、ス号の乗組員がパイロットラダーを降りてきて救助に当たろうとしていたので、少しでも強風と波浪を遮ろうとして、自船が同水先人の風上側に留まるように操船した。
 A受審人は、間もなくN水先人の手がロープから離れて波浪に流され、パイロットコートが灰色で夜間の海上ではやや見えにくかったこともあって、しばらくして同水先人を見失い、Z社に連絡して海上保安部に捜索を依頼した。また、ス号から救助艇が降下されて同水先人を捜索したが発見できず、20時35分N水先人は、捜索に参加したタグボートによって発見、収容され、病院に搬送されたが、溺水による死亡と検案された。

(本件発生に至る事由)
1 荒天であったこと
2 ス号の船首が左方に振れ始めたこと
3 ス号の右舷側に風と波が入り込み始めたこと
4 強風と高波のため船体の姿勢制御が困難となったこと
5 水先人の移乗が危険な状況となったこと
6 A受審人が、N水先人に対し、一時移乗を中止するよう助言しなかったこと
7 N水先人が、一時移乗を中止しなかったこと
8 ネ号が、船首をス号の外板に押し付けていることができなくなって同船の舷側から離れたこと
9 甲板員が、パイロットラダーから手を離したこと
10 パイロットラダーがねじれたこと
11 ネ号から救命浮環が投入されなかったこと
12 パイロットコートがやや見えにくい色であったこと

(原因の考察)
 ネ号への移乗可否の決定については水先人が自ら判断すべきことであるが、ネ号が、水先人に対し、船外スピーカーを活用し、移乗が危険な状況になったことを確実に伝えて一時移乗を中止するよう十分に助言したなら、水先人が乗下船口でス号の振れ回りを確認するなどして、一時移乗を中止した蓋(がい)然性が高く、本件発生は避けることができたと認められる。
 したがって、N水先人が一時移乗を中止しなかったこと及びA受審人が同水先人に対し、一時移乗を中止するよう十分に助言しなかったことは、本件発生の原因となる。
 ネ号の救命浮環が投入されなかったこと及びパイロットコートがやや見えにくい色であったことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 荒天であったこと、ス号の船首が左方に振れ始めたこと、ス号の右舷側に風や波が入り込み始めたこと、強風と高波のため船体の姿勢制御が困難となったこと、移乗が危険な状況となったこと、ネ号が船首をス号の外板に押し付けていることができなくなって同船の舷側から離れたこと、甲板員がパイロットラダーから手を離したこと及び同ラダーがねじれたことについては、いずれも本件と相当な因果関係があるとは認められない。

(海難の原因)
 本件水先人死亡は、夜間、荒天下の千葉港において、水先人が錨泊船から移乗するに当たり、船首を錨泊船の風下舷外板に押し付けて待機中、錨泊船が振れ回って強風と高波のため移乗が危険な状況となった際、水先人が一時移乗を中止しなかったことによって発生したが、水先人に対する移乗中止の助言が十分でなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
1 懲戒
 A受審人は、夜間、荒天下の千葉港において、水先人を錨泊船から移乗させるため、船首を同船の風下舷外板に押し付けて待機中、同船が振れ回って強風と高波のため移乗が危険な状況となった場合、水先人に対し、船外スピーカーを活用し、その状況を確実に伝えて一時移乗を中止するよう十分に助言すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、船体の姿勢制御に気を奪われ、一時移乗を中止するよう十分に助言しなかった職務上の過失により、水先人が一時移乗を中止せず、錨泊船のパイロットラダーから海中に転落し、溺死する事態を招くに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
2 勧告
 Bの所為は、本件発生の原因とならない。
 Dの所為は、本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





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