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平成16年神審第68号
件名

漁船第三宝山丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成16年12月16日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(中井 勤、平野浩三、平野研一)

理事官
相田尚武

受審人
A 職名:第三宝山丸機関長 海技免許:六級海技士(機関)(機関限定)

損害
減速機駆動軸の破断などの損傷

原因
プロペラ軸系減速機の潤滑油新替え時、性状劣化の進行を抑制するための措置不十分

主文

 本件機関損傷は、プロペラ軸系減速機の潤滑油を新替えするにあたり、性状劣化の進行を抑制するための措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年10月11日00時00分
 福井県越前岬北西方沖合
 (北緯36度09分 東経135度36分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第三宝山丸
総トン数 57.34トン
全長 28.57メートル
機関の種類 4サイクルディーゼル機関
出力 588キロワット
回転数 毎分700
(2)設備及び性能等
 第三宝山丸(以下「宝山丸」という。)は、昭和52年8月に竣工し、船体中央から船尾寄りに機関室が区画され、プロペラ軸系に減速機及び可変ピッチプロペラを備えた鋼製漁船で、休漁期となる7月及び8月を除いた年間を通じ、若狭湾から丹後半島北方沖合での沖合底びき網漁業に従事していた。
ア 主機
 主機は、B社が製造した、6DSM-26FS型と称するシリンダ数6の機関で、航行中の常用回転数及び可変ピッチプロペラ翼角を、それぞれ毎分670ないし680及び13ないし14度として運転され、プロペラ軸系以外に漁ろう用油圧ポンプ及び発電機なども駆動できるようになっていたので、出漁中に停止されることはなく、月間の運転時間が約400時間であった。
イ 減速機
 減速機は、C社が製造した、MGC1200AKV型と称する油圧湿式多板形クラッチを内蔵した歯車式で、弾性軸継手を介して主機から伝達された動力が、駆動軸、同軸上のクラッチ及び小歯車並びに同歯車と噛み合う大歯車を介して推力軸に伝えられるようになっており、各軸の前後端が、それぞれころ軸受で支持されており、クラッチには、その不作動時に備えて手動でクラッチ板を圧着させることができる緊急ボルトが設けられ、ケーシング上面の前部に同ボルトを締め付けるための開口部(以下「緊急ボルト操作口」という。)を有し、平素は蓋で閉鎖されていた。
 潤滑油系統は、ケーシング底部に溜められた約100リットルの潤滑油が、駆動軸後端に取り付けられた直結潤滑油ポンプ又は独立動力の予備潤滑油ポンプによって吸引・加圧され、こし器及び潤滑油冷却器を経て、可変ピッチプロペラの変節油系統、クラッチの嵌脱をつかさどる作動油系統及び歯車並びにころ軸受など運動部への潤滑油系統に分岐し、それぞれケーシング底部に戻る循環経路をなし、同部にはケーシング内の同油を抜き出すための排出口が設けられていたが、前記各系統及び外部配管などの残油を含めた全量を排出するには、それらを開放又はフラッシングする必要があった。
 また、駆動軸は、その前後部に圧入された、内輪内径がそれぞれ130ミリメートル(mm)及び180mmの自動調心ころ軸受によって支持され、各軸受への注油管が、ケーシング上部に接手ボルトで接続されていた。そして、潤滑油は、同ボルトに工作された内径1.5mmの油孔から注油管を経て、同軸受運動部に注油されるようになっており、その狭い流路となる油孔が異物などで閉塞するおそれがあることから、定期的にこし器を開放して掃除するほか、潤滑油の色相、生成物の有無及び粘度の変化など、潤滑油の汚損や性状劣化の進行状況を触手及び目視などの手段により点検し、適正な性状を維持するための方策をとる必要があった。

3 事実の経過
 減速機は、ケーシング左舷側に変節油、作動油及び潤滑油の各圧力計が取り付けられ、いつしかそれらが破損し、いずれも正常に機能しない状態のまま放置されていたものの、休漁期に、法定検査に合わせた開放整備又は緊急ボルト操作口からの目視点検や、A受審人による潤滑油の新替及び同油こし器の開放掃除などが行われ、また、1箇月ごとに油量点検が行われ、いずれも特段の異常が認められることなく運転が繰り返されていた。
 ところが、宝山丸は、平成15年1月操業中、プロペラに異物を巻き込み、プロペラ軸などに過大な振動が生じた状態で運転されたことから、船尾管軸封装置より多量の海水が機関室に漏洩する状況となった。そして、帰港後、プロペラ軸が冠水するまで増加したビルジが減速機内に浸入していることが判明し、多量の海水が混入した潤滑油が新替えされた際、ケーシング底部の排出口から同油が抜き出され、依然同油系統の外部配管などに多量の水分が残留した状態であったが、緊急ボルト操作口から灯油を流して洗浄しただけであったので、新たに張り込まれた100リットルの潤滑油が残留していた水分と混合され、その性状劣化の進行が速まる状況で出漁が再開された。
 A受審人は、休漁期となった平成15年7月中旬、定期的保守として減速機潤滑油の新替を行うこととし、同油を排出口から抜き出したとき、同油の粘度が上昇しているうえ、白みを帯びた色相を呈しており、また、同油こし器の底部に泥状の生成物(以下「劣化生成物」という。)が沈殿していることを認め、その著しい性状劣化が同油系統内に残留していた水分との混合によるものであることがわかる状況であったが、前回と同様に緊急ボルト操作口から灯油を流して洗浄したのち、多少の劣化生成物が残っていても大部分の劣化油を排出するので大事に至ることはあるまいと思い、業者に依頼するなどして潤滑油全系統のフラッシングを行って水分及び劣化生成物を排除するなど、同油の性状劣化の進行を抑制するための措置を十分に行わず、新たに張り込まれた潤滑油と同油系統内に残留していた劣化油とが混合される状態が改善されないまま、作業を終えた。
 同年8月31日宝山丸は、休漁期を終えて操業を再開していたところ、やがて、粘度が上昇して作動油の圧力上昇速度が増加したことなどにより、クラッチを嵌入する際の衝撃音が顕著となったうえ、劣化生成物の量が次第に増加するなど、再び潤滑油の性状劣化が急速に進行する状況で、減速機の運転を繰り返していた。
 こうして、平成15年10月8日22時00分宝山丸は、A受審人ほか4人が乗り組み、船首1.4メートル船尾3.8メートルの喫水をもって、操業の目的で、敦賀港を発し、翌9日05時ごろ京都府丹後半島北方沖合の漁場に至って移動しながら漁を繰り返したのち、翌々10日22時00分漁場を発し、主機を回転数毎分670、可変ピッチプロペラ翼角13度として運転し、敦賀港に向け帰航中、減速機駆動軸の前部軸受注油管接手ボルトの油孔が劣化生成物で閉塞し、同軸受の潤滑が著しく阻害される状況となっていたところ、10月11日00時00分越前岬灯台から真方位300度20.1海里の地点において、減速機が大音響を発して停止した。
 当時、天候は曇で風力1の南南西風が吹き、海上は穏やかであった。
 A受審人は、自室で休息中、大音響を認めて機関室に赴いたところ、減速機ケーシングの異常な発熱及び前記軸受付近からの発煙などから、同軸受の焼付きと判断し、自力航行を断念した。
 宝山丸は、来援した僚船によって敦賀港に引き付けられ、点検の結果、減速機駆動軸の破断などの損傷が判明し、のち、同軸を新替えするなどの修理が行われた。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が、定期的に潤滑油量の点検を行っていたものの、その際、触手及び目視による同油の性状点検を行っていなかったこと
2 A受審人は、減速機の作動油及び潤滑油圧力計が破損して指示不能な状態になっていることを承知していたものの、それらを新替えしなかったので、潤滑油の性状劣化に伴う粘度上昇により、圧力が上昇する傾向にあったことを早期に認識できなかったこと
3 A受審人が、海水を多量に含むビルジが減速機内に浸入したので潤滑油を新替えすることとした際、洗浄の目的でケーシング上部の緊急ボルト操作口から灯油を流しただけで、潤滑油系統のフラッシングを行わなかったこと
4 A受審人が、前記潤滑油の新替から約6箇月後、潤滑油を新替えする目的で減速機ケーシング底部から同油を抜き出した際、同油の粘度が高く、白っぽく変色したうえ、劣化生成物がこし器内に堆積していることを認めたものの、潤滑油系統のフラッシングを行わないまま新油を入れたこと
5 A受審人が、潤滑油の粘度上昇に伴って作動油の圧力上昇速度が増加し、クラッチ嵌入時の衝撃音が顕著となったことを認めた際、潤滑油の性状劣化が進行していることに考えが及ばなかったこと
(原因の考察)
 本件は、減速機の駆動軸が、同軸前部軸受が焼き付いたことにより、破断するに至ったもので、以下その原因について考察する。
 潤滑油の性状劣化は、一般に、熱、空気との接触、または、金属粉、水分及び劣化生成物等との混合などを要因として生じることから、減速機を運転すれば、その進行を避けることができず、色相の変化、全酸価の上昇、粘度の変化などの兆候となって現れるが、運転にあたっては、常に劣化の進行を抑制することに留意すべきで、潤滑油の性状を適宜点検して劣化の進行状況を把握することによって、運動部の摩耗、水分の混入などの異常をいち早く察知し、適切な潤滑油管理が可能となるばかりでなく、減速機の予防保全に役立てることができる現象ととらえるべきである。
 本件の場合、駆動軸前部軸受用注油管の接手ボルトに施されていた油孔の閉塞は、潤滑油が多量の水分や劣化生成物と混合される状況で使用され、性状劣化が急速に進行したことによるものと認定できる。
 したがって、A受審人が、減速機内に浸入した海水を多量に含んだビルジが潤滑油に混入した状態となり、その直後にケーシング内の潤滑油を新替えした時点では、未だ性状劣化の進行を把握することができなかったものの、運転を再開し、約6箇月後に同油を新替えするにあたり、ケーシング底部の同油を排出した際、著しく性状劣化が進行していることを知り、同油系統に残留していた水分及び劣化生成物が性状劣化の進行を速めていると判断し得る状況であったから、潤滑油全系統のフラッシングを行わず、再び運転に供したことは、本件発生の原因となる。
 A受審人が、破損していた圧力計の新替を行っていなかったために、潤滑油の性状劣化に伴う粘度上昇により、圧力が上昇していることを早期に認識できなかったこと、海水を多量に含むビルジが減速機内に浸入したので潤滑油を新替えすることとした際、洗浄の目的でケーシング上部の緊急ボルト操作口から灯油を流しただけで、潤滑油系統のフラッシングを行わなかったこと、クラッチの嵌入時の衝撃音が顕著となったことを認めた際、潤滑油の粘度が上昇していることに考えが及ばなかったこと及び定期的に触手及び目視による同油の性状点検を行っていなかったことは、いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、これらは、海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件機関損傷は、プロペラ軸系減速機の潤滑油を新替えするにあたり、潤滑油の著しい性状劣化が認められた際、その進行を抑制するための措置が不十分で、潤滑油系統内に劣化油が残留した状況のまま運転が続けられ、性状劣化が急速に進行して駆動軸の前部軸受への注油が阻害されたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、プロペラ軸系減速機の潤滑油を新替えするにあたり、同油の著しい性状劣化を認めた場合、水分の混入によるものであることがわかる状況であったから、新油が同油系統内の劣化油と混合されることのないよう、業者に依頼するなどして潤滑油全系統のフラッシングを行って残留する劣化油を排除するなど、新油の性状劣化の進行を抑制するための措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、多少の劣化油が残っていても大部分を新替えするので大事に至ることはあるまいと思い、ケーシング底部に溜まっていた潤滑油の新替えのみで作業を終了し、新油の性状劣化の進行を抑制するための措置を十分にとらなかった職務上の過失により、運転に伴う潤滑油の性状劣化の進行を速め、劣化生成物で駆動軸の前部軸受注油管接手ボルトの油孔を閉塞させ、著しく潤滑が阻害された同軸受の焼付きを招き、同軸を破断させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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