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平成16年函審第4号
件名

押船勇進丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成16年10月21日

審判庁区分
函館地方海難審判庁(岸 良彬、古川隆一、野村昌志、瀧澤武正、鈴木孝司)

理事官
河本和夫

指定海難関係人
E社 責任者:本部長F 業種名:機関製造業
補佐人
G

損害
右舷主機クランク軸折損、6番シリンダのピストンとシリンダライナに割損、シリンダヘッドに打傷

原因
主機クランクが予測できない非金属介在物の密集群と引張残留応力の内在により疲労強度が著しく低下したこと

主文

 本件機関損傷は、高周波焼入れを施した主機クランク軸が、予測できない非金属介在物の密集群と引張残留応力の内在により疲労強度が著しく低下し、クランクピンすみ肉部の材料が疲労したことによって発生したものである。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年3月31日11時30分
 北海道岩内港西方沖合
 (北緯43度02.8分 東経140度12.9分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 押船勇進丸
総トン数 19トン
全長 15.60メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 940キロワット(470キロワット2機)
回転数 毎分1,940
(2)勇進丸
 勇進丸は、平成11年2月に竣工した2機2軸を有する鋼製の引船兼押船で、主機としてH社が製造したS6B5-MTKL型と称するディーゼル機関を備え、主として北海道内各港において港湾建設作業に従事する非自航起重機船の押航業務を行っていた。

3 主機クランク軸
(1)製作過程
 クランク軸は、E社が自社の設計部門の作成した設計図に基づき、I社に圧延された素材を求め、これをJ社に納入して型打鍛造を依頼し、成形された粗型材を自社に持ち込み機械加工と高周波焼入れとを行って完成品としていた。また、素材は、180ミリメートル(以下「ミリ」という。)四方の角材で、長さがクランク軸長さの3ないし5倍あり、同一ロットでクランク軸が152本製作されていた。
(2)材質及び寸法
 クランク軸は、クロムモリブデン鋼(材料記号SCM440H)製の一体型のもので、引張強さが113キログラム毎平方ミリあり、全長1,212ミリ、ジャーナル径130ミリ、ジャーナル長さ52ミリ、クランクピン(以下「ピン」という。)径90ミリ、ピン長さ56ミリ、ピンすみ肉部(以下「R部」という。)半径6ミリ、アーム厚さ32ミリ、ジャーナルとピンとの中心距離85ミリとなっており、各ピンには船首側を1番とする順番号が付されていた。
(3)高周波焼入れ
 ピン部は、表面の耐摩耗性を向上させる目的で高周波焼入れが施されており、図面上の仕様では焼入れ層の幅が40ないし44ミリ、有効硬化層深さが1.5ないし3.5ミリ、焼入れ硬さがビッカース硬さ620となっていたが、E社の熱処理部門では、30年にわたる高周波焼入れの実績から、R部に焼境が近づくのを避けるため実際の焼入れ幅を少な目にする傾向にあった。
(4)引張残留応力
 高周波焼入れは、急冷時に焼入れ層が収縮するので、焼入れ近傍の非焼入れ部に引張残留応力が内在することとなり、ときには約50キログラム毎平方ミリ引張残留応力となって、非焼入れ部の疲労強度を大きく低下させるおそれがあった。
(5)非金属介在物
 非金属介在物(以下「介在物」という。)の存在は、金属材料の疲労強度を低下させる要因となるもので、介在物の点在状況を示す指標として、顕微鏡観察によって得られる清浄度が用いられており、その測定方法は、JIS規格(G0555)で定められ、素材から採取した試験片の圧延方向と平行な面を被検面とし、加工によって粘性変形した硫化物や珪酸塩などをA系介在物、加工方向に集団をなして不連続的に粒状に並んだアルミナなどをB系介在物、粘性変形しないで不規則に分散する粒状酸化物などをC系介在物と称して、これらの点在状況を点算法による面積百分率で表わしていた。
 そして、高炭素クロム軸受鋼(以下「軸受鋼」という。)のように高品質が求められている鋼材は、JIS規格(G4805)に清浄度の項目も盛り込まれていて、A系0.15パーセントB系プラスC系0.05パーセント総合値0.18パーセントと規定されており、クランク軸鋼材では規定化されていないものの、一般に総合値0.30ないし0.40パーセントといわれていた。
(6)非破壊検査
 I社は、素材を出荷する段階で超音波探傷検査を行って、内部の介在物や微小欠陥を探知していたが、その探知能力は、波長の2分の1の大きさが限度とされ、1.48ミリ以上でなければ探知できないものであった。また、J社及びE社においてもそれぞれ磁気探傷検査を行い、クランク軸の表面傷の有無を確認していた。

4 事実の経過
 E社は、昭和63年S6B型機関のクランク軸素材の品質仕様書をI社と取り交わし、清浄度を軸受鋼に相当するA系0.08パーセントB系プラスC系0.06パーセント総合値0.14パーセントと取り決め、その後これを基準に素材を受け取り、材料に起因する問題もなく製品化していた。
 ところで、クロムモリブデン鋼のような高硬度の低合金鋼は、介在物が疲労破壊の起点となることが多く、その寸法が大きくて数が多く、表面のごく近傍に存在する場合に大きな影響を与えるものとされているが、介在物の大きさを予測する方法が確立されておらず、また、探知できる介在物の大きさに限度もあることから、専ら清浄度が介在物の多寡を判定する目安として利用されていた。
 E社は、平成10年2月に生産された素材を受け取ったとき、介在物が密集して見かけ上の寸法が大きくなったもの(以下「巨大介在物」という。)を内在している素材が含まれていたが、検査証明書中の清浄度の数値がA系0.07パーセントB系0.01パーセントC系0.00パーセント総合値0.08パーセントと良好であったので、巨大介在物の存在を予測することができないまま鍛造工程に回し、同年7月素材が鍛造成形された。
 その後、E社は、クランク軸粗型材を自社で機械加工と高周波焼入れとを行ったところ、巨大介在物が6番ピンの凸側で、高周波焼入れ幅36ミリの船首側焼境から2ミリ前方の深さ3ミリのところに位置した状態で完成品とした。
 そして、勇進丸右舷主機は、たまたま巨大介在物を含んだクランク軸が組み込まれ、同軸が巨大介在物と引張残留応力の内在により疲労強度が著しく低下していたところ、年間1,000時間ばかり運転されているうち、曲げと捩りによる繰り返し荷重を受け、同介在物を起点として微細な亀裂を生じ始めた。
 こうして、勇進丸は、船長、機関長及び一等機関士の3人が乗り組み、ドック入りのため回航の目的で、船首尾とも2.4メートルの喫水をもって、平成15年3月31日05時00分北海道石狩湾港を発し、非自航起重機船を押航しながら両舷主機を回転数毎分1,900にかけ函館港に向けて航行中、右舷主機クランク軸が前示亀裂の進展により折損し、6番連接棒がクランク室から飛び出して、11時30分神威岬灯台から真方位198度18.2海里の地点において、同機が大音を発して自停した。
 当時、天候は晴で風はなく、海上は穏やかであった。
 これに気付いた機関長は、直ちに機関室に入り、右舷主機の6番連接棒がいわゆる足出し状態を呈しているのを認め、同機が運転不能となったことを船長に伝え、勇進丸は、片舷機のみで航行を続けているうち、会社の手配した引船により函館港に引き付けられ、右舷主機の開放調査が行われた結果、前示損傷のほか、6番シリンダのピストンとシリンダライナに割損を、シリンダヘッドに打傷を生じていることなどが判明し、のち同機が新替えされた。
 本件後、E社は、高周波焼入れに伴う残留引張応力がピンR部付近に内在することを避ける目的で、同焼入れをR部全体まで施すことに改善し、クランク軸の信頼性を高めた。

(本件発生に至る事由)
1 E社が応力の集中するR部付近に約50キログラム毎平方ミリの引張残留応力を内在する高周波焼入れを行っていたこと
2 E社が巨大介在物の存在を予測することができなかったこと

(原因の考察)
 本件機関損傷は、就航して約4年を経過し、年間約1,000時間運転されていた主機のクランク軸が、軸心の偏移や過負荷運転などの格別の外力を発生させる要因もないまま、折損したものである。
 クランク軸は、素材の段階で確性試験を行って引張強さなどの機械的性質が確認されているほか、介在物の点在状況についても清浄度試験を行って品質レベルの維持が図られている。また、機械加工工程において磁気探傷検査による表面傷の詳細点検が行われている。そして、クランク軸の強度は、軸径などの基準を設けることによって安全性を確保している。
 最近、高品質の低合金鋼が採用されるにしたがって、軸径が小さくなる傾向にあり、特にピストンや連接棒などの回転質量と連結しているピン径については、小型化を図る必要からこの傾向が顕著である。
 ところが、低合金鋼は、介在物による影響を大きく受けて、実際の疲労強度が疲労試験で得られた限界強度を更に下回ることがあり、介在物に対する注目が高まっている。
 このような事情もあって、E社は、素材を求めるに当たり、介在物の少ないものを得るため、比較的高レベルの清浄度を設定している。しかしながら、清浄度は、介在物個々の大きさを判定することができず、平均分布量を評価するにとどまり、必ずしも材料の疲労強度を判定する指標とはなっておらず、また、介在物の大きさを予測する方法が確立されていないのが実情である。
 したがって、E社が、クランク軸の内部に介在物の密集群が存在していることを予測することは困難であった。
 一方、軸受材料に耐摩耗性の高いケルメットが使用されるようになってから、クランク軸自体も耐摩耗性を高める必要があり、このことから高周波焼入れが行われるようになったもので、焼境近傍の非焼入れ部に引張残留応力が発生するのは避けられない現象である。しかしながら、焼境近傍は、応力の集中するR部に近いので、引張残留応力が大きいと危険であるが、約50キログラム毎平方ミリの引張残留応力を見込んで設計されていることから、高周波焼入れの手法を原因とするまでもない。なお、本件後、高周波焼入れをR部全体まで施すことに改善していることから、引張残留応力に起因する危険性が著しく小さくなり、クランク軸の信頼性を高めている。

(海難の原因)
 本件機関損傷は、高周波焼入れを施した主機クランク軸が、予測できない非金属介在物の密集群と引張残留応力の内在により疲労強度が著しく低下し、曲げと捩りによる繰り返し荷重を受け、クランクピンすみ肉部の材料が疲労したことによって発生したものである。

(指定海難関係人の所為)
 指定海難関係E社の所為は、本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





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