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平成16年広審第65号
件名

貨物船マカベス乗揚事件

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成16年11月10日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(米原健一、高橋昭雄、吉川 進)

理事官
村松雅史

指定海難関係人
A 職名:マカベス船長

損害
船首部船底外板に凹損と破口など

原因
船位確認不十分

主文

 本件乗揚は、船位の確認が十分でなかったことによって発生したものである。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年10月27日20時43分
 岡山県濃地諸島
(北緯34度27.4分 東経133度44.8分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船マカベス
総トン数 1,582トン
全長 76.70メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,323キロワット
(2)設備及び性能等
 マカベス(以下「マ号」という。)は、昭和58年に建造された一層甲板船尾船橋型の貨物船で、操舵室前部には操舵装置を中央にし、左舷側に隣接して第1及び第2レーダーが、右舷側に機関遠隔操縦装置が、同室後部には左舷側から順に海図台、海図台の上方にGPSプロッタ、航海灯制御盤及び通信機器がそれぞれ設置されていた。
 航海速力は、機関を回転数毎分250として約9.5ノットで、海上公試運転成績表(船体部)写によれば、回転数毎分300のときの最大縦距及び同横距は、左旋回が293メートル及び310メートル、右旋回が309メートル及び310メートルとなり、45度回頭するのに要する時間が左旋回、右旋回とも約30秒で、最短停止距離が約500メートルであった。

3 水島港の状況等
(1)水島港は、岡山県倉敷市の西部を南に流れて瀬戸内海に注ぐ高梁川を挟んで東側の水地区と西側の玉島地区からなる港で、水島地区の東部に港則法に定められた港内航路が設定されていた。
 港内航路は、海上交通安全法による水島航路北口に接続している長さ約2.5海里幅450ないし650メートルの南北に延びる航路で、東西両境界線にそれぞれ灯浮標が設置され、西側境界線には水島航路との接続部にあたる港内航路の南西端に第1号灯浮標が、同灯浮標から323度800メートルの同境界線の屈曲部に第3号灯浮標が、同灯浮標から348度1,150メートルのところに第5号灯浮標がそれぞれ位置し、西防波堤灯台と水島港上水島東方灯浮標間から同航路に至る間の濃地諸島東方沖の航行可能海域の最小幅が600メートルであった。
(2)濃地諸島は、水島地区南東部港域の少し西側に存在し、北から南東方に順に、イザロ濃地島、細濃地島、太濃地島及び上濃地島の、ほぼ港界に沿って連なる小さな無人島からなり、イザロ濃地島の東方700メートルに第5号灯浮標が、太濃地島の東方200メートルに第3号灯浮標が、上濃地島の東方170メートルに第1号灯浮標がそれぞれ位置していたが、濃地諸島4島のいずれにも灯標などが設置されておらず、夜間には明かりがない状態であった。

4 事実の経過
 マ号は、A指定海難関係人ほか8人が乗り組み、鋼板1,376トンを載せ、船首3.76メートル船尾4.56メートルの喫水をもって、平成15年10月27日20時00分水島港高梁川左岸の製鉄所の岸壁を発し、大韓民国仁川港に向かった。
 A指定海難関係人は、船首部に一等航海士及び甲板部員1人を、船尾部に機関部員及び司厨部員各1人をそれぞれ配し、操舵室には甲板手を操舵に、機関長を機関操作にそれぞれ就けて操船の指揮を執り、離岸して船首尾の出航配置を解いたのちも同室に甲板手及び機関長を配したまま、第1レーダーを1.5海里レンジまたは3海里レンジに適宜切り替えて使用しながら引き続き操船にあたり、徐々に増速し左舷側の水島地区西部の陸岸に沿って航行した。
 20時37分少し前A指定海難関係人は、西防波堤灯台から177度200メートルの地点の、同灯台と水島港上水島東方灯浮標とのほぼ中間に達したとき、針路を第3号灯浮標の灯火を正船首少し右方に見る132度に定め、機関を10.8ノットの全速力前進にかけ、折からの西北西流に抗して9.0ノットの速力で、5度右方に圧流されながら濃地諸島東方沖に向け、手動操舵により進行した。
 定針したあとA指定海難関係人は、操舵を自動に切り替え、甲板手にレーダーマストに揚げたままにしていた日本の国旗を降ろさせていたところ、次直の甲板手が昇橋してきたので、同甲板手にGPSを見て船位を海図に記載するように命じ、操舵室最前部から移動し、自ら舵輪について再び手動操舵に切り替え、ジャイロコンパスを注視し、操舵にあたって続航中、20時40分西防波堤灯台から145度1,030メートルの地点に達したとき、イザロ濃地島が正船首わずか右方850メートルとなり、その後同島に著しく接近する状況となったが、レーダーを利用するなどして船位の確認を十分に行わなかったので、このことに気付かなかった。
 A指定海難関係人は、やがて海図に船位を記入し終えた甲板手に手動操舵を委ね、20時42分操舵室最前部に戻って船首方を見たところ、至近に迫ったイザロ濃地島の黒い島影を初めて認め、いったん右舵10度を、続いて左舵一杯を命じたが及ばず、20時43分西防波堤灯台から141度1.0海里の地点において、マ号は、090度に向首したとき、原速力のまま、イザロ濃地島北側の浅瀬に乗り揚げた。
 当時、天候は晴で風力4の北東風が吹き、潮候は上げ潮の中央期にあたり、視界は良好で、付近には2.0ノットの西北西流があった。
 乗揚の結果、船首部船底外板に凹損と破口などを生じたが、満潮時に自力で離礁し、のち修理された。

(本件発生に至る事由)
1 A指定海難関係人が、夜間、狭い港内を航行するにあたり、自ら手動操舵にあたっていたこと
2 A指定海難関係人が、濃地諸島寄りを航行するよう計画していたこと
3 A指定海難関係人が、西北西流に対して配慮した針路にしなかったこと
4 A指定海難関係人が、船位の確認を十分に行わなかったこと

(原因の考察)
 本件乗揚は、夜間、岡山県水島港において、潮流が西北西方に流れる状況下、高梁川左岸の岸壁を出航し、水島航路に接続している港内航路を航行するつもりで、明かりがない濃地諸島東方沖に向けて南下中に発生したものである。
 A指定海難関係人は、定針したころ船橋当直にあたる甲板手の交替時期にあたり、操舵室にいた当直及び次直の両甲板手にそれぞれ作業を命じて自らが手動操舵にあたっていたものの、舵輪及び第1レーダーの配置関係から、操舵にあたりながら適宜レーダーを見て船位を確認することができたものと判断でき、自らが手動操舵にあたっていたことを原因とするまでもない。しかしながら、両甲板手に命じた作業内容などから、速やかに当直を交替させて次直の甲板手を操舵につけることを妨げる要因はなく、夜間、狭い港内を航行する際、甲板員を操舵につけないで自ら手動操舵にあたることは海難防止の観点から是正されるべきである。
 また、A指定海難関係人は、折からの潮流が濃地諸島に向かう西北西流の状況下、同諸島寄りを航行するよう計画していたものの、高梁川左岸の岸壁を出航して港内航路に向かう船舶が、水深や灯浮標の設置状況などからほぼ同様の針路をとることと推測でき、いずれの針路をとるにしても、レーダーを使用するなどして船位の確認を十分に行っていたならば、潮流に圧流されて同諸島に著しく接近する状況を認めることができ、適宜、西北西流に配慮した針路にして予定の針路線上を航行することもできたので、同諸島寄りを航行するよう計画していたことを原因とするまでもない。
 したがって、A指定海難関係人がレーダーを使用するなどして船位の確認を十分に行っておれば乗揚を避けられたことは明白であり、同人が船位の確認を十分に行わなかったことは本件発生の原因となる。

(海難の原因)

 本件乗揚は、夜間、岡山県水島港において、潮流が西北西方に流れる状況下、高梁川左岸の岸壁を出航し、水島航路に接続している港内航路を航行するつもりで、明かりがない濃地諸島東方沖に向け南下する際、船位の確認が不十分で、同諸島北端のイザロ濃地島に著しく接近したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A指定海難関係人が、夜間、岡山県水島港において、潮流が西北西方に流れる状況下、高梁川左岸の岸壁を出航し、水島航路に接続している港内航路を航行するつもりで、明かりがない濃地諸島東方沖に向け南下する際、船位の確認を十分に行わなかったことは本件発生の原因となる。
 A指定海難関係人に対しては、勧告するまでもないが、狭い港内を航行するに際しては、常時操舵に甲板手をつけるなど適切に乗組員を配し、自らレーダーを活用するなどして船位の確認を十分に行わなければならない。

 よって主文のとおり裁決する。





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