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平成16年神審第30号
件名

貨物船ゴールド インダス乗揚事件

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成16年10月6日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(甲斐賢一郎、平野浩三、平野研一)

理事官
前久保勝己

損害
船首船底部のペイントに剥離

原因
操船(転舵時機)不適切

主文

 本件乗揚は、転舵時機が適切でなかったことによって発生したものである。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年10月3日16時04分
 石川県金沢港
 (北緯36度37.3分 東経136度36.1分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船ゴールド インダス
総トン数 9,994トン
全長 128.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 5,295キロワット
(2)設備及び性能等
 ゴールド インダス(以下「ゴ号」という。)は、船尾右舷側にローロー用ランプドアを設け、4機の荷役クレーンを装備した、船尾船橋型の鋼製貨物船で、日本各港と海外との一般貨物の輸送に従事していた。
 ゴ号は、西暦1998年A社で建造され、船級を日本海事協会で取得していた。
 船体の全通甲板は、バラストタンクと燃料タンクとして使用される二重底のタンクトップ、第2甲板及び上甲板があり、船体中央には前後を区画する垂直水密隔壁があり、タンクトップと上甲板間にある貨物倉は、第2甲板と垂直水密隔壁により4区画に仕切られていた。上甲板と第2甲板には、ほぼ同じ仕様でそれぞれ前後に並ぶ2倉口が設けられ、それぞれ蓋で閉鎖することが可能であった。
 ゴ号は、単暗車、一枚舵で、バウスラスターは装備していなかったが、その操舵性能は、試運転時の満載・全速力航走時における縦距が560メートルから580メートル、横距が300メートルから360メートルとなっており、これは通常要求される性能であった。

3 事実の経過
 ゴ号は、韓国人B船長ほか韓国人1人、フィリピン人16人が乗り組み、鋼材など5,726.4トンを積載し、船首5.22メートル船尾7.46メートルの喫水をもって、平成15年9月30日17時50分京浜港横浜区を発し、石川県金沢港に向かった。
 B船長は、航海士及び船長としての経歴を積み、西暦2003年6月からゴ号の船長として乗船していた。同船長は、西暦2001年12月に韓国の一級航海士を取得し、翌年パナマ共和国の船長資格を認定されていた。
 越えて10月3日15時48分B船長は、金沢港外に到着し、待機していた引船F丸と会合したのち、同船に先導されて港奥の戸水埠頭に向かった。
 ところで、金沢港の港奥に向かう大型船は、大野灯台から355度(真方位、以下同じ。)1,460メートルの地点の左舷浮標と同灯台から343度1,200メートルの地点の右舷浮標で示された、水深ほぼ10メートル幅200メートルの水路を西防波堤に並行して南下し、右舷浮標付近で左転して、同浮標付近から港奥の大型船用の岸壁前面まで伸びる維持水深9.7メートル幅200メートルの水路を南東進していた。これらの水路右舷側は水路を外れると急に浅くなっていたので、自船の操縦性能を考慮して転舵時機を適切に選定する必要があった。B船長は、前もって使用海図W1193に、西防波堤先端の北東方200メートルの地点から、184度の針路で右舷浮標の南東方100メートルの地点まで引かれた予定針路線と、同地点から左転した137度の針路となる予定進路線を乗組員に記入させ、これを確認していた。
 また、水路拡幅のため浚渫工事が、西防波堤に並行する水路の東側に接する、大野灯台から355度1,670メートルの地点から004.5度方向に720メートル取った辺を長辺、同地点から094.5方向に80メートル取った辺を短辺とする、長方形の区域内で実施されており、浚渫船1隻が同区域内で錨泊していた。B船長は、事前に代理店から、浚渫船の位置が大野灯台から001度1,040メートルであるとの誤った情報をテレックスで入手し、その位置とそれを中心とする半径100メートルの円周を使用海図に記入していたが、同位置は予定進路線から離れていたので、特に操船に影響を与えるものではなかった。
 15時52分B船長は、大野灯台から359度3,300メートルの地点にて、針路を184度に定め、機関を半速力前進にかけて11.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)とし、F丸に続いて進行し、その後、機関を適宜使用して速力を徐々に逓減していった。
 西防波堤に並行する水路を南下して浚渫船及び左舷浮標を航過したB船長は、16時00分、大野灯台から348度1,300メートルの地点に達したとき、左転後の予定進路線に乗せるための転舵時機となったが、代理店による位置に浚渫船が見当たらなかったものの、浚渫船がいるとされた地点が気になって、左転を開始しないまま続航した。
 16時01分B船長は、大野灯台から346度1,120メートルの地点に至って、小舵角を取って左転を開始したが、ゴ号は次第に予定進路線の右側に出て、さらに水路から逸脱して進行した。
 16時04分わずか前、F丸との位置関係やレーダー画面上から水路の右側線からの逸脱に気付いたB船長は、左舵一杯を取ろうとしたが、何もできないまま16時04分大野灯台から000度550メートルの地点において、ゴ号の船首が134度を向いたとき、6ノットの速力で、水路外側の浅水域に乗り揚げた。
 当時、天候は晴で風力4の北西風が吹き、視界は良好で、潮候は上げ潮の初期であった。
 乗揚の結果、ゴ号は自船の機関とF丸の援助により離礁したが、船首船底部のペイントに剥離を生じた。

(本件発生に至る事由)
1 代理店からの浚渫船位置情報が事実に相違していたこと
2 左転後のF丸に追随しないで航行したこと
3 使用海図に記入させた左転後の予定進路線に乗るように転舵時機を適切に選定しなかったこと

(原因の考察)
 B船長は、使用海図に予定していた左転後の予定進路線を記載させていたのであるから、これに自船を乗せるためには、事前に操舵性能と新針路距離を勘案して転舵時機を適切に選定する必要、つまり、本件では実際の転舵時機の1分ほど前から操舵を開始する必要があったのであるが、同船長は、誤情報であった浚渫船の位置を気にし、転舵時機が遅れて、大きく予定進路線を外れて浅水域に著しく接近して乗り揚げたのである。すなわち、本件の原因は、転舵時機が適切でなかったことと言える。
 代理店からの浚渫船位置情報が事実に相違していたことと左転後のF丸に追随しなかったことは、本件発生に至る経緯で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるものとは認められない。しかしながら、これらは、海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(主張に対する判断)
1 理事官は、船位の確認を十分に行わなかったことが原因であると主張するので、B船長が船位を十分に確認していなかったのかどうか検討する。
 本件の発生場所は、防波堤内の水域であり、通航する水路の幅が200メートル確保されており、必ずしも正確な船位を確認しなくても、周囲の灯浮標や構造物等から自船の概位を把握することが可能で、概位を把握していれば安全に通航できる水域であった。そのうえ、B船長は、水路を南下中に左舷浮標及び右舷浮標の航過を確認し、左転後レーダーの固定マーカーで右舷側の防波堤との距離を測定しながら航行していたことから、ゴ号の概位を把握していたことは明白で、同船長は、航路外の浅瀬に対する自船の船位の相対関係を把握していなかったとしても、港内航行をするために必要で十分な船位を確認していたと言える。
 したがって、B船長が船位の確認を十分に行わなかったことを原因とすることはできない。
2 B船長は、同人に対する質問書に「左転開始時から小角度の舵角でなく、左舵一杯を取っておれば、乗り揚げなかった。」旨記載しており、仮に転舵時から大舵を取っていれば乗揚は回避できたであろうことは推測できるが、通常の港内操船で大舵を取ることは非常識で、転舵開始時機を1分早めた想定で実際の転舵後の航跡を描くと、安全に左転後の予定進路線に乗ることから、左転開始から左舵一杯を取らなかったことを原因とすることは海難防止の観点から妥当ではない。

(海難の原因)
 本件乗揚は、石川県金沢港内を進行中、水路屈曲部において、着岸予定岸壁へ向けて針路を転じる際、転舵時機が不適切で、水路外の浅瀬に著しく接近したことによって発生したものである。

 よって主文のとおり裁決する。





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