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平成16年門審第20号
件名

旅客船たちばな2運航阻害事件

事件区分
安全・運航阻害事件
言渡年月日
平成16年7月6日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(寺戸和夫、長谷川峯清、上田英夫)

理事官
大山繁樹

受審人
A 職名:たちばな2機関長 海技免許:五級海技士(機関)(機関限定)

損害
運航不能

原因
主機始動時における始動空気系統の触手点検不十分

主文

 本件運航阻害は、主機を始動した際、始動空気系統の触手点検が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年11月4日15時45分
 山口県萩港北西方沖合
 
2 船舶の要目
船種船名 旅客船たちばな2
総トン数 134トン
全長 39.00メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 1,103キロワット
回転数毎分 1,150

3 事実の経過
 たちばな2は、昭和61年11月に進水した鋼製貨客船で、主として山口県萩港と大島との間の定期航路に従事し、1日あたり夏季5便冬季4便が就航しており、主機として、B製のS6U-MTK型と称する逆転減速機付きディーゼル機関を備え、機関室に主機始動用の空気槽を2個設けていた。
 たちばな2は、毎年10月に入渠して各種の検査を受け、このとき主機は、機関長立ち会いのもとで業者によって全シリンダともピストンの抽出を行い、シリンダヘッド、燃料噴射弁及び吸排気弁とともに始動空気弁(以下「始動弁」という。)を開放整備しており、このうち始動弁の整備については、主機の取扱説明書に整備間隔などの基準は記載されていなかった。
 主機は、年間の運転時間が約2,000時間で、機関室で始動及び停止の操縦を行い、始動後の前後進や回転数の増減は操舵室から操縦し、停泊時間の短い港では停止せず毎分回転数500の中立回転で継続運転されていた。なお、機関当直者は、機関室の監視室に1人が常駐していた。
 主機の始動空気系統(以下「空気系統」という。)は、始動空気として圧力25ないし30キログラム毎平方センチメートルの高圧空気が、空気槽に常時蓄えられており、同槽から呼び径25ミリメートルの圧力配管用炭素鋼鋼管を通してエアフィルタに至り、始動空気電磁弁の開弁操作によって始動空気主管(以下「主管」という。)及び始動空気分配弁(以下「分配弁」という。)に流入し、分配弁から開弁すべきシリンダの始動弁に管制用高圧空気(以下「管制空気」という。)が送られ、同空気によって開弁した始動弁から始動用高圧空気がシリンダ内に圧入され、これによって機関は、瞬時にクランク軸の回転が確立するとともに同電磁弁を閉じて始動空気を遮断し、燃料運転に移行することとなっていた。
 ところで始動弁は、機関が燃料運転に移行して一旦閉弁状態となれば、スプリングの張力と燃焼ガスの高圧が常に弁を閉じる方向に作用するので、次に始動操縦が行われるまで開弁作動することはないものの、機関始動時に開弁したとき、始動空気に混入している空気圧縮機のオイル残滓や、空気槽内で凝縮した水分及び同槽内や配管内の微細な錆びなどの不純物が、弁棒や弁箱の弁棒貫通部、弁傘部や弁座などに付着し、弁が閉まらずに開弁状態のまま固着することが希にあった。
 そして、始動弁の作動状況の良否を知るには、始動時に燃料運転となった際、各シリンダの始動空気枝管(以下「枝管」という。)や主管などを触手点検することが有効であり、同管の温度上昇を察知して弁の固着などによる燃焼ガス漏洩の兆しを認めれば、速やかに機関を停止して弁を取替えるなどの安全措置を講じることができた。
 また、空気系統には、空気槽及びエアフィルタの底部に手動で開閉するドレンの排出弁があり、同系統に混入した前示の不純物などを排出できるようになっていたところ、A受審人は、空気槽のドレンは日に4ないし5回排出していたものの、エアフィルタのドレン排出及び同フィルタの開放掃除は殆ど行っていなかった。
 たちばな2は、平成15年10月例年通り定期の検査工事を行い、主機については全シリンダの始動弁を開放整備し、また2個の空気槽及び主空気圧縮機2台をいずれも開放して内部の掃除や点検及び整備を実施したが、そのような工事を行ったのちは当分の間、始動用空気内に含まれる不純物が増加しがちで、同不純物で始動弁などが固着する可能性が高い状況となっていた。
 こうして、たちばな2は、同年10月22日前示工事を終え、翌23日から通常の運航を再開し、当初10日間ほどは主機の始動前にエアランニングを実施していたがその後は実施せず、またこの間、出渠直後から続いていた主機5番及び6番シリンダ始動弁の管制空気の漏洩について、翌11月3日工事を担当した業者が乗船して調査点検を行い、同弁のシリンダヘッド取付部パッキン1枚を2枚にする対策措置をとった。
 たちばな2は、同月4日僚船2隻のうち1隻が定期の検査工事で入渠したことから、通常の大島航路だけでなく、僚船が就航している山口県見島にも就航する予定で、同日早朝A受審人ほか5人が乗り組み、第1便の運航として見島から萩港に向けて航行し、続いて萩港と大島との往復運航に就き、13時30分萩港において主機を停止したのち、14時35分同港で旅客45人を乗せ、船首1.00メートル船尾2.40メートルの喫水をもって、見島向け定期便の発航に備えて主機を再度始動した。
 A受審人は、機関室で自ら主機を再始動したとき、これまで機関の運転に大きな不具合がなく、始動弁についても管制空気の漏洩が解消したことから何も問題はないものと思い、枝管や主管の触手点検を十分に行わなかったので、始動時6番シリンダの始動弁が閉弁しない状態で固着し、燃焼ガスが同シリンダの枝管に逆流して同枝管及び主管が発熱し始めていることに気付かないまま、機関室を短時間見回ったのち、監視室で出港スタンバイの態勢に就いた。
 たちばな2は、14時40分萩港を発し、14時45分針路を323度(真方位、以下同じ。)に定め、主機の回転数を毎分1,050のほぼ全速力にかけ、13.0ノットの対地速力で進行した。
 発航後、A受審人は、前示枝管及び主管が発熱状態から過熱状態に悪化していたが、このことに気付かず、15時35分出港後の定時機関日誌記録のため機関室に出向いて同室を見回りながら各部の計測値を確認していたところ、主機6番シリンダの排気温度が他のシリンダに較べて通常より高いことに気付き、事態の説明も兼ねて操舵室に赴き船長に主機の減速を要請した。
 たちばな2は、操舵室で主機の回転数を毎分800に下げたとき、同室にある船内火災警報装置が作動し、機関室火災の表示灯が点滅及び警報ベルが鳴り始め、A受審人が、機関室に急行して燃焼ガスが機関室に充満していること、主機4番ないし6番シリンダの枝管及び主管が激しく過熱していること、同6番シリンダの枝管の接続部が高熱で溶損し、同部から燃焼ガスが噴出していることなどを認め、15時45分萩港北西方沖合の萩相島灯台から345度4.2海里の地点において、主機の運転継続が不能となった。
 当時、天候は晴で風力2の北東風が吹き、海上は穏やかであった。
 たちばな2は、A受審人が主機を停止し、船舶所有者に運航が不能となった旨を連絡して同者が保安部にその旨を通報し、17時20分来援した巡視船に曳航され、20時50分萩港に引き付けられた。なお、本件後、同人は、主機始動前のエアランニング及び始動直後に空気系統の触手点検を必ず行うこととした。 

(原因の考察)
 本件は、主機を始動したとき、始動弁が開弁状態のまま固着して燃焼ガスが枝管や主管に逆流し、航行中、両管が過熱して枝管の接続部が溶損したことから、同部より燃焼ガスが機関室に噴出し、主機の運転継続が不能となって運航阻害に陥ったものであり、その原因について考察する。
(1)始動時の機関点検
 たちばな2の主機は、逆転減速機を備えたディーゼル機関であるから、始動後燃料運転に移行したのちは始動弁の作動は必要なく、このとき確実に閉弁しておれば次回の始動操縦時まで開弁することはないものである。
 本件は、14時35分始動の1時間後、4番ないし6番シリンダにかけて枝管及び主管が著しく焼損し、6番シリンダ枝管の配管接続部の溶接が高熱で溶損したもので、始動時に同シリンダの始動弁が開弁状態のまま固着し、始動空気及び管制空気が遮断されても閉弁しないまま、この間、主機の運転が続けられたことによって発生したものである。
 従って、始動時、機関が燃料運転に移行して焼ガスの温度がある程度上昇した際、必要な枝管や主管の触手点検を十分に行っておれば、当該シリンダの始動弁が開弁固着して燃焼ガスが漏洩していることを察知できたのであり、このときたちばな2は未だ着岸状態であったから、発航を一時見合わせて同弁を取替えるなどの措置をとることによってその後の燃焼ガス漏洩に伴う運転の不具合は避けることができたものである。
 このことから、始動時に始動空気系統の触手点検が十分に行われなかったことは、本件発生の原因となる。
(2)始動弁の整備
 同整備について、取扱説明書には何も記載されていなかったが、たちばな2は、毎年入渠して同弁の整備を行っており、本件2週間前に定期検査工事で実施したばかりであったことから、同整備は、十分に行われていたと考えられるので、本件発生の原因とならない。
 また、出渠後、5番及び6番シリンダ始動弁から生じていた異音については、当廷におけるA受審人の、「始動して燃料運転になったら直ぐ音はしなくなっていた。シリンダヘッド取付パッキンを1枚増やして音は消えた。シリンダヘッド取付部に漏れ点検用のスプレーをかけて始動したら、空気が外に漏れた。」旨の供述から、明らかに管制空気が漏洩していたもので、始動時に同空気がシリンダヘッドの外に漏洩しても、燃料運転に移行して始動空気電磁弁が閉じれば同空気の供給は始動空気と同様に遮断されるので、機関の運転には支障がないものである。管制空気の漏洩が大量であれば、当該シリンダの始動弁が開弁とならず、機関始動できない可能性もあるが、本件は、始動後に始動弁から燃焼ガスが漏洩して生じたものであり、従って管制空気の漏洩は、本件発生の原因とならない。
(3)始動前のエアランニング
 同エアランニングは、その目的が、主としてシリンダ燃焼室内に水分や油分が混入している異状の有無を確認することであり、始動弁の固着防止や空気中の不純物排除は副次的な効果を期待するものと思われ、また、たちばな2では同効果が特別に大きいとしても、始動弁が開弁固着漏洩したとき、(1)項によって本件を回避する措置がとれたから、同エアランニングが不十分であったことは、本件発生の原因とはならない。
(4)始動空気を清浄に維持するための措置
 空気槽内やエアフィルタ内のドレン排除及び同フィルタの開放掃除を十分に行うなどして、始動弁を固着させるような不純物が始動空気内に含まれないように措置することは、機関の保守及び運転の管理において有効であり、一方たちばな2においては、同措置が十分に行われていなかった状況をうかがい知ることができる。
 しかしながら、本件において、同措置が十分にとられていなかったことは、(3)項と同じ理由により、本件発生の原因とならない。
 
(原 因)
 本件運航阻害は、発航に備えて主機を始動した際、各シリンダの始動空気枝管及び始動空気主管の触手点検が不十分で、始動時から同弁が開弁状態で固着し、燃焼ガスが漏洩したまま機関の運転が続けられたことによって発生したものである。
 
(受審人の所為)
 A受審人は、ドック工事で主機及び主空気槽を開放し、短期間の運航を行ったのち、発航に備えて主機を始動した場合、ドック後暫くは始動空気系統に工事中のきょう雑物が多量に混入しているおそれがあったから、始動空気弁の固着及び同固着に伴う燃焼ガスの漏洩を早期に発見できるよう、始動直後には、各シリンダの始動空気枝管及び始動空気主管の触手点検を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、これまで機関の運転に大きな不具合がなかったので、始動空気弁についても特に問題は生じていないものと思い、各シリンダの始動空気枝管及び始動空気主管の触手点検を十分に行わなかった職務上の過失により、主機始動時に、6シリンダのうち1シリンダの始動空気弁が、始動空気中や燃焼室内の不純物によって開弁状態のまま固着し、同弁から燃焼ガスが漏洩して始動空気枝管や始動空気主管に逆流していることに気付かないまま機関の運転を続け、航行中、高温の燃焼ガスによって両管が著しく過熱して始動空気系統配管の接続部が溶損し、同部から燃焼ガスが噴出して主機の運転が不能となる事態を招き、燃焼ガスが機関室に充満して同室の火災警報装置が作動するなど運航が阻害されるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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