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平成16年横審第39号
件名

引船羽黒丸乗組員負傷事件(簡易)

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成16年8月25日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(西田克史)

副理事官
河野 守

受審人
A 職名:羽黒丸一等航海士 海技免許:五級海技士(航海)
指定海難関係人
B 職名:羽黒丸機関員

損害
機関員が左手第5指に4週間の通院加療を要する開放性骨折及び挫滅の負傷

原因
甲板上の作業(揚錨兼揚索機のグリースふき取り)に対する安全措置不十分

裁決主文

 本件乗組員負傷は、揚錨兼揚索機の主軸側クラッチ溝のグリースふき取り作業に対する安全措置が不十分で、回転する主軸側クラッチ爪と係船ドラム側クラッチ爪との間に指を挟まれたことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
裁決理由の要旨

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年4月15日09時55分
 京浜港横浜区新港ふ頭9号岸壁
 
2 船舶の要目
船種船名 引船羽黒丸
総トン数 166トン
全長 30.80メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 2,280キロワット

3 事実の経過
 羽黒丸は、専ら港内において大型船の離着岸の支援作業に従事する鋼製引船で、A受審人及びB指定海難関係人ほか3人が乗り組み、船首2.4メートル船尾2.6メートルの喫水をもって、平成16年4月15日05時00分京浜港横浜区新港ふ頭9号岸壁を発し、その北東方沖合の大黒ふ頭でコンテナ船の着岸支援を終え、07時20分前示岸壁に戻り船首を北西方に向けて船尾係留し、次の支援作業の予定が入るまでの間待機とした。
 ところで、羽黒丸は、船首甲板上の左右両舷に油圧駆動の揚錨兼揚索機が1台ずつ備えられ、それぞれの主軸側及び係船ドラム側にクラッチが設けられており、甲板作業として乗組員により同機のグリース注油が月1回の頻度で行われていた。
 そして、A受審人は、自船の運航状況を見ながらグリース注油の実施を決めていたもので、当日の待機中にそれを実施することとし、書類整理及び仕事上の無線連絡のため在橋中の船長にその旨を報告後、09時15分自ら左舷側揚錨兼揚索機を担当し、B指定海難関係人を右舷側の同機に、他の2人の乗組員をボルトの緩み等各部点検などにそれぞれあたらせてグリース注油を開始した。
 ところが、A受審人は、安全担当者を兼ねており、揚錨兼揚索機の各グリースニップルにグリースポンプを繋ぎ新しいグリースを注油すると、古いグリースが押し出されるなどして余分なグリースが主軸と係船ドラムとの間の主軸側クラッチ溝等に溜まるのでこれを取り除くため、ふき取り作業を行う必要があったが、それまで同作業にあたっては、クラッチを脱にして主軸を回転させた状態で各クラッチ溝に割ばしを差し込みながらふき取り作業を行うようにしていた。しかし、同受審人は、主軸側クラッチ爪に係船ドラム側クラッチ爪などが近接していて非常に狭いスペースしかなく、回転体への巻込みなどの危険性を考慮すれば、ふき取り作業に対する安全措置として、必ず主軸の回転を一旦止めてクラッチ溝ごとにふき取るよう、安全な作業手順を徹底する必要があったが、乗組員が毎月行っている作業で慣れているから問題ないものと思い、そのことを徹底していなかった。
 一方、B指定海難関係人は、1年ほど前から羽黒丸に乗船し、これまでに10回以上のグリース注油の経験を有し、当日も右舷側の揚錨兼揚索機への新しいグリースの注入を終え、続いて主軸側クラッチ溝のグリースのふき取り作業に取り掛かることとし、同機の操作盤付近にいた乗組員に主軸を始動させ低速で運転するよう頼み、同機の船首側に立ってクラッチ溝のグリースを順にふき取る際、その都度主軸の回転を一旦止めることなく、グリースの量が多いことから軍手を着けた手の甲側でふき取ろうとして左手を差し入れたとき、09時55分横浜マリンタワー灯台から真方位328度1,640メートルの地点において、同指定海難関係人が、回転する主軸側クラッチ爪と係船ドラム側クラッチ爪との間に左手の小指を挟まれた。
 当時、天候は晴で風はほとんどなく、海上は平穏であった。
 A受審人は、左舷側の揚錨兼揚索機のグリース注油中、B指定海難関係人が負傷したことに気付き、急ぎ船長に報告するととも手配の救急車で同指定海難関係人を最寄りの病院に搬送した。
 その結果、B指定海難関係人は、左手第5指に4週間の通院加療を要する開放性骨折及び挫滅を負った。 

(原因)
 本件乗組員負傷は、京浜港横浜区新港ふ頭9号岸壁に係留中、揚錨兼揚索機の主軸側クラッチ溝のグリースふき取り作業に対する安全措置が不十分で、同作業中の乗組員が、回転する主軸側クラッチ爪と係船ドラム側クラッチ爪との間に指を挟まれたことによって発生したものである。
 安全措置が十分でなかったのは、安全担当者を兼務する一等航海士が、甲板作業として揚錨兼揚索機の主軸側クラッチ溝のグリースふき取り作業にあたっては、必ず主軸の回転を一旦止めてクラッチ溝ごとにふき取るよう、安全な作業手順を徹底しなかったことと、乗組員が、同作業にあたり主軸の回転を止めなかったこととによるものである。
 
(受審人等の所為)
 A受審人は、京浜港横浜区新港ふ頭9号岸壁に係留中、安全担当者を兼ねて乗組員とともに甲板作業として揚錨兼揚索機の主軸側クラッチ溝のグリースふき取り作業にあたる場合、主軸を回転させたまま同作業を行うことは極めて危険であるから、必ず主軸の回転を一旦止めてクラッチ溝ごとにふき取るよう、安全な作業手順を徹底すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、乗組員が、毎月行っている作業で慣れているから問題ないものと思い、安全な作業手順を徹底しなかった職務上の過失により、グリースふき取り作業中の乗組員が、回転する主軸側クラッチ爪と係船ドラム側クラッチ爪との間に指を挟まれる事態を招き、左手第5指に開放性骨折及び挫滅を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同受審人を戒告する。
 B指定海難関係人が、京浜港横浜区新港ふ頭9号岸壁に係留中、揚錨兼揚索機の主軸側クラッチ溝のグリースふき取り作業にあたる際、主軸の回転を止めなかったことは、本件発生の原因となる。





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