日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2004年度(平成16年) > 機関損傷事件一覧 >  事件





平成16年門審第36号
件名

漁船金比羅丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成16年9月1日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(寺戸和夫、清重隆彦、長谷川峯清)

理事官
大山繁樹

受審人
A 職名:金比羅丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
逆転機の入出力軸及び歯車支持軸のころがり軸受やシールリングが損傷、クラッチ摩擦板が焼付き

原因
潤滑油の管理不十分

主文

 本件機関損傷は、主機用逆転減速機の運転にあたり、潤滑油の管理が不十分で、油量の不足と性状の経年劣化が進行し、逆転減速機内部の潤滑が著しく不良となったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年8月14日08時00分
 長崎県壱岐島勝本港内
 (北緯33度51.4分 東経129度41.8分)
 
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船金比羅丸
総トン数 19トン
全長 23.50メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 573キロワット
(2)設備及び性能等
ア 金比羅丸
 金比羅丸は、平成2年7月に進水したFRP製の漁船で、対馬周辺、山口県及び島根県沖合の海域を主な漁場として、周年いか一本釣り漁に従事しており、同9年4月ごろ主機の潤滑油消費量が著しく増加したため、全シリンダのピストンリングを新替したものの、同消費量が改善しなかったので翌10年4月に主機を換装するとともに、機関付きの逆転減速機(以下「逆転機」という。)も併せて換装した。なお金比羅丸は、主機の回転数が毎分1,700のとき、ほぼ13.0ノットの全速力前進で航行することができた。
イ 主機
 主機は、B社製の6LXP-GT型と称するディーゼル機関で、プロペラ軸との間に逆転機を備え、停止回転数は毎分900で、漂泊して操業するときに使用される集魚灯用の発電機を駆動するときには、回転数を毎分1,800として運転していた。
 主機の操縦は、発停、前後進及び回転数とも操舵室で行われ、前後進及び回転数を制御するそれぞれの操縦ハンドルがあり、主機と逆転機に何らかの異状が生じれば、主機の計器盤にブザーと赤ランプで警報が作動するようになっていた。
 また、主機は、逆転機が中立状態でなければ始動しないインターロック装置があり、年間の運転時間は約2,000時間であった。
ウ 逆転機
 逆転機は、主機と同じ製造会社製のYX-240型と称する湿式油圧多板クラッチ(以下「クラッチ」という。)内蔵機で、共通の潤滑油溜まり内の潤滑油が、60メッシュの吸入こし器から作動油ポンプで吸引加圧ののち、作動油と潤滑油の2系統に供給されていた。
 作動油系統は、油圧が圧力調整弁で24キログラム毎平方センチメートル(kg/cm2)に設定され、作動油が100メッシュのこし器を経て前後進切換弁に至り、同弁によってクラッチを前後進あるいは中立に作動させるものであった。
 一方潤滑油系統は、作動油系統から分岐しており、潤滑油冷却器及び200メッシュのこし器を順次経て、圧力調整弁によって油圧が2.5kg/cm2に設定され、潤滑油が減速歯車や各部軸受及び前後進クラッチなど逆転機全体に供給され、同系統の油圧が0.2kg/cm2に低下すれば、前示の計器盤で警報が作動するようになっていた。
 なお、作動油ポンプ出口に取り付けられた安全弁は、38.3ないし40.8kg/cm2で開弁するものであった。
 また、潤滑油溜まりの油量は、検油棒に印された上限目盛りの位置で25リットル、同下限目盛りの位置で22.5リットル、検油棒下端の位置で22リットル、作動油ポンプが空気を吸引し始めるとき13リットルであった。

3 事実の経過
 金比羅丸は、平成10年4月に主機及び逆転機一式を換装したのちも周年操業を繰り返し、この間A受審人は、主機の潤滑油系統については、系統全体の油量が91リットルと少なく、このため汚損が早期に進行しがちであったことから、1箇月毎に潤滑油の新替を行い、併せてこし器のフィルタを2箇月毎に、また同系統にあるバイパスこし器のフィルタを4箇月毎にそれぞれ交換していた。
 ところで主機の取扱説明書には、逆転機の潤滑油に関する保守整備基準として、1日1度は油量を点検してその多少を確認すること、運転1,000時間もしくは半年毎に全量を新替し、併せてこし器のフィルタエレメントも新替することなど、潤滑油の管理について具体的な内容が記載されていた。
 そして潤滑油は、油量不足や性状劣化が進行すれば、油圧の低下、クラッチの滑り、回転部や歯面接触部及びクラッチ摩擦板への潤滑油の供給不足、粘度の上昇、汚損の進行、耐熱・耐圧・酸化防止剤等含有添加物の消耗などによって、逆転機内部の潤滑不良や同摩擦板の焼付きが引き起こされるおそれがあることから、逆転機の運転にあたっては、前示の基準に従い、油量の適正維持と一定期間毎に潤滑油を新替えするなどの措置をとることが必要であった。
 しかしながらA受審人は、逆転機の潤滑油について、平成14年2月に潤滑油を新替したものの、取扱説明書に従って同年8月頃には新替しなければ性状が劣化し始めるおそれがあったが、クラッチの滑りや異音の発生などがなく、何か不具合が起こっても警報が作動してから対処すれば良く、主機の潤滑油ほど注意しなくても大丈夫と思い、新替せずにそのまま使用し続けた。
 またA受審人は、逆転機潤滑油の油量について、同油の新替以降2週間ないし1箇月毎に検油棒で点検していたものの、前示の思いと同じであったことから、油量を点検するとき、検油棒をウエスで拭ったり、点検を2ないし3回繰り返して正確を期するなど、適切な点検方法をとらなかったので、油量が徐々に減少して油面が検油棒の下限目盛り近くにまで低下していることに気付かないまま、逆転機の運転を続けていた。
 こうして金比羅丸は、A受審人が逆転機の潤滑油管理を十分に行わなかったので、同油の性状劣化と油量の減少が進行する状況となっていたところ、平成15年8月盆休業のため長崎県壱岐島の勝本港内南側の物揚場岸壁に右舷付けで係留し、8月16日に係留地点近くで地域のペーロン大会が開催される予定であったことから、主催者側から船の移動を要請され、8月14日朝、係留岸壁から約500メートル北東に離れた同港内東側の物揚場岸壁に移動することとした。
 金比羅丸は、8月14日07時50分A受審人ほか甲板員1人が乗り組み、逆転機潤滑油の油量を点検しないまま主機を始動し、07時53分船首0.4メートル船尾1.8メートルの喫水をもって前示係留岸壁を発し、主機の回転数を毎分1,000として対地速力3.0ノットの微速力で航行していたところ、逆転機内部の潤滑が著しく不良となり、08時00分勝本港うの瀬新防波堤灯台から108度330メートルの地点において、逆転機の油圧低下警報が作動するとともにクラッチの操縦が不能となった。
 当時、天候は晴で風力1の北東風が吹き、潮候は上げ潮の中央期であった。
 A受審人は、予定地点への着岸を断念して主機を非常停止し、前進行きあしのまま最寄りの岸壁に接岸して逆転機潤滑油の油量を点検したところ、同量が検油棒の先端に油が付着するかしないかにまで減少していることを認めた。
 金比羅丸は、業者によって逆転機の開放点検が行われ、その結果、入出力軸及び歯車支持軸のころがり軸受やシールリングが損傷し、クラッチ摩擦板が焼付き、汚損した潤滑油によって作動油経路が閉塞気味となっていたことが確認され、のち逆転機が新替え修理された。なお潤滑油については、専門会社による分析の結果、水分は混入していなかったことが判明した。

(本件発生に至る事由)
 逆転機の潤滑油について、A受審人が、
1 機関取扱説明書の保守整備基準に明示された1日1回の油量点検を行っていなかったこと
2 油量を点検する際、事前に検油棒をウエスで拭ったのち計測するなど、適正な方法で点検しなかったこと
3 新油を補給するなどして油量を適正に維持していなかったこと
4 機関取扱説明書の保守整備基準に明示された運転時間1,000時間もしくは半年毎に、全量の新替措置をとっていなかったこと
5 油量の減少及び性状の劣化に気付かないまま主機の運転を続けていたこと

(原因の考察)
 本件は、港内を移動中、逆転機内部の潤滑が著しく不良となり、軸受の損傷やクラッチ摩擦板の焼付き及び作動油経路が閉塞気味になったことから、クラッチの操縦が不能となったもので、その原因を考察する。
 逆転機の潤滑油は、本件発生後着岸したとき、系統の全量が油溜まりに戻っていたが、その油量は検油棒の先端に付着するかしないかまで減少しており、また本件発生時警報が作動したが、逆転機に関わる警報は潤滑油系統の油圧低下のみであった。
 そして、運転中の系統内の通油量を勘案すると、本件発生前において、油量が不足していたことは明らかで、潤滑油が受ける運転条件が、主機用潤滑油が受ける同条件に較べて緩やかなものとはいえ、油量の不足は、圧力低下や温度上昇などによって、進行していた性状の経年劣化に一層拍車をかけたと考えられる。
 このことから、取扱説明書に明示されているように、少なくとも発航毎に油量を確実に把握して必要な量の補給を行うなどして、油量が適正に維持され、且つ潤滑油の新替基準に従い、運転1,000時間もしくは半年毎の新替え措置が行われておれば、少なくともその機会に油量が正しく維持されたであろうから、本件発生に至らなかったものと思われる。
 また、性状劣化の防止が主たる目的である潤滑油の定期的な新替措置がとられておれば、性状劣化の程度は小さく、油量不足の運転となっても油圧低下の警報が作動した際、速やかに運転を中止することにより、大きな損傷に至らなかったものと思われる。
 以上のことから、油量の適正な維持と性状劣化の防止は、いずれも潤滑油の管理を行う上で必要不可欠なことであり、従って、A受審人が、潤滑油の管理を十分に行っていなかったことは、本件発生の原因となる。 

(海難の原因)
 本件機関損傷は、主機用逆転減速機の運転にあたり、潤滑油の管理が不十分で、油量不足と性状劣化が進行したまま運転が続けられ、港内を移動するため低速力で航行中、逆転減速機内部の潤滑が著しく不良となったことによって発生したものである。
 
(受審人の所為)
 A受審人は、主機用逆転減速機の運転にあたる場合、潤滑油の油量を適正に維持して性状の劣化を防止しないと機関内部の潤滑が不良となるおそれがあるから、取扱説明書に明示されている基準に従い、油量の適正維持及び定期的な全量新替など、潤滑油の管理を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、クラッチには滑りや異音がなく、何か異状が起こっても警報装置が作動するからそのときに対処すれば良く、主機の潤滑油ほど注意しなくても大丈夫だろうと思い、逆転減速機の潤滑油管理を十分に行わなかった職務上の過失により、油量が減少していること及び性状の経年劣化が進行していることに気付かないまま機関の運転を続け、港内を移動するため低速力で航行中、油量不足によって油圧が警報値近くにまで低下したことや、性状の劣化が更に進行したことなどから、逆転減速機内部の潤滑が著しく不良となる事態を招き、入出力軸及び歯車支持軸のころがり軸受やシールリングが損傷し、クラッチの摩擦板が焼付き、作動油経路も閉塞気味となって逆転減速機が作動不能となるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION