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平成16年門審第5号
件名

貨物船日英丸運航阻害事件

事件区分
安全・運航阻害事件
言渡年月日
平成16年6月9日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(寺戸和夫、長谷川峯清、織戸孝治)

理事官
大山繁樹

受審人
A 職名:日英丸船長 海技免許:五級海技士(航海)(履歴限定)
B 職名:日英丸機関長 海技免許:五級海技士(機関)(機関限定)

損害
運航不能

原因
主機始動時における各シリンダの始動空気系統の触手点検不十分

主文

 本件運航阻害は、主機を始動した際、各シリンダの始動空気系統の触手点検が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Bを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年4月23日12時55分
 関門港若松航路
 
2 船舶の要目
船種船名 貨物船日英丸
総トン数 199トン
全長 47.35メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 625キロワット
回転数 毎分400

3 事実の経過
 日英丸は、平成2年10月に進水した鋼製の液体化学薬品ばら積船兼油タンカーで、船舶管理を愛媛県松山市所在のC社が行い、周年、大手鉄鋼会社の物流部門に用船されてコールタール生成品を広島県福山港で積み込み,関門港若松区で荷揚げする定期運航に従事しており、主機として、D社製のLC26G型と称する、逆転機付きディーゼル機関を備えていた。
 主機は、船尾側に逆転機を、船首側に増速機とエアクラッチを介して駆動される軸発電機及び貨物油ポンプを備えており、荷役作業のない停泊中に停泊用発電機を運転するほかは、運航中常時運転が続けられ、年間の運転時間は約4,100時間で、始動及び停止の操作は機関室で、また増減速や前後進の操縦は船橋でそれぞれ行われ、始動用空気として、圧力25ないし30キログラム毎平方センチメートルの高圧空気が、空気槽に常時蓄えられていた。
 主機の始動空気は、空気槽から外径34ミリメートル厚さ3.4ミリメートルの圧力配管用炭素鋼鋼管を通して始動空気停止弁に至り、同弁の開弁操作によって始動空気主管(以下「主管」という。)及び始動空気管制弁(以下「管制弁」という。)に流入し、管制弁から開弁すべきシリンダの始動空気弁(以下「始動弁」という。)に管制用高圧空気が送られ、同空気によって開弁した始動弁から始動用高圧空気がシリンダ内に圧入されていた。これによって機関は、クランク軸の回転が確立し、始動弁を閉じて直ちに燃料運転に移行することとなっていた。
 閉弁した始動弁は、通常はスプリングの張力と燃焼ガスの高圧が、同弁の閉弁方向に作用していることから、始動時、機関が燃料運転となったのちには、機関の回転が停止して再始動されるまで開弁作動することはなく、このことから、同弁の作動状況の良否を知るには、始動時に燃料運転となった際、各シリンダの始動空気枝管(以下「枝管」という。)や主管などを触手点検することが有効であり、同管の温度上昇を察知して弁の固着などによる燃焼ガス漏洩の兆しを認めれば、速やかに機関を停止して弁を取替えるなどの措置を講じる必要があった。
 また、始動弁は、主機の取扱説明書において、開放及びすり合わせの整備を、運転3,000ないし6,000時間もしくは1年毎に行うよう記載されており、日英丸においては、平成13年10月の中間検査工事時、業者によって全シリンダの始動弁が開放整備されていた。
 こうして、日英丸は、平成15年4月23日10時50分A及びB両受審人ほか1人が乗り組み、関門港若松区第1区の岸壁で揚荷役を終え、船首0.90メートル船尾2.60メートルの喫水をもって同岸壁を発し、荷役待ちの時間調整のため、同日11時30分関門港若松航路(以下「若松航路」という。)から北方に250メートル離れた同第5区の錨地に投錨して待機したのち、12時25分航行再開に備え主機を始動し、12時30分揚錨を開始した。
 B受審人は、機関室で主機を始動したとき、これまで始動弁からの燃焼ガス漏洩などがなかったことから、同弁が開いたまま固着して同漏洩など起こらないだろうと思い、前示の始動空気系統の触手点検を十分に行わないまま着桟準備の船尾配置に赴いたので、始動時3番シリンダの始動弁が閉弁しない状態で固着し、燃焼ガスが同シリンダの枝管に逆流して同枝管及び主管が発熱し始めていることに気付かなかった。
 日英丸は、揚錨後、針路を101度(真方位、以下同じ。)に定め、主機の回転数を毎分170とし、速力3.0ノットの極微速力で若松航路に向けて進行していたところ、12時37分B受審人は、船尾配置から機関室に戻ったとき、主機の異音を聞き付け、3番シリンダの始動弁及び枝管が触手できないほど過熱していることを認め、A受審人に主機の停止許可を要請した。
 船橋で操船にあたっていたA受審人は、B受審人から主機異状の報告を受けて機関室に急行し、主機3番シリンダ始動弁付近の状況を認め、主機の運転を続けることが困難と判断し、12時44分若松航路から北に80メートル離れた若松洞海湾口防波堤灯台から219度1,030メートルの地点で主機を停止したが、一旦主機を停止して再始動すれば、開弁状態の同弁が衝撃で閉じてそのまま続航できるものと思い、投錨措置をとらなかった。
 日英丸は、主機を停止後、B受審人が始動弁漏洩の詳細な点検に取りかかっていたところ、風潮流によって徐々に若松航路に向かって圧流され、その後同航路内に進入したのちそのまま緩やかに西方に流され始めたことから、12時50分A受審人は、航路外に出るつもりで、機関室のB受審人に速やかに主機を運転するよう指示した。
 B受審人は、急ぎ再始動の操作を行ったものの、日英丸は、3番シリンダの始動弁が開弁状態のまま同シリンダに高圧の始動空気が流入し続け、同人がターニングを行ってピストンがトップ位置となるシリンダを3回替えて再始動を試みたものの、12時55分若松洞海湾口防波堤灯台から209度1,150メートルの地点において、主機の再始動が不能となった。
 当時、天候は晴で風力1の南東風が吹き、潮候は上げ潮の末期であった。
 A受審人は、B受審人から主機の再始動が不能となった旨の連絡を受け、12時56分関門海峡海上交通センターに運航不能の状況を報告したのち、同時57分航路内に緊急投錨した。
 日英丸は、14時00分来援の巡視船3隻によって最寄りの錨地に曳航され、同時15分投錨して始動弁取替の作業に着手し、15時15分同作業を終えたのち試運転を行い、16時00分予定の積荷役を中止して愛媛県松山港に向け、運航を再開した。

(原因の考察)
 本件は、若松航路近くの航路外で主機を停止し、船体が同航路内に進入するに及んで航路外に出るため主機を運転しようとした際、再始動が不能となって運航阻害に陥ったものであり、その原因について考察する。
(1)始動時の機関点検
 日英丸の主機は、逆転機を備えたディーゼル機関であるから、定められたシリンダに始動空気が圧入して始動を果たし、燃料運転に移行したのちは始動弁の作動は必要なく、このとき確実に閉弁しておれば次回の始動操縦時まで開弁することはないものである。
 本件では、12時25分の始動後、同時37分には触手できないほど3番シリンダの枝管が赤熱しており、始動時に同シリンダの始動弁がほぼ全開状態で固着し、始動空気及び管制空気が遮断されても閉弁しないまま、主機の運転が続けられたものである。
 従って、始動時、機関が燃料運転に移行して燃焼ガスの温度がある程度上昇した際、枝管や主管の触手点検を十分に行っておれば、当該シリンダの始動弁が開弁固着して燃焼ガスが漏洩していることを察知できたのであり、このとき日英丸は未だ錨泊状態であったから、揚錨を先に延ばして同弁を取替えることによって、その後の再始動不能の事態は避けることができたものである。
 このことから、始動時に始動空気系統の触手点検が十分に行われなかったことは、本件発生の原因となる。
(2)始動弁の整備
 既に認定したように、同整備について、取扱説明書では運転時間3,000ないし6,000時間もしくは1年毎と記載され、日英丸は、本件に至るまで前回の整備から約1年半、運転時間6,100時間が経過し、同書の基準を僅かに超えていた。
 一方、主機に供給される燃料油はA重油で、機関の整備間隔もC重油専焼機関に較べれば幾らか延長することが一般的であること、通常の運航において始動弁の開閉作動は、出港時の1回のみで作動回数が極めて少ないこと、加えて、機関始動時には、一般的に船体は岸壁や錨地など安全な地点に停泊しているから、このとき同弁が開弁固着して燃焼ガスが漏洩していることに気付けば、不具合の生じた始動弁を取替えるなど、安全に適切な措置がとれたものと思われる。
 従って、同整備が取扱説明書に記載されている基準を僅かに超えていたとしても、本件の場合、始動弁の整備が不十分であったとは言えず、また同整備が不十分だったとしても、運航阻害に陥る前に同阻害を回避できる措置がとり得たことを勘案すれば、同整備の不十分は、本件発生の原因とならないとするのが相当である。
(3)航路内の緊急投錨
 日英丸が、主機の再始動が不能となって運航阻害に陥った際、船舶の輻輳する若松航路内に投錨せざるを得なくなったことは、やむを得なかったこととはいえ、これにより、他船の航行に重大な危険をもたらし、関係部署に強度の緊張を強いることとなったことは、最大限の努力を払って避けるべきことであった。
 A受審人が、運航阻害に陥る前、即ち12時44分に主機の停止を指示した際、始動弁の詳細な点検やその結果の弁取替作業などに長時間を要することなど、万一の場合を考え、航路外において投錨の措置をとっておれば、自船が、主機の一時的な再始動不能という運航阻害は避け得なかったとしても、若松航路内に進入することはなく、同弁の取替が余裕を持って行われたものと思われる。
 従って、主機停止時に投錨の措置をとらなかったA受審人の所為は、本件運航阻害に陥った直接の原因とはならないが、同人は、船長として最悪の事態を考えて諸判断を下すよう心掛けなければならない。

(原因)
 本件運航阻害は、関門港若松区第5区の若松航路外において、発航に備えて主機を始動した際、各シリンダの始動空気系統の触手点検が不十分で、始動空気弁が開弁状態となって固着したまま機関の運転が続けられ、航行開始後、同弁からの燃焼ガスの漏洩を認めて主機を停止したとき、再始動が不能となったことによって発生したものである。
 
(受審人の所為)
 B受審人は、関門港若松区第5区の若松航路外において錨泊中、発航に備えて主機を始動した場合、始動空気弁は始動時にのみ作動し、このとき同弁に不具合があれば始動直後にその兆候が現れるものであるから、同弁に関わる不具合を始動直後に察知できるよう、各シリンダの始動空気枝管及び始動空気主管など、始動空気系統の触手点検を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、これまで始動空気弁が開弁したまま固着し、燃焼ガスが漏れて逆流したことがなかったので、同弁からの燃焼ガス漏洩などは起こらないだろうと思い、各シリンダの始動空気系統を十分に触手点検しなかった職務上の過失により、6シリンダのうち1シリンダの始動空気弁が、始動時に開弁状態となって固着し、燃焼ガスが漏洩していることに気付かないまま主機の運転を続け、航行開始後、同弁の漏洩に気付いて主機を一旦停止し、同航路内に流されたところで、主機の再始動を試みたとき、同弁が開いたままのシリンダに高圧の始動空気が流入し続け、主機の再始動が不能となる事態を招いて運航が阻害されるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





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