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平成15年函審第36号
件名

貨物船アールエス19-78乗揚事件

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成16年5月17日

審判庁区分
函館地方海難審判庁(黒岩 貢、古川隆一、野村昌志)

理事官
今泉豊光

指定海難関係人
A 職名:アールエス19-78船長

損害
船底外板全般に多数の破口を伴う凹損、舵板が脱落、推進器翼を損傷

原因
船位確認不十分で圧流防止措置がとられなかったこと

主文

 本件乗揚は、船位の確認が十分でなかったことによって発生したものである。
 指定海難関係人Aに対し勧告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年4月18日00時45分
 北海道納沙布岬沖合
 
2 船舶の要目
船種船名 貨物船アールエス19-78
総トン数 89トン
全長 22.9メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 257キロワット

3 事実の経過
(1)アールエス19-78
 アールエス19-78(以下「ア号」という。)は、1983年に日本で漁船として建造された中央船橋型鋼製貨物船で、国後島にあるユジノクリリスク港と北海道花咲港との間の海産物輸送に従事し、航海設備として、ジャイロコンパス、マグネットコンパス、レーダー、GPS、測深儀等を、通信設備として船舶電話、VHF無線電話等をそれぞれ備えていたほか、海上保安庁刊行の海図第3号(北海道及び付近)、W8(珸瑶瑁(ごようまい)水道)、W18(野付水道付近)等を所有していた。
(2)船舶所有者
 B社は、国後島に事務所を置き、海産物の漁獲及びその船舶輸送を業務とする会社で、所有船舶はア号のみであった。
 なお、国後島には、同種の業務を行う会社が30社ばかり存在していた。
(3)指定海難関係人
 A指定海難関係人は、1988年C海員学校を卒業して以来、漁船及び貨物船に航海士として乗り組み、沿岸水域を航行する5,000トン未満の船舶で船長職が執れるロシア連邦(以下「ロシア」という。)の2級・近航海船長の海技免許を取得していた。また、同人は、ユジノクリリスク港と花咲港との間の航路に就航する貨物船に9年間乗船し、最近6年間は同航路の船長として乗り組むなど、国後島から北海道珸瑶瑁水道、花咲港にかけての海域の航行経験が豊富で、ア号には2002年8月に船長として乗船した。
(4)船主責任相互保険
 現在、ロシアにおいては、船主責任相互保険(以下「PI保険」という。)クラブは存在するものの、PI保険に加入する場合、国際的なグループのPI保険クラブを選ぶ傾向があるが、船齢が古いなどリスクの大きな船舶は、掛金が高額であることから、そのほとんどが加入していない状況にあり、ア号もまた、同保険に加入していなかった。
(5)花咲港に入港するロシア船と乗揚海難
 花咲港に入港するロシア船は、ほとんどがユジノクリリスク港で海産物を積載し、珸瑶瑁水道、根室半島南岸沖合を経由してくる総トン数100トン前後の船齢の古い船舶で、その入港隻数は、平成3年ごろから増え始め、同14年には年間延べ1,500隻に上った。また、入港隻数の増加に伴い、同半島周辺では同4年以来10隻以上のロシア船が乗揚海難を起こしており、さらに、同半島南岸沖合に設置された定置網の被害も後を絶たず、加害船舶の特定が困難で補償もされていなかったことから、根室海上保安部及び根室市では、定置網の設置状況図や、過去に乗揚海難のあった箇所、根室半島周辺のレーダー映像図等を記載したパンフレットを作成し、ロシア船に配布して注意を喚起していた。
 そして、花咲港に入港するロシア船もまた、そのほとんどが、PI保険に未加入であり、離礁が困難な乗揚海難では、船舶所有者が船体の撤去費用を払えず、平成14年までに、歯舞諸島に乗り揚げたものを含め、4隻のロシア船が事故後放置され、同4年珸瑶瑁埼南方の浅瀬に放置された船舶は、経年によりすでに朽ち果てて水没しかかっている状況であった。このほか同6年北海道沖根婦漁港沖合の浅瀬に放置された船舶は、同浅瀬周辺がこんぶ漁場ということもあり、海洋汚染による影響が懸念されたため、根室市が3,880万円の費用を投じて同船を撤去していた。
(6)乗揚までの経緯
 ア号は、A指定海難関係人ほか9人が乗り組み、生うに約4.4トンを積載し、船首0.9メートル船尾3.2メートルの喫水をもって、平成15年4月17日19時05分(日本時間、以下同じ。)ユジノクリリスク港を発し、機関を全速力前進にかけ、約8ノットの速力(対地速力、以下同じ。)とし、珸瑶瑁水道経由で花咲港に向かった。
 ところで、珸瑶瑁水道は、根室半島東端と貝殻島との間にある狭水道で、水道中央の水深は35ないし80メートルであるが、両側は浅くなっており、水深20メートル以上の可航幅は約800メートルであった。また、潮汐の日潮不等が非常に大きく、潮流は、水道の最狭部を除いて比較的微弱であったが、その流向、流速とも日によって著しい変化が認められた。
 A指定海難関係人は、出港操船に引き続き甲板員を見張りに当たらせて当直に就き、珸瑶瑁水道北口に向けて南下し、翌18日00時00分納沙布岬灯台から015度(真方位、以下同じ。)1.3海里の地点に達したとき、針路を同水道に沿う174度に定めて自動操舵とし、そのころ顕著となった南寄りの大きなうねりの影響を受け、6.3ノットの速力で進行した。
 00時15分少し前A指定海難関係人は、珸瑶瑁水道中央部を航行中、突然、船尾付近が強く振動し、主機の回転が急速に低下したことから、同時15分納沙布岬灯台から121度1,100メートルの地点に至ったとき、主機を停止して漂泊を開始し、休息中の乗組員を起こして船体周りの確認を指示したところ、まもなく推進器にロープが絡んでいることを認め、航行不能となったことを知った。
 このころア号は、西向きの潮流や南寄りのうねりの影響で北西方に圧流されており、00時20分には納沙布岬灯台から121度970メートルの地点に達し、徐々に納沙布岬周辺の浅礁域に接近していることが分かる状況となったが、A指定海難関係人は、船舶所有者への電話による事情説明に気をとられ、レーダー画面や納沙布岬灯台の灯光を確認するなどして船位を十分に確認しなかったので、このことに気付かなかった。
 00時30分A指定海難関係人は、納沙布岬灯台から118度660メートルの水深15メートルばかりの地点に至り、浅礁域まで500メートルに迫ったが、依然、船舶所有者との連絡等に追われ、このことに気付かず、投錨などの圧流防止措置をとらないまま漂泊中、00時45分船首船底部に激しい衝撃を受け、ア号は、納沙布岬灯台から098度170メートルの浅礁に225度を向首して乗り揚げた。
 当時、天候は曇で風力3の西南西風が吹き、視界は良好で、潮候は上げ潮の中央期に当たり、付近海域には流速不詳の西向きの潮流及び波高約2.5メートルの南寄りのうねりがあった。
 ア号は、まもなくうねりにより離礁したものの、その後、さらに納沙布岬方向に圧流され、00時50分納沙布岬灯台から077度102メートルの岩礁上に000度を向首して再び乗り揚げた。
 乗揚の結果、ア号は、船底外板全般に多数の破口を伴う凹損を生じ、舵板を脱落させたほか、推進器翼を損傷し、引き下ろしが困難な状態となった。
(7)乗揚後の経過
 A指定海難関係人は、乗揚直後、根室市在住の荷受業者根室事務所マネージャーに電話し、乗揚の件を海上保安部に通報するよう依頼した際、同部への出頭を促されたものの、取調べを受けることへの不安からこれを躊躇(ちゅうちょ)し、船舶所有者と緊密な連絡を取るなどして海洋汚染の防止措置を講じないまま、他の乗組員とともに救命筏で脱出して付近航行中のロシア船に救助を求め、国後島に帰島した。
 そして、ア号は、船底部の破口から機関室に浸水する状況下、納沙布岬先端付近の岩礁上に放置され、周辺住民や漁業者に海洋汚染に対する多大な不安を与えることとなった。
 その後、前示マネージャーからの通報でア号の乗揚を知った海上保安部の指導により、荷受業者が費用を負担して残油の抜き取り作業、船固め等を行い、A指定海難関係人は、1週間後、他のロシア船で花咲港に来航して海上保安部の取調べに応じ、船舶所有者は、ア号の撤去について根室市と数度にわたる協議の機会を持ち、撤去の意向を示していたが、PI保険未加入であったこともあり、撤去費用の目途が立たず、平成15年秋に至って交渉が中断し、同16年4月末の時点で、ア号は、依然、放置されたままである。

(原因)
 本件乗揚は、夜間、狭水道である北海道珸瑶瑁水道を航行中、推進器にロープが絡んで航行不能となり、機関を停止して漂泊した際、船位の確認が不十分で、圧流防止措置がとられないまま浅礁域に向け圧流されたことによって発生したものである。
 
(指定海難関係人の所為)
 A指定海難関係人が、夜間、狭水道である北海道珸瑶瑁水道を航行中、推進器にロープが絡んで航行不能となり、機関を停止して漂泊した際、船位の確認を十分に行わず、投錨などの圧流防止措置をとることなく浅礁域に向け圧流されたことは本件発生の原因となる。
 A指定海難関係人が、乗揚後、船舶所有者と緊密な連絡をとるなどして海洋汚染の防止措置を講じないまま、ア号を岩礁上に放置して国後島に帰島し、周辺住民や漁業者に海洋汚染に対する多大な不安を与えたことは、まことに遺憾である。
 A指定海難関係人に対しては、海難審判法第4条第3項の規定により勧告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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