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平成15年第二審第10号
件名

押船げんかい被押バージげんかい乗揚事件[原審門司]

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成16年4月15日

審判庁区分
高等海難審判庁(雲林院信行、平田照彦、東 晴二、山本哲也、工藤民雄)

理事官
伊藤 實

受審人
A 職名:げんかい船長 海技免許:五級海技士(航海)
指定海難関係人
B 職名:げんかい甲板員

損害
バージげんかい・・・船首部船底に破口を伴う凹損

原因
居眠り運航防止措置不十分

第二審請求者
理事官 伊東由人

主文

 本件乗揚は、居眠り運航の防止措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年6月2日22時27分
 福岡県姫島曽根埼南方
 
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 押船げんかい バージげんかい
総トン数 144トン 3,933トン
全長 30.50メートル 88.40メートル
機関の種類 ディーゼル機関  
出力 1,471キロワット  
(2)設備及び性能等
(1)げんかい
 げんかいは、平成4年12月に新造され、専らバージげんかいの船尾凹部に船首部をかんごう嵌合した状態で海砂の採取及び運搬に従事する押船で、機関は2機2軸で船体中央部に位置し、同部甲板上の船橋楼最上部4階に操舵室が在り、3階に船長室及び機関長室、2階に乗組員室3部屋、1階に乗組員室2部屋、客室1部屋、厨房、食堂及び風呂場が、それぞれ配置されていた。
 操舵室には、前面中央にマグネットコンパス、同左舷側に測深機とGPSが備えられ、前面から50センチメートル後方のコンソールスタンドには、右から順に、バウスラスタ用リモートコントロール装置、両舷主機用各テレグラフ発信器、ジャイロ組込型操舵装置及びレーダー2台が配備され、舵輪の後方には背もたれと肘掛けの付いたいすが備えられていた。
 当時の喫水で、眼高は約13メートルとなり、押航状態にすると、船橋からバージげんかいの先端までの距離は約85メートルであった。
(2)バージげんかい
 バージげんかいは、非自航型無人船で、甲板下に、前から順に、倉庫、錨鎖庫、ポンプ室、長さ28.60メートル幅17.00メートルの貨物倉及び船内機器用機関室が配置され、バウスラスタが備えられていた。また、甲板上の船首部に航海灯用マスト、貨物倉コーミングの船首側に鋼材アングルで組み立てられた長さ約34メートル幅約1.5メートルのブームを備えた海砂の採取及 び陸揚げ用クレーン操作台、船尾右舷側に伝馬船が配備され、船尾中央に押船用凹型嵌合部が設けられていた。

3 関係人の経歴等
(1)A受審人
 A受審人は、昭和40年内航船の甲板員として乗船し、同44年より各種内航船の船長職を務め、平成4年12月げんかいの新造時から船長として乗船していた。
 本件当日、同受審人は、朝から夕方まで勤務したのち一度帰宅し、21時20分ごろ帰船した。
(2)B指定海難関係人
 B指定海難関係人は、昭和34年家族船員として漁船に乗り組み、一級小型船舶操縦士免許(昭和50年8月)を取得して小型漁船の船長職を務め、主に佐賀県呼子港周辺の海域で操業していた。平成5年2月げんかいの甲板員として雇用され、数航海を見習い期間として過ごしたのち、単独で船橋当直に就くようになった。
 同指定海難関係人は、平成14年6月1日げんかいが佐賀県唐津港に入港したとき、A受審人の許可を得て休暇を取り、翌2日13時30分から15時ごろまで地元の呼子大綱引き祭りに参加し、18時ごろから小1時間かけて夕食をとったが、その間に晩酌として350ミリリットルの缶ビール1缶を飲み、21時20分ごろ帰船して作業服に着替え、脱塩用ホースを片付けるなどして出港準備にかかった。

4 事実の経過
 げんかいは、A受審人及びB指定海難関係人ほか4人が乗り組み、船首4.00メートル船尾4.50メートルの喫水をもって、海砂2,050立方メートルを積載して船首5.00メートル船尾5.50メートルの喫水となったバージげんかい(以下「バージ」という。)の船尾凹部に船首部を嵌合して全長約106メートルの押船列(以下「げんかい押船列」という。)とし、平成14年6月2日21時40分法定灯火を表示して唐津港を発し、関門海峡経由で、福岡県宇島港に向かった。
 A受審人は、出航時から単独で操舵操船に当たり、21時48分唐津港西港東防波堤西灯台から317度(真方位、以下同じ。)100メートルの地点で、針路を047度に定めて自動操舵とし、機関を全速力前進にかけ10.0ノットの対地速力で進行した。
 ところで、A受審人は、出航後、唐津港西港第2号灯浮標から倉良瀬戸手前までの3時間半の船橋当直をB指定海難関係人と他の甲板員の2人に任せたところ、両甲板員が話し合って、前半の2時間をB指定海難関係人が、後半の1時間半を他の甲板員が、それぞれ分担して単独で船橋当直に就くことを長年の慣習としていたが、そのことを容認していた。
 A受審人は、定針後間もなく船首出港部署を終えて昇橋したB指定海難関係人に船橋当直を任せることとしたが、航海が短く、各人の船橋当直も短時間であったので、船橋当直者が居眠り運航に陥るようなことはないものと思い、同指定海難関係人に対して、祭りに参加した疲れなどで当直がおろそかになることのないよう、気を引き締めて立って当直に当たり、予定転針地点に留意するなど、厳格な当直姿勢を維持するよう十分に指導することなく、21時50分唐津港西港東防波堤西灯台から033度410メートルの地点で、針路及び速力のみを告げ、自動操舵のまま当直を引き継いで降橋した。
 B指定海難関係人は、昇橋したころ、居眠りしそうな自覚はなかったものの、祭りに参加した疲れから少しふわふわした気分を感じていたが、A受審人に報告せず、そのまま当直を引き継ぎ、立って外気に触れるなどして船橋当直に当たることなく、たばこを吸いながら直ぐに舵輪後方のいすに座ったところ、昼間の疲れから、眠気を覚える間もなく、また、たばこを消した記憶もないまま居眠りに陥った。
 B指定海難関係人は、21時59分少し前唐津港大島灯台から031度1.8海里の予定転針地点に至ったことに気付かないまま居眠りを続けて直進し、22時27分げんかい押船列は、姫島曽根埼南方に拡延する浅礁のうち、筑前姫島港東防波堤灯台から207度550メートルの地点に、原針路、原速力のまま乗り揚げた。
 当時、天候は晴で風はほとんどなく、潮候は上げ潮の初期であった。
 A受審人は、自室で休息中、船底が何かを擦ったような感触を受け、急きょ昇橋して乗り揚げたことを知り、機関を停止して眠り込んでいたB指定海難関係人を起こしたのち事後の措置に当たり、その後、積荷を瀬取りして自力で離礁し、唐津港に戻った。
 乗揚の結果、バージの船首部船底に破口を伴う凹損を生じたが、のち修理された。
 本件後、B指定海難関係人は、船長の指導に従って、唐津港西港第2号灯浮標から倉良瀬戸手前までの間の当直を、常に甲板員2人体制で行い、眠気を感じたときは外に出たり外気を取り入れたり、予定転針地点に近い相賀埼(おかさき)を替わるまで絶対にいすに座らないなど、厳格な当直姿勢を維持することとした。

(本件発生に至る事由)
1 夜間、無資格のB指定海難関係人が単独で船橋当直に就いていたこと
2 当直交替時、A受審人がB指定海難関係人の疲れた様子を感じ取れなかったこと
3 A受審人が居眠り運航に対する危険性を認識していなかったこと
4 A受審人がB指定海難関係人に対し、気を引き締めて立って当直に当たり、予定転針地点に留意するなど、厳格な当直姿勢を維持するよう十分に指導しなかったこと
5 B指定海難関係人が、疲れていたのに眠気の自覚がなかったこと
6 B指定海難関係人が当直交替時少しふわふわした気分を感じていたのに、そのことをA受審人に報告しないで当直を引き継いだこと
7 B指定海難関係人が、立って外気に触れるなどして船橋当直に当たる努力をしなかったこと
8 B指定海難関係人が、単独で船橋当直中、居眠りに陥ったこと

(原因の考察)
 本件乗揚は、夜間、唐津港を出航して北上中、単独で船橋当直に就いていた当直者が居眠りに陥り、予定転針地点に到達したことに気付かないまま直進し、姫島曽根埼南方の浅礁に向首進行したことによるものである。
 従って、A受審人が、B指定海難関係人に対し、気を引き締めて立って当直に当たり、予定転針地点に留意するなど、厳格な当直姿勢を維持するよう十分に指導しなかったこと、B指定海難関係人が当直交替時少しふわふわした気分を感じていたのに、そのことをA受審人に報告しないで当直を引き継いだこと、B指定海難関係人が、立って外気に触れるなどして船橋当直に当たる努力をしなかったこと、B指定海難関係人が、単独で船橋当直中、居眠りに陥ったことは、本件発生の原因となる。
 当直交替時、A受審人がB指定海難関係人の疲れた様子を感じ取れなかったこと、A受審人が居眠りに対する危険性を認識していなかったこと、B指定海難関係人が疲れていたのに眠気の自覚がなかったことは、いずれも本件乗揚に至る過程で関与した事実であるが、本件事故と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 また、夜間、無資格のB指定海難関係人が単独で船橋当直に就いていたことについては、本船の法定職員は3人で、有資格の船長及び2人の機関士が乗船し、法的に適合しており、同指定海難関係人が船橋当直をしていたことは違法ではない。しかしながら、夜間の単独当直においては、居眠り運航とならないよう、船長としては、特に留意すべきことである。

(海難の原因)
 本件乗揚は、夜間、佐賀県唐津港を出航して北上中、居眠り運航の防止措置が不十分で、船橋当直者が居眠りに陥り、姫島曽根埼南方の浅礁に向首進行したことによって発生したものである。
 げんかい押船列の運航が適切でなかったのは、船長が、無資格の甲板員に船橋当直を任せる際、気を引き締めて立って当直に当たり、予定転針地点に留意するなど、厳格な当直姿勢を維持するよう十分に指導しなかったことと、船橋当直者が、厳格な当直姿勢を維持せず、当直交替後直ぐにいすに座り、居眠りに陥ったこととによるものである。
 
(受審人等の所為)
1 懲 戒
 A受審人は、夜間、佐賀県唐津港を出航後、無資格の甲板員に単独の船橋当直を任せる場合、同当直者が、地元の大綱引き祭りのために休暇を取ったことを知っていたのだから、祭りに参加した疲れなどで当直がおろそかになることのないよう、気を引き締めて立って当直に当たり、予定転針地点に留意するなど、厳格な当直姿勢を維持するよう十分に指導すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、単独の船橋当直者に対し、厳格な当直姿勢を維持するよう十分に指導しなかった職務上の過失により、同当直者が居眠りに陥って居眠り運航となり、姫島曽根埼南方の浅礁に乗り揚げ、バージの船首部船底に破口を伴う凹損を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して、同人を戒告する。
2 勧 告
 B指定海難関係人が、夜間、船橋当直を交替して単独で当直に当たる際、ふわふわした気分を感じていることをA受審人に報告せず、当直を引き継いだあと、立って外気に触れるなどして船橋当直に当たることなく直ぐにいすに座り、居眠りに陥ったことは、本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては、本件後、船長の指導に従って、唐津港西港第2号灯浮標から倉良瀬戸手前までの間の船橋当直を、常に甲板員2人体制で行っていること、また、同指定海難関係人としては、眠気を感じたときは外に出たり外気に触れたりし、予定転針地点に近い相賀埼を替わるまで絶対にいすに座らないなど、厳格な当直姿勢を維持することとした点に徴し、勧告するまでもない。

 よって主文のとおり裁決する。
 
(参考)原審裁決主文 平成15年3月4日門審言渡
 本件乗揚は、居眠り運航の防止措置が十分でなかったことによって発生したものである。


参考図
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