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平成15年広審第119号
件名

旅客船フェリーしらしま機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成16年3月25日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(西林 眞、西田克史、佐野映一)

理事官
平井 透

指定海難関係人
A 責任者:B 業種名:機関製造業
C 責任者:D 業種名:機器製造業

損害
左舷減速機前進用2段小歯車1歯が折損、後進用2段小歯車及び2段大歯車に圧痕

原因
主機逆転減速機の歯車が、内部介在物を起点として疲労亀裂を生じたこと

主文

 本件機関損傷は、主機逆転減速機の歯車が、歯底の表面硬化層境界付近に存在した内部介在物を起点として疲労亀裂を生じたことによって発生したものである。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年2月24日09時50分
 島根県七類港沖合
 
2 船舶の要目
船種船名 旅客船フェリーしらしま
総トン数 2,343トン
全長 99.35メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 6,619キロワット
回転数 毎分515

3 事実の経過
(1)フェリーしらしま
 フェリーしらしま(以下「しらしま」という。)は、平成6年12月に進水し、翌7年3月から運航を開始した旅客船兼自動車渡船で、主機として、いずれもE社(以下「E」という。)が同6年に製造した、6DLM-40A型と称する、連続最大出力3,309.5キロワットのディーゼル機関を2機装備し、両舷機がそれぞれ高弾性ゴム継手、逆転減速機(以下「減速機」という。)、中間軸及びプロペラ軸を順に介し、固定ピッチプロペラを駆動するようになっており、操舵室の遠隔操縦装置により、主機の増減速及び減速機の前後進操作が行えるようになっていた。
 また、しらしまは、F社(以下「F」という。)が船舶管理する僚船のフェリー2隻とともに、島根県隠岐諸島各港と本州側の発着地である同県七類港又は境港を2時間ないし2時間半で結ぶ、繁忙期を除き毎日上下3便の定期運航に従事しており、主機の運転時間が年間約2,400時間で、船長及び機関長を含む乗組員は4労2休の就労体制をとっていた。
(2)減速機
 減速機は、Eが同6年に製造したDRA-80F型と称する、前、後進用の各湿式油圧多板式クラッチ(以下「クラッチ」という。)及びミッチェル式スラスト軸受を内蔵した自己潤滑式で、入力軸に焼嵌めした1段駆動歯車、前進クラッチ軸に組み込んだ1段被駆動歯車、逆転歯車、クラッチ及び前進用2段小歯車、後進クラッチ軸に組み込んだ逆転歯車、クラッチ及び後進用2段小歯車、並びに出力軸に焼嵌めした2段大歯車で構成されていた。そして、互いに噛み合った1段歯車と両クラッチ軸の逆転歯車とが主機運転中は常時回転しており、前後進いずれかのクラッチが嵌合されると2段小歯車及び2段大歯車を介し、前進側が2.250、後進側が2.292の減速比をもって主機出力をプロペラ軸に伝達するようになっていた。
 減速機の各歯車は、1段両歯車がクロムモリブデン鋼(JIS SCM440相当)製、逆転歯車及び2段歯車が炭素鋼(同 S45C相当)製で、いずれも型鍛造された鋼材に単はすばの歯すじを歯切り加工し、歯面を高周波焼入れのうえ研磨加工を施したもので、このうち前進用2段小歯車は、歯車部分とクラッチ用スプライン軸とが一体となった前後の長さが501ミリメートル(以下「ミリ」という。)の中空構造のもので、歯車部が歯数38、歯先直径約490ミリ、基準ピッチ円直径約463ミリ及び有効歯幅280ミリ、中空部の内径が歯車部265ミリ及びスプライン部260ミリで、ギヤブッシュを介してクラッチ軸に焼嵌めされていた。
(3)指定海難関係人
 指定海難関係人A(以下「A」という。)は、ディーゼル機関及び減速機本体の開発、設計を担当する部門で、減速機の製造にあたっては、歯車の強度計算や材質の選定などを行ったうえ、同機の製造開始時から歯車の製造をすべてG社(以下「G」という。)に発注しており、DRA-80F型の製造を昭和61年に開始し、しらしまに搭載した両減速機が同型の35及び36号機にあたるものであった。
 Aは、減速機歯車の材質として、機械的性質の優れた順にニッケルクロムモリブデン鋼(同 SNCM420相当)、クロムモリブデン鋼及び炭素鋼の高強度鋼3種類を使用し、各機の仕様や各船級の強度基準に応じた組み合わせで選定しているもので、同58年以降、負荷の大きい2段歯車にクロムモリブデン鋼を、負荷の小さい他の歯車に炭素鋼をそれぞれ使用することを設計基準としていた。そして、クロムモリブデン鋼及び炭素鋼製歯面の高周波焼入れ方法については、製造経費削減に対するGの提案を受けて、同63年に、それまでの歯車全体を電気誘導子で囲ってすべてを歯面に1度で焼入れを行う一発焼入れから、一般産業用歯車として実績のある、歯型と一致する電気誘導子を歯底に沿って移動させながら1歯ずつ焼入れを行う一歯移動焼入れに変更した。
 なお、Aは、しらしま向け減速機の製造にあたって、減速比が小さく、JGルールの歯面強度に対しても余裕があったことから、客先の承認を得たうえ、2段歯車を設計基準とは異なる炭素鋼とし、1段歯車には社内の在庫やJGルール等の関係からクロムモリブデン鋼製を使用することになったもので、2段以降の小歯車もしくは大歯車を一歯移動焼入れした炭素鋼とした減速機をしらしま以外にも平成7年以前に建造された6隻に合計10台納入していた。
 指定海難関係人C(以下「C」という。)は、主として鉄道車両輪軸及び歯車などの鉄鋼製品を自社で製鉄した鉄鋼素材から一貫製造する部門で、舶用機関についてはE1社のみと取り引きし、減速機用歯車製造を月間1ないし2台受注しており、Aが作成した設計図に基づき、鋼塊から1次鍛造、型鍛造、焼鈍及び調質を経て荒仕上げされた鋼材に、歯切り加工及び表面硬化を施したのち、研磨加工して製品とする主要工程、素材の成分と材料強度、完成品の精度、歯面の硬度及び探傷検査などを詳細に記載した減速機用歯車製作仕様書を作成して製造していた。
 ところで、Cは、鋼塊中の不純物を完全に除去するのが極めて困難で、溶鋼が凝固する過程において、浮上しきれない脱酸生成物などの不純物が、非金属介在物として内部に残留するおそれがあり、その傾向は頭部に近いほど高いことから、E向け歯車については1次鍛造後、頭部を約10重量パーセント切り捨てて使用するようにしていたところ、平成5年12月に旅客船搭載の減速機において内部介在物を起因としたクロムモリブデン鋼製2段歯車の破損事故が発生したため、Aの要望も受けてしらしま用歯車の製造後となる翌6年7月からすべて材質の鋼塊頭部を20重量パーセント切り捨てるように改めていた。
(4)歯車折損事故とその後の対応
 Aは、同5年12月の前示事故を含め、一歯移動焼入れしたクロムモリブデン鋼製減速機2段歯車の折損事故が他船で5件続き、Cとともに原因調査と対策にあたっていたところ、同9年3月にしらしま右舷減速機の1段歯車においても折損事故が発生し、一歯移動焼入れしたクロムモリブデン鋼については、硬化層が約2ミリと薄いうえに同層境界部に急激な硬度低下があり、介在物に対する切欠き感度が高く、焼入れによる引張り残留応力の影響もあって同層を越えた内部で破壊を生じる可能性が高いなど問題があることを認めた。
 このため、Aは、Cの助言もあって、以後クロムモリブデン同鋼製歯車の一歯移動焼入れを取り止めることとし、しらしまについては、事故対策として両舷減速機の1段両歯車を浸炭焼入れしたニッケルクロムモリブデン鋼製に変更したほか、2次損傷した右舷減速機の両逆転歯車及び2段各歯車を取り替える際、復旧を急ぐという理由から2段各歯車にも社内に在庫のあった同鋼製を取り付け、その後、折損事故が起きた他船の安全率の低い2段歯車などに対しても同鋼製に順次取り替えたり、点検を行うなどの措置を講じた。
 一方、Cは、翌10年に入ってAから一歯移動焼入れによる炭素鋼製歯車の注文を受けた際、それまで鉄道車両や一般産業用の炭素鋼製歯車では折損事例がなかったものの、同焼入れしたクロムモリブデン鋼製の船用減速機歯車に折損事故が続いたため、同部に対して、安全上のリスク回避という観点から炭素鋼製歯車についても同焼入れは取り止めたほうがよいと助言した。
 Aは、Cの助言を受け、以後炭素鋼製歯車は一発焼入れもしくは浸炭焼入れすることに改めたが、それまで自社製減速機の一歯移動焼入れの炭素鋼製歯車には折損事例が1件もなく、同焼入れのクロムモリブデン鋼と比較して、表面硬化層境界部の硬度低下が急激ではなく、介在物に対する切欠き効果の面でも優れていることから、しらしま左舷減速機2段歯車などの既納品については継続使用して問題はないと判断し、特に対策は講じなかった。
(5)本件発生に至る経緯
 しらしまは、平成14年1月の第1種中間検査工事において、受検のために左舷減速機車室上半部を開放して両クラッチ軸を抜き出したうえ、歯面の状態をはじめ各部に異常のないことを確認して運航を再開し、クラッチ嵌合時に異常な衝撃音を発したことはなく、両舷主機の出力が機関制御室及び操舵室の各監視盤に負荷指示として表示される燃料ラック位置を目安として、連続最大出力の85パーセントを超えないように運転され、それまでにプロペラに漁網やロープを巻き込んだり、沈木などが接触することはなかったものの、冬期の荒天下を北上する際にはトルクリッチ領域で主機が運転されることもあった。
 その後、左舷減速機は、総運転時間が19,000時間に達し、負荷の繰返し数が108回を越える状況で運転を続けていた前進用2段歯車の1歯において、前進時に圧縮応力側となるクラッチ側歯端から約520ミリ、歯底から深さ1.8ミリの硬化層境界付近の位置に存在した微細な介在物に圧縮応力が作用する一方、噛み合う歯が次の歯に移動したとき同部が引張り応力を受けることから、同介在物を起点としてフィッシュアイと称されるほぼ円形状に進展する疲労亀裂が生じて成長するとともに、前進時に引張り応力側となるクラッチ側歯端から約50ミリ、歯底から深さ2.3ミリの位置にも介在物を起点とした微小亀裂が生じ始めた。
 こうして、しらしまは、機関長Hほか20人が乗り組み、乗客80人車両18台を載せ、船首3.67メートル船尾4.19メートルの喫水をもって、翌15年2月24日09時20分七類港を発して島前知夫里島の来居港に向かい、同時32分七類港九島灯台(以下「九島灯台」という。)を航過後、両舷主機回転数をいずれも毎分480として18.0ノットの速力で航行中、左舷減速機の前進用2段小歯車の前示1歯に生じていた疲労亀裂が進展してクラッチ側から半分余りが折損し、09時50分九島灯台から345度(真方位、以下同じ)8.5海里の地点において、機関室点検中の一等機関士が、左舷減速機付近から異音と振動が発生していることに気付いた。
 当時、天候は晴で風力4の北東風が吹き、海上は波立っていた。
 操舵室で機関の監視に当たっていたH機関長は、一等機関士から連絡を受けて機関室に赴き、異音の発生源が左舷主機か左舷減速機か特定できなかったため、左舷主機を半速前進に減速したところで左舷減速機からの異常振動を認め、10時05分右舷主機を減速して左舷主機を停止したのち、左舷減速機内をピープホールから点検して前進用2段小歯車の1歯が欠け落ちているのを発見し、左舷主機が運転不能である旨を船長に報告した。
 しらしまは、10時09分九島灯台から343度11.2海里の地点で、右舷主機を一旦停止して左舷プロペラの遊転止め措置を行ったのち、右舷主機のみで島前3港への運航を続け、島後の西郷港への寄港を中止して七類港に戻り、来船したEのサービス技師が左舷減速機を開放して精査したところ、前示1歯がクラッチ側から170ミリの長さで折損していたほか、その破片を噛み込んで後進用2段小歯車及び2段大歯車に圧痕などの2次損傷を生じていることが判明し、のち同減速機は損傷した2段歯車をすべて浸炭焼入れしたニッケルクロムモリブデン鋼に新替えするなどして修理された。
(8)事後の措置
 Cは、折損原因の究明のため損傷歯車を詳細に分析した結果、折損破面に疲労破面を特徴づけるストライエーション(縞模様)が見られ、起点が両歯底にあって、前進時の圧縮応力側には介在物の残存が確認できないものの歯底表面に達した直径4ミリほどの明瞭なフィッシュアイが、前進時の引張り応力側にはクラッチ側歯端から約50ミリ歯底から深さ2.3ミリの位置に長さ250ミクロン幅75ミクロンの介在物がそれぞれ存在することが判明し、歯車の材質の機械的性質や化学成分等には問題がないことから、疲労破壊の起点となった微細な介在物に定格値を越える過大な応力が作用したものと結論付けた。
 一方、Aは、折損原因について故障の木解析(FTA)を行い、設計強度及び当該歯車を含む減速機の加工、組立品質に問題はなく、運航中の異常現象や機関取扱面に関しては、しらしまの乗組員から事情を聞くなどの調査で具体的な問題点を見い出すことができなかったが、Cの分析結果及び見解も加味し、総運転時間から当該歯車への負荷繰返し数が5.8×108回で、一般に鉄鋼材料の疲労限度と考えられる107回(以下「限界繰返し数」という。)を越えた領域にあったことから、亀裂起点部の介在物及び表面硬化層付近の引張り残留応力の影響に加え、何からの外的な過大応力が働き、これらが複合して折損に至ったとする調査結果をまとめ、Fなどに報告書を提出した。
 また、Aは、Cと同種事故の再発防止策を協議し、今後製造する歯車については、各船級ルールに対する設計強度上の余裕率を10パーセント高め、形状によって可能なものは高周波一発焼入れを行い、それ以外はすべてニッケルクロムモリブデン鋼の浸炭焼入れとすることを取り決めたほか、既納品に対しては、運転時間の短い歯車及び強度上の余裕率が低い歯車を対象に、顧客の要望に応じて取替え又は点検の措置を講じた。

(原因等の考察)
 本件は、就航後約8年間、約20,000時間の運転で、負荷の繰返し数が108回を越えた減速機歯車に、歯底の高周波焼入れ境界層付近に存在した微細な介在物を起点として疲労亀裂を生じたもので、その原因等について考察する。
1 疲労亀裂の発生要因
 一般に、鉄鋼材料は、応力−繰返し数線図(S-N線図)において限界繰返し数を越えるとS-N曲線がある応力振幅で水平となり、外的な過大応力などが付加されない限り、永久的に疲労破壊が起こらないとして疲労限度が決定され、それを基準に機械構造物の設計が行われている。
 外的な過大応力については、Aが運航中の異常現象や機関取扱面に関して乗組員への聞き取りなどの調査を行った結果、主機の過負荷運転、プロペラへの異物衝突又は巻き込み及びクラッチ嵌合時の衝撃等についていずれも十分な確証を得るまでには至らなかったが、輪軸製造部では「2段小歯車歯部折損品に関する見解書」で、起点部への応力等の算出結果から歯元表面に定格値の約1.7倍の応力が作用したと推定しており、トルクリッチ領域での運転点が散見されることも考慮すると、その可能性を否定することはできない。
 一方、歯車等の材料となる高強度鋼に関しては、最近の疲労破壊に関する研究において、S-N曲線が限界繰返し数付近で一旦水平となるが、さらに負荷が繰り返されると疲労限度が低下して2段の折れ曲がりを有する同曲線を示し、限界繰返し数を越えた領域で鋼材内部の介在物を起点としてフィッシュアイ形成による内部破壊を起こすという現象が確認され、「S45C焼入れ焼もどし材の超長寿命引張圧縮疲労特性」と題する論文などで報告されており、本件においても同様な現象が起きた可能性は考えられる。
 しかし、この現象は、I代理人が当廷において「108回以降に疲労破壊する件は当社でも研究している者がいるが、複合的な要素が非常に多く、負荷の掛かり方等で破壊具合がずいぶん違ったりしており、まだ学術的なレベルで一般的にそれを設計に採用する段階ではないと考える。」と供述しているように、未だに問題点や不確定な要素も多く、一般理論として確立された段階とはいえない。
 したがって、本件の限界繰返し数を越えた歯車に介在物を起点とした疲労亀裂が生じた要因については、外的な過大応力が作用したものか、通常疲労限度以下の応力が繰返し作用するなかで内部破壊を起こしたもののいずれであるか、これを特定することはできない。
2 指定海難関係人の所為について
 Cは、安全上のリスク回避という観点から、炭素鋼の高周波一歯移動焼入れについても取り止めるようBに対して助言したものであるが、同部が減速機歯車の寸法及び強度設計を行っているため個々の歯車に対する安全率まで把握しておらず、既納品への対処は助言を受けたAが判断すべきことであり、取替え等の対策までに言及しなかったことをもって、本件発生の原因をなしたとは認められない。
 また、Aが、Cから炭素鋼の高周波一歯移動焼入れについても取り止めるよう助言を受けた際、安全運航の見地から、既納品に対して同焼入れしたクロムモリブデン鋼製歯車への対策と同様の取替えや点検などの措置を講じることが機関メーカーとして望まれたところであるが、それまで炭素鋼には折損事例がなく、焼入れした両鋼の性質上の違い及び本件が限界繰返し数を越えて発生したことなどに鑑み、Aの所為は、本件発生の原因とならないとするのが相当である。 

(原因)
 本件機関損傷は、左舷主機減速機の高周波一歯移動焼入れした炭素鋼製前進用2段小歯車の1歯において、限界繰返し数を越えて運転が続けられるうち、歯底の表面硬化層境界付近に存在した微細な介在物を起点として生じた疲労亀裂が進行したことによって発生したものであるが、疲労亀裂を生じた要因については明らかにすることができない。
 
(指定海難関係人の所為)
 Aの所為は、本件発生の原因とならない。
 Cの所為は、本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





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