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平成15年横審第66号
件名

LNG船エル エヌ ジー ヴェスタ機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成16年3月25日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(吉川 進、阿部能正、稲木秀邦、佐藤準一、野本敏治)

理事官
井上 卓

指定海難関係人
A 業種名:機関製造業 

損害
主機ノズル制御弁第1ノズル弁が折損

原因
機関製造業者設計部門の主機タービンノズル弁疲労強度についての検討不十分

主文

 本件機関損傷は、機関製造業者のタービン設計部門が、主機タービンノズル弁の改造設計に当たり、同弁の疲労強度について検討が不十分であったことによって発生したものである。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年11月11日07時08分
 東京湾南方沖合
 
2 船舶の要目
船種船名 LNG船エル エヌ ジー ヴェスタ
総トン数 105,708トン
全長 272.00メートル
機関の種類 デュアルタンデムアーティキュレーティッド型
  2段減速装置付衝動反動式蒸気タービン
出力 23,536キロワット
回転数 高圧タービン毎分5,845
  低圧タービン毎分3,335
  プロペラ毎分85

3 事実の経過
 エル エヌ ジー ヴェスタ(以下「ヴェスタ」という。)は、平成5年10月に進水した、インドネシア共和国ボンタン港と千葉県千葉港の間で液化天然ガスの輸送に従事する鋼製LNG運搬船で、主機としてB社が製造した、MS-36-2型と呼称する蒸気タービン機関を装備していた。
(1)主機の構造と制御
ア 主機の構造
 主機は、蒸気をノズルに通して高速流とし、動翼列に当ててローターを回転させるタービン段落を、高圧及び低圧タービンにそれぞれ8段落備え、両タービンの高速回転を2段減速歯車で減速してプロペラを駆動するものであった。
 高圧タービンは、部分流入形式の衝動型で、上下二分割される鋳鋼製ケーシングの上半部にノズルが配置され、定格出力時にボイラ過熱器出口において6.12メガパスカル、摂氏525度(以下、温度は、摂氏で表わす。)の蒸気が、各段落で順次膨張しながらローターを回転させるものであった。
 低圧タービンは、前半の4段が衝動型、後半の4段が反動型で、高圧タービンを出た蒸気が全周流入し、各段落で膨張を続けながらローターを回転させ、その蒸気が低圧タービン下部の真空復水器で復水されるようになっており、同軸一体のカーチス型後進タービンで逆回転するようになっていた。
イ タービンの制御
 タービンの制御は、蒸気を高圧タービン又は後進タービンのいずれかに送って回転方向を決め、その蒸気量を増減させて速度を変化させるもので、非常時には、併設の前進塞止弁及び後進塞止弁が遮断されて停止するようになっていた。
 高圧タービンは、第1段ノズルが5つのノズル群に分けられ、第1群から第3群にはそれぞれ7個、第4群に4個そして第5群に2個のノズルがあり、各群への蒸気流量をノズル制御弁で制御されていた。
 ノズル制御弁は、高圧タービン第1段ノズル箱と一体に組み立てられ、2本の軸で上下する鍛鋼製の揚弁板に、前示ノズル群に対応して、中央に第1ノズル弁、その両脇に第2及び第3ノズル弁、外側に第4及び第5ノズル弁をそれぞれ配置していた。
 主機の操縦方式は、ノズル制御弁を手動ハンドルで動かす手動モード、油圧シリンダの油圧弁を直接開閉するダイレクトモード、そして、船橋又は制御室の操縦ハンドルでプロペラ回転数を指定し、同回転数をフィードバックしながら油圧シリンダで比例制御する、遠隔自動モードの3つがあり、通常は遠隔自動モードで操船されていた。
ウ 第1ノズル弁
 ノズル弁は、ASTM A182-F12と呼ばれるクロム・モリブデン鋼製で、外径34ミリメートル(以下「ミリ」という。)の弁ステム部が、揚弁板の内径38ミリの取付穴に挿入され、弁ステム上部にリフト調整ナット(以下「調整ナット」という。)が取り付けられ、同ナットの下面で引き上げられて開くもので、揚弁板が上がるに連れて各弁が遅れて開くよう、第1ノズル弁を最小の0.4ミリの遊びとし、第2ノズル弁以下、順次遊びが長く設定されていた。また、第1ノズル弁単独で、前進側の港内全速の毎分45回転(以下、回転数は毎分のものとする。)まで蒸気量を扱うことができた。
 調整ナットは、ノズル弁の座りの自由度を持たせるため、揚弁板の着座金具と当たる着座面が球面形状で、ステライト盛りが施されていた。
 ところで、第1ノズル弁は、プロペラ軸のレーキのため、ノズル弁箱全体が船尾に向かって傾斜していることと、蒸気が右舷方向から水平に流入して弁周囲で直角に方向を変えることから、揚弁板で引き上げられる途中で蒸気流れの影響を受けやすかった。また、調整ナットのねじ部との間に、応力集中を回避する逃がし溝が設けられていたが、その直径がねじ底の直径とほとんど同じであった。
(2)指定海難関係人A
 MS型蒸気タービンは、B社が米国のライセンサーから基本設計を導入したもので、出力範囲25,000ないし33,000キロワットのものが昭和38年ごろから大型油送船、高速コンテナ船などの主機として、また、同55年以降は、主にLNG船の主機として製造された。
 指定海難関係人Aは、Aは、B社のタービン設計部門で、同社が製造するタービンの詳細設計に当たり、運航実績の中で生じた不具合など使用機の設計変更に対応していた。
(3)ノズル弁の設計変更
 ノズル弁は、前示出力範囲のタービンについて共通の構造を有し、製造当初から、各弁とも調整ナット1個で取り付けられ、遊びが設定されたうえ、回り止めピンを貫通させて同ピン両端をかしめて固定されていた。昭和62年、就航後5年半を経過したLNG船の主機に、第1ノズル弁の同ピンの折損と調整ナットの緩みが発見され、同ピンの強度を上げるために直径が6ミリから8ミリに変更された。更に、平成3年には、別の就航船で、第1ノズル弁の回り止めピンの折損が発見され、当該ノズル弁の代替品の製作を待つ間、調整ナットが溶接で仮止めされたものを組み立てて、運転されていたところ、約1箇月後に同弁ステムが折損する事例が発生した。
 そこで、Aは、第1ノズル弁の改造設計を行うに当たり、船体振動及び蒸気流れによる振動で回り止めピンが折損したと判断したが、同弁に加わる諸応力及び耐摩耗性・耐久性の評価をするなど、同弁の疲労強度について検討を十分に行うことなく、同型船に対して回り止めピンで調整ナットを固定したうえダブルナットを装着する対策を施し、ヴェスタの主機を含む、平成4年以後に建造されたものについてもすべてその方式のものに変更した。
(4)損傷に至る経緯
 ヴェスタの主機タービンは、揚げ地の岸壁では、船体の移動事故を防止する理由から、係留中、約3分間の周期で最大5回転ほどの前後進を繰り返して暖機状態を保つオートスピニングが許されておらず、約20時間の揚げ荷役の間、タービン温度が低下するので、荷役終了後、出港前の90分間、毎分回転数約10の範囲で頻繁なスピニングを2分程度の周期で行い、ケーシングを出港可能な温度まで暖める方法がとられていた。
 第1ノズル弁は、特に出港前のスピニングにおいて、小さな開度で頻繁に開閉が繰り返されるうち、揚弁板の着座金具で引き上げられる荷重のもと、レーキによる同弁の偏芯(へんしん)によって調整ナットの着座面が微小に滑り、蒸気流れによる励起振動も加わって、同ナットの着座面にフレッチング摩耗を生じ、年数を経ながらその摩耗が徐々に広がった。
 主機は、高圧及び低圧タービン、操縦弁装置など主要な部分が毎年行われる入渠(にゅうきょ)工事で、継続検査の1項として順次開放され、ノズル制御弁仕組についても、就航後数度にわたって点検されたが、調整ナットが回り止めピンでかしめられ、同ナット下面の遊びが小さい第1ノズル弁が同ナットの着座面が目視点検できなかったので、第1ノズル弁の調整ナットに生じていた摩耗が発見されなかった。
 第1ノズル弁は、疲労強度について検討が十分に行われないまま就航当初から使用され、開弁の都度、摩耗が進んだ調整ナットの着座面が見掛け上固着状態(以下、単に固着状態という。)となり、弁ステムが傾斜した状態で引っ張られて曲げ応力を受けていたところ、いつしか逃がし溝直近のねじ底に応力が集中して亀裂(きれつ)を生じ、蒸気流れによる励起振動を受けて、その亀裂が進行するところとなった。
 ヴェスタは、船長Bほか30人が乗り組み、液化天然ガス56,729トンを載せ、船首10.87メートル船尾11.16メートルの喫水をもって、平成14年11月3日04時25分インドネシア共和国ボンタン港を発し、千葉港に向かったが、第1ノズル弁の亀裂が、蒸気流れによって生じる微細な振動で進展した。
 こうして、ヴェスタは、同月11日早朝、主機を減速しながら東京湾入口に向かい、04時00分機関用意が令され、主機が順次減速され、同時19分に後進テストが行われたのち、同時20分再び前進にかけ、パイロット乗船時刻に合わせるべく、第1ノズル弁単独で蒸気を送りながら主機を36回転にかけて運転していたところ、07時08分剱埼灯台から真方位091度4.25海里の地点において、同弁のねじ部に生じていた亀裂がつながって折損し、ステムが落下して蒸気流が遮断され、主機が停止した。
 当時、天候は曇で風力2の南東風が吹いていた。
 ヴェスタは、主機が前進回転不能となり、同日08時30分警戒配備の引船にえい航され、09時50分千葉県金谷沖に投錨して仮泊し、乗組員の手で主機ノズル制御弁が開放され、第1ノズル弁が折損していることが分かり、翌12日、引船にえい航されて千葉港に引きつけられた。
(5)事後の措置
 ヴェスタは、揚げ荷を終えた後、造船所に回航され、第1ノズル弁が取り替えられた。
 Aは、損傷した第1ノズル弁の折損断面の外観、破面、金属組織など詳細にわたる調査と、調整ナットの着座面の摩耗状況を分析し、弁ステムの部材に加わる引張応力についての安全率等を再検討した。その結果、弁ステムについて
ア ねじをM33のメートル並目ねじとし、機械削りから転造品に変更する。
イ ねじとの間の逃がし溝を28ミリ径に減じ、直径変化が緩やかな幅広のものにする。
ウ 部材は、タービン動翼として使用実績のある、クロムを10.3ないし11.0パーセント含有した鋼材に変更する。
 などの点を盛り込んで改良品を製作し、平成15年の入渠工事に際してヴェスタの主機に取り付けた。その後、同型主機について、揚弁板とノズル弁との遊びを計測して調整ナットの着座面の摩耗の有無を確認するよう促すとともに、順次改良品に取り替えることとし、更に、同ナットの着座面の部材についても、ステライト材より耐摩耗性の高い材料について耐久性を確認する試験を続けながら、互換性を探ることとした。

(原因の考察)
 本件機関損傷は、主機タービンの第1ノズル弁が調整ナットねじ部に亀裂を生じ、同亀裂が進展したことによって発生したものであるが、調整ナットの着座面に摩耗を生じた点、弁ステムに加わる応力がねじ部に集中して破断した点などについて検討する。
1 調整ナットの摩耗
 接触する2個体間に、微小な接線方向の変動応力が繰り返し与えられたとき表面に生じる損傷が、フレッチングと総称され、100マイクロメートル以下の往復滑りに起因するものが一般にフレッチング摩耗と呼ばれる。
 第1ノズル弁は、調整ナットの着座面に、硬脆(こうぜい)材料に特有の疲労破壊的なフレッチング摩耗(以下「疲れ摩耗」という。)が起こっていたと考えられる。
 すなわち、
(1)同面には、硬脆材料であるステライトが盛り金されている。
(2)弁前後の差圧がノズル弁の中では最も大きく、ノズル弁が偏芯状態で引き揚げ始め、開弁すると蒸気流れによって曲げが加わり、調整ナットの着座面に滑りが生じる。
(3)偏芯が弁座の当たりに影響しないようにするために、揚弁板の着座金具が約30度で傾斜しており、調整ナットの着座面の接線応力が大きい。
(4)出港前の手動スピニング中、ノズル弁仕組の温度上昇を伴いながら頻繁に、かつ大きめの開度で開閉が繰り返された。
 などの条件から、出港前の暖機のための手動スピニング及び出入港の操船時の開閉動作によって、疲れ摩耗を生じていたと考えるのが妥当である。
 更に、この摩耗は、調整ナットの接触面積が広がって接触箇所の面圧が下がれば、その進行が止まることになるが、本件後の調整ナットの着座面には、疲れ摩耗が広範囲に起こり、表面が剥離した跡がうかがえる。本件の特徴は、調整ナットの摩耗によって、ノズル弁の引き揚げ中に接触箇所が固着状態となり、蒸気流れの力が弁ステムを曲げることになったのであり、弁棒の同摩耗がノズル折損の前提となったと考えることができる。
2 ノズル弁ステムの亀裂発生と破断
 弁ステムの亀裂の発生については、次の点が要件として考えられる。
(1)機械加工の良否
(2)据付時の精度
(3)船の振動など使用環境
(4)部材の強度余裕
 これらのうち、(1)については、断面の詳細を示す調査報告書では、ねじ部の切削加工が同じ管理基準で一貫して行われてきたもので、亀裂の起点における材料欠陥や加工時の傷はなかったとしているが、機械加工によるあまねじであった点が、切欠き効果を生じさせた可能性が残る。
 (2)及び(3)については、特に本船について異常な点は見当たらない。(4)については、ライセンサーからの導入以後一貫してASTM材を使用しており、本件後に作成されたノズル弁体の耐久限度線図では、部材の強度が限度以内であるものの、振動疲労安全率が1.06と、余裕が少なかったことが判明している。
 すなわち、(1)の面で、ねじの谷底と逃がし溝の直径が極めて近いことから、応力集中の回避効果がなく、機械切削されたねじ底の鋭角部分に応力が集まり、疲労限度を超えたと考えるのが相当である。
3 材料及び構造の課題
 本件は、以上の摩耗と折損の経過が考えられるが、平成3年の同型船での折損例でも、調整ナットの着座面の摩耗が明らかに進行していた様相が記録写真に認められる。したがって、ステムが着座面を支点として曲げられ、応力が最も大きく加わった箇所の近傍で折損した点で、本件と共通する損傷経過をたどったと見ることができる。しかしながら、この折損の後、専らねじ部で直接曲げを受けないよう密着性を高めることが検討され、調整ナットがダブル締めに変更された。この時点で、既に蒸気流れによる力が着目されていたのであり、ノズル弁の受ける諸応力について、改めて詳しく評価し、設計に生かす機会があった。
 すなわち、Aが、同型船の主機ノズル弁が折損した事例に対応するに当たり、同弁の疲労強度について十分に検討しなかったことは、本件の発生の原因となる。
 なお、本件後、就航から7年を経過した同型主機の調整ナットに、摩耗の発生が見出されており、調整ナット着座面と、ノズル弁ねじ部とを直接目視点検できる構造とすることも、選択肢として検討に値する。

(原因)
 本件機関損傷は、機関製造業者のタービン設計部門が、主機タービンノズル弁の折損した事例に対応して改造設計するに当たり、疲労強度について検討が不十分で、調整ナットの着座面が疲れ摩耗を起こし、開弁時に固着状態となってノズル弁のねじ部が曲げ応力を受け、同部に亀裂を生じ、蒸気流れによる励起振動で同亀裂が進展したことによって発生したものである。
 
(指定海難関係人の所為)
 Aが、同型船の第1ノズル弁が折損した事例に対応して改造設計するに当たり、同弁に加わる諸応力及び耐摩耗性・耐久性の評価をするなど、疲労強度について十分に検討しなかったことは、本件発生の原因となる。
 Aに対しては、本件後、ノズル弁のねじ部に応力が集中しないよう形状等を改め、調整ナットの着座面に用いる材料の改良を計るなど、再発防止に努め、同型船のノズル弁についても開放点検して、それらの改良部品への交換を順次施している点に徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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