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平成15年神審第78号
件名

旅客船あさしお丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成16年2月26日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(中井 勤、田邉行夫、小金沢重充)

理事官
杉崎忠志

受審人
A 職名:あさしお丸機関長 海技免許:四級海技士(機関)(機関限定)
指定海難関係人
B 職名:C社工務部長

損害
左舷主機4番シリンダのピストン及びピストンピン軸受メタルなどが焼損、シリンダライナに無数の縦傷等の損傷

原因
船舶所有者側の保船管理責任者の、修理業者へのピストン冷却油注油ノズルの点検不指示及び機関長への定期的な同油注油状況の点検不指示

主文

 本件機関損傷は、船舶所有者側の保船管理責任者が主機の保守管理を行うにあたり、修理業者に対し、ピストン冷却油注油ノズルの点検を指示していなかったばかりか、機関長に対し、定期的に同油注油状況を十分に点検するよう指示していなかったので、同ノズルが閉塞してピストンの冷却が阻害されたことによって発生したものである。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年8月7日12時50分
 兵庫県岩屋港南東方沖合
 
2 船舶の要目
船種船名 旅客船あさしお丸
総トン数 1,295トン
全長 65メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 2,942キロワット
回転数 毎分720

3 事実の経過
 あさしお丸は、平成元年8月に進水し、航行区域を平水区域とし、兵庫県明石港と同県岩屋港間の定期航路に就航する鋼製旅客船兼自動車航送船で、同航路での運航は、C社が所有するあさしお丸を含む3隻の同類船(以下「あさしお丸等」という。)のうち、2隻を運航船として1日22往復の終日運航及び同14往復の定期運航にあて、残りの1隻を不測の事態に対応するための予備船として待機させる体制がとられ、それぞれ約10日の間隔でローテイションさせることを標準形態としており、主機として、D社が製造した6DLM-28S(L)型と称する、各シリンダに船首側から順番号が付された、A重油専焼の過給機付4サイクル6シリンダトランクピストン型機関を機関室の左右舷に各1機装備し、両舷主機の推進軸系には、それぞれ減速機及び可変ピッチプロペラを備え、運転時間が年間約4,000時間であった。
 主機のシステム油系統は、共通状態として使用していた2個の容量4,000リットルの潤滑油サンプタンクから、両舷主機直結の潤滑油ポンプ又は電動予備潤滑油ポンプにより吸引、加圧された潤滑油が、潤滑油冷却器出口において、それぞれ圧力調節弁及びこし器が設けられた、クランク軸、カム軸及び調時歯車装置などの各運動部の潤滑系統と、ピストンの冷却系統に分岐し、各部の潤滑及び冷却を終えたのち、同タンクに戻る循環経路となっていた。そして、潤滑油は、システム油系統中に混入した夾雑物を除去する目的で組み込まれた、遠心式油清浄機及び精密ろ器などで構成された清浄装置により、主機運転中に側流清浄が行われていたが、微細で小さい比重の夾雑物や潤滑油中に発生するスラッジなど(以下「異物」という。)を除去するには限界があったので、それらによる同油系統の汚損が徐々に進行する状況で使用され、約1箇月ごとに消費量に相当する200ないし300リットルの新油が補給されていた。
 主機のピストンは、冠部とスカート部からなる鋳鉄製組立型で、冠部の冷却がカクテルシェイカーと称する方式で行われ、圧力約4キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)に調圧された潤滑油が、シリンダライナ下端部に取り付けられた冷却油注油ノズル(以下「注油ノズル」という。)の内径5ミリメートル(以下「ミリ」という。)の注油孔から上方に噴射されて冠部冷却室内に流入し、ピストンの上下動に伴って攪拌されるようになっていた。
 そして、注油ノズルは、十分な断面積の潤滑油流路が内部に工作されていたものの、その流れの方向を直角に変化させることを余儀なくされる構造であったので、異物が同流路に堆積しやすく、同流路が狭められると、注油量が減少してピストンの冷却が阻害されるおそれがあることから、法定検査工事でピストンを抜き出し、開放した際などに、その冷却効果及び同ノズルの閉塞状況、また、入渠時以外でも定期的にクランク室ドアを開放し、電動の予備潤滑油ポンプを使用して冷却油注油状況についての点検を行う必要があった。
 ところで、乗組員は、運航船での時間を要する保守作業を実施することが困難な運航状況であったことから、約3箇月に1回各船での集中的保守を実施できるよう、予備船の点検整備期間とする1箇月のうち連続した2日の指定時期を調整し、一括公認雇入れのもとで休日を消化しながら各船に順次配乗されており、交替で乗下船を頻繁に繰り返していたA受審人ら6人の機関長が、主機をはじめとする各機器の職務分掌を明確に定められていなかったことから、冷却清水の補給量が増加した際、原因についての検討を提起する者が現れないなど、責任の所在が不明瞭な状況で機関の運転及び保守管理に従事していた。
 また、B指定海難関係人は、C社の工務部長として、あさしお丸等の船体及び機関等の保船管理を担当し、あさしお丸が法定検査工事等で入渠する際には、その工事仕様を決定し、工事監督として現場作業に立ち会っており、ピストンの冷却がシステム油で行われることを承知していたものの、修理業者に対し、同船が新造されて以来一度も注油ノズルの点検を指示していなかったばかりか、各機関長に対し、定期的にクランク室ドアを開放し、電動の予備潤滑油ポンプを運転して冷却油注油状況を十分に点検するよう指示していなかった。
 こうしたことから、主機は、運航船における潤滑油こし器の開放掃除等の簡易な日常的保守及び予備船における集中的保守が前記体制で行われていたほか、各シリンダのピストンが、毎年実施され5年間ですべてのシリンダの法定検査が完了するように策定された継続検査計画表に加え、B指定海難関係人が独自に策定した保守計画に基づき、2年に1回の間隔で抜き出し整備を繰り返されていたが、いずれにおいても注油ノズルの閉塞状況及び冷却油注油状況の点検が行われていなかった。
 あさしお丸は、就航以来、注油ノズルに異物が徐々に堆積し、ピストン冷却油注油量が次第に減少する傾向にあったが、ピストンの冷却が阻害されるまでに至ることなく無難に運航を続けていたところ、平成14年7月下旬左舷主機用の電動渦巻式冷却清水ポンプの吐出圧力が異常に低下して脈動する現象を呈したことから、8月6日兵庫県津名郡淡路町岩屋に所在する修理業者に依頼して、同主機冷却清水系統の一部配管を取り外すなどしてその原因究明を試みたものの、冷却清水の流動を阻害するような異常が発見されず、復旧後に行った冷態での通水試験においても同現象が再現されなかったので、温態での同清水圧力変動の有無を確認する目的で、翌日海上試運転が実施されることとなった。
 こうして、あさしお丸は、A受審人ほか6人が乗り組み、B指定海難関係人を同乗させ、8月7日12時05分主機を始動し、船首2.5メートル船尾2.6メートルの喫水をもって、同時18分試運転海域としていた大阪湾に向け岩屋港を発し、同時23分すぎ両舷主機を回転数毎分640、プロペラ翼角23度及びピストン冷却油圧力約4キロの通常運航時と同じ運転諸元として試運転を開始した。
 ところが、あさしお丸は、依然として冷却清水圧力に変化が認められない状態が続いたので試運転を中止することになり、12時40分浦港南防波堤灯台から085度(真方位、以下同じ。)2.4海里の地点に至って反転し、同一運転諸元のまま岩屋港に向け帰港中、汚損が一際進行していた左舷主機4番シリンダのピストン冷却油注油量が著しく減少し、過熱したピストンから熱伝達を受けたシリンダライナも過熱したことから、同ライナ下部に装着されていたゴム製Oリングが損傷したので、シリンダジャケットの水密を維持できなくなり、冷却清水がクランク室内に漏洩して同室内の圧力が上昇する状況になっていたところ、12時50分岩屋港北防波堤東灯台から138度1,650メートルの地点において、A受審人がクランク室ドアに付設されていた安全扉の作動及び同扉などからの白煙の噴出を認め、同主機を停止した。
 当時、天候は晴で風力3の南風が吹き、海上は平穏であった。
 A受審人及びB指定海難関係人は、左舷主機4番シリンダのクランク室ドアが著しく高温になっていたことから、同ドアを開放したところ、多量の冷却清水がシリンダライナ下部から流出しているのを認めた。
 その結果、あさしお丸は、左舷主機の運転を断念し、右舷主機のみの片舷運転で岩屋港に帰港し、さらに詳しい点検が行われ、左舷主機4番シリンダのピストン及びピストンピン軸受メタルなどが焼損し、シリンダライナには無数の縦傷が生じていたほか、注油ノズルが異物で閉塞していることが判明し、損傷部品を新替えするなどの修理のほか、多量の冷却清水が混入したシステム油全量の新替などが行われた。
 本件後、B指定海難関係人は、他シリンダの注油ノズルにも異物が堆積していることを認め、ピストンの適正な冷却効果を維持できるよう、入渠時の整備施工業者及び約3箇月ごとの定期整備にあたる機関長に対し、注油ノズル及びピストン冷却油注油状況の点検を十分に行うよう指示するなど、同種事故の再発防止対策を講じた。

(原因についての考察)
 本件は、兵庫県岩屋港南東方沖合において、左舷主機4番シリンダのピストンが冷却阻害された状態のまま運転が続けられ、同ピストン及びシリンダライナなどが過熱焼損するに至ったもので、以下、その原因について考察する。
1 左舷主機4番シリンダのピストンの冷却阻害について
 これまでの事実認定のとおり、ピストンの冷却が阻害されたのは、かねてより異物の堆積が徐々に進行していた注油ノズルが異物で閉塞気味となり、冷却油量が著しく不足した状況で運転されたことによる。
 約3箇月ごとに実施されていた点検整備期間中などに、乗組員がクランク室ドアを開放し、電動の予備潤滑油ポンプを運転して同ノズルからの冷却油注油状況の点検が行われていれば、同油量が減少傾向にあるシリンダを特定することが可能であり、保船管理責任者が機関長に対し、同点検を指示しなかったことは本件発生の原因となる。
2 左舷主機冷却清水圧力低下現象と本件との関連について
 本件が発生する約10日前に左舷主機冷却清水圧力が低下する現象が一時的に生じていたが、このことと注油ノズルの閉塞とにはいかなる関連も見出すことができない。
3 海上運転中の冷却清水温度の変化について
 左舷主機は、機関日誌抜粋写に記載された本件前1箇月間の運転記録によると、冷却清水温度などに異常がない状態で運転されていたところ、突然4番シリンダのピストンが冷却阻害されたことに端を発して本件に至ったもので、本件発生直前には、同清水出口主管の温度を検出して作動する同清水高温警報装置が作動しなかったものの、同シリンダ出口の同清水温度計では他のシリンダのそれと比較して高い値を示していたと考えられるが、この温度上昇は同シリンダピストンの冷却が阻害された結果として生じたのであり、同ピストン等が焼損するに至るまでの時間は極めて短かかったと推察されることから、A受審人及びB指定海難関係人が同清水温度の点検を行っていなかったことは、本件発生の原因とならない。
4 運航体制、乗組員配乗体制及び機関部職務分掌
 C社は、明石港及び岩屋港間に3隻の所有船を就航させ、それらに一括公認雇入れした合計6人の機関長を休日の消化を含めて順次配乗していたが、既に事実認定を行った運航体制及び乗組員配乗体制に加え、3隻の保船管理責任者の立場にあったB指定海難関係人が、各船の主機を含めた各機器の職務分掌を定めていなかったことから、本来海技従事者として各機関長が負うべき保守管理責任の所在が不明瞭な状況となっていたと考えられる。
 このため、船内の日常的保守計画の立案者が定まらず、また、主機冷却清水の著しく多い補給量について、その原因分析が行われていなかったばかりか、工務部長との密接な情報交換が行われないなど、その計画、実行及び運転に関する疑義が生じた際の判断等に曖昧さを生じやすい環境となっていたことが窺える。
 従って、入渠した際には、配乗時期にあたっていた機関長を立ち会わせるものの、運転管理に従事していないB指定海難関係人が、工事監督としてその業務を独断的に実行せざるを得ない状況になっていたことも容易に推察できる。
 以上の実態は、機関の保守管理体制として遺憾であるが、6人の機関長のうち特定の者に対し、主機のクランク室ドアを開放し、ピストン冷却油注油状況の点検を行うことを期待するには極めて困難な労務状況であったとするのが妥当であり、たまたま乗船していたA受審人の所為をもって本件発生の原因とすることはできない。

(原因)
 本件機関損傷は、船舶所有者側の保船管理責任者が主機の保守管理を行うにあたり、修理業者に対し、注油ノズルの点検を指示していなかったばかりか、機関長に対し、定期的にピストン冷却油注油状況を十分に点検するよう指示していなかったので、長期にわたって運転が繰り返されるうち、同ノズルが閉塞して同油の流量が著しく減少し、ピストンの冷却が阻害されたことによって発生したものである。
 
(受審人等の所為)
 B指定海難関係人が、主機の保守管理を行うにあたり、頻繁に交替し、主機の保守担当者が明確に定められていない状況で運航に従事していた機関長に対し、定期的にピストン冷却油注油状況の点検を行うよう指示しなかったことは、本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては、本件後、主機ピストンの適正な冷却効果を維持できるよう、入渠時の整備施工業者及び約3箇月ごとの定期整備にあたる機関長に対し、注油ノズル及びピストン冷却油注油状況の点検を十分に行うよう指示するなど、同種事故の再発防止対策を講じている点に徴し、勧告しないが、頻繁に機関長が交替する船舶の機関保守を行うにあたっては、機関長が機関の実情を把握したうえでの保守計画の策定及び保守の詳細な記録などの統括的実施、並びに同指定海難関係人と滞りなくそれらについての情報の交換ができるよう、主機をはじめとする各機器の保守担当者を明確にした職務分掌を定めることを要望する。
 A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





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