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平成15年門審第91号
件名

漁船第五十八栄丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成16年1月26日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(安藤周二、長谷川峯清、千葉 廣)

理事官
大山繁樹

受審人
A 職名:第五十八栄丸機関長 海技免許:三級海技士(機関)(機関限定)

損害
排気カムのローラ案内及びカムローラが焼付き、カム軸及び架構等の損傷

原因
カム部潤滑油系統の注油状況の確認不十分

主文

 本件機関損傷は、主機開放整備工事後におけるカム部潤滑油系統の注油状況の確認が不十分で、注油量が不足するまま運転が続けられたことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年9月7日20時00分
 日本海西部
 
2 船舶の要目
船種船名 漁船第五十八栄丸
総トン数 123トン
全長 35.35メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 588キロワット
回転数 毎分375

3 事実の経過
 第五十八栄丸(以下「栄丸」という。)は、昭和50年3月に進水した、はえ縄(かにかご)漁業に従事する鋼製漁船で、主機として、C社が製造したDM26R型と呼称するディーゼル機関を装備し、操舵室に同機の遠隔操縦装置を備え、各シリンダには船首側を1番とする順番号が付されていた。
 主機は、同52年5月に換装されたもので、燃料油としてA重油が用いられており、各シリンダにはボッシュ式の燃料噴射ポンプ並びにシリンダヘッドに排気弁及び吸気弁各1個が装着され、点検蓋(ふた)を有するカム室が架構左舷側に設けられ、同室に内蔵されたカム軸が軸受7個で支持され、クランク軸の回転が調時歯車装置を介してカム軸に伝達されていた。カム軸は、各シリンダの船首側から順に排気カム、吸気カム及び燃料カムがはめ込まれていて、それぞれのカムの回転によりカムローラとローラ案内を上下に作動させ、排気弁、吸気弁及び燃料噴射ポンプを駆動していた。
 主機の潤滑油系統は、総油量が380リットルで、クランク室下部の油だめから直結駆動の潤滑油ポンプに吸引された潤滑油が、潤滑油こし器、潤滑油冷却器及び潤滑油主管を順に経て各部に分岐したのちカム室等に送られ、油だめに戻る経路で循環していた。そして、カム室に送られた潤滑油は、内径16.0ミリメートルの注油管から分岐してカム軸の軸受を潤滑し、さらに同管から内径3.5ミリメートルの枝管及び管継手の油路に導かれてカム部に注油され、ローラ案内やカムローラ等を潤滑するようになっていた。
 また、主機は、電動式の予備潤滑油ポンプが備えられ、停止中に同ポンプを運転したうえでカム室の点検蓋を取り外すと、カム部潤滑油系統の注油状況の目視が可能な構造であり、取扱説明書には、開放整備工事後における運転準備として、同系統等の注油状況を確認することが記載されていた。
 栄丸は、鳥取県境港を根拠地とし、毎年、9月1日から翌年6月30日にかけての漁期に日本海西部漁場で一航海10日間程度の操業を繰返し、7月から8月末までを船体及び機関等の整備期間にしていた。
 A受審人は、平成7年1月栄丸に機関長として乗り組んで以来、毎年の漁期に月間600時間ばかり主機の運転を続け、定期的に潤滑油こし器を掃除し、半年ごとに潤滑油を抜き出してクランク室を薬品で洗浄したのち新油と交換していたが、気になる運転音がなかったことから支障がないものと思い、予備潤滑油ポンプを運転したうえでカム室の点検蓋を取り外すなどして、カム部潤滑油系統の注油状況を確認しないまま、油路に付着した燃焼生成物等のスラッジを除去していなかった。
 ところで、主機は、同14年8月下旬中間検査受検に備えて業者による開放整備工事が行われた際、クランク室だけが洗浄されて潤滑油が新油に交換されたものの、同開放整備工事後には、潤滑油系統に残存したスラッジが潤滑油で洗い流されてカム部潤滑油系統の枝管及び管継手の油路に滞留し、同油路が狭められることから、注油量が不足する状況であった。
 しかし、A受審人は、8月26日主機の前示開放整備工事後における海上試運転にあたり運転準備を行う際、依然として、カム部潤滑油系統の注油状況を確認しなかったので、注油量が不足していることに気付かないまま、主機を始動して運転を続けることにした。
 こうして、栄丸は、A受審人ほか9人が乗り組み、操業の目的で、船首1.70メートル船尾3.50メートルの喫水をもって、9月1日出漁するところ台風避難のために2日17時00分境港を発し、3日夜日本海西部漁場に至り、主機を回転数毎分375にかけて漁場移動中、5番シリンダカム部潤滑油系統の管継手の油路が前示スラッジにより著しく狭められて注油が途絶し、排気カムのローラ案内及びカムローラが潤滑不良となり、7日20時00分北緯39度34分東経130度25分の地点において、ローラ案内及びカムローラが焼き付き、異音を発した。
 当時、天候は晴で風力1の南風が吹き、海上は穏やかであった。
 A受審人は、居住区で主機の異音を聞いて機関室に急行し、5番シリンダの排気弁の異状に気付いて停止措置をとった後、カム室を点検したところ、排気カムが潤滑不良になってローラ案内及びカムローラが焼き付いていることを認め、減筒運転を試みたものの始動ができず、その旨を船長に報告した。
 栄丸は、付近の僚船に救助を要請し、境港に曳航された後、主機が業者により精査された結果、前示排気カムのローラ案内、カムローラの焼付きのほか、カム軸及び架構等の損傷が判明し、損傷部品が取り替えられ、架構が溶接修理された。 

(原因)
 本件機関損傷は、主機開放整備工事後におけるカム部潤滑油系統の注油状況の確認が不十分で、スラッジにより油路が狭められ、注油量が不足するまま運転が続けられ、排気カムのローラ案内及びカムローラが潤滑不良となったことによって発生したものである。
 
(受審人の所為)
 A受審人は、主機の開放整備工事後における海上試運転にあたり運転準備を行う場合、潤滑油系統に残存したスラッジが潤滑油で洗い流されて油路が狭められることがあるから、カム部潤滑油系統の注油量不足を見逃さないよう、予備潤滑油ポンプを運転したうえでカム室の点検蓋を取り外すなどして、同系統の注油状況を確認すべき注意義務があった。しかし、同人は、主機の開放整備工事前に気になる運転音がなかったことから支障がないものと思い、カム部潤滑油系統の注油状況を確認しなかった職務上の過失により、注油量が不足していることに気付かないまま、運転を続けて油路がスラッジにより著しく狭められ、排気カムのローラ案内及びカムローラが潤滑不良となる事態を招き、ローラ案内、カムローラの焼付きのほか、カム軸及び架構等を損傷させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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