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平成15年仙審第30号
件名

漁船第十不動丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成16年1月15日

審判庁区分
仙台地方海難審判庁(内山欽郎、吉澤和彦、勝又三郎)

理事官
弓田邦雄

受審人
A 職名:第十不動丸機関長 海技免許:四級海技士(機関)(機関限定)

損害
燃料ハンドルロッドの燃料加減軸側継手が脱落、全クランクピン軸受メタル及び排気弁棒等を損傷

原因
主機の燃料加減リンク機構の点検不十分

主文

 本件機関損傷は、主機の燃料加減リンク機構の点検が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年7月26日18時30分
 宮城県気仙沼湾東方沖合
 
2 船舶の要目
船種船名 漁船第十不動丸
総トン数 80トン
登録長 30.15メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 672キロワット(計画出力)
回転数 毎分810(計画回転数)

3 事実の経過
 第十不動丸(以下「不動丸」という。)は、昭和63年10月に進水して平成3年1月現船舶所有者に購入された、まき網漁業に網船として従事する鋼製漁船で、B社製の6PA5LX型と称するディーゼル機関を主機として装備し、減速機を介して主機の回転を可変ピッチプロペラに伝えるようになっていた。
 主機は、空気始動式で、操縦ハンドルを始動位置にすると始動空気が各シリンダ内に供給されて始動し、始動後に同ハンドルを運転位置に移動させると空気運転から燃料運転に切り替わり、その後はガバナで設定回転数になるように燃料噴射ポンプの噴射量が制御されるようになっており、その燃料加減リンク機構は、一端を操縦ハンドル、他端をガバナ出力軸に連結された燃料ハンドル軸の動きが、燃料ハンドルロッドを介して燃料加減軸に伝達され、同軸に取り付けられたシリンダ毎のレバーに連結された各燃料噴射ポンプのラック(以下「燃料ラック」という。)を移動させて、同ポンプの噴射量を増減させるようになっていた。
 また、主機の左舷側には、カム軸の点検や燃料ラックの調整等ができるよう各シリンダのクランク室ドア上部にカムケースドアが設けられ、カムケースドアの船首側には、上面に非常停止装置が、船首側側面にガバナ用の連結レバーが、船尾側側面に操縦ハンドルがそれぞれ取り付けられた操縦ハンドルボックスを兼ねたカム軸駆動歯車装置のカバー(以下「カムギアカバー」という。)が設けられていた。
 ところで、燃料ハンドルロッドは、両端に取り付けられたユニバーサル継手を介して燃料ハンドル軸付きのレバーと燃料加減軸付きのレバーとを連結するもので、カムギアカバー内のカム軸駆動歯車軸の4ないし5センチメートル(以下「センチ」という。)上方に配置されていたため、継手の詳細な点検や修理を行うにはカムギアカバーを取り外さなければならなかったが、非常停止装置の上部カバーを開放して内部のピストンを抜き出せば、手を差し込んで動きを確認することが可能であった。
 なお、ユニバーサル継手(以下「継手」という。)は、ボルトとナットでホルダーの内側に嵌め込まれた穴の開いたボールを通してレバーに連結されるようになっていたが、連結用のボルトの頭部及びナットの各外径がホルダーの内径より小さかった。
 A受審人は、不動丸の購入時から機関長として乗り組んでいたもので、主機については、年間3,000時間ほど運転し、毎年の入渠時に燃料噴射弁や冷却器等の整備を行うとともに2年毎の入渠時に開放整備しており、各燃料噴射ポンプも平成12年3月の入渠時に整備していた。
 不動丸は、茨城県北茨城漁港を基地として千葉県銚子港沖合から青森県八戸港沖合までの漁場で操業に従事していたところ、A受審人ほか21人が乗り組み、操業の目的で、船首2.2メートル船尾3.9メートルの喫水をもって、同14年7月25日23時05分船団の僚船と共に銚子港を発し、同港沖合の漁場に向かった。
 不動丸は、漁場に至って操業を繰り返したのち、漁労長の判断で翌26日朝同漁場を発進し、全速力前進で魚群を探索しながら宮城県金華山沖合に向けて北上中、燃料ハンドルロッドの燃料加減軸側継手のボールとボルト及びナットが燃料加減軸のレバー側に残ったままホルダーから外れたことから、ガバナの制御が利かなくなるとともに、燃料ラックが燃料噴射ポンプの動きや振動等で次第に燃料減少方向に移動して燃料不足となり、17時30分主機が自然に停止した。
 A受審人は、主機の燃料ハンドル前に置かれた椅子に腰掛けて機関室当直に当たっていたところ、主機が自然に停止したので、直ちに操舵室に赴いてプロペラ翼角を零にして操縦位置を機関室側に切り替え、計器類に変化がなかったので燃料油系統には異常がないだろうと考えたものの、一応燃料油タンクの油量確認及び燃料油こし器の空気抜きなどを行ったのち、ターニングにも異常が認められなかったので再始動を試みた。
 その際、A受審人は、始動操作を繰り返しても空気運転から燃料運転に切り替わらないことから、燃料加減リンク機構に不具合が生じるなどして燃料が噴射されていないおそれがあったが、操業開始時刻が迫っていたのでとにかく早く主機を始動しなければと思い、カムケースドアを開放して燃料加減軸や燃料ラックの動きを確認するなどの点検を十分に行わなかったので、操縦ハンドルから燃料加減軸までの連結に異常がある状況になっていることに気付かず、そのため、非常停止装置の上部カバーを取り外して内部のピストンの動きを確認した際にも、同ピストンを抜き出して燃料ハンドルロッドの動きを確認することに考えが及ばなかったので、同ロッドの連結が外れていることに気付かなかった。
 こうして、不動丸は、始動操作を10回以上繰り返しているうち、操縦ハンドルを急激に操作したことに因るものか、カム軸駆動歯車軸上に乗った状態の燃料ハンドルロッドが跳ね上がり、継手のホルダー部が燃料加減軸のレバー側に残っていたボルトまたはナットに接触して燃料加減軸が燃料増加の方向に移動したことから、各シリンダの燃料ラックが過回転を生じる位置まで増加し、その直後にA受審人が始動操作を試みたとき、18時30分陸前大島灯台から真方位125度5.4海里の地点において、主機が過回転を起こした。
 当時、天候は曇で風力3の南風が吹いていた。
 A受審人は、直ちに操縦ハンドルを停止位置に戻したものの主機が停止しなかったので、燃料油入口弁を閉止し、停止後に主機の運転は不可能と判断して事態を船長に報告した。
 不動丸は、船団の僚船によって宮城県石巻港に曳航され、機関メーカーの代理店が、非常停止装置の上部カバーを開放し、内部のピストンを抜き出して点検したところ、燃料ハンドルロッドの燃料加減軸側継手が外れていることが確認されたので、同県女川港に回航されたのち、他の修理業者によって、脱落した同ロッドの継手のほか、損傷していた全クランクピン軸受メタル及び排気弁棒等の損傷部品が取り替えられるとともに、脱落防止策として、各継手のボルト頭部及びナットの内側にホルダーの内径より大きい平座金が挿入された。

(主機停止及び過回転の原因に対する考察)
 本件は、全速力前進で航行中に、燃料加減リンク機構の連結が外れて主機が自然に停止し、その後、10回以上始動操作を繰り返しても燃料運転に切り替わらなかったのに、突然過回転したものである。
 以上の状況を踏まえて、停止及び過回転の原因について検討する。
1 停止の原因
 負荷を増加させていないのに主機が停止したこと、及び燃料ハンドルロッドの継手が外れた以外に異常が認められないことから、燃料加減リンク機構の連結が外れたことによって、燃料ラックが自然に燃料減少方向に移動して停止したと考えられる。
2 過回転の原因
 以下の点を総合的に判断すると、始動操作を繰り返しているうちに継手のホルダー部が燃料加減軸のレバー側に残っていたボルトまたはナットに接触し、燃料ラックが過回転を生じる位置まで移動したために過回転を起こしたと考えるのが相当である。
(1)A受審人が燃料ラックを調整していない点
(2)本件後に燃料ラックが燃料噴射の位置にあった点
(3)停止原因の項で示したとおり、燃料加減リンク機構の連結が外れると燃料ラックは自然に燃料減少方向に移動すると考えられる点
(4)始動操作時の振動等で燃料ラックが自然に燃料増加方向に移動すると仮定しても、10回以上の始動操作でも燃料運転に切り替わらない位置にあった燃料ラックが、その後の1回の始動操作で過回転を生じる位置まで急激に移動するとは考えられない点
(5)燃料ハンドルロッドは継手が外れても4ないし5センチメートル下のカム軸駆動歯車軸上に乗った状態となるため、操縦ハンドルを急激に操作したりすると同ロッドが跳ね上がり、継手のホルダー部が燃料加減軸のレバー側に残っていたボルトまたはナットに接触した場合には、燃料ラックが過回転を生じる位置まで移動する可能性が考えられる点

(原因)
 本件機関損傷は、千葉県銚子港沖合から宮城県金華山沖合の漁場に向け魚群を探索しながら全速力前進で航行中、主機が自然に停止したのち、燃料油系統の点検後に再始動を繰り返しても燃料運転に切り替わらなくなった際、燃料加減リンク機構の点検が不十分で、同機構の燃料ハンドルロッド端の継手が外れたまま始動操作を繰り返しているうち、外れた継手のホルダー部が燃料加減軸のレバー側に残っていたボルトまたはナットに接触して燃料ラックが燃料増加の方向に移動し、その後の始動時に主機が過回転したことによって発生したものである。
 
(受審人の所為)
 A受審人は、全速力前進で航行中に主機が自然に停止したのち、燃料油系統の点検後に再始動を繰り返しても燃料運転に切り替わらないのを認めた場合、燃料加減リンク機構に不具合が生じて燃料油が噴射されていないおそれがあったから、同機構を十分に点検すべき注意義務があった。ところが、同人は、操業開始時刻が迫っていたのでとにかく早く主機を始動しなければと思い、燃料加減リンク機構の点検を十分に行わないまま始動操作を繰り返した職務上の過失により、外れた継手のホルダー部が燃料加減軸のレバー側に残っていたボルトまたはナットに接触し、燃料ラックが燃料増加の方向に移動してその後の始動時に主機が過回転する事態を招き、クランクピン軸受メタルや排気弁棒等を損傷させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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