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平成15年函審第39号
件名

漁船第五十一恵久丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成16年1月28日

審判庁区分
函館地方海難審判庁(岸 良彬、黒岩 貢、古川隆一)

理事官
河本和夫

受審人
A 職名:第五十一恵久丸機関長 海技免許:四級海技士(機関)(機関限定)

損害
主機減速機の入力軸船首側玉軸受、小歯車軸受、クラッチ板、シールリング、シールレース及びシールキャリアなどが焼損

原因
潤滑油の温度管理不適切

主文

 本件機関損傷は、主機減速機の潤滑油温度が異常上昇した際、潤滑油の温度管理が不適切で、減速機の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年1月18日17時00分
 択捉島南方沖合
 
2 船舶の要目
船種船名 漁船第五十一恵久丸
総トン数 160トン
登録長 31.90メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 1,471キロワット
回転数 毎分720

3 事実の経過
 第五十一恵久丸(以下「恵久丸」という。)は、昭和58年11月に進水した、沖合底びき網漁業に従事する船首船橋・船尾機関室型の鋼製漁船で、可変ピッチプロペラ(以下「CPP」という。)を有し、主機としてB社が製造した6MG28BXF型と称するディーゼル機関を備え、減速機を介してプロペラと連結していた。
 減速機は、C社が製造したMGR2843HC32型と称するもので、入力軸が湿式多板クラッチを介して小歯車に連結し、これに連動する大歯車で出力軸が回転する構造となっていた。
 減速機の潤滑油系統は、直結潤滑油ポンプにより同機底部の容量170リットルの油だめから吸引、加圧された潤滑油が18キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)に調圧後、クラッチ切換弁を経てクラッチ作動ピストンに至るクラッチ作動油経路と、油冷却器を経て3.3キロに調圧後、軸受、歯車及びクラッチ板などに至る潤滑油経路とがあったほか、直結CPP変節油ポンプにより同一の油だめから吸引、加圧された潤滑油がCPPの変節機構に至るCPP変節油経路があった。
 そして、減速機の入力軸は、その内部にクラッチ作動油路と潤滑油路の2個の油路を有し、各油路入口穴への給油箇所にはシールリングが装着され、同リングによって油密が保持されるようになっていた。
 A受審人は、平成7年7月に機関長として乗船し、機関部職員2人を指揮しながら機関の保守運転管理に当たり、減速機については同8年7月開放整備を行い、油量の点検を発航ごとに行っていた。
 恵久丸は、A受審人ほか15人が乗り組み、操業の目的で、船首2.4メートル船尾5.3メートルの喫水をもって、同15年1月16日17時00分北海道花咲港を発し、翌17日02時ごろ択捉島南方沖合の漁場に至って操業を続けているうち、減速機油冷却器の潤滑油出口管の付け根部に亀裂を生じて潤滑油が漏れ始め、05時ごろ潤滑油が流失して、CPP変節油経路への給油不足からCPPが変節不能となった。
 CPP変節不能の通報を受けたA受審人は、各部を調査した結果、減速機油冷却器の前示亀裂箇所から潤滑油が漏れているのを発見し、油だめの検油棒に油が付着しなかったので、潤滑油を約100リットル補給して通常量に回復させたところ、CPPが変節可能となり、亀裂箇所にゴムチューブを巻いて応急処置を行ったうえ、操業を続行した。
 17時30分A受審人は、その日の操業を終えるのを待ってゴムチューブを外し、亀裂の進行程度を点検したところ、当初長さ約10ミリメートル(以下「ミリ」という。)幅約5ミリであったものが、長さ約20ミリ幅約5ミリに拡大していたので、このまま翌日の操業を続けると、油冷却器の出口管が破断するかもしれないと不安を抱き、恵久丸の整備を手掛けているD地の機関整備業者に電話で相談し、クラッチの嵌脱操作を頻繁に行わなければ油温が76度(摂氏、以下同じ。)でも運転可能であるとの助言を受け、当時海水温度が10度で油温が油冷却器の入口30度出口22度であったことから、油冷却器をバイパスすることとし、同器の潤滑油出入口両フランジに盲板を入れたうえ、同器のバイパス弁を開弁した。
 ところで、軸受などの摺動部は、潤滑油の温度が上昇すると、同油の粘度低下により油膜の保持が困難となるほか、冷却不足となって材料が膨張し、潤滑阻害を起こすおそれがあった。
 恵久丸は、翌18日05時00分操業を始め、減速機の油温が1時間ごとに計測される状況の下、主機回転数を毎分680ないし700、CPP翼角を3ないし10度として投揚網を繰り返しているうち、油温が徐々に上昇し始めた。
 A受審人は、16時ごろには油温が80度を超えるようになったのを認めたが、間もなく操業を切り上げて帰途に就き、帰航中はクラッチの嵌脱操作をしないので大丈夫と思い、バイパスしていた油冷却器にゴムチューブ巻きの応急処置を施して同器を使用する措置をとったうえ、潤滑油の漏洩状況を厳重に監視するなど、潤滑油の温度管理を適切に行わなかった。
 こうして、恵久丸は、すけとうだらなど漁獲物約90トンを獲て、16時10分漁場を発進し、主機回転数毎分710CPP翼角17.2度の全速力前進として釧路港に向け航行の途、減速機の油温が更に上昇し、前示シールリングなどの摺動部が潤滑阻害を起こして焼き付き、クラッチ作動油が逃げるようになって、17時00分北緯44度10分東経147度25分の地点において、船橋のクラッチ嵌脱表示灯が点滅した。
 当時、天候は晴で風力5の北西風が吹き、海上には大きな白波が立っていた。
 折から甲板上で魚の選別作業をしていたA受審人は、船長からクラッチ異状の通報を受けて急ぎ減速機を点検した結果、油温及び減速機表面がいずれも100度を超えているのを認めて主機を止め、バイパスしていた油冷却器にゴムチューブ巻きの応急処置を施して同器を使用する措置をとったのち、運転を再開したところ、亀裂箇所からの油の漏洩はほとんどなかったが短時間のうちにクラッチが脱となり、航行不能となった。
 船長は、付近の僚船に救助を求め、恵久丸は、18時ごろ曳航が開始されて釧路港に引き付けられ、減速機の開放調査の結果、入力軸船首側玉軸受、小歯車軸受、クラッチ板、シールリング、シールレース及びシールキャリアなどに焼損を生じていることが判明し、のち修理された。 

(原因)
 本件機関損傷は、主機減速機が油冷却器の潤滑油出口管付け根に亀裂を生じて油冷却器をバイパスした状態で運転中、油温が異常上昇した際、潤滑油の温度管理が不適切で、油温が異常上昇したまま運転が続けられ、減速機の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
 
(受審人の所為)
 A受審人は、主機減速機が油冷却器の潤滑油出口管付け根に亀裂を生じて油冷却器をバイパスした状態で運転中、油温が異常上昇したのを認めた場合、油温を適正に保つことができるよう、油冷却器にゴムチューブ巻きの応急処置を施して同器を使用する措置をとったうえ、潤滑油の漏洩状況を厳重に監視するなど、潤滑油の温度管理を適切に行うべき注意義務があった。しかるに同人は、間もなく操業を切り上げて帰途に就き、帰航中はクラッチの嵌脱操作をしないので大丈夫と思い、潤滑油の温度管理を適切に行わなかった職務上の過失により、帰航中、油温が更に上昇して減速機摺動部の潤滑阻害を招き、入力軸船首側玉軸受、小歯車軸受、クラッチ板、シールリング、シールレース及びシールキャリアなどを焼損させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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