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平成15年横審第91号
件名

漁船第八元洋丸遭難事件

事件区分
遭難事件
言渡年月日
平成16年2月27日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(大本直宏、吉川 進、稲木秀邦)

理事官
井上 卓

受審人
A 職名:第八元洋丸船長 海技免許:五級海技士(航海)(履歴限定)
指定海難関係人
B 職名:第八元洋丸漁ろう長

損害
全損

原因
機関関係業務の安全確保に対する配慮不十分(機関長欠員のまま発航させたこと)

主文

 本件遭難は、機関関係業務の安全確保に対する配慮が十分でなかったことによって発生したものである。
 漁ろう長兼事実上の船舶所有者が、船舶職員及び小型船舶操縦者法施行令に定める乗組基準を遵守して、所定の機関長を配乗するよう、機関関係業務の安全確保に対する配慮を十分に行わず、同機関長欠員のまま発航させたことは、本件発生の原因となる。
 受審人Aの五級海技士(航海)の業務を3箇月停止する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年7月3日01時20分
 本州南方洋上
 
2 船舶の要目
船種船名 漁船第八元洋丸
総トン数 58.90トン
全長 26.05メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 529キロワット

3 事実の経過
(1)船舶の来歴等
 第八元洋丸(以下「元洋丸」という。)は、昭和54年1月10日進水後に船舶登録を行って以降、船齢24年に達し、その間数回にわたる売船の経過を経て、平成5年7月16日売買により船舶所有者がCとなり、第7回定期検査時期が平成15年4月16日から7月16日までの間と指定され、船体前部に魚倉、後部に乗組員居住区等を配した、かつお・まぐろはえ縄漁業に従事するFRP製漁船であった。
(2)機関室
 機関室は、船体中央部やや後方にあって、縦約4.0メートル横約4.5メートル囲壁による平面区画からなり、船底内面部から上甲板内面部までの深さが、船体中央部で約3.7メートル、舷側部で約3.2メートルとなる広さを有していた。
(3)航海規模
 元洋丸の通常航海は、餌(えさ)の冷凍さんま200箱を積載して発航後、北緯20度東経138度付近の海域に至り、操業してから帰港するまで20ないし30日間の規模であった。
(4)船舶所有者
 船舶所有者であるCは、B指定海難関係人の父親で、長期間にわたる体調不良のため、B指定海難関係人が事実上の船舶所有者であった。
(5)A受審人
 A受審人は、B指定海難関係人の息子で、平成8年ごろから甲板員として元洋丸に乗り組み、平成13年11月五級海技士(航海)の海技免許を取得以降、船長職を執り、発航当日になって、B指定海難関係人から所定の機関長欠員のまま発航する旨を告げられたが、過去に機関長欠員航海で対処したことがあるので大丈夫と思い、機関関係業務の安全確保に対する配慮を十分に行うことなく、B指定海難関係人に対し、所定の機関長が配乗可能になるまで発航しないよう進言して、発航を中止しなかった。
(6)B指定海難関係人
 B指定海難関係人は、平成7年7月から通信士として元洋丸に乗り組み、平成11年ごろから漁ろう長として操業等の指揮を執るとともに、事実上の船舶所有者として所属の漁業協同組合からの紹介を受け、自宅にインドネシア人の乗組員2人を同居させ、乗組員の配乗業務等を行っており、発航前日の平成15年6月30日これまで乗船していた機関長に翌7月1日の出港予定を伝えたところ、同機関長が半年ほど前から体調不良となり、病気療養で乗船できないことを知ったが、何とかなるものと考え、機関関係業務の安全確保に対する配慮を十分に行わなかったので、船舶職員及び小型船舶操縦者法施行令に定める、船舶職員の乗組みに関する基準を遵守せず、漁業協同組合の協力を得るなどして、代りの機関長を手当てしないまま、機関長欠員状態の発航を決断した。
(7)配乗模様の推移
 配乗模様は、平成15年4月ごろまで、A受審人及びB指定海難関係人のほか日本人2人、インドネシア人2人の合わせて6人が乗り組み出漁していたところ、本件の前航海では、日本人の甲板員1人が体調不良により下船中で、総員5人が乗り組んでおり、これより先、機関長欠員状態で1回出漁したことがあって、洋上で冷凍機不具合の事態が生じたとき、A受審人が、船舶電話で機関長から対応措置手順を聞いて対処し、帰港したことがあった。
(8)船内要務
 B指定海難関係人は、発航当日、A受審人に対して、航海当直から外れて機関関係業務を担当するように指示し、航海当直を自ら及びインドネシア人2人による単独3時間担当の輪番制とした。
(9)前航海から発航までの推移
 前航海は、冷凍さんま200箱を積載した通常航海で、20日規模の航海を終え、6月28日の夕刻に和歌山県那智勝浦港に寄港して翌29日水揚げ後に08時00分発航し、14時ごろ三重県志摩郡志摩町の定係地に帰港した。
 B指定海難関係人は、発航予定を翌30日が当地恒例の祭りで休日とし、7月1日と定めた。
(10)発航準備模様
 A受審人は、発航当日の早朝、B指定海難関係人から発航する旨を知らされ、機関長に連絡して燃料油等について尋ねて10日規模の航海に必要な残量等のあることを知り、発航準備作業に掛かり07時30分機関室に入り、補機2台のうち1台、冷凍機及び雑用水ポンプを始動し、ビルジポンプを自動発停とし、ビルジ排出弁を開いて船橋に戻り、始動キースイッチを操作して主機を始動して同作業を終えた。
 その後A受審人は、出港操船を終えて降橋し、機関室巡視を行い異状の有無を点検したのは、09時30分、13時ごろ、夕食用意の後、就寝中に目が覚めたとき、翌2日朝食を用意後の07時30分、11時ごろ及び16時30分で、各巡視毎にビルジ量を見て増えていないことを確認していたが、機関室内機器配置の詳細、給・排出弁の種類、数及び各弁の配置模様並びに取扱要領を知らなかった。
(11)事実の経緯
 元洋丸は、所定の機関長欠員のまま、A受審人及びB指定海難関係人ほかインドネシア人2人が乗り組み、冷凍さんま80箱を積載し、10日航海規模の出漁目的で、船首1.20メートル船尾3.00メートルの喫水をもって、7月1日08時00分定係地を発し、本州南方の漁場に向かった。
 A受審人は、機関を回転数毎分900にかけ、8.0ノットの速力で南下中、2日11時ごろと16時30分ごろ、機関室巡視を行い、同室内の異状の有無を確かめたものの、その後同室の海水管系に腐食破口を生じて浸水していることに気付かず、夕食の準備等を終えて就寝した。
 B指定海難関係人は、航海当直を終えて就寝中、2日の深夜が過ぎ去ったころ、同当直中のインドネシア人から船橋内クラッチのランプが点滅している旨の報告を受け、A受審人に機関室点検を指示した。
 A受審人は、起床して機関室に入ったところ、翌3日01時20分北緯30度05分東経137度08分の地点において、機関室下段床面プレート付近まで浸水している状態を発見した。
 当時、天候は曇でほとんど風はなく、海上も穏やかであった。
(12)本件発生後の推移
 A受審人及びB指定海難関係人は、海水管系に腐食破口が生じていることに気付かず、船体付き海水吸入弁を閉鎖して防水のうえ、雑用水ポンプ等を始動して排水する防・排水措置がとられず、01時30分ごろB指定海難関係人が船橋で主機を停止し、移動式水中ポンプによる排出等を試みたが、浸水量を減少できなかった。
 A受審人は、02時30分ごろ機関室中段付近まで浸水し、補機停止により電源を喪失してさらに浸水が進み、沈没のおそれを感じて救助要請し、救命いかだを降下して舷側に係止して総員を移乗させ、救助を待っている間、06時ごろ一旦救命いかだから元洋丸に移り、機関室を見たところ、機関室上段床付近まで浸水量が増えているのを認めて、同いかだに戻った。
 その後、乗組員総員は、来援の航空機により救助され、元洋丸は、船舶により曳航中、沈没の危険を生じて曳航不能となり放棄された。

(原因等の考察)
 本件遭難は、所定の機関長欠員状態で発航して航行中、機関室に浸水の事態が生じた際、適切に防・排水措置がとられず、浸水が進んで沈没の危険を生じ曳航不可能となり、船体が放棄されたことによって発生したもので、その原因等について考察する。
1 発生原因
 本件遭難は、所定の機関長欠員の補充を行わず、発航に踏み切った結果が招いたものである。
 船舶所有者としては、船舶職員及び小型船舶操縦者法施行令に定める、船舶職員の乗組みに関する基準に適合した資格を有する所定の機関長を配乗させなければならない。
 船長としては、機関長欠員の旨を知ったとき、船員法第8条「発航前の検査」の規定に従い、同法施行規則第2条の2の第7項「航海に必要な員数の乗組員が乗り組んでおり、かつ、それらの乗組員の健康状態が良好であること。」の定めにより、機関長欠員が補充されるまで、発航を中止すべきであった。
 船舶所有者及び船長がこれら法令の定めに従って、適切に措置をとるためには、安全運航の一翼を担う機関関係業務の安全確保に対する配慮を十分に行う、つまり、安全確保についての警戒意識を維持することが前提となる。
 したがって、本件遭難は、原因の排除要因として「機関関係業務の安全確保に対する配慮不十分」をもって摘示したものである。
2 本件遭難の特色
 本件遭難の排除要因は、「機関関係業務の安全確保に対する配慮不十分」で、海難原因を人の故意又は過失によるものであるか否かに視点を移すと、故意であると断定できる証拠が十分でない以上、あくまで過失の範囲内で検討することになるが、過失の軽重を判断する材料として、以下、本件遭難の事実関係からその特色となるものを列記しておく。
(1)元洋丸は、船齢24年に及び第7回の定期検査期限が7月16日に迫っていた。
(2)通常航海規模は、餌の冷凍さんま200箱を積載しての20日ないし30日間であった。
(3)本件時の前航海は、通常航海規模で、餌の冷凍さんま80箱を残して20日規模の航海を終え、平成15年6月28日那智勝浦港に寄港して翌29日水揚げし、同日夕刻になって定係地に帰港した。
 B指定海難関係人は、翌30日が恒例の祭りで休日とした日に機関長欠員となる事情を知ったが、翌7月1日を出港予定とし、当日になって船長に対し機関長欠員となる旨を告げ、慌しく短い日程で発航に踏み切った。
(4)平成15年4月ごろまでは日本人である所定の機関長と甲板員が乗船して6人体制であったが、本件時の航海の乗組員構成は、父子の2人とインドネシア人2人の4人で臨んだ。

(原因)
 本件遭難は、機関関係業務の安全確保に対する配慮が不十分で、所定の機関長欠員のまま発航して航行中、機関室の海水管系に生じた腐食破口から機関室への浸水事態を生じた際、適切に防・排水措置がとられず、浸水が進んで沈没の危険を生じ曳航不可能となり、船体が放棄されたことによって発生したものである。
 漁ろう長兼事実上の船舶所有者が、船舶職員及び小型船舶操縦者法施行令に定める乗組基準を遵守して、所定の機関長を配乗するよう、機関関係業務の安全確保に対する配慮を十分に行わず、同機関長欠員のまま発航させたことは、本件発生の原因となる。
 
(受審人等の所為)
 A受審人は、発航当日になって、B指定海難関係人から所定の機関長欠員のまま発航する旨を告げられた場合、同指定海難関係人に対し、同機関長が配乗可能になるまで発航しないよう進言して、発航を中止できるよう、機関関係業務の安全確保に対する配慮を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、過去に同機関長欠員航海で対処したことがあるので大丈夫と思い、機関関係業務の安全確保に対する配慮を十分に行わなかった職務上の過失により、同機関長欠員のまま発航して航行中、機関室の海水管系に生じた腐食破口から同室への浸水事態を生じた際、船体付き海水吸入弁を閉鎖して排水するなど、適切に防・排水措置がとられず、浸水が進んで沈没の危険を招き、曳航不可能となり船体放棄の事態を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して、同人の五級海技士(航海)の業務を3箇月停止する。
 B指定海難関係人が、事実上の船舶所有者として乗組員の配乗業務等に従事中、前航海まで乗船していた、所定の機関長が欠員となることを知った際、漁業協同組合等を活用するなど、同機関長を配乗できるよう、機関関係業務の安全確保に対する配慮を十分に行わず、同機関長欠員のまま発航に踏み切ったことは、本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては、船舶所有者になる予定がなく廃業している点に微し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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