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 海難審判庁採決録 >  2004年度(平成16年) >  乗揚事件一覧 >  事件





平成15年横審第44号(第1)
平成15年横審第45号(第2)
件名

(第1)プレジャーボートビクトリーIII乗揚事件
〔二審請求者 受審人A〕
(第2)プレジャーボート海来乗揚事件

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成16年3月26日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(吉川 進、黒田 均、稲木秀邦)

理事官
井上 卓

 (第1)
 
受審人
A 職名:ビクトリーIII船長 操縦免許:小型船舶操縦士 
B 職名:海来船長 操縦免許:小型船舶操縦士
 (第2)
 
受審人
C 職名:海来船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
(第1)ビクトリーIII・・・全損
(第2)海 来・・・全損

原因
(第1)出航前の点検不十分
(第2)乗り揚げていた船体引き下ろし時の曳航用ロープの取扱不適切

主文

(第1)
 本件乗揚は、出航前の点検が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
(第2)
 本件乗揚は、乗り揚げていたビクトリーIIIを引き下ろす際、曳航用ロープの取扱いが適切でなかったことによって発生したものである。
 受審人Cを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
(第1)
 平成15年3月3日10時33分
 千葉県名洗港
(第2)
 平成15年3月3日12時48分
 千葉県名洗港
 
2 船舶の要目
(第1)及び(第2)
船種船名 プレジャーボートビクトリーIII
総トン数 7.9トン
登録長 10.50メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 22キロワット
回転数 毎分3,200
船種船名 プレジャーボート海来
総トン数 9.1トン
全長 10.60メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 323キロワット
回転数 毎分3,600

3 事実の経過
(第1)及び(第2)
(1)ビクトリーIII
 ビクトリーIIIは、平成4年3月に進水した、D社製のピアソン38型と称するFRP製のクルーザー型ヨットで、船底にウィングキールがあり、主機としてE社製の3HM35F型と称するディーゼル機関を装備し、同11年に千葉県名洗港のF社が開業して以来、同社経営のG(以下「マリーナ」という。)に係留されていた。
 船体は、後部甲板上にコックピットがあって、甲板下には、船首側から順に船首キャビン、ソファーを両舷に備えた主キャビン及び後部キャビンが配置され、船首キャビンと主キャビンの天井が明かり取りとして甲板上に盛り上がっており、主キャビンの右舷側ソファー後部が機関を収めるスペースとして箱状に囲われ、上部がシンクとなっていた。
 コックピットは、船首側にキャビン入口の階段が取り付けられ、左舷側座席下にセールや艤装品を入れるロッカーを、舵輪後部のトランサム上に取り外し式の操縦席を設け、その背もたれとなったスイムラダーの両側に、高さ750ミリメートル(以下「ミリ」という。)の2段の鋼製ハンドレールが舷側まで固定されており、同ラダー上部とハンドレール上部が細索で結ばれ、トランサムステップへ出入りするときは、同索を解き、スイムラダーを外側に倒していた。
 甲板上は、船首部にアンカーウェルと称する、深さ240ミリ船首尾方向の長さ800ミリの台形区画のくぼみに電動ウィンドラスを装備し、同所を囲むように高さ750ミリの2段の鋼製ハンドレールが取り付けられ、両舷舷側に高さ750ミリの鋼製スタンションが4ないし5本立てられ、頂部と中段にワイヤロープを通し船首及びトランサムのハンドレールに繋げられ、甲板中央部の前示盛り上がり部分の両舷側が船首部とコックピットを結ぶ幅400ないし600ミリの通行路となっていた。
 機関は、右舷船首側に燃料噴射ポンプ仕組を、左舷側に燃料噴射弁を取り付け、クラッチの出力がプロペラ軸に接続されていた。
 機関の燃料系統は、燃料タンクの軽油が供給ポンプに吸引され、こし器を経てボッシュ式燃料噴射ポンプに送られて高圧に圧縮され、各シリンダ毎に燃料噴射弁で燃焼室内に噴射されるもので、燃料タンクの燃料がなくなったりして、空気を吸い込んだときには、同タンクに燃料を補給したうえで、供給ポンプに取り付けられたプライミングレバーを動かし、こし器、供給ホースや燃料噴射ポンプ内の空気抜きをすることができるようになっていた。
 燃料タンクは、容量が83リットル、長さ1,050ミリ幅460ミリ高さ360ミリの薄アルミ板製で、後部キャビンの寝台マットの下に置かれ、上面には外径20ミリの機関への供給ホースと戻りホース、キャビン入口の補給口から導入される外径60ミリの補給ホース及び同入口の空気穴につながる外径20ミリの空気抜きホース並びに燃料計がそれぞれ取り付けられていた。
(2)海来
 海来は、平成7年1月に進水した、H社製SF-35型と称する2機2軸のディーゼル機関を備えたFRP製プレジャーボートで、I社よりG社が借り受け、平成13年から救援船等の業務に使用されていた。
 船体は、ほぼ中央部に操縦席を有するキャビンを配し、その上部船尾寄りにフライングブリッジがあり、キャビン前方が電動ウィンドラスを装備した船首甲板、後方が船尾甲板となっており、トランサムステップを備えていた。
 船尾甲板は、長さ約1.7メートル幅約2.7メートルの広さで高さ600ミリのブルワークに囲まれ、左舷側にフライングブリッジへ通じる階段が設置され、トランサムの頂部両端にムアリングホールと、そのホールの下に2個のクリートがそれぞれ設けられていた。
(3)乗揚地点付近の水域
 マリーナは、銚子半島南東端長崎鼻から北西方に向かって円弧状に湾曲した同半島の西側海岸に位置し、北西方に向け幅約70メートル開口した、南北約500メートル東西約300メートルの大規模マリーナで、その開口部西側で南東方に向け700メートルの南防波堤と同東側で北東方に向け90メートルの北防波堤とによって遮蔽されており、同防波堤西端には名洗港銚子マリーナ北防波堤灯台(以下「北防波堤灯台」という。)が設置されていた。
 マリーナ北側水域は、水深が海岸に向かって徐々に浅くなっており、南寄りの強風が連吹すると高い波浪が発生するところで、北防波堤基部から北西方に向け70メートルの防砂堤(以下「防砂堤」という。)、北東方約280メートルに海岸から西方に向け約130メートルの突堤(以下「東中突堤」という。)及び北方約600メートに南西方に向け約200メートルのT字型となった突堤(以下「T字突堤」という。)がそれぞれ設けられ、両突堤と消波ブロックのある海岸に囲まれた水域の底質は砂と岩で浅所が散在していた。
(第1)
(4)ビクトリーIIIの乗揚に至る経緯
 ビクトリーIIIは、A受審人(昭和63年2月一級小型船舶操縦士免許取得)及び同人の実兄であるJが乗り組み、帆走の目的で、1.40メートルの最大喫水をもって、平成15年3月3日10時15分マリーナの係留場所を離れ、帆走開始予定地点に向かった。
 ところで、ビクトリーIIIは、平成12年12月24日に燃料計が満杯を指示するまで燃料を補給した後、年に数回A受審人が乗船して港外に出て帆走していたほか、毎月2回の割合でバッテリーを充電するために機関を30分間ばかり運転していたので燃料の保有量が減少していた。また、アンカーウェルには重さ15キログラム(以下「キロ」という。)のダンフォース型アンカーが、ストックを抜き出してシャンクとフルークが切り離されたまま、シャンクに取り付けられたチェーンをウィンドラスに巻いた状態で収められていた。
 発航するにあたり、A受審人は、J乗組員を誘い、マリーナに赴き、しばらく港外に出ていなかったので久しぶりに帆走するため、出航することとしたが、短時間の航海なので出航前の点検をするまでもないと思い、燃料計を見て残油量を確認したり、アンカーを直ちに使用できる状態にしておくなど、同点検を十分に行うことなく、残油量がごくわずかであることもアンカーが直ちに使用できない状態であることにも気付かなかった。
 A受審人は、J乗組員を船首部で見張りに当たらせ、自らはコックピットに立って操舵と見張りに当たり、10時18分わずか過ぎ北防波堤灯台から241度(真方位、以下同じ)30メートルの地点で、針路を331度に定め、機関を回転数毎分2,500にかけて6.0ノットの対地速力で進行した。
 定針して間もなく、A受審人は、そろそろ帆走を開始しようとしているうち、10時20分北防波堤灯台から326度340メートルの地点で、燃料がなくなり、燃料噴射ポンプが空気を吸引して機関が自停した。
 A受審人は、南寄りの風と波浪によって海岸に向け圧流される状況で、機関、バッテリー、燃料タンクなどを調べたりして、再三機関の再始動を繰り返し試みたが、全く始動できず、アンカーも直ちに使用できる状態でなかったので、ひとまずジブを展帆して、マリーナへ向かおうとしたものの、風が弱くて思うように帆走できず、徐々に風下の浅所に寄せられ、10時33分北防波堤灯台から008度410メートルの地点において、ビクトリーIIIは、西方を向いてウィングキールが浅所に底触し、乗り揚げた。
 当時、天候は晴で風力2の南東風が吹き、潮候は上げ潮の初期で、波高0.5メートルの南寄りのうねりがあり、千葉県北東部には強風、波浪注意報が発表されていた。
(5)乗揚後の経緯
 乗揚後、A受審人は、携帯電話でマリーナの事務所に連絡し、「マリーナ近くで機関不調となったので曳航(えいこう)を頼む。」旨の10秒足らずの通話で救援要請を行った。
 F社は、A受審人から救援要請を受けて、海来にB受審人(平成元年4月一級小型船舶操縦士免許取得)を船長としてほか1人と乗り組ませ、ビクトリーIIIをマリーナへ回航する目的で、船首喫水不詳船尾1.00メートルの最大喫水をもって、10時43分マリーナから救援に向かわせた。
 ところで、B受審人は、昭和57年K社入社以来サービスエンジニアとして勤務していたところ、平成13年F社へ出向となって、同社のハーバーマスターとなり、艇の管理をはじめ、機関の修理等に当たるほか、救援要請を受けたときの救援作業責任者としての職務を兼ねていた。
 B受審人は、マリーナを出てマリーナ北方の浅所にビクトリーIIIを認め、すでに乗り揚げているので、海来の喫水ではビクトリーIIIに接近することができないと判断し、同船の風上側100メートルばかりに占位して、10時53分継ぎ足したロープの先端にフェンダーを結び、風と波浪に任せてビクトリーIIIに流そうと試みたが思うようにいかず、いったんマリーナに引き返し水上オートバイのマリーナ2(以下「マリーナ2」という。)を利用して曳航用ロープの受け渡しをすることとし、10時58分マリーナに戻った。
(第2)
(6)海来の乗揚に至る経緯
 海来は、ハーバーマスターのBが操縦して戻ったのち、再度ビクトリーIIIの乗揚現場に向かうに際し、C受審人(平成元年1月二級小型船舶操縦士免許取得)が船長としてほか1人が乗り組み、11時03分マリーナを発し、Bハーバーマスターが操縦するマリーナ2の後を追って、ビクトリーIIIに向かった。
 11時08分C受審人は、ビクトリーIIIの南方130メートルに至って停船し、BハーバーマスターがビクトリーIIIから搬送してきた、直径10ミリのロープに引き続き、直径20ミリ及び同50ミリのロープで、それぞれの長さが約30メートルのものを繋いだ全長約100メートルの曳航用ロープに、海来の船尾から出した直径16ミリ長さ30メートルのロープを同ハーバーマスターに結ばせた。
 C受審人は、引き下ろし準備完了後、機関を回転数毎分1,200ないし1,300にかけ、ビクトリーIIIを引き下ろそうと約10分間試みたが、わずかに同船の船首を南方に向けただけで離礁することができなかった。
 11時23分ビクトリーIIIは、突然、直径10ミリのロープが直径16ミリのロープとの結び目付近で切断し、折から強まった南西風と上げ潮により底触しながら海岸に向け移動し始めた。
 C受審人は、再びマリーナに引き返し、引き下ろし準備をした後、ビクトリーIIIの南方約130メートルの地点に至り、Bハーバーマスターがマリーナ2で直径24ミリ長さ200メートルの曳航用ロープをビクトリーIIIと海来との間にとった後、12時15分ごろから南方に向け、再度引き下ろそうと約20分間試みたが、そのころビクトリーIIIのウィングキールが浅所の砂地に乗り揚げていた状態であったことから、同船の船首をわずかに左右に振るだけで離礁するまでには至らなかった。
 そのような状況下、C受審人は、BハーバーマスターからビクトリーIII船長の、いったん曳航用ロープを緩めてほしい旨の伝言を知らされ、同ロープを緩めることとしたが、横波を受けないよう操船することに気をとられ、甲板員に同ロープのたるみを取らせるなど、同ロープを適切に取り扱わなかった。
 こうして、海来は、両舷機を中立とし曳航用ロープを緩ませたところ、風と波浪の影響で船体が後退して船首が左方に向き、12時46分船首を風に立てるため左舷機を前進にかけたとき、同ロープを左舷推進器に巻き込み、直ぐに態勢を立て直そうと右舷機を後進にかけたところ、右舷推進器にも同ロープを巻き込んで操縦不能に陥り、南寄りの風と波浪により、マリーナ北方の浅所に圧流され、12時48分北防波堤灯台から008度440メートルの地点において、海来は、同浅所に東方を向いて乗り揚げた。
 当時、天候は晴で風力2の南西風が吹き、潮候は上げ潮の中央期で、波高約1.0メートルの波浪があり、千葉県北東部には強風、波浪注意報が発表されていた。
(7)乗揚の結果
(第1)
 ビクトリーIIIは、砂地に乗り揚げた後、更に強くなった風と波浪により、ウィングキールを損壊し、横倒し状態となって海岸の消波ブロックに打ち寄せられ、船体を大破して全損となった。
(第2)
 海来は、両舷推進器にロープを巻いたまま、海岸の消波ブロックに打ち寄せられ、船体を大破して全損となった。

(主張に対する判断)
(第1)
 ビクトリーIII側補佐人は、海来が来援したときには、ビクトリーIIIがマリーナ沖で錨泊して、アンカーが効いた状態だったと主張し、また、海来側補佐人は、救助に向かったときには、ビクトリーIIIが、東中突堤とT字突堤の間の浅所ですでに乗り揚げていたと主張するので、以下海来が出動したときのビクトリーIIIの状況について検討する。
 ビクトリーIII側の主張する同船の位置は、A受審人に対する質問調書添付の航跡図中の投錨地点及び同人の当廷における、「東中突堤の延長線とマリーナセンターハウス、防砂堤両地点間を結ぶ線の延長線との交点であった。」旨の供述があるものの、J証人は当廷において、「アンカー位置については、わからない。」旨の供述をした。
 一方、海来側の主張するビクトリーIIIの位置は、B受審人の当廷における、「救助要請の電話があり、直ぐにマリーナの事務所を出たら、海岸に近いところにビクトリーIIIのマストが見えた。」旨の供述及び本件発生場所及びマリーナの状況についての検査調書中、B受審人が事務所の外からビクトリーIIIのマストを目撃した位置並びにK証人の当廷における、「救助要請の電話を受けて、直ぐにゴルフカートで海浜公園のトイレと休憩所がある階段護岸から、東中突堤の先端の向こう側にビクトリーIIIを見た。」旨の供述がある。
 しかしながら、相反する双方の主張を検討すると、次の各点が指摘できる。
(1)A受審人が電話で救援要請を行ったとき、最初は10秒足らずの短時間の要請をし、更に頻繁に同要請の催促をしており、ビクトリーIIIが極めてひっ迫した状況であったと認められる。
(2)B受審人に対する質問調書中、「船体は、波に対して横になり少し傾斜した状態で、ローリングもしていなかった。」旨の供述記載により、ビクトリーIIIは、圧流されて乗り揚げていたと認められる。
(3)マリーナ北方付近の海域を熟知しているB受審人が、海来をビクトリーIIIから南西方100メートルも離れた位置に占位させ、曳航用ロープを送ったこと及び同人がハーバーマスターとして、喫水の浅いマリーナ2を利用して同ロープの搬送作業を行ったことから、接近できる状況でなかったと認められる。
(4)L甲板員に対する質問調書中、「機関回転数毎分1,200ないし1,300で引き下ろしを試みたが、数分ほどで直径10ミリの曳航用ロープが切断した。」旨の供述記載及び実地見分報告書中、直径10ミリの曳航用ロープによる海来同型艇の曳航結果についての記載から、ビクトリーIIIが浮上した状態であれば曳航が可能と認められる。
 以上のことから、総合勘案すると、海来が出動したときのビクトリーIIIの状況は、マリーナ北方の浅所に乗り揚げていたものと判断する。

(原因の考察)
(第1)
 本件乗揚は、マリーナから帆走開始地点に向けて機走中、ビクトリーIIIの燃料がなくなり、アンカーを直ちに使用できない状況下、風と波浪により、マリーナ北方の浅所に圧流されたことによって発生したもので、以下、その原因について考察する。
1. ビクトリーIIIの燃料保有状況
 A受審人に対する質問調書中、「燃料が30リットルあった。本件後に海上保安部が確認した。」旨の供述記載があり、当廷における供述でも一貫して燃料を保有していた旨を主張するが、次の各点からその主張は認められない。
(1)燃料の配管構造
ア 後部キャビンの寝台下に置かれた燃料タンクから、機関の燃料こし器までの燃料配管は、長さ約2メートルのホースで、燃料がなくなると機関が自停するまでに同配管、こし器及び燃料噴射ポンプの全てが空気を吸い込んだ状態になる。
イ 帆走するまで機関が順調に運転できたのであれば、帆走した後の燃料配管の状態は、全く変わらないはずであり、帆走終了後にちょうど始動できなくなったという供述は、極めて不自然である。
(2)燃料補給前後の状況
ア B受審人が20リットル入りポリタンクに入れた燃料を届け、その後、同人がビクトリーIIIに乗り移ってA受審人が10リットルを補給したことを確認し、機関の燃料配管の空気抜きを行ったところ、燃料噴射ポンプの前後で大量の空気が排出され、その後ようやく始動できた。
イ 10リットルの燃料補給後に、機関がかなりの時間、停止することなく運転できたことから、燃料配管の異常などで空気を吸い込んだ可能性はない。
(3)本件後の残油量
 海上保安部の実況見分の際、浜辺の上で撮影された燃料計の示度は、10リットル補給のうえ、A受審人が機関を始動して乗り揚げた本船を引き下ろすためにしばらく運転した結果であり、かつ消波ブロック近くに打ち寄せられて3日間波浪にさらされた後のもので、コックピットの空気抜き穴から燃料タンクに海水が混入した可能性が高く、30リットルあったとするのは不自然である。
(4)J証人の証言
 帆走した後、機関を始動したときの経過についての質問に対して、同証人が、「エンジンがかかったり止まったりしていた。」旨の供述をしているのは、A受審人の「全く始動しなかった。」旨の供述と矛盾しており、むしろ思わぬときに機関が停止してしまった状況を示していると考えるのが自然である。
 なお、本件発生当時、燃料タンクの残量について、試算してみると、以下のとおりである。
 初期量としては、平成12年12月24日の補給後、83リットルの満杯となった。
 その後、4回帆走した際に出航、帰港するための機走での消費量は、A受審人が機関を2,500回転、15馬力として運転していた旨の供述記載、同型式機関の三乗負荷性能曲線から、馬力時間当たりの燃料消費率が203グラムと求められるが、製造後の経年変化による性能低下を勘案して1割増しの223グラムと認め、1回の出航と帰港当たりの運転時間20分、軽油の密度を1立方センチメートル当たり0.8グラムとすると、
  223×15×20/60×4÷0.8=5.6リットル
 更に、本件まで27箇月間、毎月2回バッテリー充電のために30分ずつ行った保守運転での燃料消費量は、積極的に充電するために7.5キロワットすなわち10馬力の出力を要したと認めて、上記三乗負荷性能曲線から燃料消費率が225グラムと求められるので、4回の帆走分を除いて合計50回行ったとき、
  225×10×50×30/60÷0.8=70リットル
 すなわち、計算しうるものだけで、タンクの残量は、7リットルばかりとなり、更に、出航前の暖機運転や、出港届を提出しないまま出航したことがある旨のA受審人の供述も考慮すると、本件当時の残油量はごくわずかであったと考えるのが相当である。
 したがって、本件当時のビクトリーIIIの燃料油は、保有量がわずかで、マリーナを出て帆走する地点に向かう途中で燃料がなくなり、機関が自停したものと認められ、A受審人が出航前に残油量を点検せず、燃料が少ないまま出航したことは、本件発生の原因となる。
2. アンカーの使用模様
 A受審人に対する質問調書中、「機関が再始動できないことを知って、投錨した。」旨の供述記載があり、当廷における供述でも一貫して30キロのダンフォース型アンカーを使用した旨を主張する。しかしながら、次の各点から、本件当時は、使用できない15キロのダンフォース型アンカーしか保有しておらず、投錨していなかったと考えるのが相当である。
(1)A受審人がトランサムステップの上に約10キロの鎖を装着した30キロのダンフォース型アンカーを備えていたとするが、係留場所がマリーナの事務所桟橋側出入口に直面する場所で、船尾を同事務所側に向ける場所であったにも拘わらず、B、C両受審人は、マリーナに係留しているヨット約60隻に、スイムラダーあるいはトランサムステップにアンカーを置いている艇の記憶がない旨を供述している。
(2)上部を細索でハンドレールに結ばれたスイムラダーに、常時総重量約40キロのアンカーを固縛していたとは考えにくい。
(3)スイムラダーにシャンク部を固縛し、クラウン下部が当たるトランサムステップの上に雑巾を置いていたとすることは不自然である。
(4)船体が動揺している状況下、総重量40キロのアンカーを船内に取り込み、通行路を経て船首に運ぶことは至難の技である。また、船首部で69才の男性が人力で揚錨することはほとんど不可能である。
(5)ウィンドラスを使用した形跡がない。
(6)A受審人は、当廷において、「曳航用ロープを切断後、2度目の投錨を行い、その後揚錨した。」旨を供述するが、揚錨する必要性は認められない。
(7)A受審人は、当廷において、「揚錨後、甲板上にアンカーを放置し、ローリングで海中に落ちた。」旨を供述するが、本件後、30メートルのロープを付けたアンカーが回収されていないことは不自然である。
(8)ビクトリーIII級のクルーザー型ヨットが装備するアンカーは、実用上、重量15キロ程度とされている。
 したがって、本件当時のビクトリーIIIは、船首に直ちに使用できないアンカーしか保有しておらず、A受審人が出航前にアンカーの状態を点検せず、出航したことは、本件発生の原因となる。

(原因)
(第1)
 本件乗揚は、千葉県名洗港において、マリーナを出航するにあたり、ビクトリーIIIの出航前の点検が不十分で、マリーナを出た直後に燃料がなくなり、燃料噴射ポンプが空気を吸引して機関が自停し、アンカーを直ちに使用できなかったので、南寄りの風と波浪により、マリーナ北方の浅所に向けて圧流されたことによって発生したものである。
(第2)
 本件乗揚は、千葉県名洗港において、マリーナ北方の浅所で乗り揚げていたビクトリーIIIを引き下ろし作業中、曳航用ロープを緩める際、同ロープの取扱いが不適切で、推進器が同ロープを巻き込んで操縦不能に陥り、南寄りの風と波浪により、同浅所に向けて圧流されたことによって発生したものである。
 
(受審人の所為)
(第1)
 A受審人は、千葉県名洗港において、マリーナを出航する場合、長期間補油していなかったから、航行不能とならないよう、燃料計を見て残油量を確認するなど、出航前の点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、短時間の航海なので同点検をするまでもないと思い、出航前の点検を十分に行わなかった職務上の過失により、機関をかけて帆走開始予定地点に向けて進行中、燃料がなくなり、燃料噴射ポンプが空気を吸引して機関が自停し、アンカーを直ちに使用できなかったので、南寄りの風と波浪によって圧流されてマリーナ北方の浅所に乗り揚げる事態を招き、次第に強くなった風と波浪により、消波ブロックに打ち寄せられて全損させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 B受審人の所為は、救援要請を受けて現場付近に到着したとき、ビクトリーIIIがすでに底触状態で乗り揚げていたことから、本件発生の原因とならない。
(第2)
 C受審人は、千葉県名洗港において、マリーナ北方の浅所で乗り揚げていたビクトリーIIIの引き下ろし作業中、曳航用ロープを緩める場合、推進器が同ロープを巻き込むことのないよう、甲板員に同ロープのたるみを取らせるなど、同ロープを適切に取り扱うべき注意義務があった。しかるに、同人は、横波を受けないよう操船することに気をとられ、同ロープを適切に取り扱わなかった職務上の過失により、海来の両舷推進器が同ロープを巻き込んで操縦不能となり、南寄りの風と波浪によって圧流されて同浅所に乗り揚げる事態を招き、次第に強くなった風と波浪により、消波ブロックに打ち寄せられて全損させるに至った。
 以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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