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平成15年横審第71号
件名

旅客船93-058乗揚事件

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成16年2月20日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(稲木秀邦、黒田 均、西山烝一)

理事官
中谷啓二

指定海難関係人
A 職名:93-058船尾船頭
B 職名:C社運航責任者

損害
船体中央部船底に破口を生じて浸水し、転覆
船首船頭が全治1箇月の左胸部打撲及び左血気胸など及び旅客1人が全治約1週間の頭部打撲などの負傷

原因
操船不適切、運航責任者が、乗組員に対し、露出岩の存在及び回避方法を周知しなかったこと

主文

 本件乗揚は、操船が適切でなかったことによって発生したものである。
 運航責任者が、急流域に露出岩の存在を知った際、乗組員に対し、露出岩の存在及び回避方法を周知しなかったことは、本件発生の原因となる。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年5月23日11時35分
 長野県飯田市時又地区
 
2 船舶の要目
船種船名 旅客船93-058
全長 12.70メートル

3 事実の経過
(1)天竜川の弁天港、時又港間の状況
 天竜川は、長野県南部から静岡県西部にかけて南流する国土交通省が管理している一級河川で、長野県飯田市松尾新井地区に天竜川川下り遊覧のための乗船地である弁天港と、同市時又地区に下船地である時又港があり、その間の約5キロメートル(以下「キロ」という。)の両岸が景勝地となっており、弁天港から約3キロ下流付近は、一部を除き比較的水深が浅く、降雨による増水やダムからの放水に伴い、流出した土砂で、州の出現、水路及び水深の変化がしばしば生じることがあった。
(2)本件発生場所付近の状況
 弁天港から約4キロ下流には、湯の瀬と称する急流域があり、その入口付近では緩やかな流れが右方に蛇行するとともに、川下り遊覧中の難所とされている幅約30メートルの急流部から左方への流れと変化し、この急流部の左岸近くには、平成15年5月8日の降雨による増水で、付近の川岸から流されてきた直径約1.5メートルの岩が存在し、以前にはなかった波立ちがこのころから見られ、やがて水位の低下に伴い左岸から約3メートルのところに同岩頂部が少し露出(以下「露出岩」という。)して、水流の盛り上がりが見られていた。
(3)C社
ア 概要
 C社は、天竜川上流における観光事業を目的として、昭和41年5月に設立され、平成15年5月には、93-058(以下「58号」という。)のほか同型船46隻を所有し、船頭20名ほか臨時船頭を雇用するようになった。
イ 運航管理
 運航管理としては、運航内規において定められた運航責任者に、運航の取り止め及び再開に関する決定、乗組員の配乗計画、航路状況の把握、航路図の明記、運航航路の指導、運航状況の把握、朝のミーティングにおける要注意作業に対する喚起及び川の状態等必要事項の伝達など安全運航に関わる業務を担当させていた。
ウ 乗組員の資格及び操船指揮
 資格としては、船頭の経歴、操船技術等に応じ、船頭の資格を特A級、特B級、一級、準一級、二級及び準二級の6段階に分類し、それぞれの能力に相当する資格を与え、船長相当の船尾船頭については、一級以上、船首船頭については、二級以上をその職務資格として配乗していた。
 船尾船頭は、船尾部で舷側方に向いて立ち、舷側上部に取り付けられた木製かいを操り、進行方向を決める役割に当たり、人命を預かる最高責任者として、あらゆる情勢に対して、適時、適切に安全な操船ができる技術と識見を有し、船の方向が急速に変った場合、速やかに判断して、船首船頭に指示し、安全策をとることができ、同船頭の誰と組んでも操船の指揮が行える者であった。
 また、船首船頭は、船首部で船尾方に向いて立ち、主として舷側上部に取り付けられた木製かいを引いて、川下り船の推進力と舵効きが得られるよう船速を速めるほか、必要により船尾船頭の補助として進行方向を変える役割に当たり、船首船頭の技術を完全に修得し、船尾船頭の操船を補佐することができる者であった。
(4)指定海難関係人
 A指定海難関係人は、昭和57年に船首船頭として入社し、平成2年ごろに一級資格を取得し、その後船尾船頭として乗り組んでいた。
 B指定海難関係人は、昭和36年に入社して、船首船頭及び船尾船頭に従事し、平成5年ごろから陸上勤務となり、本件当時は運航責任者を任されていた。
(5)58号
ア 概要
 58号は、専らかいの操作によって川下りをする木製旅客船で、航行区域を平水区域(ただし湖川に限る。)とし、最大搭載人員が旅客30人と船首及び船尾の船頭2人の計32人と定められ、小型船舶検査機構の検査に合格していた。
イ 船体
 船体は、平成5年3月に製造された無甲板の、外板をFRPによって上塗りした平底型で、船首部、中央部及び船尾部の三箇所に外板を補強する凹型鋼材が組み込まれ、船底内側に船首部を除いて木製すのこを置き、その上にござを敷き旅客が座るようになっていた。
ウ かい
 かいには、船首かいと船尾かいがあり、いずれも樫の木製で、握り部に長さ約30センチメートル(以下「センチ」という。)の横木がはめられ、軸部の直径約5センチ、先端部がへら形で最大幅約20センチ、全長が船首かい約3.3メートル、船尾かい約4.3メートルで、これらの軸部を舷側上縁のかい止め穴にしゅろ縄を二重に通して使用していた。
エ 救命設備
 救命設備は、国土交通省の型式承認を受けた小型船舶用救命クッションTC-3型(以下「救命クッション」という。)が縦、横それぞれ40センチ、厚さ6センチのビニール製布でおおわれ、左右両辺のベルトに腕を通して抱きかかえるもので、最大搭載人員相当数が両舷側に置かれ、ほかに救命浮環1個を備えていた。
(6)湯の瀬付近における操船模様
 船尾船頭が湯の瀬に入る際の操船は、左岸寄りにある入口とされる地点(以下「乗り込み口」という。)に向けて進行し、乗り込み口に至り右転を開始し、次いで流れが左方へ変化するので、流向に対して適度な角度を持たせ、この態勢を保持して流れに乗り、同瀬中央部は流れが速く波立ちが大きいことから水しぶきがかかることを避け、比較的流れや波の静穏な左岸寄りに進行するのが通常であった。
 ところで、船尾船頭が乗り込み口での右転時機を逸したり乗り込み口を外したりすると、左舷後部が本流に強く圧流されて回頭できずに左岸に接近し過ぎたり、湯の瀬中央部寄りに乗り入れる事態が生じやすくなるので、確実に乗り込み口に入り、船首を流向に対し、適度な角度を持たせたまま、同瀬を通過していた。
 また、湯の瀬の航行水路付近に露出岩が現れて以来、船尾船頭は、同岩を確実に避航できるよう、より慎重な操船が必要な状況となっていた。
(7)本件発生に至る経過
 58号は、A指定海難関係人及び船首船頭Dが乗り組み、修学旅行の中学生及び教師の計27人を乗せ、船首尾とも0.30メートルの等喫水をもって、平成15年5月23日11時10分弁天港乗船場を9隻に分乗した修学旅行団の第2番船として出発し、時又港船着場に向かった。
 ところで、B指定海難関係人は、同月16日平素行っている水路状況の見回りの際に、航行水路付近に露出岩を確認し、同岩の頂部で水流が盛り上がっているのを知ったが、同岩は避けることができると考え、乗組員に対し、同岩の存在及び回避方法を周知しなかった。
 A指定海難関係人は、出港後、船尾でかいを操作し、旅客に対し、録音テープにより、乗船中不用意に立ち上がらないこと、船外に手を出さないことなどの注意事項とこれに続き天竜川の見どころを放送しながら、船首船頭にかいを引かせ舵効きを良くして、湯の瀬乗り込み口に接近した。
 11時34分A指定海難関係人は、国土交通省下久堅警報所の中心点(以下「基点」という。)から242度(真方位、以下同じ。)85メートルの地点で、針路を川幅の中央に向く210度に定め、毎時11キロの速力(対地速力、以下同じ。)で進行した。
 A指定海難関係人は、11時34分半基点から232度165メートルの地点で、露出岩の上流約30メートルにある浅所の顕著な波立ち(以下、「目標」という。)を右舷船首方に見て、針路を右方に転じ、船首方向が右転模様となるようにかい操作を行い、目標近くで右転して同岩を左舷側約2メートル離すつもりで進行方向を247度に向け続航した。
 A指定海難関係人は、間もなく湯の瀬乗り込み口に差し掛かり、いつもより同瀬中央部寄りに航行していたので、旅客に水しぶきがかかることを懸念したものの、このままの態勢で進行すれば、同瀬乗り込み口に入れると判断し、同時35分わずか前基点から237度235メートルの地点で、目標に並んで右転操作をとることにしたが、やや時機を逸し、右転効果が現れず、船首船頭に大声で叫んで右転操作を支援させるなど、適切な操船を行うことなく、左舷後部が本流に圧流されて右転できず、進行方向が257度となり、そのまま左岸に流され、11時35分基点から239度260メートルの地点において、58号は、その船首が南方を向き、毎時15キロの速力で、船首部が露出岩の頂部に乗り揚げた。
 当時、天候は晴で風はほとんどなく、付近の流速は毎時15キロであった。
 乗揚の結果、58号は、船体中央部船底に破口を生じて浸水したのち、転覆して時又港近くに漂着し、旅客の多数が下流に流されたが全員救助され、また、D船首船頭が、全治1箇月の左胸部打撲及び左血気胸などを、旅客1人が全治約1週間の頭部打撲などをそれぞれ負った。
(8)事後措置
 C社は、本件発生後早急に露出岩を撤去するとともに、運航及び安全管理の見直しを行い、航行水路の安全確保のため、水路の状況変化及び注意箇所を発見したときは早急に運航責任者に報告し、同責任者は直ちに対処・指示することとし、また、運航に関する指示を適切に行うため、同責任者が毎週1度は自ら乗船し航行水路の状況を把握することに改め、旅客に対し救命胴衣の着用を徹底させ、遊覧中は常時救助船を配備し、緊急時に直ちに出動できる体制を確立したほか、安全対策に関する乗組員の教育、訓練を年2回行うこととし、安全意識の高揚を図り事故防止活動を推進している。

(原因)
 本件乗揚は、天竜川を遊覧のため下航中、湯の瀬乗り込み口に差し掛かり右転する際、操船が不適切で、左舷後部が本流に圧流される状態になり、右転できないまま、左岸近くの露出岩に流されたことによって発生したものである。
 運航責任者が、湯の瀬に露出岩の存在を知った際、乗組員に対し、同岩の存在及び回避方法を周知しなかったことは、本件発生の原因となる。
 
(指定海難関係人の所為)
 A指定海難関係人が、天竜川を川下り遊覧のため下航中、湯の瀬乗り込み口に差し掛かり右転する際、船首船頭に指示して右転操作を支援させるなど、適切な操船を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 A指定海難関係人に対しては、勧告しない。
 B指定海難関係人が、水路状況を見回り中、湯の瀬に露出岩の存在を知った際、乗組員に対し、同岩の存在及び回避方法を周知しなかったことは、本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては、本件後、早急に露出岩を撤去したこと、水路の状況変化及び注意箇所を発見した報告を受けたとき、直ちに対処・指示する体制としたこと、旅客に対し救命胴衣の着用を徹底させたこと、遊覧中は常時救助船を配備し、緊急時に直ちに出動できる体制を確立したこと、安全対策に関する乗組員の教育、訓練を年2回行うこととし、安全意識の高揚を図るなど事故防止活動を推進していることに徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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