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遠山の霜月まつり(山国生活体験イベント「上村の冬」)
1 上村の概要
(1)地域の概要
 上(かみ)村は、長野県東南端に位置し、東は静岡県本川根村、西は飯田市、喬木村、南は南信濃村、北は大鹿村に接する。
人口:805人(322世帯)
面積:126.51平方キロメートル
 古くから遠山郷と呼ばれ、3,000メートル級の南アルプスの雄大なパノラマを東に望み、並行してそびえる伊那山脈との間に遠山川、上村川が流れる。村の北から南に、高遠から伊那谷、遠州秋葉神社へ至る秋葉街道が通り、街道に沿って集落が点在する。
 村の面積の93.2%が山林。農地は90%が畑で急傾斜地が多い。二度いも(ばれいしょ)、そば、しいたけ、こんにゃく等の特産品、赤石銘茶や熊・鹿・猪等の缶詰、雑穀クッキー、山女魚等の土産品がある。
(「南アルプスと霜月祭りの里」(上村観光パンフレット)による)
 
(2)上村へのアクセス
 自動車では、中央自動車道飯田ICから上村役場まで31km、約60分。バスではJR飯田駅から信南交通バス遠山郷線で約60分である。最近、三遠南信自動車道の矢筈(やはず)トンネルが開通し、飯田市内までの時間が大幅に短縮された。自動車を中心に考えれば東京都内まで約5時間、名古屋市内まで約2時間30分という場所である。
 
2 霜月祭りについて
(1)概要
 かつては遠山祭りといったが、旧暦の11月に行ったことから霜月祭りと呼ばれるようになった。冬至近くの旧暦霜月には、山深い谷に差し込む日ざしも短くなり、あらゆる命の力が弱まる季節である。この時期に生命の母たる神々を迎えて、力のよみがえりを願おうという祭りといわれる。
 土地の氏神の杜の土間に火を起こし、大きな釜をかけ、その真上に天井から神々降臨の座を象徴する様々な神飾りの付いた四角い木枠−湯の上、神座(かみくら)を吊り下げ、そこへ神々を呼び寄せ、湯を立てて献じ、うやまい、神聖な湯を浴びることで魂の再生をはかるとともに、万物を鎮めて新たな年を迎える。
 
(2)起源
 鎌倉時代、宮中で行われていた湯立ての舞を持ち帰り、京都男山八幡宮を勧請して主祭神として、農耕に関わる木火土金水の五神を合祀して始まったといわれる。伝説によれば後年、この地方の領主遠山氏の悪政に対し、住民が一揆でこれを倒したが、その後飢饉が続き・悪疫が流行したので、たたりと恐れられ、遠山一族の人々を八杜の神として合祀したとも言われている。このため祭りを遠山様の祭り、死霊祭りともいった。(上村作成の霜月まつりパンフレットより)
 
(3)文化財の指定
 昭和27年、池田弥三郎氏により発表紹介され、長野県の重要無形文化財に指定される。昭和29年、岩波映画社の記録映画「山のまつり」により広く紹介され、昭和54年に国の重要無形民俗文化財の指定を受ける。
 
(4)祭りが行われる場所
 霜月祭りは、JR飯田線平岡駅より北の遠山地方といわれる一帯。上村、南信濃村に分布する。湯立て神楽は愛知県内等の「花祭り」も含めると三遠南信地方一帯の50か所以上に伝わる。現在、最も古式に乗っ取って行われるのは上村地域のみといわれる。
上村内では、12月11〜12日 上町(かみまち)正八幡宮本祭
  12月12〜13日 中郷(なかごう)正八幡宮本祭
  12月13〜14日 下栗(しもぐり)拾五杜大明神本祭
  12月14〜15日 程野(ほどの)正八幡宮本祭
の4か所で行われている。
 
3 霜月祭りの実際
 主な祭りの次第は次のとおり(上町正八幡宮)
(1)神事(座揃え、切り火、神主が祝詞、神楽を奏し、かまどに火を入れる)
 
(2)神名帳(神々の名を呼び、祭りに招待する)
 
(3)申し上げ(招待した神々に様々な願い事を行う)
 
(4)湯立て(各神々の湯立て、願をかける)
 現在は、この間に小・中学生によるたすきの舞い、羽揃えの舞いが披露される。
 
(5)湯の花の神事(各家の釜へ湯を汲んで家を清める)
 
(6)装束舞い(午前3時頃〜)
(1)たすきの舞
 紋付きに袴、たすきに鉢巻き姿で4人が舞う。
(2)羽揃えの舞い
 これも4人が振り袖に紫の鉢巻きで舞う。
 
(7)日月の舞い、御座の神(招いた神々にお帰りいただく作法)
 烏帽子をいただき水干、湯だすきの装束をつけた禰宜二人により、祓い、火打ち石を切って釜を清める。東西南北と中央の五方向に座をかえて行われる。修験道の儀式を強く印象付ける。
 
(8)面の舞い(午前4時頃〜)
 舞いに先立って、面をつける若者は川に入り、禊ぎを行う。
(1)神太夫夫妻の舞い
 神太夫と姥の二人が現れ、見物人や若者の間を追いかけたり逃げ回ったり、大騒ぎして滑稽な舞いを行う。
(2)八杜の神面
 遠山一族の怨霊を鎮める儀式として後から加えられたものというが、八杜の神面はいずれも無表情で陰うつな印象を与える面で、異様な雰囲気を作る。
(3)稲荷面と山の神面
 全身赤い衣裳で狐の面を付けた稲荷が舞い、拝殿の四方を激しく飛び回り、若者がはやし立てるうち、見物人の中へも飛び込んだりする。
(4)四面(よおもて)の舞い(午前5時頃)
 水王、土王の天狗面を付けて現れ白装束に湯だすきをかけ、煮えたぎる釜の湯の中に素手を入れ、湯をはねとばして禊ぎを行う。祭りのクライマックスといえる。
(5)天伯(てんぱく)の舞いほか(午前6時頃)
 猿田彦の舞い、東西南北天地に向かって矢を放ち、悪鬼外道を追い払う。
 
(9)神送り(神を送る行事)
 
(10)遊びぬさ、直会
 
4 山国生活体験イベント『かみむらの冬』
(1)霜月祭見学会
 霜月祭りは昭和30年代以降、村外の見学者が訪れることが多くなったが、見学者は一昼夜を越え、翌日の昼まで行われる祭りを寒さをこらえながらじっと祭りの経緯を見ることしかできなかった。
 昭和60年代後半、村の商工会が神社の敷地内にテントを張り、見学者に暖かい飲食物の提供を始め、やがて隣接するコミュニティセンターで見学者向けのイベントを開催するようになった。
 今回の現地調査で利用したのもこのイベントで、祭り見学者の宿泊便宜をはかり、あわせて地域住民との交流を促進するための「霜月祭見学会」である。
 
(2)見学会の内容
(1)日時 12月11日(木)正午〜翌日朝9時
(2)会場 上町八幡宮、上村コミュニティセンター全館
仮眠所はコミュニティセンター2階(体育館フロア)に大型暖房機4台
毛布各自2枚貸し出し
(3)参加費 1,500円(毛布・暖房料)
   1,000円(翌日の朝食代)
(4)霜月祭の解説 午後8時〜10時 コミュニティセンター2階
・座談会『御霊信仰を考える(続編)』
郷土史研究家 野牧 治氏(南信濃村在住)
※遠山氏系譜、遠山氏の御霊について解説
・ビデオ上映「ネパールカトマンズ地方の御柱」約30分
   岩波映画「霜月祭」(昭和30年)約20分
○解説終了後、1階の食堂で野牧氏と参加者数人により座談会を継続する。
○見学者は、夜通し行われる神楽を適宜見学しながら、コミュニティセンター2階で仮眠をとり、明け方の面の舞いにそなえる。
 朝食は、午前8時前後、大多数の見学者が朝食後、三々五々帰宅する。
(5)見学者 50歳代〜60歳代の約70人で女性が半数、近県の歴史愛好サークルや大学・高校の研究者などが目立つ。
(6)郷土料理販売・特産品・関係書籍の販売(コミュニティセンター1階)
手打ちそば、けんちん汁、栃餅、雑穀クッキー、こんにゃく、茶等特産品、解説書、村史、地図、観光パンフレット類の販売
※同様の見学会は、12月14日の程野八幡宮本祭でも程野区民センターで開催される。
5 小中学生の参加について
(1)学校の概要
 上村小学校 児童36人
 上村中学校 生徒20人(1年8人、2年6人、3年6人)
 小・中学校は同じ敷地にあり、校舎は別でグラウンド、プール、体育館は共用で使用している。
 
(2)霜月祭りへの参加
 村の郷土芸能「霜月祭り」の舞や音楽を継承し、次代の担い手を育てようと、地域と一体となって取り組んでいる。約20年前から行われている。
 祭り前に4〜5日、夜に子どもたちを集めて、村の指導者から指導を受ける。
○祭り当日は、前半の時間帯(12月11日の午後7時頃〜約1時間)に神社拝殿内で子どもたちの舞いが披露される。「羽揃いの舞い」(小学生女子6人)、「たすきの舞い」(小学生男子4人)、「羽揃いの舞い」(中学生女子4人)、「たすきの舞い」(中学生男子4人)
○さらに学校の文化祭(10月)でも舞いと笛や太鼓が発表される。文化祭には地元の人々も参加し、衣裳の着付けを手伝ったり、囃子にも協力している。
○上町以外の人数の少ない下栗地域では教職員も舞いを披露する。
 
6 感想等
(1)「霜月祭見学会」について
(1)仮眠・休憩ができる場所が確保されていることは見学者にとってはありがたい。
(2)参加者の多くは研究者、歴史祭り愛好者で、その学習意欲にこたえる内容となっており驚いた。講師が昨年に続く内容を講義しており毎年続けて参加する人も多い。
(3)ビデオ上映も含め、祭りの内容がよく理解できた。見学前にレクチャーを受けることは有意義である。なお、48年前の記録映画を見たが、現在もなお同じ形で正確に、しかも盛大に行事が受け継がれていることに感心した。
(4)他県からの見学者は、なかなか地元の人々と交流する機会に恵まれないが、このような機会を作ってもらえれば、とけ込みやすい。
(5)神社の建物自体の広さが限られており、これ以上(今年の見学者約70人+地元ほか約50人)の人が見学することは不可能だが、見学者のマナーも良く現在はバランス良く運営されている。
(6)参加費が朝食含め2,500円だが、地元に還元できるよう「御札」やお土産付きで現在の2〜3倍の費用を納めてもらう方法も考えられる。
 
(2)小中学生への伝承について
(1)舞いの始まりの部分を子どもたちに受け持たせ、良い発表の機会となっている。村中で子どもたちを育てようという暖かい気持ちが感じられる良い祭りになっている。
(2)20年以上前から学校で教えることにより、卒業して大人になってもよく祭りに参加しているという。若い人たちが熱心に舞う姿を見ることができ、難しい唱え事や舞いをよく理解しており、学校での取組みの成果が出ている。正確な伝承には長い年月がかかるものだが、子どもの頃覚えたことは、大きな財産になるので伝統芸能の継承には欠かせないことといえる。ぜひ続けていって欲しい。
 
(3)霜月祭りの継承と発展について
 霜月祭りに使われる面や衣裳はよく修理・新調され整備されている。神社の建物もよく修復され、歴史ある霜月祭りを行う場所としてふさわしい環境を保っている。
 周囲のコミュニティセンター、学校などの公共施設も新しく様々な助成制度が活用されていることと考える。祭り伝承館、解説書類も整備され、外来者へのサービスも適切である。村の人々の生活を支える環境はともかく、霜月祭りを継承していこうという村の人々の意欲は高く、地域の文化はきちんと受け継がれ、将来に向けて良い形で発展してゆくものと思われる。


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