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7.4 付着生物 ―海岸線の豊かさの象徴―
 大潮の干潮時に海岸に出かけると、岩礁(がんししょう)や岸壁に付着している多くの動物を見ることができます。壁に完全に付着しているのはフジツボ、ムラサキイガイ、マガキ、ホヤ、コケムシなどで、壁の上をはい回るのはイボニシなどの巻き貝類や、多毛類、甲殻類などです。これらの動物をまとめて付着(ふちゃく)生物と呼びます。
 付着生物のうち自分で動くことのできないものは、海水中に懸濁している植物プランクトンなどの懸濁粒子を餌としているので、多くの海水を濾過できるように、海水との接触面積を広げようとします。その結果として多層構造(重なって生きること)をとります。例えば、岩礁の割れ目や隙間に群れをなして生息していて、みそ汁の具や酒の肴などの食用(最近ではあまり使われなくなりましたが)にもなるカメノテは、触手によって海水中のプランクトンを受け止め、餌をとります。はい回ることのできる付着動物は、壁に付着している微細藻類や固着性の動物の糞などを食べています。
 打ち寄せる波に洗い落とされないように、物に付着する性質を持つこれらの生物は、発電所の冷却水パイプ、船底、魚類養殖生け簀(いけす)などには邪魔になるので、有害生物として扱われます。現在、環境ホルモンとして問題になっているTBT(トリブチルスズ)は、これらの生物の付着防止用の塗料として使われていたものです。
 付着生物のほとんどは、幼生期間をプランクトンとして浮遊していて、自分の付着に適した岩や岸壁などの基盤を見つけると、そこに新たに付着して、繁殖していきます。
 
マガキ
 
石垣の中に多層構造で生きている付着生物
 
茄でて食べるとおいしいカメノテ
 
 ときには有害生物とされる付着生物ですが、海水をろ過して海水中の植物プランクトンやデトリタスを食べるという特性を持っています。近年、このような特性を利用して、富栄養化した内湾の水質浄化のために、付着生物を人工的に育てようとする動きが見られるようになりました。
 かつては「死の海」と呼ばれた北九州市の洞海湾は市民・沿岸企業・行政の努力により、近年、見た目には清浄さを取り戻し、洞海湾内の海水中の窒素・リン濃度は環境基準を満たしています。
 しかし、今でも過剰の窒素・リンが沿岸から流入してくるために、夏季には洞海湾奥の表層では赤潮が、底層では貧酸素水塊が発生しています。
 そこで、陸岸からの窒素・リンの負荷量をさらに減少させる努力を行うとともに、春季に湾奥にロープを多数ぶら下げ、そのロープに付着したムラサキイガイに夏季、大量に発生する植物プランクトンを食べさせて、赤潮の発生を防止しようとする実験が洞海湾で行われています。
 
洞海湾に設置された環境修復実証実験施設
右下の写真は、ロープを半年間海水中に垂下し、ムラサキイガイを自然付着、繁殖させ、陸上に回収したもの
(北九州市環境科学研究所、山田真知子博士提供)
 
7.5 植物プランクトン ―海の動物の命の源―
 瀬戸内海の海水をプランクトン・ネットで曳いて(ひいて)、そのサンプルの一滴をスライドグラスに落として顕微鏡でのぞくと、数〜数百ミクロンの様々な形をした葉緑素を持つ単細胞生物を観察することができます。これらが植物プランクトンです。
 地球上の生態系を駆動させるエネルギーのほとんどは太陽に由来していますが、太陽の光エネルギーを化学エネルギーに変換して、無機物から有機物を合成する生物が植物です。光は海面近くにしか届かないため、植物プランクトンはなるべく沈まないよう、体積の割に表面積が大きい小型の形にならざるを得ませんでした。植物プランクトンの中には細長い突起などを持って、水との摩擦抵抗を大きくしたものや、鞭毛を使って浮上するものもいます。瀬戸内海には約500種の植物プランクトンが生息していますが、主なものは珪藻(けいそう)(珪素でできた殻を持つ植物プランクトン)と渦鞭毛藻(うずべんもうそう)(鞭毛を使って鉛直移動する植物プランクトン)です。珪藻は「海の牧草」とも呼ばれていて、動物プランクトンや貝類など食植性動物の良い餌になっています。
 一方、通常2本の鞭毛を使って遊泳する渦鞭毛藻は、成層が発達する夏季を中心に多く出現しますが、時に有害赤潮を形成して、魚介類の大量斃死を起こすことがあります。
 
植物プランクトン 珪藻類(1. スケレトネマ 2. タラシオシラ、3. コシノデイスカス、4. キートセラス) 渦鞭毛藻類(5. ギムノデイニウム、6. ゴニオラックス 7. ケラチウム)
 
7.6 動物プランクトン ―魚たちの命を支える小動物―
 海水中の動物の中で遊泳力が弱く、ほとんど海水とともに運動する生物群を動物プランクトンと言います。動物プランクトンの中には約数十ミクロンの原生動物からクラゲ類のように数十センチに至る幅広い体長のものが含まれます。
 瀬戸内海の動物プランクトンの中で最も卓越するのはカイアシ類と呼ばれる、体長1〜数ミリの小型甲殻類です。次いでヤムシ、繊毛虫(せんもうちゅう)類が多く出現します。夏季に枝角(しかく)類(ミジンコ)が多く出現することもあります。また貝類、多毛類(ゴカイ)、ウニ、カニなどベントスの幼生も一時期動物プランクトンとして行動します。夏の夜の海面近くで蛍光を出して光るヤコウチュウは渦鞭毛藻の一種類ですが、光合成色素を持たず、餌を捕食するので、動物プランクトンの仲間に入れられます。
 カイアシ類など甲殻(こうかく)類動物プランクトンはカタクチイワシ、イカナゴなど多くのプランクトン食性魚の良い餌になっているので、最も重要です。
 
動物プランクトン 1. 繊毛虫類、2. カイアシ類、3. 枝角(ミジンコ)類、4. ヤムシ類


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