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2)最大離岸流速に対する検討
 前項でbarの有無による離岸流発生の違いについて考察を行った。次に入射波特性(入射波高、入射波周期等)や地形特性(海底勾配、砕波帯幅、砕波水深、波状汀線波長、波状汀線振幅等)が離岸流にどのような影響を及ぼすのかについて考察を行う。既往の研究などでは離岸流の規模について考察を行う際において、離岸流長や離岸流幅などを用いて検討する場合が多い。しかし、その離岸流長や幅における明確な定義は存在しないため、ここでは最大離岸流速Urmaxを離岸流の規模を表す代表値とし、このUrmaxの無次元量Urmax/√ghbに対して検討を行うこととする。
 このUrmax/√ghbは次式のような種々の無次元量によって左右されると考えられる。
 
 
 ここでHo入射波高、Loは沖波波長、hbは砕波水深、Xbは砕波帯幅、λは波状汀線波長、ηは波状汀線振幅、gは重力加速度である。
 
a)最大離岸流速に及ぼす地形の影響
 図3.1.50は上式の関係を示したもので、これは表3.1.1と表3.1.2の計算条件全ての場合における計算結果から、汀線凹部で発生する地形性離岸流の無次元最大離岸流Urmax/√ghbの地形特性の一つであるXb/λによる変化をη/λおよびHo/hxwをパラメータにとって整理した結果である。ここでhxwは汀線からの波状汀線影響長XWでの水深である。これによるとHo/hxw= 0.730, 1.095の場合では、Xb/λの減少とともにUrmax/√ghbは減少し、一方Xb/λの増加とともに増加する結果となっていることが分かる。また、λやηの値に関わらずη/λが一定であれば、ほぼ同一の近似曲線として表され、さらにη/λに対してほぼ比例関係があることが分かる。これは波状汀線の波長の増加によって汀線凹部内に集まってくる質量が増加し、その影響によってUrmaxが増加することによるものであると考えられる。しかし、一方、Ho/hxw = 0.365の場合はHo/hxw = 0.730, 1.095の時と同様の挙動を示さないことが分かる。その原因として、Ho/hxw = 0.365の場合は砕波位置の沿岸方向の非一様性の傾向が強くなり、砕波に伴って発生するwave set-upによる平均水位上昇も沿岸方向に非一様になり、そのため沿岸方向の水位勾配が小さくなり、最大離岸流速が小さくなってしまうためであると考えられる。
 
図3.1.50 Xb/λによる無次元最大離岸流速の比較
 
 図3.1.50からλやηの値に関わらず、η/λが一定であればほぼ同一の近似曲線上にのることが分かった。吉井ら(2004)はこの数値計算ではη/λ= 0の時には循環流が形成されないことを示している。したがってη/λの値を小さくすることでUrmax/√ghbは0に収束していくことが分かる。そこでη/λの値を増加させることでUrmax/√ghbは収束させ、最大のUrmax/√ghbが得られるη/λの値を求めることを試みた。図3.1.51は図3.5.50と同様に横軸にXb/λ、縦軸にUrmax/√ghbをとった図である。ただし、Ho/hxw =0.730, 1.095の時の結果のみを用いた。この図から明らかなようにη/λは0.200付近を境に収束していることが分かる。この原因としては砕波によるwave set-upに伴う汀線凹部での岸沖方向の水位勾配が小さくなるためであると考えられる。
 
図3.1.51 Xb/λによる無次元最大離岸流速の比較
 
b)最大離岸流速に及ぼす入射波の影響
 図3.1.52(a)、(b)はHo = 0.5及び1.0m、η/λ = 0.10に固定し無次元最大離岸流速Urmax/√ghbの入射波特性の一つである砕波帯相似パラメータhb/xb/√Ho/Lo)による変化をHo/λをパラメータにとって整理した結果である。これによるとHo = 0.5mにおけるHo/λ、つまりλによるUrmax/√ghbの違いは、Ho = 1.0mの場合に比べて非常に小さいことが分かる。また、Ho/λに関わらず砕波帯相似パラメータが約0.48の時に流速の極大値をとり、約0.28の時に極小値をとる。この時のHoは0.5mに固定されているため、入射波の周期に依存して流速が変化することが分かる。一方、Ho = 1.0mの時は、砕波帯相似パラメータによる顕著な流速の規則的変動はなく、Ho/λつまりλによる流速の違いが比較的顕著である。したがって、このHo/λと砕波帯相似パラメータによるUrmax/√ghbの変動の違いは、砕波の沿岸方向の一様性および非一様性に起因している。
 
図3.1.52 砕波帯相似パラメータによる無次元最大離岸流速の比較
(a)Ho = 0.5m、η/λ = 0.10の場合
 
(b)Ho = 1.0m、η/λ = 0.10の場合
 
 図3.1.53はλ= 350m、η/λ= 0.10に固定し、無次元最大離岸流速Urmax/√ghbの入射波特性の一つである砕波帯相似パラメータhb/xb/√(Ho/Lo)による変化をLo/λをパラメータにとり、同じ入射波周期のものを線で結んで整理した結果である。これから分かるように、Lo/λの値にかかわらずhb/xb/√(Ho/Lo)によって流速は極大値をもつ。これはToおよびλ、η/λが一定であるため、無次元最大離岸流速Urmax/√ghbHoの大きさに依存していることによる。その時のHoは、今回の場合0.9もしくは1.0mで極大値をとる。入射波高Hoが小さい場合、通常砕波水深は小さい。それが波状汀線の影響範囲内で砕波すれば、先にも述べたように砕波位置が沿岸方向に非一様になり、砕波に伴うwave set-upによる平均水位上昇も沿岸方向に非一様となる。その結果、沿岸方向の平均水位勾配が小さくなり、離岸流を引き起こすきっかけとなる沿岸流の大きさが小さくなり、結果として、離岸方向の流速が小さくなる。しかし、波高が大きくなるにつれて沿岸方向の水位勾配も大きくなり、その流速も大きくなる。一方、Hoが大きい場合は、逆に砕波が沿岸方向に一様になり、浅海域の沿岸方向の水位勾配は大きくなるのだが、Hoが大きくなることで砕波帯の幅が長くなる。すると岸沖方向の水位勾配が小さくなり、それによって岸沖方向の水位勾配による離岸流速の影響が小さくなり、その結果流速が小さくなる。
 したがって、砕波が沿岸方向に非一様な場合は、入射波高が大きいほど離岸方向の流速が大きくなり、砕波が沿岸方向に一様な場合は波高が小さいほど離岸流速が大きくなる。したがって、波状汀線影響範囲と沿岸方向一様水深との切り替え点での水深で砕波する波が入射している時が最も離岸方向流速が大きくなる。
 
図3.1.53 砕波帯相似パラメータによる無次元最大離岸流速の比較
(λ= 350m、η/λ= 0.10の場合)
 
 以下に結果と考察をまとめる。波状汀線をもちいた地形性離岸流における最大流速はその初期地形と入射波特性に依存、砕波形態が沿岸方向に非一様な場合は、砕波位置が非一様になる範囲で波高が大きくなればなるほど最大流速は大きくなり、その値は入射波周期にも依存している。一方、砕波が沿岸方向に一様な場合は、波状汀線の波長や振幅に大きく依存し、η/λ= 0.200付近で収束する。また、入射波特性に関しては、周期による影響は比較的小さく、また入射波高がより低波高な場合に最大流速を示す。
 
3.1.4 まとめ
 本研究は、現地実測で観測された離岸流の特性について考察し、またその観測手法の検討を行うことを目的として行われた。そして、以下に今回得られた結論を示す。
(1)実測結果に基づいた結論
・直線状汀線での突発性離岸流の発生には、水位変動の長周期波のエネルギーの減少と方向分散性の高い波浪の来襲が原因となっている可能性が高いことが現地実測によって確認された。
・汀線凸部から発生する地形性離岸流は、沖波の波向きに依存していることが分かった。このとき、汀線凹部の沖には砂州が存在し、凸部前面には砂州の切れ目、rip channelが存在することが離岸流の発生条件である。
(2)数値計算結果に基づいた結論
・汀線凹部や凸部から発生する地形性離岸流は従来の方法による数値計算で再現可能であるが、直線状汀線から発生する突発性離岸流は再現できない。
・波状汀線に波を直角入射させた場合、barが存在しない時には汀線凹部から離岸流が発生し、汀線凸部から向岸流が発生する。汀線凸部にrip channelを有したbarが存在する場合は汀線凸部で離岸流が発生し、汀線凹部で向岸流が発生する。ただし、barによる波の減衰の効果が小さい時は汀線凹部からも離岸流は発生する。
・波状汀線に波を斜め入射させた場合、汀線凹部及び凸部での地形性離岸流は従来の方法による数値計算で再現可能であり、現地実測結果と良い一致を示している。
・波状汀線を有した地形性離岸流における最大流速は初期地形と入射波特性に依存し、砕波位置が沿岸方向に非一様な場合は、より高波高な場合に最大流速を示し、入射波周期にも依存している。一方、砕波位置が沿岸方向に一様な場合は、離岸流速は波状汀線の波長や振幅に大きく依存する。入射波特性に関しては、周期による影響は比較的小さく、入射波高がより低波高な場合に最大流速を示す。
・入射波向が汀線に対して直角入射でかつ入射波特性に変化がない場合、時間経過とともに波状汀線のようなカスプ地形の振幅は縮小傾向になる。
 
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