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第2章 研究の内容
 近年のマルチビーム音響測深機は、測深と同時に後方散乱強度(海底面画像データ)を計測することにより、サイドスキャン画像作成機能を有している。これらのデータを利用することにより、港湾・航路等の海底地質の状況、海中構造物、沈船、各種障害物の存在を判別・認識できるようになり、また沿岸域での船舶の安全で効率的な航行、魚礁調査、漁場調査や海難に対して、貴重な情報を読み取ることができるようになった。
 サイドスキャンソーナーやマルチビームを用いた海底面の調査機器によるデータ取得では、海底面から戻ってくる海底面画像データの後方散乱強度が、海底面への音波の入射補角、海底面の凹凸、底質、センサーと海底との距離などのパラメータによって大きく変化するため、これらを利用した音波による海底底質の分類が試みられている。
 本研究では、3ヶ年計画により、マルチビーム音響測深機及びサイドスキャンソーナー等で収録された海底面画像データの解析手法について研究開発を実施した。
 今年度は、本計画の最終年度にあたり、昨年度までの成果を踏まえ、以下の2項目について実施した。
1)地形歪み除去技術の開発研究
2)底質分類の可能性に関する開発研究
 地形歪み除去技術の開発研究は、海底起伏あるいは傾斜によって生じる地形歪みの検証及び補正方法の確立を目指すものであり、底質分類の可能性に関する開発研究は、海底面画像データの後方散乱強度分布から海底底質分類の可能性の検討を行うものである。
 これらの研究を遂行させるため、本年度は、海上保安庁所有のANKOUデータをもとに解析を実施した。ANKOUデータと昨年度までに使用したSEABATシリーズの装置とのデータ取得の状況比較を表1に示す。
 
表1 装置によるデータ取得方法の違い
項目 SEABATシリーズ ANKOU
送受波器位置 船底固定方式 曳航方式
周波数 50KHz〜455KHz程度 9/10KHz
位置決定方法 船上でGPS等を受信し直接送受波器の位置を計算できる 曳航体は水中にあるため、トランスポンダなどの水中測距装置を用いるか、曳航船の位置をGPS等で求め、曳航船の位置と曳航体の位置をSSBL又はケーブル長等で測定して決定する。
動揺 船体の動揺と同一のデータ。 曳航体のデータ。
ビーム方式 クロスファンビーム ベクトルサイドスキャンソーナー
 
 これらの状況から、昨年度までの研究をふまえ、本年の研究の流れを再検討した。
 本年度はANKOUデータを用いることとしたので、ANKOU特有の音響的な特性を把握し、これに伴う、画像解析手法を検討する。そこでは従来の音響画像データをもとにした音響画像解析処理手法を踏まえつつ、後方散乱強度値による画像データをもとにした分類を実施する。地形歪み除去技術についてはこの中で議論する。
 次に、ANKOUで用いる周波数の音響的特性を把握する目的として「後方散乱強度分布モデルから海底面の凹凸と底質を推定する方法」について検討を実施する。
 最後にこれらを合わせた分類に関する評価を実施することにより底質分類の可能性について議論することとした。
 その結果、本年度の研究開発の流れを図1とした。
 
図1. 研究開発の流れ
 
2.1 地形歪み除去技術の開発
 昨年度の研究では、SeaBat8101の音響的特性をもとに、目標値を設定し、照射覆域を考慮した補正データを作成するとともに、未補正画像データと補正後画像データを用いて地形歪み除去精度を評価した。
(1)データの収集及び取得データの評価
(2)海底音響画像処理技術の開発
(3)水深データの補間方法の検討及びプログラム開発
(4)地形歪み除去に関する資料の収集と地形歪み除去プログラム開発
(5)地形歪み除去精度の検証及び評価
 これらの研究から、ターゲットを用いた手法により、地形歪み除去画像と地形図とを比較・検証した結果、入射補角が20度から40度以内の範囲において、垂直方向については水深の2%以上、水平方向については水深データの照射覆域以上の範囲で、十分に除去が可能と判断した。
 そこで、今年度は
地形歪み除去技術に関する資料の収集及び整理・分類
地形歪み除去処理プログラムの開発
地形歪み除去に関する水深値処理方法の検討及びプログラムの開発
について研究を実施した。
 
2.1.1 地形歪み除去技術に関する資料の収集及び整理・分類
 サイドスキャンソーナーの画像処理は、一般的に前処理と幾何補正を行った上で画像出力する。
 前処理はサイドスキャンソーナーデータの質的な改善を目的としており、画像からある特徴を判別するために必要不可欠な処理である。一方、幾何補正はサイドスキャンソーナーデータから幾何学的な歪みを取り除き、歪みの無い画像を作成するための処理である。
 サイドスキャンソーナーのデータ処理では、これらの二つの処理を行うことによって初めて、画像から位置精度の高い地質情報を得ることができる。
 近年のサイドスキャンソーナーは、デジタルで収録されているために、オフラインによる各種画像処理が可能となったが、従来の画像処理では、前述のような前処理は行われず、画像データを並べるだけの簡易な処理が実施されているものが多い。
 海底音響画像は音波の広報散乱強度を画像化したものである。後方散乱強度とは、海底面に向かって扇形の指向性を有する音波を発信したとき、海底で反射または散乱して曳航体に戻ってくる後方散乱波の音圧強度である。これは海底における微細な起伏の違いや底質の種類、粒度の違いによる海底面の粗度に依存して変化する性質をもつ。たとえば、火山岩は堆積岩(物)よりも散乱強度は強く、また堆積物中でも泥、砂、レキと粒径が大きくなるにしたがって、散乱強度が増す傾向が認められている。
 また海山のような山体の斜面が、曳航体の方向を向いている場合は、音波の反射により、散乱強度が強くなる。このような底質、地形と散乱強度との一般的な関係を図4に示す。
 サイドスキャンソーナーは、活断層に伴うリニアメントや活褶曲の配列や規模といった分布様式を詳細にかつ面的に知るための有効な手段であり、応力分布や海底で起こった地殻変動をより正確に捉えることができるといわれている。
 
図2. 底質、地形と散乱強度との関係
(拡大画面:18KB)
 
 これらをふまえ、地形歪みの除去技術を確立するため、海上保安庁所有のANKOUサイドスキャンソーナーを用いることとし、資料の収集および整理・分類を行った。
(1)ANKOUデータ
 ANKOUは、海上保安庁海洋情報部が所有する、浅海曳航式のサイドスキャンソーナーである。ANKOUの曳航方法の概略を図2に示す。また、ANKOUの音響的定数を表2に示す。表内の斜字は、本研究で使用したファイルのデータ収録時の設定である。
 
表2 ANKOUのシステム定数
Parameter Value Unit
Port Frequency: 9 kHz
Starboard Frequency: 10 kHz
Beamwidth: 2.5° along track
75° across track
Array Mount Angle: 45° up from nadir
swath width 10.24 km
across-track pixel size 1.25 m
 
 ANKOUで収録されるサイドスキャンソーナーデータと探査幅との関係を図3に示す。図は片側のみの探査幅を示してある。ANKOUは音響データのサンプリング間隔を直下のものほど速く、曳航体から遠くなる程遅くすることにより、船上で収録される生データのピクセルの大きさを等しくしている。
 1回の音波の発信で、片側4,096個のサイドスキャンソーナーデータを収録するため、探査幅が両翼10240mの場合では、片側5,120kmとなり、1個のデータの大きさは、約1.25mとなる。
 
図3. ANKOUによる海底面探査の概念図
 
 また図3に示すように、曳航体が受信するサイドスキャンソーナーデータは、時間で制御されたデータであるため、音波を発信してからデータ収録を開始すると、曳航体から海底面までの海水層のデータが含まれることになる。一般的なサイドスキャンソーナーは、後処理によって
 
図4. データ収録の概念図
 
 この海水層を取り除き、時間で制御された斜距離画像から水平方向への画像の並べ替えを行う必要がある。ANKOUでは、このような斜距離補正による水平方向への画像の並べ替えが終了した形式でデータが格納される。
 また曳航体直下のサイドスキャンソーナーデータは、後方散乱波ではなく反射波となり、品質が劣化するため、画像としてデータを利用することができない。
(2)対象海域と底質データ
 対象とする海域は、熊野舟状海盆西部の比較的平坦な地域を中心として存在する泥火山周辺をターゲットとすることとした。
 当該海域には昨年度までに海上保安庁により収集された、ANKOUによるサイドスキャンソーナーデータ、シービームにより取得された海底地形データが存在する。
 ANKOUデータは、平成15年7月に実施された東部南海トラフ域の測量により収録された。図5はANKOUの計画測線(図中の西北西―東南東の測線)である。また、南北及び東北東―西南西方向の測線はSeaBeam2112による海底地形調査測線である。矩形で示した部分が、泥火山が存在する研究対象エリアである。
 当該海域の泥火山については、東京大学海洋研究所及び海洋研究開発機構が底質サンプリング、ダイビング、その他の調査を実施している。そこで、これらの機関において所有するデータのうち公表済みのデータを用いることとした。
 ANKOUによる海底音響画像を図6に、調査海域のシービームによる海底地形図を図7に示す。
 研究対象エリアを拡大したものを図8に、同じく水深図を図9に示す。また、研究対象エリアに存在する泥火山のグランドトルスデータの情報を表3に示す。これらの泥火山には番号及び名称が付与されている。研究対象エリアには、第3熊野海丘から第7熊野海丘の5つの泥火山が存在する。図8と図9を比較すると、ANKOUの海底音響画像では、第3、第5、第6、第7熊野海丘を確認できるが、ノイズ等の影響により、第4熊野海丘を明瞭に確認することができない。当該海域のANKOUの海底音響画像には、他にも多くのノイズデータが存在しているが、他の海域には同様の現象は見られなかった。
 表3より、研究対象エリアでは、Kuramoto et al., 2001により底質の情報を引用できる。また、東京大学海洋研究所が、第3熊野海丘および第5熊野海丘でコアサンプルを取得している。さらに、第5熊野海丘及び第6熊野海丘の南側部分では、泥火山周辺の一般的な堆積物のリファレンスとしてコアサンプルが取得されている。これらのコアサンプルからは、音速データは存在していないが、密度データは参照することができる。


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