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紙の帽子でお祭り気分に
 さて、先ほどの、学校のそばで学生を雇えばいいという話。これは最初は「日本では誰も来ないだろう」と言われたのです。友達に顔を見られて恥ずかしいだろうからと考えるが、それを突破する工夫、アイデアがある。
 何だと思いますか? 皆さんマクドナルドに何度も行っているでしょうからわかりますね。友達に顔を見られても恥ずかしくないようにすればいい。そのためには立派な制服を着せる。一段高く見せる。
 ここまでは誰でも考えるでしょうが、コストがかかる。藤田さんはもう一歩先を行っています。やったことは紙の帽子です。紙の帽子をポンとのせるだけ。紙の帽子一つ一〇〇円でお祭り気分になるというのです。「私は今お祭りをやっているんです」ということなら、顔を見られても恥ずかしくない。すると学生が来て働いてくれるようになった。それでも最初は遠くの店で働いていたそうです。しかしそのうち、平気で学校のそばで働くようになって、やがてはそれがファッションになった。当たり前のことになって、次は自慢になって、そのとき軌道に乗った。
 軌道に乗せるまでの話のほうが面白いんです。乗ってからよりも。
 ドイツでレストランをやっている友達に話を聞いたら、働いている人は小中学校の女性の先生が多い。先生は暇な時間が多いから、レストランへ行ってウエートレスをやろうと思うが、顔を見られたくない。その後トルコ人を入れたりするのですが、しかし高級レストランはやはりドイツ人のサービスがいい。
 それでドイツ政府はセカンド・ジョブは無税にしたんです。レストランで土日か夜に働く収入は無税ですという制度にした。おかげで働きたい人はたくさん現れたが、しかし隣の町へ行って働くそうです。「やはりドイツ人は顔を見られると嫌なの?」と聞いたら、「そうらしいね」と言っていました。じゃあ紙の帽子をかぶせたらどう? と思ったのですが、それではダメらしい。ドイツ人はクソマジメなのかもしれない。
 つまりドイツはドイツなりであり、アメリカはアメリカなりである。日本はアメリカと近いが、しかし日本も日本なりのノウハウがあるのです。
 なお、日本人が間違えているのは、このセカンド・ジョブの統計がないということです。「ヨーロッパ人は労働時間が短い」とか「収入が低い」というのはファースト・ジョブだけの比較です。私はこういう友人を持っているので、官庁や学者が説くことのマチガイが見えるのです。
 
 さて次は、さらに安くするためにどうするか。店が狭いから回転をよくするためには、椅子を置かない。お皿を出すとゆっくり食べるから、なるべくゆっくり食べられないようにする。そういう工夫がある。しかしそれで「不愉快だ」と思わせないために、最初から「こういう店なんだ」と、ファストフードと名前をつけておく。「手っ取り早いというのは、格好いいことである」としてしまえばいい。
 これは大成功いたしました。椅子がなくてもいい。立って食べて三分間で店を出ていく自分は格好いいんだ。私はビジネスマンだ、忙しいんだというわけです。ビジーは自慢なんだという時代がアメリカでは長かった。
 しかし、何ごともいつまでも続かないもので、アメリカでも「手っ取り早いことは格好悪い」という時代がくる。ベトナム戦争を始める前にその第一波が来ました。あのときアメリカは、文化的にいい国になりかけていたんです。それがベトナム戦争でこっぱみじんに砕けて、ほんとうに一〇〇年ぐらいバックしたと思う。その頃アメリカ人は深く反省しましたので、これで真人間になってくれるかと思ったら、またブッシュ親子で元へ戻してしまった。これは世界の不幸ですね。
 話がそれましたが、アメリカ人にも「エレガントにやろう」という流行が来て、立ち食い方式だけではマクドナルドはもう伸びないというので椅子を置いた。このときの工夫があるんです。皆さんここにいる人は入ったことありますね? 椅子に座ってどうでしたか?
 座り心地が悪いでしょう。悪くしてあるのです。しかしそれだけではない。もう一つある。色が赤い。おしりが冷たいので立ち上がりたくなるようにしてあるが、それを気がつかないように、赤とかオレンジ色に、暖かそうにしてあるんです。プラスチックの椅子で裏にひだが通っているが、あれはラジエーターなんです。冷えるようにしてある。今はちょっと違うんですけれど。
 要するにアメリカ人はステータスシンボルとして、偉い人は椅子のあるところで食べる。ワーキングクラスは椅子のないところで食べる、ということになっていましたから、その区別が大事だった。そこでやっぱり椅子を置きましょう。ただしあまり長く座ってくれては困ります。というので椅子を冷たくしました。しかし暖かそうに見せましょう。数は最小限にしましょう。・・・ですが、いつの間にかだんだん増えてきましたけどね。今は特に日本では、椅子のある店にすっかり変わってしまいましたね。地価下落のせいかもしれません。
 
 言いたいことは、それぐらい商売人はすさまじい努力をしているということです。私はその努力を尊敬しています。尊敬しなければいけないと思いますよ。こういうのを尊敬する心がない人は、一生、学力自慢の貧乏生活を覚悟してそれで暮らしなさいと言いたいのです。
 私は学者とのつき合いが多いものですから、特に奥さま連れでおつき合いすると、ご主人はむやみに威張っています。奥さまもご主人を尊敬しています。けれど、けっこうぼやき出すんです(笑)。「うちの主人は金儲けができない。日下さん、お金儲けの方法を教えてあげてほしい」などと言われる。そこへご主人が寄ってくると、やっぱり一緒になって「儲からない」とぼやく。私はほんとうに意外でした(笑)。金が儲けたければ最初から商売人になればよかったのに、なんで大学に残ったのか、と思います。
 さて、今まではコストを削減して、安く、早くという話ですね。では今度は積極的に儲ける工夫です。それは何だと思いますか? だって皆さん、儲けられていますよ。マクドナルドは安いと思って入ったら、結局六〇〇円も取られるでしょう。「ポテトはいかがですか?」と言われて、つい追加をしてしまう。
 お勧めする文句がマニュアルで決まっている。漫才でもそれをネタにして「マクドナルド・ガールは同じことしか言わない」とやっていましたね。
 
 あと一〇分あるので思い出すことを言いますと、ペレストロイカ盛んなりしころ、モスクワの町にマクドナルドが出店しました。これが長蛇の列で評判になりましたが、一番長いときは数キロという行列だったと聞きました。初めのころ私が行ったときは二〇〇メートルくらいでしたが、その後また大発展したらしい。そのときは販売個数制限をした。一人に四つとか五つしか売らない。すると、買ったらまた後ろへ行って並ぶ、というぐらいヒットしたことがあります。
 そこで私の思い出は、そのちょっと前に、「すかいらーくさん、あそこへ行ってレストランをおやりなさい。儲かりますよ」と、当時の社長に言ったんです。それで部長級を派遣したら、部長は「ダメです」と言った。私の想像では、こんなとこで支店長にされちゃ大変だと思って「ダメ」と言ったのではないか(笑)。
 マクドナルドが引き受けたときは、カナダ・マクドナルドにやらせた。カナダは寒くてモスクワとよく似ていますから。カナダ・マクドナルドは乗り込んでいって、まず食材を調べた。トマトはどうなっているのか、ジャガイモはどうなっているんだ。牛肉はまあふんだんにありますけれども、そういう食材確保から始めて、農村へ行って指導して、契約栽培、契約仕入れのチャンネルをつくってから出店した。
 仕入れルートをつくるという仕事は、共産社会ではないんです。全部国営ですから、自分で行って、ルートをつくり上げるということがすでに革命です。その売り出したハンバーグが美味しかったかどうかなどは、これはもうオマケなんです。
 そういうことをカナダ・マクドナルドの人はした。すかいらーくの人もそれは知っていたはず・・・。知っていたから逃げたのではなかろうか(笑)。
 
 そのとき私は、「じゃあ流通仕入れルートなしでマクドナルドに勝ってみせる方法を考えよう」と思って、こんなことを考えたんです。
 モスクワのマクドナルドの向かいに『日本女性文化センター』というのをつくって、日本女性のファッションの品々を並べて売ろうじゃないか。これはもう、絶対飛ぶように売れるでしょう。
 仕入れはどうするか。私はたまたまスーパーとか化粧品会社の社長に知り合いが多いので、そこへ行って「捨てる商品をくれませんか」と言いました。「おたくの倉庫には服や化粧品の売れない在庫が山になっているはずだ」と(笑)。それは、たたき売りできないのです。「安い」と思われたら新品に響きますからね。「これは高いものである」として売らなければいけない。
 じつはもう一つ社内事情があるんです。「あれは○○専務の命令でやった仕事だ。あの専務がやめるまでは誰も言い出せない。社長にも秘密だ」と、そういうストックがいっぱいある。
 だから人事異動があると、不良品の投げ売りが出てくるのです。ほんとうに、日本はそういう国なのですね。それはそれで良い面でもあるのですが。
 というわけで、そういうのをくださいと言ったら、みんな乗り気です。「ああ、何億円でもあげますよ」。社長も薄々は知っているわけで、専務の責任を問うのは社長としても大変ですから、「これはモスクワを助けるために出す」という見切り処分なら渡りに船で大喜びです。
 ざっと計算して三〇億円ぐらいは約束をもらいました。三〇億円の日本女性文化商品をあそこへ持っていって売れば、それは行列です。私はタダでもらったものを売るんだから、大金持ちになります。
 そのときに向こうの共産党幹部や、あるいは革命運動でこれから幹部になろうという人たちと相談すると、彼らは「ルーブルでもいいんですか」と言う。「いいですよ、そのかわりこのモスクワのビルディングを売ってくれ」と言うと、「もちろん売ります。モスクワのものなのだから、ルーブルで売ってあげます」と。つまり日本の女性の買わないブラウスやストッキングを持っていくと、向こうのビルディングがたくさん買える。「ちなみにあのホテルでもいいか」と言ったら、「ああ結構でございます。我々は今から革命を起こして権力に乗ります。国家資産をたくさん投げ売りして金持ちになりたいのだから、どうぞお持ちください」。
 それで私は怖くなってきた(笑)。これは危ない。ポイポイくれるのをもらうとは、これは私のすることではない。山師のやることである、と思ってやめてしまった。
 ビジネスモデルとコンセプトの話は今回で終わりです。
 次回はまた新しいテーマで話したいと思っています。ご清聴ありがとうございました。







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