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総括提言
アジア・コーストガード・アカデミーの設立をめざせ
提言1 凶悪化する海賊問題を直視し、海上テロを警戒せよ
 アジア海域では90年代以降、海賊事件が多発し、また凶悪化している。同海域には、アジアの最も重要な海上輸送航路であり、日本にとってまさに「生命線」といえるマラッカ・シンガポール海峡がある。日本は船舶の安全航行を確保するため、またアジア地域で海洋安全保障秩序を創造・維持するためにも、積極的な役割を果たすべきである。
 
提言2 軍事力中心ではなく、コーストガードが主導権を発揮する海洋秩序形成をめざせ
 アメリカは、海洋安全保障に対して軍事力中心のアプローチをとっている。これに対して日本の海上保安庁は、アジア諸国とのコーストガードとの連携を進め、信頼醸成メカニズムを始動させてきた。日本が海洋安全保障でイニシアチブを発揮できるのは、警察権と司法権の行使にあることを再認識すべきである。
 
提言3 日本からインドへの安全航路帯を構築する:「コース・ガード」構想の実現を視野に入れよ
 日本にとってエネルギー供給ルートを確保するためには、海洋安全保障を沿岸(コースト)に限定するのではなく、海洋船舶の航路(コース)に注目して、「コース・ガード」を実現する必要がある。海上保安庁を中心としたアジア諸国のコーストガードとの連携をいっそう進め、「コース・ガード」を実現することは、日本の国益にかなうものである。
 
提言4 日本が中心となってコーストガード・アカデミーを設立せよ
 アジアにおける海洋安全保障のためには、アジア各国のコーストガードの強化とその連携は不可欠である。「アジア・コーストガード・アカデミー」は、日本主導でアジア各国のコーストガードを育成・強化し、アジア連携を実現するものである。日本は同構想を通じて、アジアの海洋秩序の形成に大きな役割を果たすべきである。その第一歩として、上級幹部対象の短期セミナーを開催すべきだ。
 
提言5 アジアで次世代リーダーを育成し、ネットワークを構築せよ
 アジア諸国の連携・協力の要となるのが、各国コーストガードの長官や幹部クラスとの意思疎通である。日本が進める人材育成を組織全体に浸透させるためにも、リーダーの育成は不可欠である。次世代をになう優秀な指導者を育てることで、人材育成に継続性を持たせ、アジアの人的ネットワークを維持・拡充していかなければならない。
 
提言6 日台連携を推し進め、台湾をアジア海洋秩序の枠組みに加えるべきだ
 日本とマラッカ海峡を結ぶ航路に位置する台湾が、アジアの海洋安全保障の枠組みから除外されていることは、日本の国益にとって大きなマイナスであることを強く認識すべきである。台湾は海賊対策で日本との連携に強い期待を抱いており、まずは民間財団が中心となって、日台連携の推進を積極的に働きかけることが必要である。
 
アジア海洋秩序形成に向けて日本が主導権を
〜「アジア・コーストガード・アカデミー」構想〜
 本研究プロジェクトは、日本がイニシアチブを発揮し、東アジア海域における安全保障環境の整備・海上治安体制の確保を推進していくにあたり、東南アジア諸国に代表される海洋国家や島国との協力・連携をはかっていくべきだとの問題意識に立っている。
 問題は、こうした「島国の連携」の推進・強化をはかっていくうえで、政策実現の可能性が高く、かつ日本の国益に資する構想は何かということである。さらに、日本の政策イニシアチブが地域全体の利益にもダイレクトにつながるのならば、その政策実現の可能性も高まることはいうまでもないだろう。
 こうした問題意識を出発点に、本プロジェクトは東アジア諸国の海上警備機関(コーストガード)による協力・連携を深め、この分野におけるプロフェッショナルを養成する「アジア・コーストガード・アカデミー」の設立を提言する。
 日本が海洋安全保障でアジア諸国との連携を強めていくうえで最大の問題は、各国とも海上警備機関が未整備で、優秀な人材が不足していることである。アジアの海賊対策やテロ対策で重要な鍵を握るのは、コーストガードにほかならない。「アジア・コーストガード・アカデミー」は、21世紀アジアの海の安全保障を担う人材を育成する場である。アジア諸国のコーストガードを質的に向上させ、各国の連携をはかることこそが、海賊やテロ問題への解決にとって重要な糸口になり、これによって日本は、「島国の連携」を軸とした海洋安全保障の新秩序にむけて第一歩を踏み出すことができる。
 日本の国際貢献という文脈でも、こうした動きは歓迎されるものである。海賊・テロを念頭においた海洋安全保障で、日本が比較優位に立てるのは、軍事力ではなく、警察権と司法権にある。過去の歴史から、日本の軍事力がアジア地域の安全保障に貢献することには、アジア地域には依然として強い抵抗がある。日本がアジア各国と、海洋安全保障の分野で協力関係を構築する場合、カウンターパートして望ましいのは軍事組織ではなく、あくまでも海の警察、すなわちコーストガードである。
 実際に、フィリピン、マレーシア、インドネシア3か国は、日本の海上保安庁をモデルとした海上警備機関を目指している。海上保安庁も各国に海上保安官を派遣して、人材交流とともにノウハウを提供し、日本がリードしてアジアの海上保安協力体制の枠組みづくりを推進している。日本の生命線とも呼べるアジアの海上輸送路の安全確保が、日本を中心とした各国の海上警備機関の連携によって守られるならば、それは日本の国益にかなうものであり、日本としてもアジア各国のコーストガード創設の流れを積極的に支援すべきである。まずコーストガード・アカデミー設立の第一歩として、上級幹部を対象としたコーストガード・セミナーの開催を強く提唱する。
 また中長期的には、各国のコーストガードの創設はアジア地域の安定にも資する。第一に、警察組織としての海上保安機関となれば、日本をはじめとした先進国とアジア各国との二国間レベル、さらには国際組織などによる多国間レベルによる支援が期待できる。日本から支援する場合、政府開発援助(ODA)や国際協力機構(JICA)の技術協力・援助は軍事組織に対しては不可能であるが、警察組織に対してならば可能である。
 第二に、アジアの国々では、いまでもなお海上における国境紛争、民族・宗教に起因した地域紛争が多発している。こうした問題への軍部の直接介入は、国家間の軍事衝突に発展する危険性をはらんでおり、警察権で対処することによって、そのリスクを大幅に低減できる。
 第三に、アジア地域では、国軍が国防と治安の双方で巨大な権限を持ち、国内の利権構造を掌握する傾向がある。海軍から海上保安機関を切り離すことは、国軍への権力の集中を防ぎ、国内の民主化促進という意味合いも持つのだ。
 アジア・コーストガード・アカデミー構想の延長上には、海洋安全保障を沿岸(コースト)に限定するのではなく、海洋船舶の航路(コース)に注目して、「コース・ガード」の必要性があるのではないかとの将来への展望がある。日本にとってエネルギー供給ルート、いわゆる「シーレーン」を確保することは、不可欠である。かつて日本は、冷戦時代に海上自衛隊を軸にしたシーレーン防衛を構想したことがある。しかし、アジア諸国ではシーレーン防衛を軍事的な視点から捉える傾向があった。
 こうしたイメージを払拭するために、「レーン」の代わりに、「コース(進路、走路)」という用語を採用する。つまりシーレーン防衛を、海上保安庁が担当することで「コース・ガード」に転換させるのだ。具体的には、海上保安庁を中心にアジア各国のコーストガードを連携させ、海洋安全保障の「コース」を設定する。
 将来において「コース・ガード」を構想する際、その大前提となるのは「アジア・コーストガード・アカデミー」の設立にほかならない。本アカデミーの設立と実績を基盤に、はじめて「コース・ガード」を具体的に構想することができるからである。政策実現がすぐに可能な「アジア・コーストガード・アカデミー」構想は、これから日本が中心となり、新たな「島国の連携」を模索していくうえで重要な足がかりとなると期待できる。
 さらに、日本が今後、「島国の連携」を進める際、忘れてはならない課題がある。台湾の存在である。日本とマラッカ海峡を往来する船舶は、台湾とフィリピンの間に横たわるバシー海峡やルソン海峡を通過する。しかし、台湾は国連加盟国ではないために、国際海事機関(IMO)のメンバーでもない。また、日本が主催した海賊対策会議にも参加する機会がない。もちろん中国政府が神経質になる敏感な問題であるため、慎重に進めなければならないことはいうまでもない。しかし台湾は世界有数の海運大国である。台湾をアジアの「海洋安全保障」の枠組みから排除したままにすることは、日本の国益から考えても決して賢明ではない。したがって、台湾を「アジア・コーストガード・アカデミー」の参加メンバーにすることをきっかけにして、「日台連携」を積極的に推進すべきである。 「アジア・コーストガード・アカデミー」構想は、東アジア海域でのニーズを前提としたものである。本構想は現実の海洋安全保障問題を反映した構想であり、決して机上の空論ではない。日本の構想力・資金力・指導力が三位一体となって、東アジア諸国との協力で実現することができる。「アジア・コーストガード・アカデミー」によって各国のコーストガードを育成・強化し、日本が主導してアジア太平洋地域における「島国の連携」を推進・強化することは、「海洋国家日本」がアジア地域における「海洋安全保障」に関わっていく橋頭堡となるであろう。







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