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大会を終えて
 財団法人日本太鼓連盟主催による「第5回日本太鼓全国障害者大会」が日本財団の助成事業として、2003年9月6日に東京(青山劇場)において開催されました。主管の(財)日本太鼓連盟関東地区協議会、(財)日本太鼓連盟東京都支部、社会福祉法人富岳会の協力と、厚生労働省、文化庁、東京都等の後援を得て盛況裡に終了いたしております。
 この大会に第一回からご協力頂いております富岳会では、1977年から知的発達に障害を持つ方々の補助セラピーや自己表現方法として、太鼓による療育活動を実践しておられます。このような太鼓の活動が、ハンディキャップのある方々の生活に生き生きとした表情と困難を乗り越える力をもたらすなど、今日まで大きな成果を挙げられております。
 本大会は、この活動に賛同し、日本太鼓を通じ障害者の自立心の向上を図り、心身の健全な育成を目指すことを目的に多くの皆様にご理解いただくため行われたものです。今回は、皇后陛下の行啓を賜わることができ、療育的な見地から日本太鼓に積極的に取り組んでいる知的、身体、聴覚に障害を持つ太鼓団体18チーム、出演者255名が一堂に会し、各チームの代表者による体験発表と太鼓演奏が行われました。
 各チームの体験発表は、自分たちが障害を持ちながらも太鼓との出会いにより、勇気づけられ、友情が生まれ、生き甲斐を見つけるまでの経緯や現在の心境を、ときには手話を介して真摯に語られていたのが印象的でした。また、太鼓演奏は日頃の練習成果を発揮しようと、チームが一体となり、素晴らしいバチ捌きや個性的な演奏を披露し、そのひたむきさに会場を埋めた約1,200名の観客に大きな感動を伝えました。皇后陛下からは惜しみない拍手と激励のお言葉を多くの障害者の方に賜わることができました。回を重ねる毎に人前での動作や態度に自信が溢れてきているのが伺われ、私共としては大変嬉しく思っております。
 また、今回は富岳会の障害者の方々が、趣味や生き甲斐として自然な心で描がかれた、素晴らしい絵画の展示会も合せて行なわれました。
 当財団では、国内外の多くの皆様に太鼓における療育を呼びかけていく所存です。
 開催にあたりまして、事前の準備から当日の運営までご苦労をいただきました、関東地区協議会、東京都支部並びに富岳会の山内理事長をはじめ職員の皆様に心からお礼と感謝を申し上げます。
 今後とも日本太鼓に対し、ご理解とご支援を賜りますようお願い申し上げます。
 
2003年9月
財団法人 日本太鼓連盟
 
―プロフィール―
 「勤労障害者長崎打楽交流団 瑞宝太鼓」です。
 昭和62年、知的障害者の余暇サークルとして発足。知的障害というハンディキャップがありながらも、大好きな太鼓を打ちながら自らの可能性に挑戦し、社会との交流を深め、誰もが住みやすく活気ある社会作りを語りかけています。
 主な活動としては、スペイン・パラリンピック閉会式出演を始め、ニューヨーク国連本部演奏、オーストラリア・ブリスベンフェスタ演奏などの海外公演、また国内全国公演などを実施。2001年4月には、障害者としては珍しい職業芸能集団として、新たなるスタートを切り、年間100回以上の公演をこなすまでになりました。
 希望し、努力し、感謝して生きる、彼らはChallenged(チャレンジド)。限りない可能性に挑戦することを、神から与えられた者として、ここにいらっしゃる皆様とともに、これからも成長していくことでしょう。
 
 
 
 
―実践報告―
 ぼくたちは2年前、プロになった。ぼくたちは、プロの太鼓打ちになることが夢だった。プロは何回かコンサートや舞台でみたけど、すごかった。“ぼくも、あんな風に、かっこよく、うまくなりたいな”胸がドキドキするほど、そう思った。
 でも、“そげんことは100年早か!!毎日の仕事をちゃんとしとらんと、太鼓もできんぞ”と言われた。でも、太鼓が好きだから、仕事しながら、残業しながら太鼓を続けた。
 残業で練習もできなくて、おまけに休みも少なくて、からだもきつかったけど、休みの日に太鼓の依頼があると、すっとんでたたきに行った。
 また次の日、仕事できつかったけど、でもボーと休んでいるより、太鼓をたたきにいく方がずっとましだと思った。でも、だんだん仕事がいそがしくなって、練習もできなくなって、自分で思うような太鼓がたたけなくって、でも会社のおじちゃん、おばちゃんにはめいわくかけたくないし、でも大好きな太鼓はたたきたいし、ぼくなりになやんだ。会社のこと、仲間のこと、給料のこと、将来のこと。
 でも決めた。やっぱりぼくは太鼓が好きだ。どこまでやれるだろうとか、いろいろ心配もあるけど、このままでいたくない。もっと上手になりたい。もっとたくさんの人の拍手がもらいたい。
 あれから2年。最初は本当にこれからどうなるんだろう、と思った。
 はじめて舞台にたった時も涙がでるほどめちゃくちゃ緊張したけど、太鼓を仕事にして、本当に給料がもらえるのだろうか、家賃が払えるのだろうか。太鼓でメシが食っていけるのだろうか、ハラハラしてた。心配になって太鼓を楽しんでたたくことができんことがあった。
 でも、いっしょうけんめい、いっしょうけんめい、汗をポタポタ流して、まめいっぱいつくって、がんばってやってたら、少しずつうまくなった。新しい曲も早く覚えることができるようになった。そしたら、拍手も少しずつたくさんもらえるようになった。おっかけみたいなおばちゃんもできた。年のおわりにはおもなできごとの1つに、ぼくたちの瑞宝太鼓ががんばっていることが新聞にのった。うそみたいと思いながら、とてもうれしかった。
 今、ぼくには3つの目標がある。
 1つめは、コンテスト入賞。去年「第1回東京国際和太鼓コンテスト」に全国100チーム以上の中から選ばれて本選出場をすることができた。でも緊張して頭が真っ白になって、自分たちの演奏ができなかった。涙がとまらなかった。来年こそはとみんなと約束して、今年も本選にでれることが決まった。みんなでばんざいして、今年こそ賞をとるぞとちかった。
 2つめは、三重県でコンサートすること。遠くはなれた三重県でがんばっているおかあさん。そして兄弟たちの前で、ぼくのいっしょうけんめいたたく太鼓をみてほしい、おかあさんによろこんでもらいたい。
 そして3つめは、結婚。ぼくには彼女がいる。なかなか休みもあわなくて、あえることも少ないけど、でも彼女が好きだ。彼女も、ぼくが結婚を前提につきあって下さいっていったら“いいよ”と言ってくれた。みんなも応援してくれてる。
 子どもも好きだし、いいおとうさんになりたい。もっとたくさん給料がもらえるようがんばりたい。大好きな太鼓と、大好きな仲間といっしょに。







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