2005/03/06 朝日新聞朝刊
(社説)全人代 強い中国、悩める中国
今年1月、北京の病院で13億人目の国民となる赤ちゃんが生まれた。10年間で1億人の増加である。GDPも世界で第7位。英国を抜く日も近い。1人あたり平均でも千ドルを超えた。
今年の国防費は、政府発表で前年比16%増の約3兆2千億円になる。
人口も経済も軍事予算も急速に膨張する中国。その行方を世界が見守るなかで、今年も国会にあたる全国人民代表大会が始まった。
温家宝首相が発表した今年の成長目標は「8%前後」だ。経済の過熱が心配された昨年の9.5%より抑えたとはいえ、相当に高い水準である。家計を底上げし、900万の新規雇用を確保するには、これくらいの速い成長が必要だということだろう。
同時に、温首相の演説には、急速な発展がもたらす社会の様々なひずみへの危機感、警戒感もにじんでいた。
何より、都市と農村の格差の広がりだ。不満を募らせている農民たちから重税をとったり、地方の官庁が開発のためにと耕地を取り上げたりしたため、各地で暴動が起きるようになった。
エネルギー不足も深刻だ。停電が増え、工場が操業の短縮に追い込まれる例も目立ってきた。何とかしなければと、公害対策のない石炭火力発電所が次々につくられ、炭鉱はしゃにむに増産する。その結果、大気汚染はひどくなり、炭坑事故が続発する。昨年は6千人以上の炭坑労働者が命を落とした。
上海や北京の目抜き通りに象徴される華やかな中国、「世界の工場」と言われるまでになった中国を支えているのは、実はそんな現実である。
温首相は農民の税負担を減らすことや、省エネの循環型社会をつくる方針を表明した。国民の不満を抑えて社会を安定させるには、豊かにならねばならない。だが、そうしようとすると、あちこちで矛盾が表面化する。胡錦涛政権は庶民の声を大切にする「親民政治」や「調和ある発展」を掲げるが、その道は容易ではあるまい。
中国の石油不足が世界の原油価格を押し上げている。人民元の切り上げ問題は国際市場の重大関心事だ。中国の大気汚染は日本にも影響する。中国経済をいかに安定させるかが、いよいよ世界の問題ともなってきたということだろう。
今年の大会のもうひとつの焦点は「反国家分裂法」の採択だ。内容はまだ公表されていないが、台湾の独立は認めないという強い意思を示すための法律で、台湾を牽制(けんせい)する狙いである。
だが、昨年末の台湾立法院選挙では急進的な独立志向にブレーキがかかり、今年の旧正月に中台双方からの直行便が飛んだばかりだ。中台対話の再開への道をふさぎかねない動きは心配だ。
台湾問題は原則問題だということは分かる。だが、中国自身の多難な経済、社会を思えば、台湾海峡を緊張させることが利益となるはずはない。
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