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私はこう考える【中国について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1997/02/21 朝日新聞朝刊
(社説)一党独裁では限界も 「トウ氏なき中国のあした」
 
 二十世紀の中国と世界に大きな足跡を残して、中国の最高実力者、トウ小平氏が九十二歳で死去した。
 トウ氏はすべての職務から引退した無冠の人である。この数年、公の席に姿を現すこともなく、寝たきりだったようだ。だから彼の死が直ちに中国の大変動につながることはあるまい。
 江沢民総書記を中心とする後継体制は固まり、経済は順調に発展している。悲願だった香港の返還も目前に迫った。冷戦後の世界で、中国の存在はますます重みをましている。今秋の十五回党大会で、江沢民体制はさらに確かなものになるだろう。
 にもかかわらず、中国の人々ばかりでなく世界中が、重大な関心を持って彼の死を見つめ、その影響を考えている。
 トウ氏の進めてきた改革・開放路線が今後どうなるのか。トウ氏を後ろ盾にしてきた江沢民体制が揺らぐことはないか。さらに、二十一世紀の中国はどんな国になっていくのか。その死は、こうした大きな問題と深くかかわりを持つからである。
○「民を食わせた」功績
 トウ氏の最大の功績は、一九七八年に改革・開放政策を打ち出し、これを推進したことである。
 将来、中華人民共和国史が編さんされるなら、彼の功績は、毛沢東に匹敵する評価を与えられるのではないか。毛氏が国を造り、トウ氏は民を食わせたと。
 文化大革命で疲弊した中国の経済を立て直し、世界の国々がこぞって投資をする魅力ある国にした。人々の生活水準を飛躍的に向上させ、どうやら食べていける「小康」状態にまで押し上げたのは、トウ氏の功績である。
 「一国二制度」という独創的なアイデアで、香港の返還を現実のものとした。これは、その先に、台湾の復帰を展望したものだった。
 「改革・開放」にせよ、「一国二制度」にせよ、こうした新機軸は、トウ氏の徹底した現実主義から生み出された。彼のすごみは、イデオロギーにとらわれない思考の柔軟さと、本質を見抜く冷徹な判断力にある。有名な「白猫黒猫論」は、彼の思想の真骨頂といえる。
 イデオロギーでは飯は食えない、生産に役立つものはなんでも使うというのが、トウ氏一流の手法だ。経済特区に資本主義の金を導入して、田んぼと荒野を高層ビルの林立する大都市に変貌(へんぼう)させた。請負制で農民の物欲を刺激し、十二億を超す人々の食糧自給をほぼ達成したのだ。
○矛盾に満ちたトウ路線
 その路線は中国を変えた。しかし、社会主義の枠の中に市場原理を取り込もうというトウ路線は、当然矛盾をはらんでいた。開放政策は、西側世界からの思想の流入をもたらし、改革は、旧来の指導体制やイデオロギーとの衝突を引き起こした。トウ路線は、右へ左へと揺れた。
 改革の加速を求める学生運動が起こり、その対応が甘かったという長老・保守派の批判を浴びて、トウ氏みずから「右の腕」と称した胡耀邦総書記を、切り捨てなければならなかった。
 民主化を求める学生らの運動を武力で鎮圧した八九年の天安門事件では、トウ氏の「左の腕」と言われた趙紫陽総書記を解任した。流血の弾圧と民主活動家の拘束は、国際的非難を呼び、中国の国際社会での孤立を招いた。
 天安門事件は、共産党の一党支配を守るためには、民衆に対する武力鎮圧も辞さないというトウ氏の思想の限界を示したともいえ、彼の生涯に汚点を残した。
 文革を発動した毛沢東が、死去後、その功績が七、過ちが三と評価し直されたように、天安門事件についても将来、評価のやり直しが起こるかもしれない。そのとき、トウ氏の評価は、いまの中国での評価とは異なるものとなろう。そうなると、天安門事件後、トウ氏に抜てきされた江総書記の権威にも影響が出てきかねない。
 天安門事件後の中国の苦境を打開したのも、やはりトウ氏であった。九二年の「南巡講話」で、いっそうの改革・開放の加速を訴え、それ以降、中国は驚異的な経済成長を続けている。ソ連・東欧の崩壊や湾岸戦争など、国際情勢の変化も、中国にとっては追い風となった。
 トウ氏なき中国はこれからどこへ行くのか。それが世界の関心事である。
 まず、七月に英国から返還される香港にはどういう姿勢で臨むのか。言論や結社の自由に制限を加えるのか。それが、ポスト・トウ時代の指導部の試金石となる。
 しかし、長い目で見たとき、中国が再び古い社会主義に戻ることは、まずあり得ない。中国の人々の気持ちはすっかり変わった。「闘争はもうたくさん。豊かになりたい」と庶民は願っている。中国共産党といえども、こうした庶民の気持ちを無視できまい。中国の改革・開放は、もはや引き返せないところまで来たといってよい。
 江総書記を中心とする後継体制は、当分の間はこれまでの路線を継承し、集団指導体制で乗り切っていくだろう。いまのところ、権力闘争を暗示する不協和音は聞こえてこない。江氏は軍、党、政府を掌握しているように見える。
 だが、改革・開放路線といっても、その速度や手法をめぐって、指導者間に微妙な考え方の違いがある。再び権力闘争が起こる可能性も排除しきれない。一党独裁下の集団指導体制は、個人独裁へ移行する過渡的な政治形態に過ぎないことを、歴史は教えている。
 しかし、毛氏やトウ氏のようなカリスマ性のある指導者は、もはや中国には現れないのではないか。情報化時代に入り、ひとびとの価値観はますます多元化している。
○経済と政治の乖離
 社会主義の市場経済が発展すれば、さまざまな所有と経営の形態が生まれる。それにともなって、それぞれの政治的代弁者が求められる。民主化が進まなければ、経済の実態と政治形態との乖離(かいり)がますます進む。一党独裁には限界がある。
 中国社会は階層分化を深めている。都市と農村、発展した沿海部と取り残された内陸部の格差の拡大、チベットやウイグルなどの少数民族問題、軍の強大化など、中国の抱える問題は多い。トウ氏という「重し」で封をしてきたこうした矛盾が、一挙に噴き出す恐れもある。
 政治は一元、経済は多元という「中国の特色ある社会主義」は、彼の死によって、大きな試練に直面することになった。
 隣国の私たちは、中国の安定的発展とともに、民主化の進展を切に望んでいる。中国としても、困難な道とはいえ、経済の発展をはかりながら、着実に民主化を進めるほかないのではないか。
 
 
 
 
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