1994/10/29 朝日新聞朝刊
(社説)中国への援助と外交原則
日本から中国への第四次円借款をめぐる両国政府の調整が大詰めを迎えた。
中国政府が支援を要請した事業は、上海の新空港や北京・上海間の高速鉄道建設など六十九件、総額は五年間で約一兆五千億円にのぼる。日本外務省は実施を三年と二年の二段階に分けたうえ、総額を一兆円程度の水準に抑えたい方針だが、それにしても、一つの国に対する日本の途上国援助(ODA)としては空前の規模となる。
大都市を中心に急成長をとげているとはいえ、中国の国民一人あたりの所得は、二年前の世銀統計で三百八十ドルにすぎない。この巨大な発展途上国を経済面から助けつつ、良好な関係を持続することが、アジアと世界の安定を維持するためにいかに重要か、あらためていうまでもない。
また、中国の市場経済の発展は、日本経済に大きな恩恵をもたらすだろう。
それにもかかわらず、考えるべきことがある。相手国の軍事支出や核兵器の開発、武器輸出、民主化の進展に注意を払うとするODA四原則とのかかわりである。
軍事力の増強や紛争の助長につながる援助を抑制する決意を示したこの原則に照らして、今回の資金協力は私たち納税者を十分納得させうるものだろうか。
過去の戦争認識をめぐる問題をはじめ、いくつかのあつれきを経験しながらも、日中関係は全体として順調な軌跡をたどってきた。近年、中国の軍事動向がそこに影を落とし始めている。国防費の膨張や兵器の近代化、さらには他の核保有国が停止しているにもかかわらず、この一年間に三回もの地下核実験を行ったことに、日本や東南アジア諸国は懸念を深めている。
今春の細川護煕首相の訪中をはじめ、日本側は様々な機会を通じて、経済協力への悪影響を指摘してきたが、今日までの中国政府の対応はとても満足できるものではない。中国側は、北京を先週訪問したペリー米国防長官に、全面的核実験禁止条約締結のめどと中国がしている一九九六年まで実験を続けることを明らかにしたという。
中国の姿勢を支えているのは、経済成長によってもたらされた現在の政治体制への自信だろう。米政権との人権問題をめぐる対立でも、軟化したのは、中国市場を重視した米国だった。中国が日本の批判にこたえて核政策や軍事方針をただちに変える、と楽観することはできない。
では、どうすべきなのか。核兵器の廃絶を願い、東アジアの軍事緊張が高まることを憂慮する日本の立場を、中国側にさらに強く主張し続けることである。
対中援助には確かに特殊性がある。借款を始めた時、中国はすでに核保有国だったし、賠償にかわる性格を帯びてもいた。しかし、だからといって、中国をODA原則の例外とするのでは、日本外交に対する国際社会の信頼は得られまい。
総額六、七千億円とされる当初の三年間の事業案件について、内陸開発や環境保護を重視する日本側の考えは評価できる。成長の過熱や地域的偏りが心配されているだけに、なおさらだ。しかし、それだけでなく、民生の安定こそが国づくりに役立つことを率直に伝えるべきである。
核実験への抗議が何度も無視されながら大規模な資金協力が続けば、日本の国民感情の悪化は避けられないだろう。それが長期的には日中関係の基盤を損なうことも、中国側に説明する必要がある。
対外援助は、軍事的影響力の行使や武器輸出をしない日本にとってきわめて有効な外交手段であることを忘れてはならない。
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