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1994/09/30 朝日新聞朝刊
(社説)中国の党は生き続けるか
中国は十月一日、建国四十五周年の国慶節を迎える。すでに天安門広場には、巨大な竜の飾りが造られた。広場の隣にある革命博物館では、最高実力者、トウ小平氏の大型写真展が催され、トウ氏の高度経済成長路線をアピールしている。
毎年巡ってくる国慶節だが、建国後五年ごとに「小慶」、十年ごとに「大慶」として、盛大に祝うのだと説明されてきた。十年前の一九八四年の国慶節は、大規模な軍事パレードが行われ、トウ氏がオープンカーに乗って閲兵した。
八九年は「大慶」の年に当たっていたが、この年の六月に天安門事件が起こり、大々的な祝賀行事は催されなかった。軍による流血の鎮圧のあとだけに、祝賀ムードはなかった。
今年はまた「小慶」の年に当たる。だが、軍事パレードは行われないという。中国の脅威であったソ連は解体し、西側との関係も改善されて、いまや軍事力を誇示する必要はなくなったのだろう。経済の発展とともに、人々の生活水準は向上し、天安門広場にもはや緊張感はない。
国慶節の直前、中国共産党中央委員会の第四回全体会議(四中全会)が開かれた。
内外ともに順調に見える中国だが、四日間にわたる会議で論議されたのは、インフレや国有企業の改革といった当面する経済の問題ではなかった。十四回党大会で確定した「社会主義市場経済」の下で、共産党はどうあるべきか、どのような役割を果たすべきか、という問題であった。
会議の結果、党の指導力、組織力を強化する「党建設の強化」が決定された。
「決定」はいう。
「わが党を、中国の特色を持つ社会主義の理論で武装し、風波に耐え、時代の先頭を歩むマルクス主義の政党にする」
「民主を基礎とした集中を強化し、中央の権威を守る」
「才徳兼備(専門知識と共産主義思想を兼ね備える)の人材を登用する」
こうした「決定」を採択した背景には、共産党幹部の腐敗、貧富の差の拡大などによる社会主義思想や信念の動揺などがあるようだ。地方は中央の言うことを聞かず、下部組織が上部組織の指令に従わないという現象も起こっているらしい。
逆に見れば、こんな「決定」をわざわざ採択しなければならないほど、中国共産党の組織は苦境に陥っているといってよいのではないか。
「経済は多元化、政治は一元化」。つまり、さまざまな所有や経営形態を認めるが、共産党の実質的な一党支配は手放さない、というのがトウ理論の核心である。
いま中国には、社会主義的な国有、集団所有の企業とともに、個人企業、農村の郷鎮企業、外資との合弁、百%の外資企業、農村の生産請負制などが混在している。だが、それぞれの利益を代弁する政治組織はない。民主党派はあっても、共産党の指導に従わなければならないのだ。
今度の「決定」によって、共産党は緩んだタガを締め直した。これでいずれやって来るポストトウ時代への布石を打った。
しかし、経済や社会が多元化するのに、政治や言論の一元支配が、いつまで続くだろうか。
ソ連崩壊後の世界の流れは、間違いなく政治の民主化、言論の自由化へ向かいつつある。中国が社会の安定を維持しつつ、民主化へ軟着陸するのが望ましいとすれば、今回の「決定」は、必ずしもこの方向に沿ったものとはいえまい。
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