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1994/05/28 朝日新聞朝刊
(社説)苦しい選択、人権か市場か
毎年この時期に、人権とからめて更新の是非が問題となる米国の対中最恵国待遇(MFN)について、クリントン米大統領は、今後は人権とMFNは切り離し、事実上無条件で更新すると発表した。高度成長を続ける中国の市場の魅力が、人権への関心を上回ったのであろうか。人権外交を推し進めてきたクリントン政権の苦渋に満ちた選択であった。
もともとMFNとは、通商、関税などについて、第三国に比べ不利にならない待遇を与えることである。米国は中国と国交正常化後、自動的にこれを更新してきた。だが、八九年の天安門事件で米議会は、人権問題の改善を条件に更新を議決したが、ブッシュ大統領はこれを拒否した。
ブッシュ政権の対中政策を批判して登場したクリントン大統領は、昨年の更新の際、人権改善について七項目の条件を付けた。それは(1)出国の自由促進(2)受刑者労働による製品の輸出禁止合意の順守――などで、これに顕著な進展が見られなければ次の更新はしないことになっていた。
これに対し中国は、数人の民主活動家の出国を認めたり、刑務所の視察を許したり、わずかばかりの譲歩はしたものの、三月のクリストファー米国務長官の訪中に合わせ、民主活動家を拘束するなど、強硬姿勢を崩さなかった。それには、中国の経済が好調で、西欧や日本が相次いで中国市場へ参入しているという背景があった。
米国のビジネス界には「このままでは、米国だけが後れを取る」という危機感が高まった。MFNを更新しなければ、将来、中国の民主化を担う中産階級が育たない、という声も大きくなって来た。
人権か市場か――クリントン政権は板ばさみとなった。そのうえ朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核疑惑では、中国の協力が不可欠だ。だから人権の改善は不十分と認めつつ、「長期的な人権改善」のためとして、MFNの更新を選択した。
MFNを人権とストレートに結びつけて、二者択一を性急に迫る米国のやり方に、かねてから疑問の声が出ていた。MFNは経済の問題であり、更新しなければ米中双方に損害が出る。
なるほど人権は普遍的な価値であり、米国の目指す方向は十分評価されて良い。しかし、その国、その地域の人権状況は、それぞれの歴史や文化、宗教などと深く結びついている。アジアの人権状況の改善は、時間をかけて、さまざまな方法で進めるほかはあるまい。
最近の米国の対アジア外交に対しては、相手国の事情を深く考えず、米国の主張を押しつけて反発を買うケースが多い。むち打ち刑をめぐるシンガポールとの軋轢(あつれき)、労働問題と通商問題を結びつけることに対する東南アジア諸国連合(ASEAN)の反発などだ。米政権内部にも、アジア政策を批判する意見も出ている。
米国は人権外交の進め方を現実路線に転換した。今後、米国のアジア外交全般の見直しが始まるとすれば、米国とアジア諸国との関係は改善に向かうだろう。
一方、中国はこれで人権問題が片づいたと思ってもらっては困る。経済の高度成長のかげで、人々の人権は依然厳しい制約の下に置かれている。人々の生活に余裕が生まれれば、それに見合う政治的要求が出てくるのは当然なのに、政治の民主化はいっこうに進んでいない。
今後、中国が「外圧」ではなく、内部からいかに人権状況を改善するか。それが中国の将来につながっている。
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