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1992/01/28 朝日新聞朝刊
(社説)中国の積極外交を注目する
ここ1年余り公の活動が伝えられず、健康悪化説もくすぶっていた中国の最高指導者、  小平氏の健在が確認された。南中国にある経済特区の深センと珠海を、家族とともに悠々と視察しているそうだ。
自らが生みの親でもある経済特区を久々に訪れたのは、改革・開放の近代化政策がもはや後戻りできないものであるということを、改めて内外に示す意図ではないか。早速、こういった観測が流れている。
深センで一番高いビルに上った  氏は、隣接する香港の方向を見やったと伝えられるが、はるかに展望しようとしていたのは、それだけではなかったのではないか。
冷戦構造の崩壊、ソ連の消滅というまったく新しい国際情勢と、国内的には89年の天安門事件によってこうむった痛手をどう乗り越え、どこに今後の進むべき道を見定めてゆくか。唯一の社会主義大国となった中国は重大な岐路に立っている。満87歳になった老練政治家は、そういう思いにもとらわれていたのではないか。
その中国の対外政策が、にわかに積極化してきたことに留意しておきたい。天安門事件による西側の経済制裁をどうやら終わらせるめどをつけ、守勢一方だった外交を攻勢に転じようとの狙いがのぞく。
イスラエルと国交を樹立し、南アフリカ共和国とも急接近した。李鵬首相の欧州4カ国訪問、ニューヨークの国連安保理首脳会議参加は、89年以来初めて中国首相の欧米訪問が実現したことを意味する。
中国の目下のところの世界情勢認識は、「世界は新たな動乱にある」というものだ。米ソ対決という旧秩序は崩れたが、新秩序はまだ形成されていない。しばらくは様々な矛盾が噴き出し、多様な勢力が秩序の組み直しに動くと見ている。
 小平氏の当初の指示は、「決して先頭に立つな」「目立ったことをするな」というものだった。外交面では「敵はつくらず、友人をつくれ」というもので、国際的な圧力をかわせという狙いがあった。
こうした方針から、昨年までは日本を含めたアジア近隣との外交関係修復が重点的に取り組まれた。その外交目標が、さらに全方位型に拡大されたといえよう。
湾岸戦争直後の中国には、世界が米国の一極支配体制になるという危惧(きぐ)がみなぎっていた。そのためにイデオロギー的な防衛政策が必要であるといった見解が、保守派指導者らから強く主張された。
だが現在は、そうした見方は後退しつつある。米国だけでは世界はまとめきれないとの見解が有力になってきた。そこに中国の役割、とくに第三世界を背にした国連安保理常任理事国としての役割を見いだせるとの認識が芽生えている。そうした、ある種の「自信」が、このところの積極外交の背景にあるようである。
もちろん天安門広場の弾圧に世界の世論はなお厳しい。その意味では月末にニューヨークで実現しそうな李鵬首相とエリツィン・ロシア大統領、そしてブッシュ米大統領との会談の行方を注視したい。
年明けの中国の政治情勢は、秋の第14回党大会に向けて保革の主導権争いが活発化しそうな気配だ。  小平氏の特区視察に見られるように、いまのところは改革派が攻勢をとっているようである。
ただ保革両派は開放政策の堅持と、総合的な国力強化によって、ソ連消滅といった激動にも対処してゆくとの点では、コンセンサスを見いだしているようである。積極外交への転換は、そうした内政の動向を反映しているとも読めそうだ。
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