【北京1日=田村特派員】1日は中国の人民解放軍の63周年の建軍記念日。昨年の民主化運動を武力鎮圧したことでも改めて証明されたように、解放軍は中国の行方を左右する隠然たる力を持っている。1日付の軍機関紙・解放軍報は「軍と民間の団結は勝利の基本」と題する社説を掲げ、軍の人民への奉仕の必要性を強調した。最高実力者の

小平氏の号令で、解放軍は1980年代に革命の軍隊から国防軍への近代化の道を歩み始めたが、経済建設優先の下での国防予算の抑制や100万人兵員削減などは軍内に多くの不満を残した。天安門事件後は

氏と運命共同体的関係にある楊尚昆国家主席が実質的に軍をまとめ、今年前半には上層部の大幅な異動を行ったが、これも新たな火種となったようだ。
解放軍では今年4月から5月にかけて、楊国家主席(共産党中央軍事委第1副主席)と実弟の楊白冰軍総政治部主任(党中央軍事委秘書長)の楊兄弟によって、中央の一部と地方の7大軍区のトップの5年ぶりの大幅な異動が断行された。昨年の天安門事件の論功行賞人事と楊兄弟に近い人脈の登用が特徴だ。
建軍記念日の前日の31日夕には国防省によるレセプションが北京の人民大会堂で行われ、軍のトップが出席した。出席者の顔ぶれから、海軍政治委員の李耀文上将が勇退し、海軍副政治委員の魏金山中将が昇格、さらに第2砲兵部(ミサイル部隊)政治委員の劉立封中将が勇退し、後任に総後勤部政治委員の劉安元中将が横すべりしていることが新たに判明した。レセプションには楊白冰氏は出席せず、楊氏は同じ日に総政治部で独自に各地の愛軍代表との座談会を開いており、西側軍事筋に奇異な印象を与えた。
一方、6月下旬に虫垂炎の手術のため入院した楊尚昆氏は7月中旬には退院、

小平氏と共に渤海沿いの避暑地・北戴河に滞在している。楊氏は退院直後から北戴河などで軍人を接見、しばしばテレビにも登場して、健康不安説による軍の動揺を抑えるのに躍起になっている。
中国筋によると、昨年の天安門事件により軍内の威信が低下した

氏には楊氏の力が必要となっており、

氏は楊兄弟による強引ともいえる軍の異動を容認した。一方、楊氏にとっては、こうした異動による楊兄弟への反発を抑えるのには、まだまだ

氏の力が有効といえる。
共産党の上層部では昨夏失脚した趙紫陽前総書記の処分問題や党と政府の人事などをめぐり、保守派と改革派の権力抗争の動きが見え隠れしている。権力抗争のカギを握るのは解放軍だが、まだ明確な意思表示には至っていないようだ。
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