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三嶋ろうそく店研修
日時/平成16年10月14日
場所/岐阜県飛騨市古川町
 
 七代目になるご主人は、木桶に入った蝋を丹念にかき混ぜながら、笑顔で迎えてくださいました。
 初めて見るこの作業、仕上げに使うために二時間くらい休みなく混ぜ続けると、ハゼ蝋は、漆蝋に比べて粘り気があり、緻密な組織をもっているので、しだいに粘りを帯びた深い緑になり、それを手で絡めていくのだそうです。
 古川町は、岐阜県の北部、富山県よりに位置し、観光地で有名な白川郷や高山に近い町で、古い町並みを残した静かな町です。
 朝七時に金山町を出発して、ほぼ七時間かけて目的地に到着しました。かねてからの希望であったろうそく作りの現場を視察できることになり、期待に胸を膨らませて玄関をくぐりました。
 昔ながらのたたずまいの“三嶋和ろうそく店”は、江戸時代から続く老舗の手作り和ろうそくのお店です。玄関を入るとオープンスペースになり、畳の上に商品が並ぶ店舗側と土間をはさんで三畳ほどの仕事場がありました。
 
 
 私たちがイメージしていた密閉された部屋とは、ほど遠い環境の仕事場で、使い込まれた古い道具が並び、蝋でツヤツヤになった板場はお店の歴史を感じさせてくれるものでした。
 私たちの中で一番の問題点は、蝋がけをする密閉された部屋での作業でした。
 手探りで始められた作業は、よく分からないままに温度をかけ、部屋の内外を暖め、冷たい空気が室内に入らないようにしていました。そのため部屋の内部は、高温多湿状態になり、体にかかる負担がとても大きく、続けていくことに不安がありました。
 その点を質問すると、真夏と冬以外の○度〜二十度の間が適温で、特に密閉されていなくても大丈夫だという話でした。ハゼと漆の蝋の違いはあるにしても、昔は漆も使われたことがあるという事で、私たちも参考にできるのではないかと思いました。室温にこだわらずに作業ができたら、ずっと効率よくできるはずです。私たちにとっては大きな収穫でした。
 
 
 
 
 
 本来なら、一般町民などを交えて漆が生活の中でどのように活かされてきたのか、漆蝋が使われていた頃の生活文化はどうだったのかを調べるという企画でした。しかしながら、募集をしても参加者が集まらないというが現状です。漆はかぶれるというイメージが強く、興味を引くのにはもう少し工夫が必要でした。
 そこで会員で出来ることを考えました。
 現在参加している人たちは、昔金山町でローソク作りをしていた頃を知らないので、全く手探りの作業です。誰かにお話だけでも聞きたいというのが、かねてからの希望でした。
 
 県立博物館の漆に詳しい学芸員にお願いして、県内で最後までローソク作りをしていたという人を教えていただきました。
 やっと探しあてた先生は八十四歳。お目にかかる機会をつくるまでに一ヶ月かかりました。
 平成十六年十一月九日(火)耶麻郡高郷村揚津小ケ峰 佐藤 留久さんのお宅を訪ねました。
 金山町から車で約一時間。こんな近くにいらっしゃったのなら、もっと早くに会って指導を受けたかったと悔やまれます。
 佐藤さんは、昭和三十七年頃まで漆の実を絞ってローソク作りをしていたそうです。自宅のそばに蝋絞り小屋(釜屋)と呼ばれる作業小屋を建て、そこで蒸したり、絞ったりの作業をしていたそうです。現在は、会津民俗館にそっくり移築され、道具も寄付されました。
 
《お話の一部》
 ローソク作りは秋の農作業が終った後、漆の実を集めることから始まります。
 近隣の漆の木を持つ人から、もいだ実を集め、それと交換に出来たローソクを届けることもありました。昔はもっとあちこちに漆の木があったので、容易に集めることが出来ました。晴れた日にムシロに広げて実を乾かします。
 ほとんどの作業を一人でやっていました。ロウソク作りの日は、朝早くから夜遅くまでかけて、一日に約三〇〇本作りました。一回に十本ほどを持って順繰り掛けていくと乾き具合がちょうどいいようです。先の方を太く下を細く仕上げていくため、最初に先の方だけ数回かけます。それからバランスを見て全体に蝋をかけていきます。
 蝋を掛けたクシが抜けなくなったら、懐や背中に入れ体温で暖めると、その温度で蝋がゆるみクシが抜けることがある。また衣服についた蝋は、熱い湯の中にアク(灰)をとかしてその中で洗い、手についた蝋はアクでこすると落ちる。(この二点は、後日大いに役立ちました。)
 
 佐藤さんのお宅は、高郷村でも中心地よりかなりはずれ、山ぎわに六戸がひっそりとかたまって建っている静かな所にありました。
 昔ながらの曲がりやを改築された様子で、広い玄関の一部は作業場としても使われたそうです。私たちが通された部屋は、今ではあまり目にすることも出来ないような太い梁や磨かれた柱、戸棚、自在カギ、そして昔むかしのラジオ。ろうそくを作っていた当時の生活や作業のお話を聞くのに、それをイメージできるような、とてもいい雰囲気のお宅でした。
 それから、佐藤さんが作ったろうそくを見せていただきました。最後に残った一本。四十年以上も前に作られたろうそくは、今でもしっかりとし、私たちのものとは比べようもないプロの仕事でした。日頃、疑問に思っていた事を問い、作業のヒントになるお話もたくさん伺うことが出来ました。やはり“漆のろうそく”を作っていた人の話を聞くというのは、大きな励みになりました。
 帰路、昔、佐藤さんの家で使われた民具などが展示されているという高郷村郷土資料館を訪ねました。その当時絞られた蝋の塊、ろうそく、生活用具の数々を見てきました。漆が塗られた道具類は、時を経ても充分美しいものでした。







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