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海の子ども文学賞部門選評
十川信介選考委員長
 大賞の「海ん婆」はいくつものエピソードを重ねて、巧みに彼女の人柄を浮かび上がらせた。海辺を汚す不心得者を許さぬ強い姿、東京の息子が送ってくる品物を大切にしまいこむユーモラスな姿、ひな祭の日の淋しい姿。最後にスカートをはいて上京する姿はおかしく、同時に、その心情にほろりとさせられるところがある。やんちゃな「クソ坊主」どもが、次第に彼女に心服していく過程もよい。
 「いつか、未来の海で」はジュゴンに魅せられた日米少年の友情物語。死滅寸前のサンゴが基地の海底では甦りつつあるという設定には、重い現実の問題が暗示されている。「海のでんわにきをつけろ」は低学年向きの読物。文章はリズミカルで、タコたちのハチャメチャな騒ぎが楽しい。
 
 低調で「大賞なし」に終わった前回に比べ、今回の最終候補にあげられた十篇は個性豊かで、題材も比較的バラエティに富んでいた。高学年向けのリアリズム系が六篇、低中学年向けの童話が四篇という比率もほどよかったが、文章力はあってもストーリーが型にはまっていたり、題材は異色でも文章が稚拙な作品から外していき、大賞には『海ん婆』、佳作には手堅いリアリズムで沖縄の海を描いた『いつか、未来の海で』と『海のでんわにきをつけろ』を推した。
 コミカルな童話『海のヤドカリ、岡のヤドカリ』も面白かったが、文と絵が半々の感じでマイナス。文だけで書いてほしかった。『この夏、ぼくが見たこと』の作者は筆力に恵まれながら、運びやまとめ方に難。次回に期待したい。
 
 今年は、迷いもためらいもなしに「海ん婆」(菅原裕紀)を入賞作とすることが出来て、心安らかであった。生活風俗的には反時代的だが人間の本質的な良心に忠実に生きている豪快な老女の姿を、美事に切り取って見せている。かつて、〈伝承民話〉に対して〈現代民話〉という方法が主張されたことがあるけれど、その一作と見てもよいだろう。
 「いつか、未来の海で」(新垣勤子)は、国家的立場を異にする少年たちの触れ合いに、安易な回答を与えなかったことで迫真力を強くした。「海のでんわにきをつけろ」(渡辺ふき乃)は、人間=腕二本、哨=腕八本による〈価値の逆転〉が面白い。
 ほかに、好感の持てた作品として、「人魚の涙」(坂口みちよ)、「この海が好きだから」(平石純子)、「この夏、ぼくが見たこと」(鰍沢まりこ)があったことを記録して置く。
 
 大賞の「海ん婆」は、主人公の老女のユニークなキャラクターが、子供の視点から生き生きと描かれている。
 佳作の「海のでんわにきをつけろ」は、海岸でみつけた電話によって主人公が海中に導かれるというアイディアが面白い。タコの世界で仕事をさせられる子供の体験がリズミカルな文章で描かれている楽しい作品である。
 佳作の「いつか未来の海で」は、言葉が違っても思うことは同じという主題が、沖縄という舞台を得てうまく語られている。
 選にもれたが、「クニと海の思い出」は印象深い作品であった。戦争の始まる直前の子供時代の思い出が、そこだけスポットライトを当てたように鮮明に描かれ、その後の暗い時代との対照が際だっていた。
 「海のヤドカリ、岡のヤドカリ」も面白く読んだ。生物進化の過程で海と陸に分かれたヤドカリどうしが助け合う結末に納得した。
 
第一回
【小説部門】
大 賞 『ラ・プンタ』松本十九(千葉県)
優秀賞 『迎え火』大浜のり子(北海道)
『海の幸』有馬すえみつ(東京都)
次 点 『帆翔 アホウドリ』三上悦雄(茨城県)
『ワイヤーフレームの船』鈴木大介(静岡県)
【ノンフィクション部門】
大 賞 『島へ』片平恵美(埼玉県)
優秀賞 『浜田国太郎と船員最初の労働争議』井出 孝(茨城県)
『叫べ!咸臨丸』合田一道(北海道)
次 点 『キャプテン・コミネ』岩本洋光(東京都)
【童話部門】
大 賞 『こだぬきダン海へ行く』森田 文(埼玉県)
優秀賞 『海ぼうず』斉藤ヒサ(秋田県)
『うみはうみいろ』川北亮司(埼玉県)
次 点 『くじらのオーさん』村上ときみ(東京都)
『うみにふるゆき』みやかぜひかる(山口県)
 
第二回
【小説・ノンフィクション部門】
大 賞 『長い一日』(小説)大岩尚志(新潟県)
佳 作 『海人万華鏡(うみびとカレイドスコープ)』(ノンフィクション)あん・まくどなるど(宮城県)
『照洋丸新聞』(ノンフィクション)佐伯友子(神奈川県)
『底荷』(小説)斉藤洋大(愛知県)
【童話部門】
大 賞 『太良(たあら)の海の青い風』本明 紅(沖縄県)
佳 作 『海王丸の航海』吉村健二(埼玉県)
『おじいちゃんの海』野口麻衣子(京都府)
『二階は海のそこ』くぼひでき(広島県)
【特別賞】(第二回より創設)
作 家 白石一郎







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