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第八回海洋文学大賞特別賞
受賞者
画家・海事評論家 柳原良平
受賞理由
 船や港のイラストや著作を通して、多くの国民に海や船への関心を高めた功績。
 
プロフィール
柳原良平(やなぎはら・りょうへい)
 昭和六年(一九三一年)八月、東京生まれ。京都美術大学卒業。大学を卒業後寿屋(現サントリー)宣伝部に入社、「アンクルトリス」シリーズで一世を風靡。子供のころから船の世界にのめり込む無類の船キチ。「良平の船の博物館」、「船キチの記」、「良平の東京湾みなとスケッチ」など船や港に関する著作が多数ある他、昨年十二月には船キチ歴五十五年の集大成としてエッセイ集「船キチの航跡」を発刊。昭和四十五年に横浜文化賞を受賞。また、平成二年には海事思想普及の貢献により運輸大臣より交通文化賞を受賞。神奈川県横浜市在住。
 
選考委員 作家 半藤一利
 
 柳原さんといえば、アンクルトリスで有名であるが、本職は海と船の画家であり文筆人なのである。最新刊の『船キチの航跡』の「まえがき」で柳原良平さんはこう書いている。
 「平成元年、日本では本格的なクルーズ船が建造されてクルーズ元年と呼ばれたが、この時に海事プレス社が一般向けの雑誌『クルーズ』を創刊した。創刊号から休まずエッセイを連載している」
 つまり柳原さんは現役なのである。これまでの特別賞はいくらか功労賞的な色彩のほうが強かったが、今回はまさしく芭蕉ではないが、いまも「船の上に生涯を浮かべ」ている海の男への授賞である。おめでとうございますと心からお祝いしたい。
 周囲を海に囲まれ、しかも資源にとぼしい狭い日本にとって、船の重要性はいくら強調してもしたりない。そこで「海事思想の普及」がつねに叫ばれるのであるけれども、そんな言葉は上からの押しつけを感じさせ、シラケるばかりでよくない、というのが柳原さんの持論である。海や船や港に関心をもってもらおう、それでいいのではないか、と。
 そんな願いから、楽しく船や海や港のことを知ってもらおうと、やさしい文章と軽妙な絵による、ほぼ六十年を数える柳原さんの啓蒙活動はつづいている。これは口でいうのはたやすいが、誰にでも出来るという生易しいものではない。ほんとうに海が好きで、船を愛している人だけがやってのけられる偉業というものなのである。
 まだ雑誌の編集者であったころの昭和四十二年、柳原さんの船の本の出版記念パーティに出席したことがある。その席上で、大勢の海洋関係者に囲まれて、柳原さんは名誉船長の辞令をうけ、金筋を一本ふやした船長服を着て壇上に立っていかにも嬉しそうであったことを覚えている。こんどの特別賞贈賞式にも、その名誉船長服を着てきっと登場するであろうと、いまから楽しみにしている。
 
十川信介選考委員長
 「宗谷丸の難航」は、敗戦直後に台風の中を突き進む青函連絡船・宗谷丸と、そこに乗り合わせた兄弟の奮闘記。やや生硬な表現も目につくが、頭上から襲いかかる波浪や、海底の岩角に激突するかのように翻弄される船の描写の迫力と、くわしい資料調査とがそのマイナスを補ってあまりある。
 「南風(まぜ)の海」は海面清掃船という、本賞では初登場の題材。台風で紀ノ川沿岸から流出した三百本のガスボンベや大量の豚の死体と格闘する新米回収員の活躍がめざましい。
 「コーラル・アイランド」は、東京のサラリーマンから沖縄の水中ガイドヘの転職という設定に安易な点があるものの、恋人の祖父の心にひそむ戦時中の傷痕が印象に残った。
 
 大賞は、戦後の青函連絡船を描いたものであった。少年の冒険物語にもなっているし、なにより時化の描写が圧巻であった。海は、ただ美しく静かなだけではない。
 佳作二編は小説であった。『南風の海』は、海面清掃船というのが、実に斬新で、眼を開かされた思いだった。海の仕事にも、さまざまあるものだ。『コーラル・アイランド』は、よくある話だが、文章に難がなく、無理なく書かれているところがよかった。
 総じて小説は書きこみが足りないが、候補作の中に歴史小説が一本あった。歴史を小説で扱うのは、至難である。既成の人物像をどこかで越えることが、条件のひとつになるからだ。それを頭に入れ、再挑戦して欲しい。
 
 およそ暴風雨の描写ときたら、いままでは滝沢馬琴『里見八犬伝』か、幸田露伴『五重塔』にトドメをさすと決めていたが、「宗谷丸の難航」を読んでびっくり仰天し、考えを新たにしなければいかんな、と痛感させられた。といって、馬琴や露伴を凌ぐとは申しかねるが。とにかくうまい下手は別にして、暴風雨だけを書ききった見事さ。あとで知ったが、高頭さんは御ん歳が七十四、このエネルギーには脱帽した。
 「南風の海」は、世にこういう地味にして大切な海の仕事があるのか、という発見がまず私を喜ばした。やや単調なところがある、というのは余計な批評だと思わせる事実の重みがある。「コーラル・アイランド」は沖縄の海がよく描けている。ストーリーも面白いがとにかく単調すぎる。物語にはヤマがなくちゃ、強い感動は与えられない。残念でした。
 
 新しく選考委員に加わったため、今年の作品が例年と比べてどのくらいのレベルなのかわからず、相対的に評価せざるを得なかった。
 『宗谷丸の難航』の古風な文体は、嵐の海を描写するのに合っていて迫力がある。船長の視点と兄弟の視点を交互に描くのもいい。大賞として第一に押した。『コーラル・アイランド』はタイトル、内容ともパターンにはまって、淡々とし過ぎているところがある。『南風の海』も同様に、物語の時間経過は濃淡なく進む。共に惜しい。描くべきポイントを絞り、あるシーンは克明に描写、あるシーンはあっさり流すように書けば、実に素敵な作品に仕上がったのではないか。特に『南風の海』における、流れたガスボンベが何百と海上に顔を出し、互いにぶつかり合うシーンなど、読んでいて頭の中で音が響き合うようで、異様な美しさがある。こんなシーンを的確な文章で描写できて始めて、作品は文芸としての価値を持つ。
 どれも楽しく読ませていただき、思うのは、やはり海には書くべきテーマが無数に転がっているということだ。







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