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海洋文学賞部門佳作受賞作品
『コーラル・アイランド』
坂西 夏果(ばんざい・なつか)
本名=坂西照代。一九六四年東京都生まれ。武蔵大学人文学部卒業。旅行会社勤務、旅行雑誌制作を経て現在主婦。京都・八橋一郎小説教室にて小説執筆の勉強中。兵庫県尼崎市在住。
 
 みごとなテーブル珊瑚(さんご)の群生だった。
 三メートル級の珊瑚がびっしりと隙間なく連なって、吉川直也の視線の届く限りその場を埋め尽くしている。
 太陽の光はまだ五月だというのに容赦なく水面下まで伸びてきて、一面に広がった緑の鮮やかさを際だたせているようだ。周囲には珊瑚を拠り所としている、青や黄色の色鮮やかなトロピカルフィッシュが、吉川たち闖入者(ちんにゅうしゃ)を恐れる様子もなく群れ集まっている。
 いかにも華やかでやさしい南国の海のイメージを彷佛とさせる光景だった。
 亜熱帯の沖縄でダイバー相手の水中ガイドの仕事をしている吉川にとって、珊瑚が連なった光景はそれほど珍しいものではない。むしろ見慣れた景観だった。
 そんな吉川でも目を見張る思いなのは、珊瑚の巨大さが作り出す迫力に圧倒されたからだろうか。
 海中の世界には潜るたびに、新しい発見と驚きがあったが、胸の奥底から突き上げてくるような興奮を味わったのは久しぶりのことだった。
 我に返って隣をみると、バディを組んだ中村健一も目の前の思いがけない光景に呆然としている様子だった。きっと中村にとっても予想外の収穫だったに違いない。
 お客を案内する、新しいダイビングポイントを探す為、試しに潜った場所だった。
 全国的にダイバーが集まってきて、あらゆるところを潜り尽くしたかのようなこのK諸島にあって、これほど手つかずの珊瑚の発見は奇跡に近いことのように吉川には思えた。
 一メートル近い大型の亀が彼方の水面から現れ、流れに乗って悠々と吉川の存在など気にする風でもなく、そばを通り過ぎた。まるで竜宮城だな。一瞬、その亀を追いかけて甲羅につかまって自分も流れに乗って遊びたい衝動に駆られたが、残念なことに時間切れだった。残圧計を見ると空気がほとんど残っていない。
 吉川は慌てた。中村に浮上のサインを出すと、今一度、名残を惜しむように周囲を一瞥し、水面に向かってフィンを蹴り始めた。
 海上では船頭の金城宗治が待ちかまえているはずであった。
 
 沖縄本島から三十キロのところにK諸島がある。珊瑚礁に囲まれた、大小二十ほどの島々で構成されているが、そのうち人が住んでいるのは五つしかない。その有人島の一番小さいのが伊敷島である。
 人口二百五十人足らず。集落は一カ所に固まり、買い物をするところはコンビニ程度の店が三軒しかない。島に唯一あるダイビングサービスが中村が経営する“トリトン”で、そこが現在の吉川の職場であった。
 吉川が中村の店で働き始めてからもうすぐまる二年になる。それまではだれもが知っている有名コンピューター会社のエンジニアだった。好きで就いた仕事だったが、三十歳を前に会社の矛盾についていけなくなった。エンジニアとしての腕には少々の自信もあったが、人間関係には不器用な男だった。
 何もかも整理して東京のマンションを引き払うと、なじみ客として通っていた中村のところにアルバイトとして転がり込んだのだった。
 二十五歳の時に始めたダイビングは当初、コンピューターから解放された時の気分転換に過ぎなかったが、海面下の世界はあっという間に吉川を引きずり込み、捕らえて離さなかった。
 肌で感じる自然からの誘惑は、彼のサラリーマンとしての人生観にも影響を与えずにはおかなかった。自然が作り出す生々しい生命力の前に、安定だとか地位などというものは日増しに興味がなくなっていったのであった。 ダイビングで一生メシを食っていこうなどとはつゆほども考えなかったが、会社をやめる引き金の一つだったのは間違いなかった。
 南の海の溢れでる豊かさを心ゆくまで味わうことと引き替えに、吉川は三十歳にして一千万近い年収を捨てたのであった。
 リストラで会社の組織から落ちこぼれて逃げてきた。そんな挫折感がなくもなかったが、強烈な南国の日差しにさらされると、そんな都会の価値観はすぐにどうでも良いことになってしまった。
「金をもらってやるからにはいままでのような遊び気分じゃだめだ。プロの自覚を持て」
 中村のその言葉を胸にこの二年間、吉川はかなり熱心に仕事をしてきたつもりだった。
 インストラクターの資格を取り、水中ガイドの仕事を中心に資格を取るための講習会、店での接客はもちろん、タンクに空気を入れるエアチャージの仕事、客の送迎など、それまでの吉川の仕事とは畑違いも極端なものがあったが、馴れていないからこそ面白くも思えたのだった。
 一時の気分転換のつもりで始めたが、やってみるとそれなりにやりがいのある仕事であった。吉川にとって伊敷島での二年間はあっと言う間であった。
 
「どうでした」
 吉川と中村が船に戻り、タンクの乾いた空気を吸ってカラカラになった喉にビールを流し込んでいると、金城が船を港に向けながら待ちかまえていたように話かけてきた。
「もう最高さ。潜ってみるもんだな。ばかでかい珊瑚がてんこ盛りさ」
 中村は興奮を抑えきれないようだった。
 たぬきのように垂れ下がった瞳はまっすぐ金城の方を向いていたが、どこか虚ろで宙にさ迷っているようであった。恐らく心はまだ海中をさ迷っているに違いなかった。
「それは大発見。よかったさ」
 金城の声は穏やかだったがどこか白々しいものを感じさせた。吉川は潜る前まではずいぶんと反対していた金城の様子を思い出して訝しんだ(いぶかしんだ)。
「あんなとこ何もないさ」
 さっきまではそう言っていたのにいい気なもんだ。それまで船頭として中村と吉川のやることに口出しなどしてこなかった金城のその口調がいつもと違ったので、地元の金城がそこまでいうならやめようかという気になっていたのだった。
 最初は過去に船かダイバーの事故でもあった場所なのか、と想像してみたが事故なら絶対中村が情報を仕入れているはずであった。
 金城は俺たちにここを潜らせたくなかったに違いない。金城は海人(うみんちゅ)と呼ばれるこの島の漁師だ。そしてこの島で生まれ育った島人(しまんちゅ)だ。一方俺は内地からやってきた大和人(やまとんちゅ)だ。俺にこの島の秘蔵品のような珊瑚を見せたくなかったに違いない。
 これだから島人とはつきあいにくい。
 貴重な観光資源なのに島の人間はいざとなると出し惜しみをする。そんな印象が吉川にはあった。
 中村から独立してこの島にもう一軒ダイビングサービスを開くことを本気で考えている吉川にとって、島の人間とどうやってつきあっていくかはもっか最大の課題だった。
「やっぱり潜ってみて正解でしたね」
 吉川は俺の手柄だぞといわんばかりに話に加わった。この場所を潜ってみようと言い出したのは吉川だったのである。夏までに何度か潜って潮やうねりの有無を調べて、お客を案内できるようになりたい、と吉川は思った。
「夏にはうちのサービスの人気スポットになりますよ。きっと評判になります」
 そう吉川が口に出したとたん、金城が唇を噛み、沖縄人らしい彫りの深いがっしりとした顔を奇妙にゆがめたのを吉川は見逃さなかった。納得する思いであった。
 金城は漁師の仕事と兼業で時々中村のところに船頭の仕事を手伝いにくる男であった。
 島の中学を卒業すると那覇の高校に進み、就職のため大阪に出て行き、東京へと流れたらしい。両親はとうになくなり、兄弟もみんな島外へ出てしまったという話だった。
 突然帰ってきて昔はりっぱだっただろうと思わせるが、今では締め切って廃屋のようになっていた実家を修理して暮らし始めた。
 最初は一人で住んでいたようだったが、そのうちどこからか女と子供がやってきて、妻と子供だと紹介されたのはつい最近のことだ。
「でもあそこは潜るタイミングが難しい」
 どうあっても金城はあそこには船をいれたくないらしい。
 どうも吉川はこの金城が苦手だった。船頭とガイドという関係で二人で組んでお客を案内したことはまだ数回しかなくて、金城が有能な男であるかどうか、判断がつきかねていたせいもある。
 吉川と同じ年だと言うのにずいぶんと落ち着いて見えるのは、すでに結婚していて五歳になる子供がいるからだろうか。
 自分の故郷を離れ、大阪、東京と転々とした人生にはどんな紆余曲折があったのだろうか。言動にはそんなことはみじんも感じさせなかったが、すでに生活を抱えた苦労人であるところが、夢ばっかり追っている吉川と食い違いを生じていた。
 主として吉川の方からだったが二人の間には微妙な不協和音が漂っていたのだった。
「確かに船を着けるのは大変だな」
 今年四十になる中村はウエットスーツを脱いで、丸見えになった突き出た腹を気にするようにポンポンとたたきながら、それでも再度クーラーボックスのビールに手をのばしながら相づちをうった。
 中村は沖縄本島の南部、糸満市の出身で二十五歳の時に始めたダイビングに夢中になり、K諸島の海に惚れ込んで、まだダイビングサービスのないこの店に八年前、自分の店を開いたのだった。
 本島とはいえ、同じ沖縄県民の彼がこの店を開くのはそれほど難しいことではなかったに違いない。内地から渡ってきた吉川に比べたら比較にならないほど苦労なしに島にとけ込めただろう。
 そんな中村は金城の言葉を気にする様子もなくしゃべり続けた。
「でも潮止まりを選べば、それほどうねりの影響は受けないはずだ。上級クラスのダイバーを連れて行く、とっておきのスポットにしようや。亀も出たし、名前は竜宮としとこうじゃないか」
 中村の言うとおり、初心者のダイバーを連れて行けるような場所ではなかった。
 周囲五キロあまり。複雑な海岸線を持つ伊敷島は島の北西が高台になっており、切り立った岩盤がそのまま海へ落ち込んでいる。そのため、島から歩いて海辺に近づくことができない一角だった。
 海岸線はゆるやかなカーブを描き、小さな湾のようになっているが、その湾の入り口にそそり立つような大きな岩がいくつも点在している。
 船で近づこうにも、その岩の間に複雑な潮が流れていて、湾の中に入り込むのはなかなか大変な仕事なのだった。しかもK諸島では一番外側、外海に面したその一角は潮の流れが速く、近づくのは困難だった。
 吉川自身、ダイビングの行き帰りに周辺を通りかかっても、他の島のダイビング船はおろか、伊敷島の漁船すらも見かけたことはなかったのである。
 誰も近づかないということはダイバーの好奇心を満足させるものがなにもないのだろう。そう判断していた場所を潜ってみようと思ったのは、困難なことに挑戦してみようという吉川のちょっとしたチャレンジ精神からだった。ゴールデンウィークも終わり、客足が途絶えて精神的にも余裕があった。
 金城があんなに反対しなければ逆に面倒になってやめていたかもしれない。彼の抵抗は逆に吉川の冒険心を煽る結果になった。
「次の大潮は来週だ。もしお客がいなかったら、潮の流れを確認するためにまた来ましょう」
 吉川は自分が新しい店を開くためにも、ぜひこのスポットを新しいダイビングポイントに開発したいと意気込んだ。島へ来る客を少しでも増やしたかったのである。
 海中へのエントリーもそれなりに技術を要するから、客もちょっとしたスリルを味わえるはずだった。
 湾の入り口にある、一番手前の馬鼻と言われる大岩の前で、船から海中にエントリーすると一気に十五メートルまで潜行し、岩岩の間をすり抜ける方法を取った。うまく湾内の方角に潮が流れていればその流れに身を任せて、楽に湾の中に入っていけるはずであった。
 海面は凪の状態であったが十五メートルまで潜行するとわずかな潮の流れにつかまった。グイグイと湾内に引きこもうとする力に身を任せると、気持ちのよい浮遊感が吉川を包み込んだ。
 岩の間にびっしりと付着したソフトコーラルと呼ばれるウミトサカやヤギ類を見たとき吉川にはある予感があった。
 なにか面白いものが見れる。なにか変わったものが奥に潜んでいる。想像力を膨らませるのもダイビングの楽しみの一つである。この方法でアプローチすれば迫力あるドリフトダイビングになるはずであった。
 俺のカンもまんざらじゃないな。満足感に浸って吉川も二本目のビールを飲み干す頃には、伊敷島の小さな港が視界に入った。







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