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■バリアフリー化による総トン数の増加と定員減少
 「フェリーみしま」では、バリアフリー施設を整備することによる建造費の増加に加え、身障者用トイレは通常のトイレの約2倍のスペースを要するなど、スペースの増加により、総トン数は77トンから102トンに大型化しながら、定員は120名から100名に減少した。
 
■家族会を通じたニーズの吸い上げ
 新船建造の約半年前には、郷ノ浦町三島航路事業運営委員会が開催され、自治会の代表、町会議員、中学校の校長先生等を集めて、新船と旧船の比較表や新船の設計図を提示し、それらに対する要望や意見を聞く場を設けられた。
 また、壱岐市役所の福祉担当者によれば、精神障害、身体障害、知的障害といった障害ごとに家族会が2〜3年前に組織され、家族会が行政に対して要望を行うことで、障害者の要求やニーズを代弁してくれるようになったとされている。
 このほか、合併前の郷ノ浦町では、バリアフリーの公衆トイレを設置する際や、エレベーターを設置する際に、車いす利用者にも1名来ていただき、その人が利用する場合を想定した対策等を行った。バリアフリー化対応にあたっては、実際に当事者が使ってみないとわからない点が多く、特に個別の部分ではなく、一連の経路を線として確保することが重要であるが、ここ1年ほどの間に、こうした対策が行われるようになってきている。ただし、障害の種類や程度が個々に異なるため、行政が完全にカバーすることは困難と考えられている。
 
(4)郷ノ浦港の乗下船および旅客船ターミナル
■待合室、トイレは従来式
 本航路の郷ノ浦港の発着施設は、博多〜壱岐〜対馬航路の旅客船ターミナルとは別の場所にあり、市街地には近接しているが、バリアフリー化への対応はなされておらず、トイレも和式で、段差解消の対応も行われていない。
 
郷ノ浦港待合室
 
(5)郷ノ浦市街における陸上交通
■市街地は徒歩圏内
 本航路の発着施設には路線バスは乗り入れていないが、市街地に近接しており、十分に徒歩によるアクセスが可能である。
 
 ここでは、ヒアリング調査結果等に基づき、ケーススタディ対象地域における住民ニーズを踏まえた交通バリアフリー化の方向性、交通バリアフリー化により期待される効果等を検討する。
 
(1)外出行動の特徴と交通バリアフリー化に関する問題点
(1)対象地域における外出行動の特徴
 対象地域となる壱岐市のうち、面積・人口の大半を占める壱岐本島には一定の医療機関等が整備されているものの、高度な都市機能が集積する福岡市まで超高速船で約1時間、フェリーでも2時間強の距離にあることから、海上輸送を利用した福岡市への外出が多い。
 一方、大島・長島・原島という小さな離島では、通勤、通学、買い物、通院といったさまざまな活動において壱岐本島との関係が密接であり、海上輸送が生活航路として重要な役割を担っている。
 前者では大型フェリーや超高速船が海上輸送の手段となり、後者では小型フェリーがその手段となる。
 
(2)交通バリアフリー化に関する問題点
 アンケート調査やヒアリング調査の結果を整理すると、対象地域の住民が海上旅客輸送を利用して外出する際の問題点として、前年度の鹿児島県を対象とした検討と同様に、港における船への乗降、船内及び港におけるトイレの問題、移動経路における段差の解消、港までのアクセス手段の確保、の4点が特に重要であるといえよう。
 
1)港における船への乗降
 船への乗降は、海上輸送のバリアフリー化において航路を問わず重要な問題であり、(2)港と船舶の間での乗下船、(3)乗下船口〜客室間の船内の移動に大別できる。
(1)ターミナルビル〜乗下船口間の陸上の移動は、比較的大規模な港湾での問題であり、特にボーディングブリッジの設置されている港湾では、上下移動への対応が焦点となる。この点について、ボーディングブリッジの設置されている郷ノ浦港、博多港ともにエレベーターが設置されているが、博多港ではエレベーターの位置がわかりにくい、一般利用者と比較して経路が遠回りになる、貨物の動線と輻輳する、といった問題点がある。
(2)港と船舶の間での乗下船については、ボーディングブリッジや浮き桟橋、ランプウェイを利用する場合は段差が概ね解消されるが、タラップで岸壁と舷門の高低差を調整する場合には、車いす利用者等の乗降が困難となる。この点について、「フェリーみしま」では昇降リフトを設置することで対応している。
(3)乗下船口〜客室間の船内の移動については、乗下船口、客室、車両甲板、食堂等が異なる甲板にわたる大型フェリーの場合に特に重要な問題であり、対象地域のフェリーは、エレベーターや昇降リフト等がないことから、いずれもこの問題に対処できていない。
 
2)船内および港におけるトイレの問題
 トイレについては、バリアフリー化船である「フェリーみしま」を除き、壱岐〜本土間の比較的大型のフェリーも含めて、対象地域の船舶いずれもが未対応である。また、一部の港湾では、洋式トイレも設置されていないという問題がある。
 
3)移動経路における段差の解消
 段差の解消は、車いす利用者だけの問題ではなく、多くの高齢者に共通する課題であり、船舶や港湾の規模にかかわらず、共通して対応が必要な課題であるが、対象地域に就航する船舶では、「フェリーみしま」を除いてほぼ未対応のままである。一方、港湾についても、郷ノ浦港ターミナル(本土との航路)等を除いて部分的な対応にとどまっている。
 
4)港までのアクセス手段の確保
 壱岐本島における港までのアクセス手段については、自家用車が中心となることから、自家用車を利用できない場合の路線バス等の利便性が十分でなく、そのバリアフリー化への対応も遅れている。
 一方、本土側の博多港においては、港湾が主要駅に発着するバス路線の折返し点となっており、十分な本数の路線バスが運行されている。事業者が民間であるため、ノンステップバスの普及には費用負担が課題となるが、ワンステップバスは計画的に導入が進み、着実な取り組みが行われている。
 
(2)交通バリアフリー化の方向性
 交通バリアフリー化の方向性について、前年度の鹿児島県を対象とした検討結果を踏まえつつ、対象地域の現状や問題点に即して再整理すると、以下の4点をあげることができる。
 
(1)船舶代替時やターミナルビル新設時における設計の初期段階からのニーズ反映
 交通バリアフリー化に関する問題点を抜本的に解決するには、船舶や車両の代替時、港湾施設の大改良時にバリアフリー化対応とすることが第一である。対象地域では、芦辺港のターミナルビル建て替え、印通寺港の増改築、呼子−印通寺航路の新船への代替等が予定されている。
 このような取り組みにおいては、交通バリアフリー法の施行により移動円滑化基準に適合することが求められているため、法律に定める必要最小限の対応は義務として行われることとなるが、特に重要なことは、できるだけ設計の初期段階から利用者の意見を把握・反映し、実際に利用しやすい船舶や施設等とすることである。
 対象地域では、こうした考え方から、障害者の家族会を通じた要望の吸い上げや当事者の現場立ち会いによる対策の検討といった取り組みが行われつつあり、これをさらに促進していくことが期待される。
 一方、こうした過程を経ずに従来どおりの方法で施設整備が進められているケースもあり、また、利用者の要望を聞いてしまうと、費用等の問題からそれに応えられないときの対応を懸念し、要望を聞くことに対して躊躇する立場もみられる。
 今後は、利用者が積極的に意見・要望を表明し、行政や事業者はこれを的確に把握した上で、対応できないものについてはその理由を明らかにし、両者が納得した上で施設整備等を進めていくことが望ましい。
 
(2)既存設備・施設の簡易な改良の推進
 事業者の採算状況や行政の財政状況が厳しい中、船舶・車両の代替やターミナルビルの新設がなかなか実施できない場合も多いことから、既存の設備・施設を前提としてどのような対応を行っていくのかも重要な視点となる。壱岐と博多港を結ぶフェリーや、博多港ターミナル、壱岐島内の路線バス等では、代替・新設の計画が当面ないことから、これらが特に重点的な検討対象となる。
 このような既存の設備・施設については、残存する使用期間が短いことから、改良のために大規模な投資を行うことは難しい。このため、段差解消のためのスロープの設置、和式トイレから洋式トイレへの交換など、投資額が小さい簡易な改良から積極的に進めることが期待される。
 
(3)人的な対応による交通バリアフリー化の推進
 これまでに述べたハード面とともに、ソフト面での人的な介助等の対応も重要な要素である。ハード面での不足を補うという意味だけでなく、ハードが十分に整備されている場合でも、船員や運転手、係員が温かい心を持って接するという心構えが重要な意味を持つ。特に、小規模な離島では住民と船員等が顔見知りであるということを最大限活用し、きめ細かなサービスを提供していくことが可能である。さらに、バリアフリー化に関する専門的な教育・研修を充実させることで、より適切なサービスが提供できるようになる。
 
(4)まちづくりの視点からの面的なバリアフリー化への取り組み
 バリアフリー化は利用者の視点に立ち、移動経路に即して移動の障壁(バリア)を取り除いていく必要があるが、その実現のためには、海運事業者、港湾管理者、バス事業者といった交通関係者だけでなく、広域的な人の動きに合わせて、道路、病院等の施設をはじめ、まちづくりの観点から面的なバリアフリー化への取り組みが必要となる。
 また、博多港においては、離島航路の旅客船ターミナルと一体的に、もしくは近接して、集客施設が立地していることが、路線バスのサービス水準を高める要因となっている。こうしたことから、長期的には、港湾施設やさまざまな集客施設、公共施設等の立地のあり方も含め、「コンパクト・シティ」といった考え方も視野に入れた取り組みが期待される。







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