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はしがき
 本報告書は、当センターが日本財団の平成16年度助成事業として実施した「九州における離島住民からみた交通バリアフリー化に関する調査研究」の研究成果をとりまとめたものであります。
 わが国では、すべての人々が年齢や心身の状態にかかわらず普通に暮らしていける社会の実現をめざす「ノーマライゼーション」の考え方に基づき、平成12年5月に「交通バリアフリー法」が成立し、高齢者や障害者を含む誰もが利用しやすい交通体系の実現が求められています。多くの離島を擁する九州では、離島航路のバリアフリー化が重要な課題となっています。
 離島航路の交通バリアフリー化に取り組むにあたっては、利用者の視点に立ち、高齢者や障害者など利用者の移動の現状や交通バリアフリー化に対するニーズを具体的に捉えること、離島航路だけでなくその両端のバス・タクシー・鉄道なども含め、出発地から目的地までの一連の移動経路において、利用者からみてシームレスな(=継ぎ目のない)バリアフリー化を実現することが必要となります。また、交通バリアフリー化に対する利用者のニーズや離島航路をはじめとする交通機関の現状は、離島の規模や本土からの距離、海域の特性などによって実にさまざまであり、こうした各離島の特性に応じた取り組みも求められます。
 こうしたことから、本調査では、離島住民の視点に立ったシームレスな交通バリアフリー化の実現に向けて、地方自治体や交通事業者へのアンケート調査を実施して離島航路とその両端の交通機関におけるバリアフリー化の現状を把握するとともに、高齢者や障害者をはじめ離島住民へのアンケート調査により、交通バリアフリー化に対するニーズを具体的に把握し、交通バリアフリー化の推進方策を提案しています。昨年度の鹿児島県に続き、2か年調査の最終年度である本年度は、北部九州(対馬・壱岐・筑前諸島)をモデルケースとして採り上げました。
 この報告書が関係者の方々にいささかなりともご参考になれば幸いに存じます。
 おわりになりましたが、本調査研究をとりまとめるにあたって終始ご指導、ご協力を頂きました長崎総合科学大学 工学部船舶工学科 慎 燦益教授をはじめ委員各位、関係官公庁並びに調査にご協力頂きました関係の方々に、改めて御礼申し上げます。
 
平成17年3月
 
財団法人 九州運輸振興センター
会長 田中浩二
 
 本調査研究は、北部九州の離島(対馬地区、壱岐地区、筑前諸島)における住民ニーズを踏まえたシームレスな交通バリアフリー化の実現に向けて、その推進方策等を各関係主体に対して提言するものである。
 
1. 北部九州の離島における交通バリアフリー化の問題点
 前年度調査では、鹿児島県の離島を対象とした検討の結果、海上輸送の交通バリアフリー化における問題点として、港における船への乗降、移動経路における段差の解消、船内及び港におけるトイレの問題、港までのアクセス手段の確保、係員による案内・介助の充実の5点が特に重要であることを指摘した。
 本年度は、北部九州の離島を対象として、住民アンケート調査、市町村・交通事業者へのアンケート調査やケーススタディにおけるヒアリング調査を行ったが、その結果として上記5点が共通の問題点として重要であることが確認された。ただし、両地域間にはさまざまな特性・条件の違いがあることから、それぞれの問題点にも異なる点がある。
 こうしたことを踏まえ、以下に北部九州の離島における交通バリアフリー化の問題点を整理する。
 
(1)港における船への乗降
 港における船への乗降は、海上輸送を利用する際の最大の問題点である。アンケート調査では、海上輸送を利用する際の問題点として、「電車・バス・タクシーの乗り降りや、船との乗りかえが大変である」(21.2%)が最も多くあげられ、「船の乗り降りが一人では大変である、できない」(13.1%)も多かった。改善要望としても「タラップの階段や傾斜をゆるやかにする」(25.2%)、「電車・バス・タクシーの乗り降りや、船との乗りかえ経路のバリアフリー化」(22.4%)という意見が特に多かった。車いす使用者や介助者の必要な人はもちろん、後期高齢者や、歩行に差し支えないが階段の昇り降りはきついという人にとっても、船の乗降は大きな問題となっている。
 鹿児島県の調査結果と比較すると、「タラップの階段や傾斜をゆるやかにする」や「エレベーターやエスカレータをつくる」といった回答はやや少なくなっているが、北部九州では、鹿児島県の奄美・沖縄航路ほど大型の船舶が就航しておらず、船への乗降において、港−乗下船口−客室間の上下移動が相対的に小さくて済むためと考えられる。
 小型船の場合、フェリーであればランプウェイを乗下船口として使用するか、旅客船であっても、乗下船口に昇降リフトを設置することで、比較的容易に高低差を解消できる。ケーススタディの対象とした「フェリーみしま」では、昇降リフト、ランプウェイのいずれも利用できる形態となっている。
 
(2)移動経路における段差の解消
 船への乗降経路だけでなく、ターミナルビル内や船内の移動経路全般において、段差の解消が求められている。アンケート調査では、港・ターミナルの改善点及び船内の改善点として、「通路の段差をなくす」(それぞれ19.8%、29.3%)が多くあげられている。これも、車いす使用者だけではなく、歩行・階段の昇り降りに支障のある人や多くの高齢者に共通する問題であり、杖を使用している人や足腰の弱い人にとっては、一般の人には何でもない小さな段差が移動にあたっての大きな障害となりうる。同時に、視覚障害者にとっても段差は大きな問題となっている。
 これは、鹿児島県と北部九州における差異も小さく、船舶や港湾の規模にかかわらず、共通して対応が必要な問題点といえる。
 
(3)船内及び港におけるトイレの問題
 体調に関する問題点として、船酔いについては年齢や身体の状況に関わらず多くの人があげているが、高齢者や身体に障害のある人にとっては、乗船中に気分が悪くなることやトイレが心配な点と認識されている。
 トイレの問題は、船内に十分な空間を確保することができない小型船において特に重大な問題であるが、北部九州の離島に就航するバリアフリー法施行以前に就航した船は、規模にかかわらず身障者用トイレの設置が進んでいない。身障者用トイレの設置が困難な場合、洋式トイレを設置することで状況はある程度改善される。港湾施設については、大規模港湾では身障者用トイレの設置が進んでいるほか、小規模な港湾でも、鹿児島県と比較すると身障者用トイレの設置率がやや高くなっている。
 なお、北部九州では鹿児島県と比較して船酔いを問題点とする人の割合が低いが、これは全般に航路距離が短く、乗船時間も短い航路が多いためと考えられる。
 
(4)港までのアクセス手段の確保
 港までのアクセス手段については、アンケート調査において、海上輸送を利用する際の問題点として、船の乗降に次いで「港までの交通手段がない、不便である」(16.2%)の回答が多くなっている。この問題は港湾の立地特性によっては大きく異なり、離島サイドでは、対馬や壱岐のように島の規模が大きい場合、本土側では博多港や北九州港以外の港に発着する場合に、大きな問題となる。
 特に高齢者や障害者の多くは、自家用車を自分で運転することができないため、バス・タクシー等を利用するか、家族等に送迎してもらうこととなる。このため、高齢者や障害者が高額な費用を負担せず、また家族等に頼らずに一人で自由に外出できるようにするためには、路線バスの維持・拡充か、その機能を代替する新たな交通システムの導入が交通バリアフリー化の視点からも重要な問題となる。
 
(5)係員による案内・介助の充実
 アンケート調査結果によると、ターミナルビル内、船内の双方において、係員による案内・介助の充実が、多くの人から要望としてあげられている。案内・介助は、(1)に述べた船への乗降をはじめ、海上輸送の利用行動全般において適切な対応が求められるという点で、非常に重要性が高い。ただし、鹿児島県と比較すると、改善点としてあげている人の割合は低くなっている。
 
 1. で整理した問題点を踏まえ、北部九州の離島における交通バリアフリー化に向けた基本的な考え方として、交通バリアフリー化の意義、交通バリアフリー化実現に向けた各主体の責務、交通バリアフリー化に期待される効果について整理する。これらは、地域特性にかかわらず普遍的なものがほとんどであり、したがって鹿児島県における検討結果と基本的に同内容となっている。
 
(1)北部九州の離島における交通バリアフリー化の意義
 交通バリアフリー法は、「高齢者、身体障害者等の自立した日常生活及び社会生活を確保することの重要性が増大していることにかんがみ」、「高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の利便性及び安全性の向上の促進を図り、もって公共の福祉の増進に資する」ことを目的としている。
 その背景にあるのは、年齢や心身の状態にかかわらず、人は誰でも日常生活を送る権利があり、高齢者、障害者をはじめ、社会的にさまざまな障害のある人も含め、すべての人がその違いを認め合い「普通(ノーマル)に」暮らしていける社会を実現する必要があるという「ノーマライゼーション」の考え方である。
 北部九州では20の有人離島に約8万人が生活しており、通勤、通学、買い物、病院への通院、業務、余暇などの日常生活を営むためのさまざまな行動にあたって、離島航路が不可欠なものとなっている。高齢者や障害者が一般住民と同じような日常生活を送れるようにするためには、その基盤となる離島航路を利用する際の壁(バリア)を取り除く必要があり、交通バリアフリー化の実現が重要な意味を持つ。
 また、全国的にみても高齢化が一足早く進展している離島においては、地域社会の活力を維持・増進していくためにも、高齢者の自立と社会参加が不可欠となる。
 こうしたことから、北部九州の離島における交通バリアフリー化は、第一義的にはノーマライゼーションの考え方に立ち、さらには活力ある地域社会の形成という観点も踏まえ、高齢者・障害者等が一般住民と同じように船や港を利用できるようにすることを目的として取り組んでいく必要がある。
 
(2)交通バリアフリー化実現に向けた各主体の責務
 交通バリアフリー化の実現に向けた取り組みにあたっては、交通サービスの提供者である交通事業者や、住民に最も身近な行政機関である市町村にのみ責務があるように受け取られがちであるが、交通事業者、国、地方自治体、さらに一般利用者、国民全般が協力して、誰にでも利用しやすい船づくり・港づくりを進めていく必要がある。
 交通バリアフリー化の実現にはハード・ソフト両面からの取り組みが欠かせないが、ハード面の船舶・旅客船ターミナル等の整備にあたっては、交通事業者(離島航路事業者)や旅客施設の設置管理者(港湾管理者等)が「移動円滑化基準」に適合させる責務を直接的に負っている。同時に、国には、そのために必要な資金の確保や、研究開発の推進及びその成果の普及に努める責務が課せられており、地方自治体も、国の施策に準じた措置を講ずるよう要請されている。
 すでに国や関係機関において、交通バリアフリー化に関するさまざまな補助・融資等の制度が導入されているが、離島航路における船舶・旅客船ターミナル等のバリアフリー化にあたっては、相当規模の設備投資が必要であるにもかかわらず、利用者が少なく交通事業者等が十分な資金を確保できないため、交通バリアフリー化がなかなか進まないという問題がある。国においては、ノーマライゼーションの実現という観点から、離島航路の交通バリアフリー化に必要な資金の確保に対してより大きな責任を果たすことが求められる。
 一方、ソフト面においては、交通事業者の係員による介助が中心的な役割を果たし、交通バリアフリー法においても、交通事業者には職員に対する必要な教育訓練に努めることが要請されている。同時に、国民も、高齢者や障害者の円滑な移動の確保に協力するよう努めることが責務とされており、国も、広報活動等を通じて国民の理解を深めるよう努めることとされている。離島航路の船舶や港湾においては交通事業者の係員の人数にも限りがあり、船への乗降にあたって同時に何人もの人への介助が必要となる場合や、船の航行中で対応できる係員がいない場合など、一般利用者の協力が必要となる。
 こうしたことから、高齢者、障害者やその介助者だけでなく、一般利用者も含めた利用客全員が、お互いに客同士で助け合うという心構えを持ち、介助を必要とする人がいる場合には率先して協力していくという「心のバリアフリー」を実践していくこと、また、国においては広く国民の理解を得るための取り組みを積極的に推進していくことが求められる。







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