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第6章 まとめ
6.1 調査研究の成果
 将来の船舶用レーダーの方式は未確定であるが、新方式のレーダーに対応可能な新マイクロ波標識として、遅延合成方式によるレーダービーコンについて調査研究をし、シミュレーションと試作及び実験により調査検討を行った。
 本調査研究によって得られた主要な成果は、以下の通りである。
 
(1)新しく出現するレーダー方式に対応できる新しいマイクロ波標識を製作できる見通しがたった。
 
(2)一つの回路形式で3種類のレーダー方式に対応できる方式を達成した。
 
(3)試作する回路の特性を数式で表現し処理結果をシミュレーションする方式で、スペクトラムを詳細に検討できた。回路の設計にはシミュレーション技術を多用し、ソフトウェアで検討しながら進めたことにより、詳細な性能の確認ができた。
 しかも、試作したハードウェアの特性と極めて同じ結果が確認された。
 
(4)3種類のレーダーにも識別信号を重畳させた応答信号を出すことができた。
 
(5)FPGA(Field Programmable Gate Array)を用いた入力信号の遅延回路によりデジタル処理を行なうことで、汎用性のある信号処理回路を製作した。
 他の目的にも応用が期待できる方式である。
 
(6)このシステムは、送信中にも受信を行なっている方式で構成されている。そのため送受信の干渉を防止することが要となっている。干渉防止の基本は送受のアンテナ間のアイソレーションの確保であるので、アンテナの設計を行なった結果、シミュレーションによる設計結果と極めて近い試作品が完成された。
 その結果、所要のアイソレーションが確保できたので陸上に設置する「新しいマイクロ波標識」は実現できる見通しが立った。
 
 将来、新マイクロ波標識を実用化するにあたって、取り組むべき課題を以下に示す。
 
(1)実験局免許を取得し海上実験での性能確認と実用上の問題点を考察すること。
 
(2)それにはマイクロ波部分の回路試作が必須となる。
 
(3)陸上に設置することを当面の課題として実用面上の問題を調査検討し、「新しいマイクロ波標識」の設計要素を確実にすること。
 
(4)灯浮標、灯標にも設置できる「新しいマイクロ波標識」を検討しなければならない。送受信のアンテナが極めて近傍にある状況において、「回り込み」が起こる状態においても安定に動作する方式をアンテナ及び信号処理回路などから多面的に検討しなければならない。
 
(5)関連することとして、パルスレーダー用に設計されているSART(Search and Rescue Radar Transponder)に置き換わる、新方式のSARTを設計することが今後の課題である。つまり、新方式SARTの出現が今後の新しいレーダーの動向にも大きく関連する。同様に、新マイクロ波標識の設計にも影響する。
 
(6)更なる性能の向上を目指して、応答符号のスペクトルを理想に近づけることを検討し、実用性の向上を図ること。
 
(7)本調査研究の成果として、船舶用レーダーの周波数帯域に分布している、周波数の異なるレーダーに応答できる方式が開発された。この方式において、応答符号を構成するための遅延合成方式での単位遅延時間にジッタ(微小なバラツキ)を加えることで、合成後の符号の波形を理想に近づけることが出来る可能性もあり、今後実用化にあたっては、その検討も進めたい。
 
(8)今後、レトロディレクティブ特性を付与することで、呼びかけのあったレーダーの方位にだけ応答する方式を更に検討し、不要な方位への信号の輻射を防止し、また、多くのレーダーからの呼びかけ信号に適切に応答できるシステムを構築すること。
 本調査研究で開発された遅延合成回路とマイクロ波部分の構成は、レトロディレクティブ方式への展開も容易である。しかし、現段階では相当な費用を伴うことから、所要の応答範囲をセクタ(扇形)に分けることで、必要な方位にのみ応答する解決策を考えた。
 今後は、不要な方位や応答を必要としないサイドローブや物標からの反射波等には応答しない特性を付与させることも実用面では重要となろう。
 
 レーダーのスプリアス規制に対応して新しい船舶用レーダーの開発検討中であるが方式は確定されていない状況にある。このような状況の中で、従来のパルスレーダーにも、新方式のレーダーにも対応できる「新マイクロ波標識」の研究調査を昨年度から続けてきた。
 この調査研究は、船舶用レーダーにかかわる将来の電波航路標識システムに関して先駆ける研究内容であり、研究の過程は厳しいものであった。
 コーナーリフレクタに代るものとして出現したレーダー映像強調装置(Radar Target Enhancer)に関する調査研究(平成9から13年度、(財)日本航路標識協会)において大きな問題となった現象が、この調査研究でも同様に問題となった。つまり、同時送受信による干渉を原理的に解決しなければならなかった。
 しかし、その基本方式として初年度に検討した送受信回路を交互に切り替える方式は、シミュレーションの結果においてレーダーの信号の種類によっては不要なスプリアスを発生させることがわかり、根本からの再検討がせまられた。一時、送受信の切り替え方式ではスプリアス問題を解決する良い方式が見つからず、調査研究はきわめて難しい状況におちいった。
 今年度になってから、委員各位の一層のご努力の甲斐があって、受信したレーダー波の変調方式やパルスの長短に関係無く、しかも、受信したレーダーのスペクトルを広げることなく識別符号も加えて応答する方式を開発することができた。
 この方式はFPGA(Field Programmable Gate Array)で構成する遅延回路と不要なスペクトルを低減するフィルタが基本構成であり、シミュレーションにより詳細に出力信号の状況を知ることができた。
 また、実際の回路の製作後に出力信号を確認することができ、視認性の良い識別符号の応答信号を達成したことが確認された。送受信の干渉に関しては、送受のアンテナの分離度を高めることが基本であり、そのためのアンテナの試作も行ない、目標の分離度を達成できた。
 その結果、陸上に設置する状況においては、相手側となる船舶用レーダーの方式が未確定ではあるが、干渉無く実現できる見通しを立てることができた。
 
 今後は、さらに実用上の問題点として、
・マイクロ波の送受信部分の試作
・新方式レーダーに対する具体的な海上実験
・多数の船舶が輻輳する状況における検討と海上実験
・灯浮標や灯標への設置にかかわる検討
・関連問題としてのSART(Search and Rescue Radar Transponder)との対応
などを進める機会が与えられることを切に希望する。
 
 この調査研究で進められた「新しいマイクロ波標識」は、船舶用として検討されつつあるFM-CWとパルス圧縮の2方式と従来のパルス方式のレーダーにも同時に対応できる方式であり、世界にも研究の例を見ない新しい技術である。世界の先端となって「新しいマイクロ波標識」の技術標準を示すことができるよう更なる支援を御願いする次第である。
 
 最後に、この調査研究に多大なる指導を賜りました鈴木務委員長、委員各位、海上保安庁及び総務省の関係各位、専門員諸氏並びに事務局として心配しつつも応援してくださいました(財)日本航路標識協会の田中仙治専務理事他各位、そしてご助成くださいました日本財団に対し衷心より感謝申し上げます。
 
平成17年3月
 
新マイクロ波標識の開発に関する調査研究委員会
作業部会長 林尚吾







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