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3.3 設計に関わる基本的な検討要素
 新マイクロ波標識として、遅延合成をデジタル回路によって実現する場合の、設計に関わる基本的な検討要素について示す。
 
 遅延合成方式の新マイクロ波標識は、原理的に送信アンテナから受信アンテナへの回り込みが図3-14のように発生する。このため、送受アンテナ間のアイソレーションが十分でない場合は、自己発振等の異常動作を引き起こす可能性がある。また、アンテナ間のアイソレーションが単体では十分確保できていても、極近傍に大きな反射物等が存在すると、アンテナ間の回り込み量(結合量)が増大することも考えられる。特に、ブイ等に搭載する場合は、図3-15に示すように近傍を大型の船舶が通過するような状況も現実に考えられ、これらの周囲環境がどの程度アンテナ間の回り込み量に影響を与えるか、定量的に把握しておくことが大変重要となる。従って、計算シミュレーションのほか、実際にモデルアンテナを試作して実験等によるアンテナ間回り込み量の把握が必要である。
 
図3-14 送受アンテナ間の回り込み
 
図3-15  近傍反射物によるアンテナ間回り込み量の増大
 
 遅延合成方式は、短い時間の遅延回路を多数組み合わせて所望の符号長を得ようとする方式である。その遅延量の最小単位である「単位遅延時間」が、レーダー側の距離分解能(単純パルスレーダーであればパルス幅、パルス圧縮レーダーやFM-CWレーダーであれば処理後のパルス幅)と一致していれば本方式は理想的な応答符号を生成できる事を示したが、現実にはレーダーの距離分解能はまちまちである。従って、このような状況において発生する諸問題と対策について検討する必要がある。
 レーダーのパルス幅と新マイクロ波標識の単位遅延時間の不一致による影響の概念を図3-16に示す。入力パルス幅と単位遅延が完全に一致している場合(a)は、遅延合成によって所望の符号長が生成できる。しかし、パルス幅が単位遅延よりも短い場合(b)は、合成出力は櫛状となる。また、パルス幅が単位遅延よりも長い場合(c)は、波形の積み重なりにより階段状の波形となる。
 この概念を、実際に計算によって検証した結果を図3-17に示す。パルス幅と単位遅延時間が一致している場合(a)の応答波形(1)は理想的な符号であり、この場合のスペクトラム(2)も符号を再生するために必要最小限の成分である。一方、パルス幅が短い場合(b)の応答符号(1)は櫛状となり、不要なスペクトラムも(2)のように発生している。パルス幅が長い場合(c)の応答波形(1)については、立ち上がり立ち下がりが幾分鈍るが、スペクトラム(2)が特に広がることはない。
 これらのことから、単位遅延時間は入力パルス幅より十分短いことが望まれるが、システム的な制約からこれを満足出来ない場合は、応答波形、不要スペクトラムの両観点から詳細な検討と対策が必要である。
 
図3-16 レーダーのパルス幅と新マイクロ波標識の単位遅延時間の不一致(概念)
 
図3-17  パルス幅と単位遅延時間の不一致による応答波形への影響
(a)  パルス幅と単位遅延時間が一致している場合
(1)応答波形(時間領域)
 
(2)応答波形(周波数領域)
 
(b)  パルス幅が短い場合(パルス幅<単位遅延時間)
(1)応答波形(時間領域)
 
(2)応答波形(周波数領域)
 
(c)  パルス幅が長い場合(パルス幅>単位遅延時間)
(1)応答波形(時間領域)
 
(2)応答波形(周波数領域)
 
 デジタル処理による遅延合成方式の新マイクロ波標識は、受信したレーダーの信号を高周波帯域のまま扱うことが出来ないため、この受信信号をローカル信号と混合することによって中間周波帯域等に変換して処理を行う。従って、新マイクロ波標識では、このローカル信号の周波数が、処理の中心周波数を決定することになる。このとき、新マイクロ波標識の処理の中心周波数が、レーダー送信波の中心周波数と一致していない状況(以下、離調という)が当然発生しうるが、このような理想的でない状況において生じる問題について検討する必要がある。
 単純パルスレーダーにおける離調の影響の一例を次に示す。離調がない場合、すなわちレーダーの送信周波数と新マイクロ波標識の処理の中心周波数が一致している場合が図3-18であり、先に示した図3-11(c)と同じである。応答波形は理想的な符号となっていることが同図(1)よりわかり、不要なスペクトラムも発生していないことが同図(2)からわかる。一方、5MHz離調している場合が図3-19であり、同図(1)から櫛状の応答符号になってしまっていることがわかる。また、このときの応答波形には、同図(2)のように不要なスペクトラムが発生している。
 従って、応答波形、不要スペクトラムの両観点より、離調に関する詳細な検討と対策が必要である。
 
図3-18 離調がない理想的な条件での応答
(1)応答波形(時間領域)
 
(2)応答波形(周波数領域)
 
図3-19 離調している場合の応答
(1)応答波形(時間領域)
 
(2)応答波形(周波数領域)
 
 遅延合成方式の新マイクロ波標識は、以下の理由から非常に広い幅の信号レベルを扱う必要があるため、この点について設計上の考慮を要する。
(1)対応するレーダー方式による出力電力の違い
 2.4項で述べたように、新マイクロ波標識の開発要件は、「あらゆるレーダー方式に対応可能」なことであるたため、レーダー方式の違いに伴う変調波形のみならず、送信出力の違いにも対応する必要がある。一般的に、一番大きな送信出力を持つのはパルスレーダーであり、船舶用レーダーでは数十kW程度である。一方、一番小さい送信出力を持つのはFM-CWレーダーであると考えられ、数W程度が想定される。従って、ビーコンで受信する電力は、レーダー方式の違いによって40dB程度の差があることを考慮して設計を行う必要がある。
(2)レーダーと新マイクロ波標識の間の距離に伴う減衰量
 ビーコンでの受信電力はレーダーとの距離に依存し、そのレベルは距離の自乗に反比例する。例えば、1NMの距離にある場合と10NMの距離にある場合では、20dBのレベル差となる。
(3)レーダーのパルス幅の違いによる遅延合成時の信号重畳量の違い
 遅延合成方式特有の現象として、単位遅延時間より長いパルス幅が入力された場合の信号重畳量がある。レーダーのパルス幅が遅延合成処理の単位遅延時間と理想的に一致している場合は、前述の図3-16(a)のように特に信号の積み重なりは生じない。しかしながら、レーダーのパルス幅が単位遅延時間より長い場合は、遅延合成処理により、同図(c)にみられるような信号の積み重なりが生じ、これに伴うレベルの増大が発生する。特に、新方式のレーダーとして想定されるパルス圧縮方式やFM-CW方式では、その送信波が非常に長いパルス幅や連続波となるため、信号重畳量の問題を十分配慮して設計を行う必要がある。
 
 遅延合成方式は、理想的な条件で単一のレーダー波が入力された場合は、どのような方式のレーダーに対しても符号を応答することが可能であるが、複数のレーダー波を同時に受信した場合の影響についても検討を行っておく必要がある。







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